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第30話 ~ヴィクトルside~
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~ヴィクトルside~
ヴィクトルは屈辱の只中にいた。
「本当にっ、お前はっ、どうしてっ、こんなに愚かなのかしら?」
蔑むような視線を向けてくるのは、自分と同じ藍色の瞳……。
「申し訳ありません。姉上」
「ああ、お前のような愚鈍なものが私の弟だと思うと、本当にゾッとするわ!」
――俺だって、あなたのような人が俺の姉だと思うと、本当に背筋が凍る思いです……。
ヴィクトルは奥歯をかみしめ、嘲りに耐える。
あのお茶会から一夜明け、ヴィクトルが永い眠りから目を覚ますと、目の前には烈火のごとく怒り狂った姉のソフィアの顔があった。
「私はあれだけ念を押したでしょう? おまぬけなアントンがお皿を間違って出したときのために、お皿に印をつけておくと言っていたのに!
あれはなんのための事前の確認だったの? どうせ低能のお前は、アントンのメイド姿に舞い上がって我を忘れていたんでしょうけれどもね!」
「……」
全くその通りなので、返す言葉もない。
「あのアルベルトからさっそく手紙が届いているわよ!
とても楽しく有意義なお茶会だったそうで、今後はいっさいアントンにお気遣い無用とのことですって!!!!」
ソフィアは、ベッドの上のヴィクトルに手紙を投げつけてくる。
「……」
ヴィクトルは手紙を握りしめる。
「いったいどうするつもりなの? もうすぐアルベルトが学園に入学してくるのよ! そうしたら、お前がアントンと結婚するなんて夢のまた夢になるわよ!
あのお茶会でアントンに印痕を刻むことができれば、すべてうまくいくはずだったのに!」
「申し訳ありません。すべて私の不手際で……」
「私の魔石も、もう何個も無駄遣いして!! あれは貴重なものなのよ?
アントンとキスするたびに壊されていたんじゃ、いくつあっても足りないのよ?
ヴィクトル、あなたは王族なのよ? 何を遠慮しているの? どうして無理やりアントンを手籠めにしないの? もう時間がないのよ?」
「……」
次代の女王のセリフとは思えない言葉に、ヴィクトルは押し黙る。
姉のソフィアは、なぜかヴィクトルがアントンを伴侶とすることに賛成していて、協力してくれている。
ソフィアによれば「どこぞの小賢しい令嬢と結婚するくらいなら、アントンのほうが扱いやすくてよっぽどマシ」という理由らしいのだが、強力なライバルがいるヴィクトルにとっては、姉のソフィアの援助はなくてはならないものとなっている。
だが……、
「俺は、無理やり……というのは……、それに『王家の印痕』を刻むのは、いささかやりすぎかと……」
『王家の印痕』。それは、王族に伝わる秘術である。
名前だけはご立派だが、実際の効果は淫紋と同等である。王族が相手と交合することによって、その秘術の実行は可能となる。
しかし、やっかいなことに、術者が解除できる淫紋とは違い、『王家の印痕』の効力は一生……。
刻まれたものは、生涯、その王族に縛られ、隷属させられることになる。
「は? 何を生ぬるいことを言っているの、この子は? ……馬鹿なの?」
ソフィアがその美しい唇をゆがめる。
その邪悪な姿は、おとぎ話に出てくる魔女そのもの……、いや、どちらかというと魔王に近いかもしれない……。
この国の民は、ソフィアのことを聖女の再来と崇め奉っている。
――愚民どもめ、とヴィクトルは歯ぎしりする。
この女の本性にも気づかずに「聖女様、聖女様」と浮かれている。
こんなあくどい女にこの国の未来をまかせて、本当に大丈夫なのか?
だが、ヴィクトル一人では、ソフィアの強大な魔力や権力にかなうはずもない。
「お前はアントンが欲しいんでしょう?
お前は王族なのよ!欲しいものは、手に入れなさい。
印痕を刻んでしまえば、ソールバルグ家にも手出しはできないわ。アントンを王家に差し出すしか手はなくなる。
……それに敵はアルベルトだけじゃないのよ?」
「え……!?」
驚くヴィクトルに、ソフィアははあーっとわざとらしくため息をつく。
「本当に、お前の目は節穴ね。あの魔法大臣の息子! 同じ学年でしょう?
あの子のアントンを見る目つきと言ったら、まるで狡猾な蛇のようだわ!!」
「狡猾な蛇……」
――どちらかというと、その表現は姉上の方がふさわしいのでは?
という言葉を、ヴィクトルは心の中にそっと秘めておく。
まだ死にたくはない。
「私の見立てでは、脳内ですでに300回はアントンを犯しているわね。
それも……、言葉にできないくらいえげつない方法で!!」
「ま、まさか!? あのエリアス・ファルセンが?
でもたしか、婚約者がいたのでは!?」
あの男には、アデラという婚約者がいたはずだ。しかもとても仲がいいと噂に聞いている。
それにその容姿は、性的なことと結び付けづらいほど中世的で、雰囲気もさわやかだ。
学園でも女子だけでなく、男子からも騒がれているほどだ。
到底、ソフィアの語るエリアスと同一人物とは思えない。
「あのアデラ・ソールバルグの男遍歴を知らないの?
それに、あの二人、どう見ても恋愛感情で結びついているようには見えないわよ。
たしかに仲はいいのかもしれないけど、いわばビジネスパートナーといったほうがふさわしいでしょうね」
「……」
「ああ、本当になーんにもわかっていなかったのね。情けない、情けないったらないわ。
それに、ほかにも騎士団の副団長もいたでしょう? あれは所詮、筋肉馬鹿だけど、タガが外れれば野獣の本性むきだしにアントンを襲ってくるわよ」
「騎士団……、副団長……」
とっさのことに、顔も名前も出てこない。
だがまさか、あのアルベルト以外にも、アントンをつけ狙う輩がいたとは……!!
「俺は、いったい、どうすれば……」
ヴィクトルは頭を抱える。
「だから、早めに手を打つのよ。
今回は、とっておきの魔石をあげるから、次は必ずアントンと最後までするのよ! そして印痕を刻むの!!」
「でも、もう魔力譲渡は必要ないと、アントンから……」
ヴィクトルの言葉に、ソフィアは目を細め、微笑みを浮かべる。
その姿は本当に聖女のように慈愛に満ち、美しかった。
「馬鹿な弟…‥‥、すべてお姉様にまかせなさい。あの能天気なアントンの考えそうなことなら全部わかっているわ。
……私の言う通りにすれば、すべてうまくいくわ。
さあ、顔を上げなさい。そして、次こそはアントンを無理やり犯して、その身体に『王家の印痕』を刻むのよっ!!!!」
ヴィクトルは屈辱の只中にいた。
「本当にっ、お前はっ、どうしてっ、こんなに愚かなのかしら?」
蔑むような視線を向けてくるのは、自分と同じ藍色の瞳……。
「申し訳ありません。姉上」
「ああ、お前のような愚鈍なものが私の弟だと思うと、本当にゾッとするわ!」
――俺だって、あなたのような人が俺の姉だと思うと、本当に背筋が凍る思いです……。
ヴィクトルは奥歯をかみしめ、嘲りに耐える。
あのお茶会から一夜明け、ヴィクトルが永い眠りから目を覚ますと、目の前には烈火のごとく怒り狂った姉のソフィアの顔があった。
「私はあれだけ念を押したでしょう? おまぬけなアントンがお皿を間違って出したときのために、お皿に印をつけておくと言っていたのに!
あれはなんのための事前の確認だったの? どうせ低能のお前は、アントンのメイド姿に舞い上がって我を忘れていたんでしょうけれどもね!」
「……」
全くその通りなので、返す言葉もない。
「あのアルベルトからさっそく手紙が届いているわよ!
とても楽しく有意義なお茶会だったそうで、今後はいっさいアントンにお気遣い無用とのことですって!!!!」
ソフィアは、ベッドの上のヴィクトルに手紙を投げつけてくる。
「……」
ヴィクトルは手紙を握りしめる。
「いったいどうするつもりなの? もうすぐアルベルトが学園に入学してくるのよ! そうしたら、お前がアントンと結婚するなんて夢のまた夢になるわよ!
あのお茶会でアントンに印痕を刻むことができれば、すべてうまくいくはずだったのに!」
「申し訳ありません。すべて私の不手際で……」
「私の魔石も、もう何個も無駄遣いして!! あれは貴重なものなのよ?
アントンとキスするたびに壊されていたんじゃ、いくつあっても足りないのよ?
ヴィクトル、あなたは王族なのよ? 何を遠慮しているの? どうして無理やりアントンを手籠めにしないの? もう時間がないのよ?」
「……」
次代の女王のセリフとは思えない言葉に、ヴィクトルは押し黙る。
姉のソフィアは、なぜかヴィクトルがアントンを伴侶とすることに賛成していて、協力してくれている。
ソフィアによれば「どこぞの小賢しい令嬢と結婚するくらいなら、アントンのほうが扱いやすくてよっぽどマシ」という理由らしいのだが、強力なライバルがいるヴィクトルにとっては、姉のソフィアの援助はなくてはならないものとなっている。
だが……、
「俺は、無理やり……というのは……、それに『王家の印痕』を刻むのは、いささかやりすぎかと……」
『王家の印痕』。それは、王族に伝わる秘術である。
名前だけはご立派だが、実際の効果は淫紋と同等である。王族が相手と交合することによって、その秘術の実行は可能となる。
しかし、やっかいなことに、術者が解除できる淫紋とは違い、『王家の印痕』の効力は一生……。
刻まれたものは、生涯、その王族に縛られ、隷属させられることになる。
「は? 何を生ぬるいことを言っているの、この子は? ……馬鹿なの?」
ソフィアがその美しい唇をゆがめる。
その邪悪な姿は、おとぎ話に出てくる魔女そのもの……、いや、どちらかというと魔王に近いかもしれない……。
この国の民は、ソフィアのことを聖女の再来と崇め奉っている。
――愚民どもめ、とヴィクトルは歯ぎしりする。
この女の本性にも気づかずに「聖女様、聖女様」と浮かれている。
こんなあくどい女にこの国の未来をまかせて、本当に大丈夫なのか?
だが、ヴィクトル一人では、ソフィアの強大な魔力や権力にかなうはずもない。
「お前はアントンが欲しいんでしょう?
お前は王族なのよ!欲しいものは、手に入れなさい。
印痕を刻んでしまえば、ソールバルグ家にも手出しはできないわ。アントンを王家に差し出すしか手はなくなる。
……それに敵はアルベルトだけじゃないのよ?」
「え……!?」
驚くヴィクトルに、ソフィアははあーっとわざとらしくため息をつく。
「本当に、お前の目は節穴ね。あの魔法大臣の息子! 同じ学年でしょう?
あの子のアントンを見る目つきと言ったら、まるで狡猾な蛇のようだわ!!」
「狡猾な蛇……」
――どちらかというと、その表現は姉上の方がふさわしいのでは?
という言葉を、ヴィクトルは心の中にそっと秘めておく。
まだ死にたくはない。
「私の見立てでは、脳内ですでに300回はアントンを犯しているわね。
それも……、言葉にできないくらいえげつない方法で!!」
「ま、まさか!? あのエリアス・ファルセンが?
でもたしか、婚約者がいたのでは!?」
あの男には、アデラという婚約者がいたはずだ。しかもとても仲がいいと噂に聞いている。
それにその容姿は、性的なことと結び付けづらいほど中世的で、雰囲気もさわやかだ。
学園でも女子だけでなく、男子からも騒がれているほどだ。
到底、ソフィアの語るエリアスと同一人物とは思えない。
「あのアデラ・ソールバルグの男遍歴を知らないの?
それに、あの二人、どう見ても恋愛感情で結びついているようには見えないわよ。
たしかに仲はいいのかもしれないけど、いわばビジネスパートナーといったほうがふさわしいでしょうね」
「……」
「ああ、本当になーんにもわかっていなかったのね。情けない、情けないったらないわ。
それに、ほかにも騎士団の副団長もいたでしょう? あれは所詮、筋肉馬鹿だけど、タガが外れれば野獣の本性むきだしにアントンを襲ってくるわよ」
「騎士団……、副団長……」
とっさのことに、顔も名前も出てこない。
だがまさか、あのアルベルト以外にも、アントンをつけ狙う輩がいたとは……!!
「俺は、いったい、どうすれば……」
ヴィクトルは頭を抱える。
「だから、早めに手を打つのよ。
今回は、とっておきの魔石をあげるから、次は必ずアントンと最後までするのよ! そして印痕を刻むの!!」
「でも、もう魔力譲渡は必要ないと、アントンから……」
ヴィクトルの言葉に、ソフィアは目を細め、微笑みを浮かべる。
その姿は本当に聖女のように慈愛に満ち、美しかった。
「馬鹿な弟…‥‥、すべてお姉様にまかせなさい。あの能天気なアントンの考えそうなことなら全部わかっているわ。
……私の言う通りにすれば、すべてうまくいくわ。
さあ、顔を上げなさい。そして、次こそはアントンを無理やり犯して、その身体に『王家の印痕』を刻むのよっ!!!!」
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