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第11話 憎い男の息子
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マリユスの隠し持っていた手紙や贈り物などの私物から、当時マリユスと関係していた人間は、俺とカミーユを含めて総勢8人であることがわかった。
中には王都の商家の娘や、王宮の女官、高位貴族の人妻や、婚約中の令嬢なんかもいたらしい。
そのことを母親から聞かされたときには、俺の涙はとうに干上がっており、マリユスの旺盛すぎる女性関係に関して、もう何の感情も持てなくなっていた。
父親は、期待をかけていた息子に思いもよらぬ方法で裏切られたことですっかり弱気になってしまったのか、あれからふせってしまっていた。
もちろんあれ以来、娘婿と姦通していたという俺と顔を合わせることは、断固拒否していた。
俺とマリユスのただれた関係は、父親のいままでの生き方を根底から覆すほどの衝撃的な出来事だったのだろう。
「ジュール、とにかくお父様の体調が戻るまで、あなたはしばらく別宅で暮らすことにしなさい。周りの人たちには、流行病にかかってしばらく静養させると言っておきます」
淡々と母親は告げた。別宅とは、ダンデス家の広大な領地の最果てに建てられたもので、先代が隠居後に暮らしていた場所だ。
王都からは離れていて、もちろんかなりの田舎である。
俺が雲隠れする場所としては、最適だった。
「はい、お母様、この度は大変申し訳ありません」
「お父様も、今は無理でも、きっといつかはわかってくださるでしょう。あなたもあまり自分を責めないようにしなさい。これは、いわば不幸な事故だったのです」
「はい、お母様……」
ずっと熱に浮かされていた俺は、ここにきてようやくことの重大さに気づいた。
俺は自分の欲望を満たすために、なによりも大切な家族を裏切り、最後にはバラバラにしてしまったのだ。
ーー本当に取り返しがつかないことをしてしまった。
俺はうなだれる。だが、すべては後の祭りだ……。
そして自分がとりわけ贔屓にしていた側室のカミーラが、マリユスと姦通していたことを知った王の怒りは相当なものだった。
幸い子どもはいなかったので、カミーラは即時に廃妃され、実家に返された。そして、王の側室を奪ったマリユスは王宮の牢獄に囚えられた。
「おそらく、マリユスは国外追放の処分となるでしょう。ジュール、その前になにかマリユスに伝えたいことはありますか?」
「いえ、何も、ありません……」
あの深緑の瞳を思い出す。もうはるか遠い日々のことのようだった。
あれほど恋焦がれていたマリウスに対しても、もう何も感じなくなってしまっていた。
すでに俺の心は、凍りついていた。
3日後、俺は逃げるように最低限の使用人たちとともに、別宅へと引っ越した。
別宅のある田舎は、延々と農地が広がっているような場所で、俺は一日中何をするでもなくぼうっとして過ごした。
メイドたちが俺がほとんど何も食べないことを気にしていたが、俺自身は特に腹がすくこともなく、身体を動かすことはできていたので気にはしていなかった。
ただ、俺自身は、すっかりがらんどうになっていた。
俺がマリユスと関係していた間に、俺はびっくりするほど多くのものを失ってしまっていたことに改めて気づいた。
ーーでも、いまさら時は戻せない……。
それから数日……。ただ生きているだけという状態である俺に、思いもよらぬ訪問者があった。
「お姉様っ!」
客間のソファに座るシャンタルの隣には、見たこともない少年がいた。
ーーいや、その少年には見覚えがあった。
ーーその少年は、あまりにも似ていたから……。
「まあ、ジュール、なんてひどい顔! こんなにやつれて!」
俺を見るなり、シャンタルは立ち上がる。
隣の少年も、慌てて立ちあがって俺をちらりと見た。
その黒い瞳と目が会った時、俺自身はなにかに貫かれたような衝撃を受けていた。
「……っ」
「よく似ているでしょう。この子、マリユスの一人息子のテオドールよ」
中には王都の商家の娘や、王宮の女官、高位貴族の人妻や、婚約中の令嬢なんかもいたらしい。
そのことを母親から聞かされたときには、俺の涙はとうに干上がっており、マリユスの旺盛すぎる女性関係に関して、もう何の感情も持てなくなっていた。
父親は、期待をかけていた息子に思いもよらぬ方法で裏切られたことですっかり弱気になってしまったのか、あれからふせってしまっていた。
もちろんあれ以来、娘婿と姦通していたという俺と顔を合わせることは、断固拒否していた。
俺とマリユスのただれた関係は、父親のいままでの生き方を根底から覆すほどの衝撃的な出来事だったのだろう。
「ジュール、とにかくお父様の体調が戻るまで、あなたはしばらく別宅で暮らすことにしなさい。周りの人たちには、流行病にかかってしばらく静養させると言っておきます」
淡々と母親は告げた。別宅とは、ダンデス家の広大な領地の最果てに建てられたもので、先代が隠居後に暮らしていた場所だ。
王都からは離れていて、もちろんかなりの田舎である。
俺が雲隠れする場所としては、最適だった。
「はい、お母様、この度は大変申し訳ありません」
「お父様も、今は無理でも、きっといつかはわかってくださるでしょう。あなたもあまり自分を責めないようにしなさい。これは、いわば不幸な事故だったのです」
「はい、お母様……」
ずっと熱に浮かされていた俺は、ここにきてようやくことの重大さに気づいた。
俺は自分の欲望を満たすために、なによりも大切な家族を裏切り、最後にはバラバラにしてしまったのだ。
ーー本当に取り返しがつかないことをしてしまった。
俺はうなだれる。だが、すべては後の祭りだ……。
そして自分がとりわけ贔屓にしていた側室のカミーラが、マリユスと姦通していたことを知った王の怒りは相当なものだった。
幸い子どもはいなかったので、カミーラは即時に廃妃され、実家に返された。そして、王の側室を奪ったマリユスは王宮の牢獄に囚えられた。
「おそらく、マリユスは国外追放の処分となるでしょう。ジュール、その前になにかマリユスに伝えたいことはありますか?」
「いえ、何も、ありません……」
あの深緑の瞳を思い出す。もうはるか遠い日々のことのようだった。
あれほど恋焦がれていたマリウスに対しても、もう何も感じなくなってしまっていた。
すでに俺の心は、凍りついていた。
3日後、俺は逃げるように最低限の使用人たちとともに、別宅へと引っ越した。
別宅のある田舎は、延々と農地が広がっているような場所で、俺は一日中何をするでもなくぼうっとして過ごした。
メイドたちが俺がほとんど何も食べないことを気にしていたが、俺自身は特に腹がすくこともなく、身体を動かすことはできていたので気にはしていなかった。
ただ、俺自身は、すっかりがらんどうになっていた。
俺がマリユスと関係していた間に、俺はびっくりするほど多くのものを失ってしまっていたことに改めて気づいた。
ーーでも、いまさら時は戻せない……。
それから数日……。ただ生きているだけという状態である俺に、思いもよらぬ訪問者があった。
「お姉様っ!」
客間のソファに座るシャンタルの隣には、見たこともない少年がいた。
ーーいや、その少年には見覚えがあった。
ーーその少年は、あまりにも似ていたから……。
「まあ、ジュール、なんてひどい顔! こんなにやつれて!」
俺を見るなり、シャンタルは立ち上がる。
隣の少年も、慌てて立ちあがって俺をちらりと見た。
その黒い瞳と目が会った時、俺自身はなにかに貫かれたような衝撃を受けていた。
「……っ」
「よく似ているでしょう。この子、マリユスの一人息子のテオドールよ」
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