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第14話 裏切り者

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 アミードは、マーリクと共にいた。

 二人は小舟に乗り、囁き合い、笑い合い、触れ合っていた。


 人払いしているのだろう、護衛と思われる王宮の騎士たちは、ずいぶん離れたところで休憩をしているようだった。
 いつものことで慣れているのか、アムルが馬で近づいても気づくこともなく、まったく危機感のない表情だ。

 もともと王太子のマーリクも、アミードも魔力が高く、誰かに襲われたところで簡単に返り討ちにできるような人間だ。だから、騎士たちもそもそも護衛の必要性すら感じていないのかもしれない。


「アミード……」

 馬をつなぎ、大きな木の影から、アムルは湖の上の二人の様子をうかがう。


 声は聞こえないが、二人はとても楽しそうだった。
 明るく、キラキラと輝くような笑みを浮かべるアミードは、昨晩、アムルの上に乗り、熱い吐息をもらし、快感に呻いていたアミードと同一人物とはまるで思えない。


 ふとした瞬間にマーリクが、アミードを引き寄せ、顔を近づける。

「……っ!」

 アミードは絶妙なタイミングでキスをかわすと、マーリクの唇に自分の人差し指を押し当てた。
 そして、蠱惑的な笑みを浮かべると、自らマーリクの背中に手をまわす……。

 アムルは、そんな二人の状況を信じられない思いで見ているだけだった。


 ――嘘だ、嘘だ、嘘だ……。


 母親の話を聞いてはいたが、直接目にするまでは、まだ想像の中の出来事に過ぎなかった。
 だが、マーリクとアミードのこれほど親密な関係を目の当たりにして、アムルは心の底から激しい怒りが沸き起こってくるのを感じた。


 ――嘘つき、嘘つき、嘘つき!!


 アミードに奪われた純潔。
 それがただ単に、マーリクを自分だけのものにしたいというアミードの嫉妬からくる行動だったとしたら……?


 小舟の上で、アミードがマーリクに押し倒される。
 アミードはくすくすと笑いながら、マーリクの背中をつねる。


 ――その時。

 こちらに顔を向けたアミードの金色の瞳と、目が合った。



 まさかここにいるとは思わなかったのだろう。

 アミードは驚きに大きく目を見開いた。


 アムルは拳を握り締め、木の陰から進み出た。

 体の中心部から、怒りが燃えさかる炎のように沸き起こってくるのがわかる。



「アミード、マーリクっ!」

 名を呼ばれ、マーリクも振り返る。

 だが、アムルを見つめるその瞳は、どこかぼんやりと翳っていた。


「アムル! やめろ! これは違うんだ!」

 アミードが、マーリクをかばうようにその背に隠した。


「何が……、何が違うんだ!? アミード、お前にはすっかり騙された。
もう、誰も信じない。そんなに二人がいいなら、このまま二人仲良く湖の底に沈めてやる!!!」


 アムルが手のひらを空に向け、振り下ろすと、湖に巨大な渦が発生した。

 小舟はあっという間に、その渦に巻き込まれていく。

 アムル自身ですら、この時まで知らなかった。自分にこれほどの魔力があったことを。



「アムルっ、やめろっ! 早まるな!!」

「許さない! アミード、……マーリク、お前もだっ!」


 その時、マーリクが小舟の上で突然立ち上がった。

「アムル! アムルなのかっ!?」

 さきほどまで翳っていたマーリクの瞳は光を取り戻し、まっすぐにアムルを見据えていた。


「今更気づいたのか? マーリク……。ああ、そうか、髪を切ったからかな。
そうそう、マーリク、死ぬ前に見せておいてやるよ!
ほら、このうなじの噛み痕、昨日の夜にアミードが付けたんだ。
どう? 遠くてよく見えないかな?」

 アムルはせせら笑う。

「アムル、一体どういうことだ。アミード、なんでお前がここにいる!?」

 マーリクに責められたアミードは、ぎゅっと唇を引き結ぶ。

「マーリク、残念だったね。僕の純潔は、アミードに奪ってもらったよ。
どう? アミードのお下がりでも、まだ僕を娶る気になる? ならないよね!?
じゃあ、今ここで僕から婚約を破棄してあげるよ!
――ああ、でもそんなこと、もうどうでもいいよね。……だって、今ここでお前らは死ぬんだから!」


「アムルっ、さっきからいったい何を言ってるんだ!? アミード、黙ってないで説明しろ! どうして、アムルは……っ」


「いつまでもそうして二人で仲良くしていればいい!! 死ねっ!」


 アムルの水色の瞳が光ると、渦の勢いが増し、あっという間に二人を乗せた小舟は渦の中心部へ引き込まれていく。



 大渦が二人をすっかり飲み込んだのを見届けると、膨大な魔力を消費したアムルは力尽き、その場に倒れた。






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