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第1話 人生の絶頂
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俺はその時、人生の絶頂にいた。
「今の試合、見ました? テオドール様の圧勝でしたわね!」
「向かうところ敵なし、ですわ。さすがは、由緒正しいダンデス伯爵家のご出身だけありますわ!」
ーーそうだろう、そうだろう! もっと褒めてもいいんだぞっ!
ご令嬢たちの囁きに、俺は得意げに背をピンと反らせた。
「それに、あの神々しいまでの美しさ! あの黒い瞳に見つめられたら!! もうっ、死んでもいいっ!」
「無理無理! 私達なんて到底眼中にないわ! 学園でもほとんどの方が狙っていらっしゃるんだから!」
「でもシャルロット王女と婚約なさるって噂、本当かしら!?」
ーー本当だとも!! 俺はそのために、ここまでテオドールを育ててきたんだ!
俺は鼻の穴をふくらませる。
今日は、王立学園の一大イベントである剣術の御前試合が、学園の闘技場で華々しく行われていた。
もちろん、優勝は俺の義理の甥であるテオドールで間違いない。
ちなみに、これは単なる学園のイベントとはわけが違う。この100年以上の伝統を持つ御前試合では、優勝者が王に一つだけ願い事をすることが許されるのだ。
優勝したテオドールはそこで、王女であるシャルロット殿下に求婚し、王に認められたふたりは晴れて婚約する……というのが、俺のこの6年間の集大成となるシナリオである。
そして、今の所なにもかもが俺の筋書き通り進んでいた。
ーーついに、俺の今までの苦労が報われる日が来た……。
感無量の俺は、思わず目に溜まった涙を拭う。
その時、俺の前に白い綺麗なハンカチが差し出された。
「あ……、どうも……」
もちろん自分のハンカチは持っているので、断ろうとした顔を上げた俺は次の瞬間、石化したように固まってしまった。
「やあ、久しぶりだね。ジュール。君は相変わらず、とても可愛らしいままだね。……安心したよ」
俺を見つめる深緑の瞳……。
「マリユス……」
あれから6年。おそらくマリユスは38歳になっている。歳を重ねて、さらに色気を増したその美貌に俺は息を呑んだ。
「そんなに怯えた顔しないで。これでもずっと心配してたんだ。君の淫紋を解除しないまま旅立ってしまったから……。
君のことがずっと気がかりだったんよ。でも元気そうで良かった。淫紋はまだ君に残ってるみたいだから……、つまりは俺がいない間、君を可愛がってくれる人がいたってことだね。ちょっと妬けちゃうな」
さら、と頬を撫でられ、全身が総毛だった。
「触るな……!」
俺はガチガチと歯を鳴らした。背中には嫌な汗をかいている。
ーーマリユス・ロルジュ。
ずっと逢いたくて、逢いたくて……、そして、誰よりも憎んだその人が今、目の前にいる。
「ふふ、驚いてるの? 大丈夫だよ、ジュール。君を迎えに来たんだ。もう、誰にも君を渡さない。さあ、俺と一緒に行こう」
美しい唇から紡がれるその言葉。だがその言葉が嘘に満ちていることを、俺はもう知っている。
「誰が……、信じるもんか! アンタなんかっ!」
振り上げた拳をやすやすと掴まれた。
「ジュール、俺のこと愛してるって何度も言ってくれただろう? あれは嘘だったの?
俺はずっと、ジュールのことだけを考えていたよ」
「嘘、つけっ!」
唇を噛みしめるが、俺はすでにすっかりマリユスのペースにはまっていた。
ーーそうだ、俺は、初めてマリユスに奪われたときも、こんなふうに……。
「ジュール、君の気持ちはわかってるよ。ずっと、待っててくれたんだろう?
あんなに深く愛し合ったんだ。お互い、忘れられるわけがない、ね、そうだろ……?」
「嫌だ、やめ……」
引き寄せられ、思わず目を閉じる。
その時……、
「貴様っ! 叔父様からその汚い手を離せっ!!」
鋭い声とともに、俺はマリユスから引き離された。
「テオ!」
長剣を腰にさし、試合を終えたばかりのテオドールが怒気をあらわに、マリユスに立ち向かっていた。
「今の試合、見ました? テオドール様の圧勝でしたわね!」
「向かうところ敵なし、ですわ。さすがは、由緒正しいダンデス伯爵家のご出身だけありますわ!」
ーーそうだろう、そうだろう! もっと褒めてもいいんだぞっ!
ご令嬢たちの囁きに、俺は得意げに背をピンと反らせた。
「それに、あの神々しいまでの美しさ! あの黒い瞳に見つめられたら!! もうっ、死んでもいいっ!」
「無理無理! 私達なんて到底眼中にないわ! 学園でもほとんどの方が狙っていらっしゃるんだから!」
「でもシャルロット王女と婚約なさるって噂、本当かしら!?」
ーー本当だとも!! 俺はそのために、ここまでテオドールを育ててきたんだ!
俺は鼻の穴をふくらませる。
今日は、王立学園の一大イベントである剣術の御前試合が、学園の闘技場で華々しく行われていた。
もちろん、優勝は俺の義理の甥であるテオドールで間違いない。
ちなみに、これは単なる学園のイベントとはわけが違う。この100年以上の伝統を持つ御前試合では、優勝者が王に一つだけ願い事をすることが許されるのだ。
優勝したテオドールはそこで、王女であるシャルロット殿下に求婚し、王に認められたふたりは晴れて婚約する……というのが、俺のこの6年間の集大成となるシナリオである。
そして、今の所なにもかもが俺の筋書き通り進んでいた。
ーーついに、俺の今までの苦労が報われる日が来た……。
感無量の俺は、思わず目に溜まった涙を拭う。
その時、俺の前に白い綺麗なハンカチが差し出された。
「あ……、どうも……」
もちろん自分のハンカチは持っているので、断ろうとした顔を上げた俺は次の瞬間、石化したように固まってしまった。
「やあ、久しぶりだね。ジュール。君は相変わらず、とても可愛らしいままだね。……安心したよ」
俺を見つめる深緑の瞳……。
「マリユス……」
あれから6年。おそらくマリユスは38歳になっている。歳を重ねて、さらに色気を増したその美貌に俺は息を呑んだ。
「そんなに怯えた顔しないで。これでもずっと心配してたんだ。君の淫紋を解除しないまま旅立ってしまったから……。
君のことがずっと気がかりだったんよ。でも元気そうで良かった。淫紋はまだ君に残ってるみたいだから……、つまりは俺がいない間、君を可愛がってくれる人がいたってことだね。ちょっと妬けちゃうな」
さら、と頬を撫でられ、全身が総毛だった。
「触るな……!」
俺はガチガチと歯を鳴らした。背中には嫌な汗をかいている。
ーーマリユス・ロルジュ。
ずっと逢いたくて、逢いたくて……、そして、誰よりも憎んだその人が今、目の前にいる。
「ふふ、驚いてるの? 大丈夫だよ、ジュール。君を迎えに来たんだ。もう、誰にも君を渡さない。さあ、俺と一緒に行こう」
美しい唇から紡がれるその言葉。だがその言葉が嘘に満ちていることを、俺はもう知っている。
「誰が……、信じるもんか! アンタなんかっ!」
振り上げた拳をやすやすと掴まれた。
「ジュール、俺のこと愛してるって何度も言ってくれただろう? あれは嘘だったの?
俺はずっと、ジュールのことだけを考えていたよ」
「嘘、つけっ!」
唇を噛みしめるが、俺はすでにすっかりマリユスのペースにはまっていた。
ーーそうだ、俺は、初めてマリユスに奪われたときも、こんなふうに……。
「ジュール、君の気持ちはわかってるよ。ずっと、待っててくれたんだろう?
あんなに深く愛し合ったんだ。お互い、忘れられるわけがない、ね、そうだろ……?」
「嫌だ、やめ……」
引き寄せられ、思わず目を閉じる。
その時……、
「貴様っ! 叔父様からその汚い手を離せっ!!」
鋭い声とともに、俺はマリユスから引き離された。
「テオ!」
長剣を腰にさし、試合を終えたばかりのテオドールが怒気をあらわに、マリユスに立ち向かっていた。
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