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第53話

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 そして学園祭当日……。

 結局クラスの出し物でも何の役目も与えられていない俺は、のんびりと朝食をとった後、アルベルトとともに馬車で学園に向かった。

 ちなみに、もちろんのことアルベルトの誕生日プレゼントは、なにも準備できていない。

 馬車の中、俺の前に座る上機嫌のアルベルトに、疑問を投げかける。


「なんで学園祭に騎士団の制服なんて着てくるんだ?」

「少しでも抑止力になればと思いまして……」

「抑止力?」

 一体何を抑止するというのだろう? 相変わらずアルベルトの行動は謎だ。


 それにしても……、

 まだ正規の騎士団員ではないといえ、青いマントに、白をベースとした襟元や袖口に金の刺繍をあしらった騎士団の制服は、この上なくアルベルトに似合っていた。

 その完成された美しい姿は、まるで世の女の子たちが夢見る、白馬に乗った王子様が本当にいたらきっとこんな感じなのだろうと思うほど……。

 こんな姿のアルベルトを学園の女の子たち(だけじゃやくおそらく男子も!)が見てしまったら、ますますアルベルトの人気が高まってしまうに違いない。
 
 モテモテのアルベルトを想像して、俺はなんとなくもやもやしてしまう。




「学園祭では、何から見て回りますか? ああそうだ、兄さんのおすすめの場所も案内してほしいな」

 なにがそんなにうれしいんだか、アルベルトは俺と目が合うとにこにこと微笑んでくる。

「生徒主体の企画ばかりだから、あまり期待できるようなものはないと思うよ。
それに、おすすめの場所なんてあったかな……」

 ショっボい学園生活しか送っていない俺。アルベルトに見せるべきものなんて、まったくない!


 あえて思い出があるとすれば、内緒でヴィクトルと会っていたあの中庭の温室や、エリアス自室の風呂くらいのものだろうか。
 しかし、どちらもゾッとする思い出といったほうが正しく、もちろんアルベルトに紹介したところで、烈火のごとく怒られるのがオチだ。

 俺はアルベルトにばれないようにして、小さくため息をついた。

 


 そして学園についた俺たちは、異様な空気に包まれていた。

 正門をくぐるなり、すぐさま周りから「キャー! アルベルト様っ!!!」とかなんとか黄色い声があがり、来日した海外アイドルばりに女の子たちにキャーキャー言われて囲まれる状況を想像していた俺だったが……。


 ――あれ、全然、誰も、来ない……よね!?


 視線はめちゃくちゃ感じる。それはもう、ビンビンに感じるのだが、遠くからチラチラ伺うようなものばかりだ。

 なんなら、俺たちを噂するっぽいヒソヒソ声まで聞こえてくる始末。


 ――これじゃ、いつもの俺と変わりなくね!?


 アルベルトは特に気にするでもなく、俺の腰に手をまわす。

「行きましょう。兄さん」

 とたんに、起こるざわめき……。


 ――もしかして、俺のせいでアルベルトまで嫌われ者になったりしてる!?


 何とも言えない妙な雰囲気に怯える俺だったが、そこは鋼メンタルの持ち主であるアルベルト。

 雑魚など気にもとめていないという風に、にぎわう学園内を、俺の腰に手を回したままどんどん進んでいく。

 そして、俺たちが通ろうとするところは、モーセの十戒の海割りのごとく、人がパカーンと避けてくれるのだった。

 ――アルベルトすごっ!!!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「はい、兄さん。チョコレート好きだったよね?」


 上級生が出店している「手作り☆お菓子屋さん☆」で、箱づめのチョコレートを買い求めたアルベルト。

「おいくらですか?」

 にっこりとほほ笑みかけるアルベルトに、対応していた男子生徒はこっちが気の毒になるくらい青ざめていた。

「お代は……っ、結構でございますっ、アルベルト様」

「そうですか。申し訳ありませんね」

「あ、ありがとうございましたっ!!!」

 おそらくかなり身分の高い貴族の息子にはずなのに、年下のアルベルトに対して完全服従の体だ。
 
 アルベルトは、在校生である俺よりもよっぽど顏がきくらしく、どの店を訪れてもビビった(?)生徒が品物を無料にしてくれた。




 そしてどこを回ろうかと俺に相談していたはずのアルベルトだったが、迷う様子も全くなく、俺を次々といろいろな店に連れていく。

 それはまるで、あらかじめ決められていた場所を、効率よく順番に回っているような感覚だ。


「さあ次は、兄さんのクラスの店に行きましょう!」 

 俺のクラスは、「メイド&執事喫茶」ならぬただの「喫茶店」としての出店だった。



「あっ、アントン君っ……、とアルベルト様っ!!!」

 なんでアルベルトだけ「様」付けなんだ!?との疑問はさておき……。


 ちょうど店番をしていたのだろう、対応に出てきた俺の隣の席のマルクは、なぜかアルベルトを見るとがたがたと身体を震わせはじめた。

 アルベルトは貼り付けたかのような笑顔をマルクに向けた。

「どうも、リンデマン殿」

「そっ、その節はっ、大変失礼を……っ」

 もちろん相手の方が年上。だが、なぜこうもアルベルトにビビり散らかしているのか!? アルベルトの言う通り、騎士団の制服がそんなに恐ろしいのか!!?


「そんなことより、席に案内していただけますか?」

「はっ、もちろんですっ、すみません、すみません、すみません!!」

 何も悪いことなどしていないのに、平謝りのマルク。

 窓際の4人がけの席に案内された俺とアルベルト。席はほとんど埋まっていて、なかなか盛況の様子だ。

 ちなみに、クラスからはぶられている俺は、喫茶店の当番すら割り当てられていない!!!


「兄さん、なにを頼みますか?」

 なぜか俺の向かいではなく、俺の隣の席にぴったりくっついて座り、メニュー表を優雅に眺めるアルベルト。まるでこの世界の主のようだ。

「もう無理。さっきから飲んだり食べたりでお腹いっぱいだよ……」

 なんせ行くところすべてで、商品をおしつけられたような形なのだ。いらないといっても、たくさんの売り物を手渡され、それを次々と消費していった俺は、もう何も腹に入らない状態だった。

 そんな俺にアルベルトは満足げな表情になると、さきほどのマルクを召使いみたいによびつけた。

「紅茶を2つ。兄さんにはミルクをつけて」

「はいっ!!! ただいまっ!」

 マルクが最敬礼したその時、教室の入り口がざわついた。


 そして現れたのは、俺が今、最も会いたくない人物のひとり……。



「おいっ、アントン・ソールバルグはここにいるかっ!?」


 途端に、女子生徒から黄色い声が上がる。

「きゃー、ソフィア王女よっ!!!!! あっ、ついでにヴィクトル王子も一緒よっ」

「ソフィア王女っ!!」

「王女がなんでこんなところに!?」

 藍色の瞳と髪を持つ王族の二人が、騒然とする教室内をこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「探したぞ、アントン!」

 女子生徒一同にとっても、あくまでも王女のおまけの存在のヴィクトル。同情を禁じ得ないが、そのふてぶてしい態度に全く陰りは見えない。



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