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第10話 決意
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部屋に戻ったアムルは、そのまま寝台に倒れこんだ。
動悸がおさまらない。
アムルは寝台の上で、胎児のように丸くなりぎゅっと自分自身を抱きしめた。
――嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
ただならぬ関係にあるというアミードとマーリク。
アムルがまだ二人と仲が良かったころ、二人の間にそのような特別な雰囲気はなかった。
だが、いまアムルが置かれているこの状況が、母のアミードへの指摘が間違ってはいないことを示している。
アムルがマーリクの側室に内定したときに、激高し強く反対したアミード。そして、その直後から、マーリクから存在を無視されて続けているアムル。
極めつけは、マーリクには渡したくないと、アムルの貞操を奪おうとするアミード。
その行動すべてが、アミードとマーリクの親密すぎる関係性から来ているのだとしたら……?
アミードの言葉を思い出す。
『外の世界のことは、アムルは何も知りません……』
アムルは手が白くなるほど拳を握り締めた。
――許せない、マーリクも、アミードも…‥!
メイドに具合が悪いので朝食はいらないと伝えると、アムルは家族のものが屋敷を出るのを待った。
ちょうど今日は、午後からしか家庭教師は来ない。
アミードと両親が出かけたのを見計らって、アムルはアミードの部屋に忍び込んだ。
アミードの部屋は、整然していた。あたりにはいつもアミードからする爽やかな香りが漂っていて、アムルの胸はぎゅっと締め付けられた。
まだ自分がアルファだと信じていたころは、あたり前のようにこの寝台に転がり、二人でじゃれ合っていた。
アムルはアミードの机の引き出しを開ける。
双子の弟だ。だいたいの隠し場所は、把握していた。
二段目の引き出しの奥に、アムルの探し物は見つかった。
箱に入れるでもなく、ぞんざいに押し込まれるように入れられていた、それ。
「愛しい君へ、……マーリク……」
読むのも恥ずかしくなるような、マーリクからの熱烈な恋文だった。
アミードは美しい。
その美しさは、少女たちだけでなく、男性をも虜にするほどだ。
長く伸びた手足、金色に輝く髪と瞳。鍛えられた均整のとれた身体。
端正な顔だちは、どこか甘く、その麗しい瞳に見つめられると誰でも心をときめかすだろう……。
それに、比べて、オメガの自分はなんとみすぼらしいことか!
冷たい水色の髪と瞳、表情が乏しいといわれる顏。
いくら鍛えても、筋肉が身につかない薄っぺらい貧相な体を、女性的な装飾の服に押し込んでいる。
――僕が、オメガだからなのか!?
――だからここまで、虚仮にされるのか!?
アムルは、マーリクからの恋文をぐしゃりと握りつぶすと、そのまま元の引き出しに戻す。
――もう、アミードの思い通りにはさせない!
アムルのこの怒りの感情が、誰に、どこに向かっているのか、この時はまだアムル本人にもよくわかっていなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜……。
さも当然とばかりに、アミードはアムルの寝室を訪れた。
「アムル、今朝具合が悪かったんだって? 大丈夫……?」
すっかり明かりを落として暗くなっている室内を、アミードはまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
「出ていけ!」
アミードを見て、寝台の上のアムルはブランケットを頭からかぶった。
「どうしたの? アムル、まだ具合悪いの……」
「出ていけっていてるだろっ!」
「アムル、一体どうしたんだ? 今日何かあったの?」
アミードは寝台に腰掛けると、ブランケットの上から、アムルを優しく撫でた。
「僕が……、僕が何も知らないと思ったら大間違いだ!
お前の魂胆はお見通しだ!」
アムルはブランケットを取ってがばりと起き上がった。
「アムル……?」
暗い室内でも、アミードの金の瞳は美しく輝いていた。
「知ってるんだ。アミード、お前が何を企んでいるか……。
だから、僕はもうお前には指一本触れさせない」
「……っ!」
やはり思い当たることがあるのだろう。アミードは息を呑んだ。
「それから、僕はこの家を出ていくことに決めたからな!
もう誰にもオメガだからって、差別されないところで生きていくことに決めたっ!」
アムルに向かって伸ばされたアミードの手を、アムルはぴしゃりとはねのけた。
「アムル、どうしたんだよ、急に……っ」
「もう、うんざり、なんだよっ! オメガだからって、なんで当たり前みたいにアルファに抱かれなきゃいけないんだ。
僕は、僕だ! これからは、名前もオメガであることも捨てて、どこか遠いところで生きていくことにする」
「それなら、アムル、俺も一緒に」
「お前はついてくるな! アミード! アルファのお前になんて、用はない!」
アムルの言葉に、アミードは歯を食いしばり、小刻みに震え始めた。
「アムルっ……、なんで、そんなことを言うんだよ……」
アミードの金の瞳が鋭く光ったかと思うと、次の瞬間、アムルはアミードに両手を掴まれ、寝台に押さえつけられていた。
「離せっ!」
アムルはアミードを睨みつける。
「嫌だ。嫌だ嫌だ! 絶対に離さない。アムルが俺の前から逃げるつもりなら、一生逃げられないようにする。
今、ここで!」
動悸がおさまらない。
アムルは寝台の上で、胎児のように丸くなりぎゅっと自分自身を抱きしめた。
――嘘だ、嘘だ、嘘だ……。
ただならぬ関係にあるというアミードとマーリク。
アムルがまだ二人と仲が良かったころ、二人の間にそのような特別な雰囲気はなかった。
だが、いまアムルが置かれているこの状況が、母のアミードへの指摘が間違ってはいないことを示している。
アムルがマーリクの側室に内定したときに、激高し強く反対したアミード。そして、その直後から、マーリクから存在を無視されて続けているアムル。
極めつけは、マーリクには渡したくないと、アムルの貞操を奪おうとするアミード。
その行動すべてが、アミードとマーリクの親密すぎる関係性から来ているのだとしたら……?
アミードの言葉を思い出す。
『外の世界のことは、アムルは何も知りません……』
アムルは手が白くなるほど拳を握り締めた。
――許せない、マーリクも、アミードも…‥!
メイドに具合が悪いので朝食はいらないと伝えると、アムルは家族のものが屋敷を出るのを待った。
ちょうど今日は、午後からしか家庭教師は来ない。
アミードと両親が出かけたのを見計らって、アムルはアミードの部屋に忍び込んだ。
アミードの部屋は、整然していた。あたりにはいつもアミードからする爽やかな香りが漂っていて、アムルの胸はぎゅっと締め付けられた。
まだ自分がアルファだと信じていたころは、あたり前のようにこの寝台に転がり、二人でじゃれ合っていた。
アムルはアミードの机の引き出しを開ける。
双子の弟だ。だいたいの隠し場所は、把握していた。
二段目の引き出しの奥に、アムルの探し物は見つかった。
箱に入れるでもなく、ぞんざいに押し込まれるように入れられていた、それ。
「愛しい君へ、……マーリク……」
読むのも恥ずかしくなるような、マーリクからの熱烈な恋文だった。
アミードは美しい。
その美しさは、少女たちだけでなく、男性をも虜にするほどだ。
長く伸びた手足、金色に輝く髪と瞳。鍛えられた均整のとれた身体。
端正な顔だちは、どこか甘く、その麗しい瞳に見つめられると誰でも心をときめかすだろう……。
それに、比べて、オメガの自分はなんとみすぼらしいことか!
冷たい水色の髪と瞳、表情が乏しいといわれる顏。
いくら鍛えても、筋肉が身につかない薄っぺらい貧相な体を、女性的な装飾の服に押し込んでいる。
――僕が、オメガだからなのか!?
――だからここまで、虚仮にされるのか!?
アムルは、マーリクからの恋文をぐしゃりと握りつぶすと、そのまま元の引き出しに戻す。
――もう、アミードの思い通りにはさせない!
アムルのこの怒りの感情が、誰に、どこに向かっているのか、この時はまだアムル本人にもよくわかっていなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その夜……。
さも当然とばかりに、アミードはアムルの寝室を訪れた。
「アムル、今朝具合が悪かったんだって? 大丈夫……?」
すっかり明かりを落として暗くなっている室内を、アミードはまっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
「出ていけ!」
アミードを見て、寝台の上のアムルはブランケットを頭からかぶった。
「どうしたの? アムル、まだ具合悪いの……」
「出ていけっていてるだろっ!」
「アムル、一体どうしたんだ? 今日何かあったの?」
アミードは寝台に腰掛けると、ブランケットの上から、アムルを優しく撫でた。
「僕が……、僕が何も知らないと思ったら大間違いだ!
お前の魂胆はお見通しだ!」
アムルはブランケットを取ってがばりと起き上がった。
「アムル……?」
暗い室内でも、アミードの金の瞳は美しく輝いていた。
「知ってるんだ。アミード、お前が何を企んでいるか……。
だから、僕はもうお前には指一本触れさせない」
「……っ!」
やはり思い当たることがあるのだろう。アミードは息を呑んだ。
「それから、僕はこの家を出ていくことに決めたからな!
もう誰にもオメガだからって、差別されないところで生きていくことに決めたっ!」
アムルに向かって伸ばされたアミードの手を、アムルはぴしゃりとはねのけた。
「アムル、どうしたんだよ、急に……っ」
「もう、うんざり、なんだよっ! オメガだからって、なんで当たり前みたいにアルファに抱かれなきゃいけないんだ。
僕は、僕だ! これからは、名前もオメガであることも捨てて、どこか遠いところで生きていくことにする」
「それなら、アムル、俺も一緒に」
「お前はついてくるな! アミード! アルファのお前になんて、用はない!」
アムルの言葉に、アミードは歯を食いしばり、小刻みに震え始めた。
「アムルっ……、なんで、そんなことを言うんだよ……」
アミードの金の瞳が鋭く光ったかと思うと、次の瞬間、アムルはアミードに両手を掴まれ、寝台に押さえつけられていた。
「離せっ!」
アムルはアミードを睨みつける。
「嫌だ。嫌だ嫌だ! 絶対に離さない。アムルが俺の前から逃げるつもりなら、一生逃げられないようにする。
今、ここで!」
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