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第38話
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そして、金曜日。
最後の授業が終わった途端、俺は寮に戻って倍速で荷物をまとめると、誰にも見つからないうちに手配された馬車に乗り込んだ。
――やっと家に帰れる。
――結局、今週も怒涛の一週間だった。
馬車に揺られて目を閉じていると、一週間分の疲れがどっと出てくる気がした。
――アルベルト……。
どうしてだろう。いま、すごくアルベルトに会いたい……。
あの冷たく整った美貌。
美しい銀髪に青紫の瞳。
引き締まった体躯。
繊細な指先。
甘く、低い声……。
――俺をいつも心配して、支えてくれる優しい弟……。
駄目な兄だと、あきれられてもいい……、なじられてもいい……。アルベルトのそばにいたい……。
『あれだけモテるのに、浮いた話がないってことは、きっとアルベルトは心に決めた人がいるのかもしれないねー!』
そして俺は、ずっとあのエリアスの言葉にもやもやしている。
もちろん、アルベルトだってもうすぐ16歳なんだから、好きな子の一人や二人いたって全然おかしくない。
アルベルトはすでに騎士団にも出入りしているし、なんだかんだいって貴族の子女というのはいろいろな集まりに顔を出さなければいけないものだから、知り合いだけは多くなる。
だから、その中にアルベルトの意中の人がいることは十分に考えられる。
でも……。
あの青紫の瞳に、特別な感情を込めて見つめられるそのアルベルトの想い人のことを考えると、俺は心の奥がキュッと痛くなる。
――俺なんかがそんなこと思う権利すらないのに!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おかえりなさいっ! 待ってたわ。アントンっ!」
家に戻ると、お母様が俺に抱き着いてくる。
だが、いつも俺を一番に出迎えてくれるはずのアルベルトの姿がない……。
「お母様、アルベルトは……?」
「ああ、アルベルトね。騎士団の仕事で、水曜からお父様とドラゴン退治に行っているのよ。
多分、一週間は戻ってこられないんじゃないかしら?」
「ドラゴン、退治っ!?」
騎士団の仕事の中でも、ドラゴンに関することはトップクラスの危険な仕事だ。
「北の領土の山奥に、手ごわいのが巣をつくってしまったのよ~。
あいつらは本当にすぐ巣を作っちゃうんだから、困りものよね~!」
まるでスズメバチかなにかのように、ドラゴンのことを語るお母様……。
「だっ、大丈夫なのかな!? アルベルト……」
俺は不安になる。
アルベルトは、魔力も剣の腕前も、正規の騎士団員を上回る実力とはいえ、まだ貴族学校にも通っていない15歳だ。
それが、いきなりドラゴン退治の実践だなんて……。
「大丈夫よ! お父様も一緒なのよ。
それに……、ゆくゆくは騎士団を率いていく覚悟があるのなら、それくらいの試練は乗り越えないと!」
こういうところは、さすが第一騎士団長様! 我が子と言えど、容赦はないのか!?
「さあ、アントン、さっそく夕食にしましょ!
そして、明日はお母様がとっても楽しい計画を立ててるのよ~!
アルベルトのことなんか忘れて、一緒に楽しみましょ!」
俺を食堂へと促すお母様……。
「楽しい、計画……」
なぜか、とても嫌な予感がする俺。
そしてその予感は外れていなかったことが、翌日明らかになるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜日の朝。
身支度を終えて、食堂に降りていくと、鼻歌を歌いながらお母様がバスケットに食料を詰め込んでいるところだった。
「おはよう、アントン。今日はとってもいい天気ね。ピクニック日和よ!」
「ピクニック……!?」
お母様が言っていた「楽しい計画」とはこのことか。
だが、確かにいい天気だし外を出歩くのもいい気分転換になるかもしれない……と思ったその瞬間、
「おはようございます。団長っ! アントン様っ!」
目の覚めるような緋色の髪に、吸い込まれそうな空色の瞳をした青年が、部屋に飛び込んでくる。
筋肉質の堂々とした体躯に、はっとするほど整った美しい顔。
だが、その人好きのする柔らかい表情が、相手に威圧感を与えることはなく、親しみやすい印象を与えている。
「騒々しいわね、ダン・モーアン!」
「申し訳ありませんっ! 団長!」
お母様に凍てついた瞳で見据えられ、その青年は敬礼の姿勢をとる。
今日は騎士団の制服ではなく、動きやすそうな私服だが、団員としての行動は常日頃から身体にしみこんでいるらしい。
――ダン・モーアン。
若干23歳にして、第一騎士団の副団長を務める男。
騎士団長のシルヴィア・ソールバルグの腹心の部下として知られていて、その剣の腕はシルヴィアも認めるところである。
そして、その整いまくった甘いマスクで、貴族をとわず町民の娘たちからも絶大な人気を誇っている……。
「ダン……、兄様……」
ダンは振り向くと、その人懐っこい笑顔を俺に向けてきた。
「アントン様! お久しぶりです。アントン様とピクニックに行けるかと思うと、興奮しすぎて昨日は一睡もできませんでした!」
はにかんだように笑うと、白い歯がきらりと光る。
――その割に、とってもお元気そうですけどね……。
俺は小さくため息をつく。
そう、この男、ダン・モーアンは、俺が幼少のころから、お母様から俺とアルベルトのベビーシッター代わりに扱われていたため、俺とはかなり親交が深い……、というかいわゆる俺の兄貴分のような男なのだ。
そして、今、俺とダンの関係は、とても困った状況になっている……。
最後の授業が終わった途端、俺は寮に戻って倍速で荷物をまとめると、誰にも見つからないうちに手配された馬車に乗り込んだ。
――やっと家に帰れる。
――結局、今週も怒涛の一週間だった。
馬車に揺られて目を閉じていると、一週間分の疲れがどっと出てくる気がした。
――アルベルト……。
どうしてだろう。いま、すごくアルベルトに会いたい……。
あの冷たく整った美貌。
美しい銀髪に青紫の瞳。
引き締まった体躯。
繊細な指先。
甘く、低い声……。
――俺をいつも心配して、支えてくれる優しい弟……。
駄目な兄だと、あきれられてもいい……、なじられてもいい……。アルベルトのそばにいたい……。
『あれだけモテるのに、浮いた話がないってことは、きっとアルベルトは心に決めた人がいるのかもしれないねー!』
そして俺は、ずっとあのエリアスの言葉にもやもやしている。
もちろん、アルベルトだってもうすぐ16歳なんだから、好きな子の一人や二人いたって全然おかしくない。
アルベルトはすでに騎士団にも出入りしているし、なんだかんだいって貴族の子女というのはいろいろな集まりに顔を出さなければいけないものだから、知り合いだけは多くなる。
だから、その中にアルベルトの意中の人がいることは十分に考えられる。
でも……。
あの青紫の瞳に、特別な感情を込めて見つめられるそのアルベルトの想い人のことを考えると、俺は心の奥がキュッと痛くなる。
――俺なんかがそんなこと思う権利すらないのに!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おかえりなさいっ! 待ってたわ。アントンっ!」
家に戻ると、お母様が俺に抱き着いてくる。
だが、いつも俺を一番に出迎えてくれるはずのアルベルトの姿がない……。
「お母様、アルベルトは……?」
「ああ、アルベルトね。騎士団の仕事で、水曜からお父様とドラゴン退治に行っているのよ。
多分、一週間は戻ってこられないんじゃないかしら?」
「ドラゴン、退治っ!?」
騎士団の仕事の中でも、ドラゴンに関することはトップクラスの危険な仕事だ。
「北の領土の山奥に、手ごわいのが巣をつくってしまったのよ~。
あいつらは本当にすぐ巣を作っちゃうんだから、困りものよね~!」
まるでスズメバチかなにかのように、ドラゴンのことを語るお母様……。
「だっ、大丈夫なのかな!? アルベルト……」
俺は不安になる。
アルベルトは、魔力も剣の腕前も、正規の騎士団員を上回る実力とはいえ、まだ貴族学校にも通っていない15歳だ。
それが、いきなりドラゴン退治の実践だなんて……。
「大丈夫よ! お父様も一緒なのよ。
それに……、ゆくゆくは騎士団を率いていく覚悟があるのなら、それくらいの試練は乗り越えないと!」
こういうところは、さすが第一騎士団長様! 我が子と言えど、容赦はないのか!?
「さあ、アントン、さっそく夕食にしましょ!
そして、明日はお母様がとっても楽しい計画を立ててるのよ~!
アルベルトのことなんか忘れて、一緒に楽しみましょ!」
俺を食堂へと促すお母様……。
「楽しい、計画……」
なぜか、とても嫌な予感がする俺。
そしてその予感は外れていなかったことが、翌日明らかになるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜日の朝。
身支度を終えて、食堂に降りていくと、鼻歌を歌いながらお母様がバスケットに食料を詰め込んでいるところだった。
「おはよう、アントン。今日はとってもいい天気ね。ピクニック日和よ!」
「ピクニック……!?」
お母様が言っていた「楽しい計画」とはこのことか。
だが、確かにいい天気だし外を出歩くのもいい気分転換になるかもしれない……と思ったその瞬間、
「おはようございます。団長っ! アントン様っ!」
目の覚めるような緋色の髪に、吸い込まれそうな空色の瞳をした青年が、部屋に飛び込んでくる。
筋肉質の堂々とした体躯に、はっとするほど整った美しい顔。
だが、その人好きのする柔らかい表情が、相手に威圧感を与えることはなく、親しみやすい印象を与えている。
「騒々しいわね、ダン・モーアン!」
「申し訳ありませんっ! 団長!」
お母様に凍てついた瞳で見据えられ、その青年は敬礼の姿勢をとる。
今日は騎士団の制服ではなく、動きやすそうな私服だが、団員としての行動は常日頃から身体にしみこんでいるらしい。
――ダン・モーアン。
若干23歳にして、第一騎士団の副団長を務める男。
騎士団長のシルヴィア・ソールバルグの腹心の部下として知られていて、その剣の腕はシルヴィアも認めるところである。
そして、その整いまくった甘いマスクで、貴族をとわず町民の娘たちからも絶大な人気を誇っている……。
「ダン……、兄様……」
ダンは振り向くと、その人懐っこい笑顔を俺に向けてきた。
「アントン様! お久しぶりです。アントン様とピクニックに行けるかと思うと、興奮しすぎて昨日は一睡もできませんでした!」
はにかんだように笑うと、白い歯がきらりと光る。
――その割に、とってもお元気そうですけどね……。
俺は小さくため息をつく。
そう、この男、ダン・モーアンは、俺が幼少のころから、お母様から俺とアルベルトのベビーシッター代わりに扱われていたため、俺とはかなり親交が深い……、というかいわゆる俺の兄貴分のような男なのだ。
そして、今、俺とダンの関係は、とても困った状況になっている……。
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