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第68話 キスしないとでられない部屋

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「これはいったいどういうことでしょうか?」

 テオドールが不安げに俺を見る。

「これは……っ、その、つまり……」

 俺の頭のなかで疑問がぐるぐると巡っている。

 ーーオーバンが仕掛けをしたのは、たしかに二階の来客用の部屋だった。それがなぜ、このテオドールの自室が「キスしないと出られない部屋」になっているのだろうか?


 テオドールになんと返答していいのか逡巡していると、タイミングよく部屋のドアが叩かれた。

「おいっ、ジュール、テオドール、無事なのかっ?」

 ーーよかった。オーバン君だ。


「オーバン君! 実はこの部屋に閉じ込められてしまったみたいでさ。早く魔法を解除してくれないか?」

 俺の返答に、しばしの間があった。


「……あのさ、ジュール、非常に言いにくいことなんだが、この部屋の魔法は俺の力では解除できないんだ」

「え、なんで? だって、君が……」

 扉越しに問いかける俺に、テオドールが後ろから肩を掴んでくる。

「叔父様っ!!」

「どうしたの、テオ……」

 振り返る俺に、テオドールが仄暗い瞳を向けてきた。

「叔父様……っ、どうして、どうしてあのオーバンは叔父様のことを呼び捨てにしているのですかっ!?
しかも叔父様もごく普通にそれに返答していらっしゃる……。ふたりはやはり、そういう打ち解けた仲なのですかっ!?
答えてくださいっ、叔父様っ!」

 ヤバい、目が完全に座ってる!!!!

「いや、違うんだ、そのっ……、つまりは……」

 ーー言えないっ、なんやかんやあったとはいえ、オーバンが今の自分のとりあえずの婚約者(仮)であることなんて!!



 だがそんな俺達を知ってか知らずか、部屋の外は外で新たな登場人物が……!


「シャルロット! お前だなっ! クソっ、いつの間にこんな小細工を! おいっ、そのケバい羽根の扇子をしまって早くこの部屋の魔法を解除しろ!」

「ホホホ、オーバン、あなたとは一体何歳からの付き合いだと思っているの? あなたの計画など最初からお見通しですわ! 
『キスしないと出られない部屋』を使って、ジュール卿の唇を奪おうとするなど言語道断! 
当て馬の風上にもおけない行動ですわっ!」

「お前はまた、またわけのわからないことを……」

 部屋の外ではオーバンとシャルロット王女がなにやら口論を始めた模様だ。

「オーバン! 本命のテオドールさんよりも先に、当て馬のあなたがジュール卿と既成事実を作ろうとするなんて、見損ないましたわ!
あなたが乙女攻めとはいえ、こういうことには順序というものがあるのですわ! そもそも当て馬とは……」

「何を言っているのか全くわからないが、とりあえずこのテオドールの部屋を『キスしないと出られない部屋』にしたのは、お前なんだなっ! シャルロット」


「叔父様……、これはいったい」

「しっ、いいから聞いてて!」

 二人のやり取りを、俺とテオドールは扉に耳をくっつけて聞いている。


「私は自分のなすべきことをしたまでですわ」

 凛とした王女の声。

「開き直ったな、シャルロット! こんな悪戯をしてどうするつもりだ!? ここにはジュールとテオドールが……」

「ですから、これは私の使命なのですっ! テオドールさんの誕生会のこの日、お二人をめでたく口づけさせることがっ!」


「はあっ……!?」

「……」


 俺とテオドールは目を見合わせる。

 シャルロット王女が、俺とテオドールを!?


 ーー何で!!??



「テオドールさん、ジュール卿! 聞いていらっしゃいましたわね!?
さあ、覚悟を決めて、お二人熱い口づけをば!!」

 シャルロット王女が声を張り上げる。

「おいっ、シャルロット、お前は一体何を考えているんだ!?
おかしいだろう!? そもそも、お前はテオドールのことが……」

「そちらこそ、なにを誤解していらっしゃるのか存じませんが、今、私の最推しは、何を隠そうジュール卿なのです!
そして推しカプはもちろんテオドールさん×ジュール卿! 婚約者であるあなたを心から応援できず大変残念ですが、
お二人の幸せのためには、私はすべてを投げ出す所存です!」

「なんだとっ、シャルロット、もしかしてお前、ジュールのことが……。え、でもなんで、この部屋にテオドールと?
ええーい、なにがどうなっているのか、全然わけがわからんっ!
おい、ジュール、そういうことだから、とりあえずテオドールとちゃちゃっとキスして出てこいよ!」

 俺は青ざめ、ドアに向かって叫んだ。

「オーバン君、適当なことを言わないでよ! シャルロット殿下、殿下ならこの部屋にかかった魔法は解けますよねっ?
いいかげん、おふざけはやめにして、解除していただけませんか?」

「ふふっ、ジュール卿。壁の文字をよくお読みになって。あらゆる魔法はすでに無効化されているのです。
ということは、つまり……」

「つまり……?」

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

「そう、つまりは、お二人がキスする以外、ここを出る手立てはないということですわ!」

 鈴を転がすようなシャルロット殿下の可愛らしい声。


 ーーいったいなんちゅーことをしてくれるんだっ!!

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