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第20話 魔王の指名
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――なんと、おぞましい!
年若い男だと聞いていたが、この恰好では歳どころか、性別さえ不明だ。
何もかもが謎めいていて、見るものに恐怖を与えるいでたち……。側室たちは、この異形の魔王の相手をしなければならないことに、怯え、震えていたのだ。
「初めから素直に全員揃えていれば、こんな目に遭わずにすんだのにね! 本当に愚かな王だこと!」
小さな金色の精霊は、小馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑う。
その視線の先には…‥。
「マーリクっ、陛下っ!!!」
駆け寄ろうとしたアムルを、カミーラが止めた。
「やめろ、そなたまで石にされるぞ」
「カミーラ様っ、どうして、どうして陛下がっ!」
マーリクの姿は、石に変えられていた。
何かを制止しようとしていたところだったのか、石になったマーリクは右手を上げたまま固まっており、その表情は何かを叫んでいるように見える。
「あの魔王が、今宵の相手を決めるから側室を全員ここに集めろと言い出したのじゃ。
しかし陛下は、最後までそなたの存在を隠して……」
「そんな……!」
珍しく要求が少ない魔王だと、マーリクは言っていた。だがこの事態はいったいどういうことだ。
まるで、言い伝えにある、王と王女を呪い殺したという傲慢な王そのもののふるまいだ。
金の精霊を使役している魔王。人を石に変えることなど、たやすいことなのだろう。
「魔王、これで後宮にいる側室をすべて集めたぞ! 満足か?」
カミーラが、声高に叫ぶ。
漆黒の魔王は何も言わず、座ったまま微動だにしない。まるで感情などはじめからないようだ。
魔王の側を一周くるりと回った金色の精霊はにっこりと笑った。
「決まったわ! そこの白い軍服のオメガ! あなたが魔王様の夜伽の相手よ。光栄に思いなさい」
指名されなかったシャリーファをはじめとした残りの側室たちは、あからさまにほっとした表情を浮かべていた。
後ろに立ったカミーラがアムルの手を握った。
「アムル……、すまない。こんなことを言える立場にはないが、どうか……、魔王の怒りをといてくれ。
陛下を……、この国を助けてほしい」
「はい……、カミーラ様……」
だが、アムルにもわからなかった。
――魔王を悦ばせることができれば、すべては解決するのか……?
――魔王が満足すれば、石化したマーリクを元に戻してもらえるのか……?
「さあ、ぼうっとしてないで、早く準備しなさい! 魔王様が待ちくたびれているわよ!」
金色の精霊がぷりぷりしながら、大広間の空中を飛び回る。
「では、アムル様、どうぞこちらへ……」
石になり、固まったままのマーリクを何度も振り返りながら、アムルは来賓をもてなすための寝室へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その昔は、賓客をもてなすために、夜の相手をさせる娼妓を王宮が雇うこともあったという。
だが、現在ではどの国でもそのような風習はなくなっている。国と国との外交にも、基本的にそのような色事を含む接待は含まれていない。
ましてや、王の側室が、国賓の相手をするなどもってのほかだ。
――だが……、
黒ずくめの不気味な姿の魔王。きっとあの魔王にはすべての常識は通用しない。
泣き崩れていたシャリーファを思い出し、アムルはぎゅっと拳を握り締める。
アムルはオメガと言えど、男性体だ。ほかの側室の女性たちがその身を差し出すことに比べれば、アムルが一晩魔王の相手をすることなど大したことではない。
それよりも、なんとか魔王を説得して、石化してしまったマーリクをもとに戻してもらわなければ……。
急ごしらえの賓客用の寝室で、アムルはひとり魔王の到着を待っていた。
さきほど女官が焚いた甘い香りの香が、アムルの胸を締め付ける。
――これから、ここで……。
ずっと王の相手を務めてきたとはいえ、アムルは娼妓ではない。閨でも、いつもマーリクに任せて合わせているだけだ。自分に魔王を満足されるほどの性技があるとも思えなかった。
――もし、魔王を怒らせたりしたら……。
所在なげに寝台に腰掛けたその時、部屋の明かりがすべて消えた。
――闇。
なぜか、焚かれていた香のにおいも、一瞬で部屋から消し去られる。
あたりは一筋の光も入らない、墨で塗りつぶされたような黒一色だ。
そして、次の瞬間……、一陣の風と共に、アムルは懐かしい香りに包まれていた。
忘れていた、あの美しい姿。
――あの優しく自分を呼ぶ声までも、ためらいがちに触れるその指先さえも、すべてが鮮やかに今、アムルの脳裏によみがえっていた。
「アミードっ!!!」
闇に向かってアムルは叫んでいた。
年若い男だと聞いていたが、この恰好では歳どころか、性別さえ不明だ。
何もかもが謎めいていて、見るものに恐怖を与えるいでたち……。側室たちは、この異形の魔王の相手をしなければならないことに、怯え、震えていたのだ。
「初めから素直に全員揃えていれば、こんな目に遭わずにすんだのにね! 本当に愚かな王だこと!」
小さな金色の精霊は、小馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑う。
その視線の先には…‥。
「マーリクっ、陛下っ!!!」
駆け寄ろうとしたアムルを、カミーラが止めた。
「やめろ、そなたまで石にされるぞ」
「カミーラ様っ、どうして、どうして陛下がっ!」
マーリクの姿は、石に変えられていた。
何かを制止しようとしていたところだったのか、石になったマーリクは右手を上げたまま固まっており、その表情は何かを叫んでいるように見える。
「あの魔王が、今宵の相手を決めるから側室を全員ここに集めろと言い出したのじゃ。
しかし陛下は、最後までそなたの存在を隠して……」
「そんな……!」
珍しく要求が少ない魔王だと、マーリクは言っていた。だがこの事態はいったいどういうことだ。
まるで、言い伝えにある、王と王女を呪い殺したという傲慢な王そのもののふるまいだ。
金の精霊を使役している魔王。人を石に変えることなど、たやすいことなのだろう。
「魔王、これで後宮にいる側室をすべて集めたぞ! 満足か?」
カミーラが、声高に叫ぶ。
漆黒の魔王は何も言わず、座ったまま微動だにしない。まるで感情などはじめからないようだ。
魔王の側を一周くるりと回った金色の精霊はにっこりと笑った。
「決まったわ! そこの白い軍服のオメガ! あなたが魔王様の夜伽の相手よ。光栄に思いなさい」
指名されなかったシャリーファをはじめとした残りの側室たちは、あからさまにほっとした表情を浮かべていた。
後ろに立ったカミーラがアムルの手を握った。
「アムル……、すまない。こんなことを言える立場にはないが、どうか……、魔王の怒りをといてくれ。
陛下を……、この国を助けてほしい」
「はい……、カミーラ様……」
だが、アムルにもわからなかった。
――魔王を悦ばせることができれば、すべては解決するのか……?
――魔王が満足すれば、石化したマーリクを元に戻してもらえるのか……?
「さあ、ぼうっとしてないで、早く準備しなさい! 魔王様が待ちくたびれているわよ!」
金色の精霊がぷりぷりしながら、大広間の空中を飛び回る。
「では、アムル様、どうぞこちらへ……」
石になり、固まったままのマーリクを何度も振り返りながら、アムルは来賓をもてなすための寝室へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その昔は、賓客をもてなすために、夜の相手をさせる娼妓を王宮が雇うこともあったという。
だが、現在ではどの国でもそのような風習はなくなっている。国と国との外交にも、基本的にそのような色事を含む接待は含まれていない。
ましてや、王の側室が、国賓の相手をするなどもってのほかだ。
――だが……、
黒ずくめの不気味な姿の魔王。きっとあの魔王にはすべての常識は通用しない。
泣き崩れていたシャリーファを思い出し、アムルはぎゅっと拳を握り締める。
アムルはオメガと言えど、男性体だ。ほかの側室の女性たちがその身を差し出すことに比べれば、アムルが一晩魔王の相手をすることなど大したことではない。
それよりも、なんとか魔王を説得して、石化してしまったマーリクをもとに戻してもらわなければ……。
急ごしらえの賓客用の寝室で、アムルはひとり魔王の到着を待っていた。
さきほど女官が焚いた甘い香りの香が、アムルの胸を締め付ける。
――これから、ここで……。
ずっと王の相手を務めてきたとはいえ、アムルは娼妓ではない。閨でも、いつもマーリクに任せて合わせているだけだ。自分に魔王を満足されるほどの性技があるとも思えなかった。
――もし、魔王を怒らせたりしたら……。
所在なげに寝台に腰掛けたその時、部屋の明かりがすべて消えた。
――闇。
なぜか、焚かれていた香のにおいも、一瞬で部屋から消し去られる。
あたりは一筋の光も入らない、墨で塗りつぶされたような黒一色だ。
そして、次の瞬間……、一陣の風と共に、アムルは懐かしい香りに包まれていた。
忘れていた、あの美しい姿。
――あの優しく自分を呼ぶ声までも、ためらいがちに触れるその指先さえも、すべてが鮮やかに今、アムルの脳裏によみがえっていた。
「アミードっ!!!」
闇に向かってアムルは叫んでいた。
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