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第8話 正妃
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~現在~
目が覚めるとすでにアムルの寝所に王の姿はなかった。
節々痛む身体で何とか起き上がる。身体のあちこちについた噛み痕と吸い痕に、アムルは嘆息する。
――マーリクに、愛されている。身分不相応なほどに……。
もともと親友だったマーリク。マーリクのまっすぐな人柄は少年のころから何も変わっていない。だから、このように抱きつぶされるような間柄になっても、アムルは心の底からマーリクを憎むことができずにいる。
そしてマーリクから向けられる強い愛情に、同じ熱量をもって返せない自分をふがいなくも思う。
――あんなことがあったというのに、今は王の側室として、申し分のない生活だ。王に寵愛され、子どもも二人いる。
対応の難しい正妃はいるが、心から疎まれているわけでもない。ほかの側室たちは、王のアムルへの寵愛ぶりが王宮に広く知られてから輿入れしたものたちばかりなので、王とアムルとの関係にあきれこそすれ、今更嫉妬することもない。
――でも、それなのに、自分は、どうして、こんなに……。
朝食を済ませると、アムルは約束通り子供たちの元へと向かった。すでに十分日が高くなっている。
昨晩は途中から意識はなかったが、マーリクはいつも通り明け方近くまでアムルの身体を貪っていたに違いない。
「アムル様、カミーラ様がお呼びです。姫様たちもご一緒にとのことです」
ルゥルゥにたっぷりと絵本を読んであげた後、マイイがおままごとをしたいというので3人で遊んでいたところに、侍女がやってきた。
「……わかりました」
断れる立場にないアムルは、娘二人を連れて、カミーラが待つ王宮の中庭へと向かった。
中庭では正妃・カミーラの一人息子、ターヒルが騎士を相手に剣術の稽古をしているところだった。
アムルたちはその見物に誘われたのだ。
「ようやく目覚めたか。昨夜も大変だったそうじゃな」
開口一番、カミーラはアムルを揶揄した。
おそらく、昨日新しい側妃の寝所に行ったあとに、王がアムルの元を訪れたことを知ってのことだろう。
「遅くなり申し訳ありません」
アムルが頭を下げる。
「なに、今しがたはじまったばかりじゃ。マイイとルゥルゥはそちらへ」
「はぁーい」
「カミーラ様、いつもありがとうございます」
しぼりたての果実水と、きらびやかな茶菓子がたくさん用意された席に、子供たちは喜んで座った。
「好きなだけお食べ」
アムルにお小言をいうのがなによりの楽しみだというカミーラだが、こうしてマイイとルゥルゥが懐いているところからも、本当は心根の優しい女性だということがわかる。
カミーラは、隣国の元王女。マーリクとは政略結婚にあたる。
二人の間には愛情はない、とカミーラもマーリクも言っているが、アムルの目から見ると二人はとてもお似合いの夫婦に見える。
割り切った関係かもしれないが、二人の間には確かな信頼関係があるようだった。
カミーラはまっすぐな銀髪が美しく、紫色の瞳の神秘的な容姿をしている。
「体調はどうじゃ?」
毎夜マーリクにさいなまれていることを知っているカミーラは、一応アムルを気遣ってくれているらしい。
「はい、大丈夫です」
アムルの前に置かれたカップに、香り高いお茶が注がれる。
「これでも、そなたには感謝しておるのじゃ。そなたがいるおかげで私もここで安穏としておられるからな」
カミーラはアムルに茶菓子をすすめてくる。離れたテーブルにいる子供たち二人は、色とりどりの菓子にすっかり夢中の様子だ。
「私のおかげ、ですか?」
「そなたはほかの側室と違い、わきまえておるからな。私の地位をおびやかそうとか、大それたことを思ってもおらぬだろう」
「当り前です! 私がカミーラ様をおびやかすなど!」
「私を……恨んでいるか?」
カミーラにまっすぐに見つめられる。
「そんな、恨む、など……」
「そなたが側室として王宮に入り、私と王との結婚が急に決まったころ、そなたはまるで抜け殻のようじゃった。陛下は毎夜抜け殻のそなたを抱き、私の元へ泣き言を言いに来た。
……おかげで、ターヒルが産まれたのじゃがな。
私はあまり他人の感情を気にかけることはないが、あの時の陛下は……、あまりにも憐れじゃった。
だから私が、陛下にあの薬を渡したのだ。私の国に伝わる、秘薬を……」
――秘薬。
「……おかげで、マイイとルゥルゥが産まれました。カミーラ様には感謝しております」
「子どもが生まれてから、そなたは変わったな。そしてそなたが変わって、陛下も変わった。
でも、たまに思うことがある。本当にこれでよかったのか、と……。そなたは、もしかしたら誰か別の……」
カミーラの視線に、アムルは目を伏せた。
「これでよかったのです。私は、マイイとルゥルゥがいて、幸せです」
「……そうか」
カミーラは、騎士と剣を交えている自分の息子へと目を向ける。
「なかなか筋がいいらしい。将来が楽しみじゃ」
「相手の騎士が圧倒されています。ターヒル殿下の前途は洋々としていますね」
次期国王をたたえたアムルに、カミーラは顔を曇らせる。
「一つ、気になることがあるのじゃ」
「気になること、ですか?」
「魔女・ワアドが王位を退いて、魔法国に新しい魔王が誕生したらしい」
目が覚めるとすでにアムルの寝所に王の姿はなかった。
節々痛む身体で何とか起き上がる。身体のあちこちについた噛み痕と吸い痕に、アムルは嘆息する。
――マーリクに、愛されている。身分不相応なほどに……。
もともと親友だったマーリク。マーリクのまっすぐな人柄は少年のころから何も変わっていない。だから、このように抱きつぶされるような間柄になっても、アムルは心の底からマーリクを憎むことができずにいる。
そしてマーリクから向けられる強い愛情に、同じ熱量をもって返せない自分をふがいなくも思う。
――あんなことがあったというのに、今は王の側室として、申し分のない生活だ。王に寵愛され、子どもも二人いる。
対応の難しい正妃はいるが、心から疎まれているわけでもない。ほかの側室たちは、王のアムルへの寵愛ぶりが王宮に広く知られてから輿入れしたものたちばかりなので、王とアムルとの関係にあきれこそすれ、今更嫉妬することもない。
――でも、それなのに、自分は、どうして、こんなに……。
朝食を済ませると、アムルは約束通り子供たちの元へと向かった。すでに十分日が高くなっている。
昨晩は途中から意識はなかったが、マーリクはいつも通り明け方近くまでアムルの身体を貪っていたに違いない。
「アムル様、カミーラ様がお呼びです。姫様たちもご一緒にとのことです」
ルゥルゥにたっぷりと絵本を読んであげた後、マイイがおままごとをしたいというので3人で遊んでいたところに、侍女がやってきた。
「……わかりました」
断れる立場にないアムルは、娘二人を連れて、カミーラが待つ王宮の中庭へと向かった。
中庭では正妃・カミーラの一人息子、ターヒルが騎士を相手に剣術の稽古をしているところだった。
アムルたちはその見物に誘われたのだ。
「ようやく目覚めたか。昨夜も大変だったそうじゃな」
開口一番、カミーラはアムルを揶揄した。
おそらく、昨日新しい側妃の寝所に行ったあとに、王がアムルの元を訪れたことを知ってのことだろう。
「遅くなり申し訳ありません」
アムルが頭を下げる。
「なに、今しがたはじまったばかりじゃ。マイイとルゥルゥはそちらへ」
「はぁーい」
「カミーラ様、いつもありがとうございます」
しぼりたての果実水と、きらびやかな茶菓子がたくさん用意された席に、子供たちは喜んで座った。
「好きなだけお食べ」
アムルにお小言をいうのがなによりの楽しみだというカミーラだが、こうしてマイイとルゥルゥが懐いているところからも、本当は心根の優しい女性だということがわかる。
カミーラは、隣国の元王女。マーリクとは政略結婚にあたる。
二人の間には愛情はない、とカミーラもマーリクも言っているが、アムルの目から見ると二人はとてもお似合いの夫婦に見える。
割り切った関係かもしれないが、二人の間には確かな信頼関係があるようだった。
カミーラはまっすぐな銀髪が美しく、紫色の瞳の神秘的な容姿をしている。
「体調はどうじゃ?」
毎夜マーリクにさいなまれていることを知っているカミーラは、一応アムルを気遣ってくれているらしい。
「はい、大丈夫です」
アムルの前に置かれたカップに、香り高いお茶が注がれる。
「これでも、そなたには感謝しておるのじゃ。そなたがいるおかげで私もここで安穏としておられるからな」
カミーラはアムルに茶菓子をすすめてくる。離れたテーブルにいる子供たち二人は、色とりどりの菓子にすっかり夢中の様子だ。
「私のおかげ、ですか?」
「そなたはほかの側室と違い、わきまえておるからな。私の地位をおびやかそうとか、大それたことを思ってもおらぬだろう」
「当り前です! 私がカミーラ様をおびやかすなど!」
「私を……恨んでいるか?」
カミーラにまっすぐに見つめられる。
「そんな、恨む、など……」
「そなたが側室として王宮に入り、私と王との結婚が急に決まったころ、そなたはまるで抜け殻のようじゃった。陛下は毎夜抜け殻のそなたを抱き、私の元へ泣き言を言いに来た。
……おかげで、ターヒルが産まれたのじゃがな。
私はあまり他人の感情を気にかけることはないが、あの時の陛下は……、あまりにも憐れじゃった。
だから私が、陛下にあの薬を渡したのだ。私の国に伝わる、秘薬を……」
――秘薬。
「……おかげで、マイイとルゥルゥが産まれました。カミーラ様には感謝しております」
「子どもが生まれてから、そなたは変わったな。そしてそなたが変わって、陛下も変わった。
でも、たまに思うことがある。本当にこれでよかったのか、と……。そなたは、もしかしたら誰か別の……」
カミーラの視線に、アムルは目を伏せた。
「これでよかったのです。私は、マイイとルゥルゥがいて、幸せです」
「……そうか」
カミーラは、騎士と剣を交えている自分の息子へと目を向ける。
「なかなか筋がいいらしい。将来が楽しみじゃ」
「相手の騎士が圧倒されています。ターヒル殿下の前途は洋々としていますね」
次期国王をたたえたアムルに、カミーラは顔を曇らせる。
「一つ、気になることがあるのじゃ」
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