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第19話 側室たち
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~現在~
新しい魔王をもてなす宴は、夕刻から始まり、深夜の今になっても終わる様子はない。
アムルのいる部屋からも、大広間で奏でられている演奏や、舞踊の曲が絶え間なく聞こえてきている。
宴に出る必要のないアムルは、思いのほかゆっくりとした夜を過ごすことができていた。夕食は二人の娘と一緒にとり、娘たちが眠るまでずっとそばにいてやれた。
――こんなに穏やかに過ごせるのならば、たまには国賓がくるというのもいいものだ。
女官が入れてくれた薬草茶を飲みながら、アムルは読もうと思ってずっと手を付けていなかった書籍を開いていた。
ふと窓の外から聞こえてくる管弦の曲が途切れた。
それから聞こえてきたのは、女たちの悲鳴。
――なにが、あった?
慌てて窓から外を伺おうとしたその時、アムルの部屋の扉が何度もノックされた。
「アムル様っ、アムル様っ、すぐにお支度ください!」
扉を開けて入ってきたのは、血相を変えた白髪の執事だった。
「なにかあったのか? さっき、悲鳴のような声が……」
「とにかく、すぐにお支度を、さあ、皆、かかれ」
後ろに続いていた女官たちが一斉に入ってくる。
「ちょっと、いったい、何を……?」
「とにかく、お支度を。そして大広間にお越しください」
「お召し物はいかがいたしましょう? この薄衣のドレスは……」
「馬鹿者! 陛下とそろいの白い軍服をご用意しろ!」
おろおろとする女官を執事は叱りつける。
「わからないのか!? おそらく、あの方は……、そういうアムル様をお望みだ…‥」
執事の撫でつけられた白髪が一筋はらりと額にかかった。
いつも冷静沈着としている王の執事。これほど慌てふためいている彼を見るのは初めてだ。
「あの、あの方……、とは……」
女官に夜着を脱がされようとしているアムルが問うと、執事は慌てて目を伏せた。
「新しい魔王様でございます……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
装飾が施された白い軍服に身を包み、髪を後ろに撫でつけられたアムルは、廊下で控えていた近衛兵とともに、王宮の大広間に向かった。
さきほどまでずっと続いていた演奏は鳴りやんだままだ。
宴の最中だというのに、恐ろしいほどあたりはしんとしている。
「アムル様をお連れしました」
近衛兵が大広間の扉を開ける。
アムルの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
広間に並んでいるのは、着飾った王の側室たち6人。
だがそのきらびやかな装いとは裏腹に、どのものも表情には精気がなく、血の気が引いている。
「あ、ああ! アムル様っ、アムル様っ!!」
アムルを見た側室のシャリーファが、アムルに駆け寄る。
アムルの手を取ると、シャリーファはしくしくと泣き出した。
「シャリーファ様、いったいどうしたのです? なぜ、こんな…‥」
「魔王が、魔王がっ…‥、私たち側室の中から、今宵の伽の相手を選ぶと!!」
シャリーファはアムルの前に崩れ落ちる。
「これでやっと全員そろったようね」
鈴が鳴るような声がして振り向くと、手のひらくらいの大きさしかない羽のついた少女が、空に浮かんでいた。
――精霊……。
アムルもその姿を見たのは初めてだった。
金色のひらひらした衣服に、金の髪。存在自体がキラキラとした光に包まれている。
そして、その精霊のすぐそばに悠然と座っている男……。
シャリーファが泣いて嫌がるのももっともだった。
その新しい魔王のいでたちは、まるで闇そのものだった。
漆黒のマントに、漆黒の軍服、なにもかもが黒く、そして一番見るものに恐怖を与えるのはその真っ黒な仮面だった。
髪もすべて覆い隠したその仮面に頭部はすべて隠されており、空いた目の部分から赤く光る魔眼がのぞいている。
新しい魔王をもてなす宴は、夕刻から始まり、深夜の今になっても終わる様子はない。
アムルのいる部屋からも、大広間で奏でられている演奏や、舞踊の曲が絶え間なく聞こえてきている。
宴に出る必要のないアムルは、思いのほかゆっくりとした夜を過ごすことができていた。夕食は二人の娘と一緒にとり、娘たちが眠るまでずっとそばにいてやれた。
――こんなに穏やかに過ごせるのならば、たまには国賓がくるというのもいいものだ。
女官が入れてくれた薬草茶を飲みながら、アムルは読もうと思ってずっと手を付けていなかった書籍を開いていた。
ふと窓の外から聞こえてくる管弦の曲が途切れた。
それから聞こえてきたのは、女たちの悲鳴。
――なにが、あった?
慌てて窓から外を伺おうとしたその時、アムルの部屋の扉が何度もノックされた。
「アムル様っ、アムル様っ、すぐにお支度ください!」
扉を開けて入ってきたのは、血相を変えた白髪の執事だった。
「なにかあったのか? さっき、悲鳴のような声が……」
「とにかく、すぐにお支度を、さあ、皆、かかれ」
後ろに続いていた女官たちが一斉に入ってくる。
「ちょっと、いったい、何を……?」
「とにかく、お支度を。そして大広間にお越しください」
「お召し物はいかがいたしましょう? この薄衣のドレスは……」
「馬鹿者! 陛下とそろいの白い軍服をご用意しろ!」
おろおろとする女官を執事は叱りつける。
「わからないのか!? おそらく、あの方は……、そういうアムル様をお望みだ…‥」
執事の撫でつけられた白髪が一筋はらりと額にかかった。
いつも冷静沈着としている王の執事。これほど慌てふためいている彼を見るのは初めてだ。
「あの、あの方……、とは……」
女官に夜着を脱がされようとしているアムルが問うと、執事は慌てて目を伏せた。
「新しい魔王様でございます……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
装飾が施された白い軍服に身を包み、髪を後ろに撫でつけられたアムルは、廊下で控えていた近衛兵とともに、王宮の大広間に向かった。
さきほどまでずっと続いていた演奏は鳴りやんだままだ。
宴の最中だというのに、恐ろしいほどあたりはしんとしている。
「アムル様をお連れしました」
近衛兵が大広間の扉を開ける。
アムルの目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
広間に並んでいるのは、着飾った王の側室たち6人。
だがそのきらびやかな装いとは裏腹に、どのものも表情には精気がなく、血の気が引いている。
「あ、ああ! アムル様っ、アムル様っ!!」
アムルを見た側室のシャリーファが、アムルに駆け寄る。
アムルの手を取ると、シャリーファはしくしくと泣き出した。
「シャリーファ様、いったいどうしたのです? なぜ、こんな…‥」
「魔王が、魔王がっ…‥、私たち側室の中から、今宵の伽の相手を選ぶと!!」
シャリーファはアムルの前に崩れ落ちる。
「これでやっと全員そろったようね」
鈴が鳴るような声がして振り向くと、手のひらくらいの大きさしかない羽のついた少女が、空に浮かんでいた。
――精霊……。
アムルもその姿を見たのは初めてだった。
金色のひらひらした衣服に、金の髪。存在自体がキラキラとした光に包まれている。
そして、その精霊のすぐそばに悠然と座っている男……。
シャリーファが泣いて嫌がるのももっともだった。
その新しい魔王のいでたちは、まるで闇そのものだった。
漆黒のマントに、漆黒の軍服、なにもかもが黒く、そして一番見るものに恐怖を与えるのはその真っ黒な仮面だった。
髪もすべて覆い隠したその仮面に頭部はすべて隠されており、空いた目の部分から赤く光る魔眼がのぞいている。
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