上 下
4 / 74

第4話

しおりを挟む
「よしっ、これで、まあ、なんとかいいか……」

 俺はあらためて、自分の姿を確認する。

 シャツも青い上衣も、ズボンも、黒いブーツも男物。シャツとズボンはどちらも丈が長すぎるが、女物のドレスを着ているよりはずっとましだ。

 
 どれもネリーに頼んで、屋敷の収納部屋から、兄貴二人が昔身に着けていたものを探し出してきてもらったのだ。

 前世、スタイリストとして名を馳せていたころの俺からしたら、ありえないほどひどいコーディネートだが、とりあえず今は致し方ない。
 



「ああああああ!! なんということでしょう……、ククリ様のあんなに美しかった御髪まで!」

 ネリーは両手で口を覆って、さっきからオロオロと俺の周りをまわっている。

 
 ちなみに、あのぼさぼさの長い髪はさきほど、机の引き出しにあったハサミで一思いにばっさり切り落としてしまったのだ。


「大丈夫だよ、ネリー。今から理髪師を呼んで、ちゃんと整えてもらうから! さすがにこんなザンバラのままいるつもりはないって!」


「そういうことを申し上げているわけではないのですっ!! ああっ、私はいったいどうすれば……、
ククリ様がショックのあまりおかしくなってしまわれて……」

 青い顔で、ぎゅっとエプロンを握り締めるネリー。


 しかし前世を思い出した俺にとっては、今までの俺の「男の娘」の恰好こそおかしく、異常そのものだったのだ!


「ネリー、よく聞いて! 俺はようやく目が覚めたんだよ!
女の子の恰好をしていたって、俺が男であることに変わりはない。そもそも、俺がアスランと結婚したのが間違いだったんだよ!」


「ククリ様!!!!」

 ネリーは息を呑んだ。


「俺は今までいろいろ無茶をして、周りに迷惑をかけてきた、でもこれからは……」

 ネリーは目を真ん丸に見開いて俺を見た。


「ククリ様っ、そんな!!!! ひどいですわ! ひどすぎます!
今までどれだけククリ様が旦那様と結婚するために努力してきたのか、このネリーが一番よく知っているのですよ!
それはもう、つらく、苦しく、長く、険しい道のりでございました。
でもククリ様はそれを血を吐く思いで耐えて、ようやく、旦那様との結婚にこぎつけたのではありませんか!?
それを、なんです? 旦那様があんな赤毛の女と一度浮気をしたくらいで、なにもかもなかったことにしてしまうのですかっ!?」

「ネリー……」


 そうだ、毎朝細身のドレスを着るために俺の腹をコルセットで締め上げてくれるのも、くせっ毛の砂色の髪を綺麗な縦ロールに整えてくれるのも、ネリーの仕事だった。

 俺はネリーにも、いままで信じられないくらい労力と負担を強いてきたのだ……。



「ネリーは悔しゅうございます! あんな跳ねっかえりの女のせいで、ククリ様の今までの努力を無駄に……」

 ――いや、今までの努力そのものが、今の俺にとって無駄そのものだったんだけど……。

 エプロンを握り締めたまま、しくしくと泣き出してしまったネリーの肩に、俺はそっと手を置いた。


「泣かないで、ネリー。俺が悪かった。っていうか、今までの俺が悪すぎた!
でも大丈夫だよ。俺にはこれからもずっとネリーのことが必要だからね!
もう髪を巻く必要はないけど、これからは毎朝、寝癖を直して俺の髪を格好よくセットして!
もっとすっきりした服もそろえたいから、これから町に買い出しに行こう!
あと、それから……、ネリーにしか話せないすごく重要な話があるんだ。
ネリーの協力なくしては、成し遂げられないことだよ! 相談に乗ってくれるよね!?」


 ぱっと顔を上げたネリーの暗褐色の瞳は、期待に輝いていた。


「はいッ、ククリ様っ! 私はククリ様のためなら、いつだって、どんなことでも、なんなりとっ!」




 ――そして俺は、動き始める。

 俺のワガママから無理やり俺と結婚させてしまった、夫・アスランとの離婚に向けて!!!!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

処理中です...