上 下
12 / 165

第12話 テオドールの事情

しおりを挟む
「大丈夫よ、ジュール。似ているのは外見だけで、中身は似ても似つかないから、ね、テオドール」

 シャンタルはかたわらのテオドールに微笑みかける。

「……はい、シャンタル様……」

 テオドールは、どこか感情が抜け落ちたような声で答える。
 整った顔は本当にマリユスそっくりだ。つややかな黒髪。違うのは瞳の色くらいだろう。

 だが、二人の印象を徹底的に違えているのは、そのテオドールの無機質な表情だった。
 マリユスは良くも悪くも、表情豊かな男だった。


「でも……、お姉様……、いったい」

 思わず俺は、後ずさる。
 大丈夫、の意味がよくわからない。
 なぜ姉が、元夫の先妻の息子を連れているのだろうか……。


 俺とマリユスとの関係が発覚後、驚くような速さでシャンタルはマリユスと離縁していた。だから今は、テオドールとシャンタルは無関係なはずだ。


「テオドール、私はジュールとお話してくるから、あなたはここでお茶を飲んで待っていなさい。ほら、クッキーも美味しそうよ」

「はい、シャンタル様」

 まるで機械人形のように、同じ言葉を繰り返すと、テオドールは言われた通りクッキーに手をのばす。

「ちょっと、お話があるのよ。いいわね? ジュール」

 シャンタルの満面の微笑みに、俺は長年の経験上、これからとても厄介なことに巻き込まれるだろうことを予感した。

 ーーちなみに今の所、その悪い予感は外れたことはない。



 聞くところによると、テオドールはマリユスが18歳のとき、まだ王立学園に通っているときにできた子どもだという。テオドールの母親・ルネは、当時23歳で、別の貴族の男と結婚寸前で、ルネの実家は娘の突然の妊娠を知り大慌てになったらしい。

「でね、ふたりは世間体もあったのでとりあえずは結婚したのだけれど、当時からいろいろと問題があったマリユスのことを心配して、テオドールはルネ様のご実家で育てられてきたの」

 中庭のテラスに移動した俺とシャンタルは、こそこそと話し合っていた。

「ただ、肝心のルネ様も、テオドールが5歳のときに、どこの馬の骨ともわからない隣国の男と逃げてしまって、今も行方不明なのよ」

「……」

 俺は同じく、どこの馬の骨ともわからない男と逃亡し、今も行方知れずであるシャンタルの母親を思い出した。

「でね、テオドールは14歳になる今まで、ルネ様のご実家のアルボン家で育てられていたんだけど、アルボン伯爵は先日の事件で、マリユスが国外追放になることを知って、もうテオドールを手放すことにされたの。それで一応マリユスの妻であった私に連絡がきたというわけ」

「手放すって、犬の子どもじゃあるまいし! そんなのひどいです!」

 俺はさきほどの能面のように無表情なテオドールの顔を思い出した。
 マリユスがまだ学園に通っていたころにできた息子を可愛がっていたとは到底思えない。
 5歳のときに男と逃げた母親といい、テオドールは幼い頃から両親の愛情をろくに受けてこなかったのだろうことは容易に推察できる。

 そして、マリユスが犯罪者となったことで、何の罪もない息子のテオドールを簡単に追い出そうとするアルボン伯爵家にも、俺は激しい反感を覚えた。


「そうでしょう、そうでしょう、ジュールもそう思うでしょう!」
 
 シャンタルはティーカップを手に、満足げに頷いた。


「誰かほかにテオドールを引き取って育ててくださるつてはないのですか?」

 俺の問いかけに、シャンタルはふぅーっと息をついた。


「あるわ! とてもいい引き取り手が!」

「それはよかった……」


 俺の言葉に、シャンタルは俺をじっと見つめた。



「それは、あなたよ、ジュール!」


「……へ?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

処理中です...