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第23話

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「俺だって、好きでこんな格好しているわけじゃないんですっ!
もとはと言えば、ヴィクトル殿下のせいでしょーがっ! ……アルベルトだって、止めてくれなかったくせに!
……もういいっ、帰るっ!」


 二人の反応のひどさと、今更ながらメイド服を着ている恥ずかしさに、涙目になった俺は二人にくるりと背を向けた。


「待った!!!!」


 なぜか、二人の声がそろった。


「兄さん! 待ってください。さっきはちょっと驚いただけなんです。その、あんまり、兄さんが……、その……」

 アルベルトはらしくなく口ごもったかと思うと、下を向く。

 肩が少し震えている……。

 もしかして、笑いをこらえているのかもしれない……。



「まあ、アレだ! 姉上が選んだだけあって、服のセンスはまずまずだ!
よく見れば、見られないこともない! さあ戻ってさっそく俺に給仕しろ!」

 咳払いすると、ヴィクトルは偉そうに俺に命令して、ソファにふんぞり返る。

 しかしよく見るとヴィクトルの顔は明らかにひきつっている……。



 ――全く、何て失礼な奴らなんだ!


 俺をメイド姿にして、二人で笑いものにしようという魂胆だな!

 こうなったら、熱っ~いお茶を二人の頭にぶっかけてやらないと気がおさまらない!



 俺はずかずかと部屋に入っていくと、ワゴンを押して二人に近づいていく。

 今まで部屋にいたメイドたちが、あっという間にテーブルの上のお茶を片付けて、部屋から去っていった。


「殿下、お茶をどうぞっ」


 ヴィクトルに近づくと、ガチャンと大きな音を立ててティーカップをテーブルに置く。


「……ちょっと待て!」

 ヴィクトルが俺を制止する。


「は!?」


「俺様のことは『旦那様』と呼べ」



 ――なんでそういうところだけ、前世のメイド喫茶に忠実なの??



「旦那様、お茶をどうぞ!」

 投げやりな調子で俺は言うと、ティーカップに熱い紅茶を注いでやる。

 手元が狂ったふりをして、ヴィクトルの手にお茶をかけるのはもちろん忘れない。


「…‥っ、熱いだろうが! 全く、満足にお茶も入れられないとは……、これだからお前は!」

 言いながらヴィクトルは俺の入れたお茶を飲もうとするが、手が震えていてうまく飲めないようだ……。



「メイドさん、こちらにもお茶をいただけませんか?」

 キラースマイルを向けてくるのはアルベルト。


「はい、どうぞ。……旦那様」

 俺が返事すると、アルベルトはウッとつまって胸のあたりを押さえた。


「兄さんの旦那様呼び……っ、くるっ……!!!」


 ――おい、大丈夫なのか!?

 ヴィクトルの言動もさっきから不審だし、アルベルトもなんか変だ。


 おかしな雰囲気に俺が首をかしげていると、不意にヴィクトルが立ち上がり憤怒の表情を浮かべた。


「もう我慢ならんっ!
おいっ、アルベルト!!!!
どうしてこのアントンを見てそこまで平然としていられる!?
さては貴様、家でもアントンにたびたびこういう格好をさせているわけではあるまいなっ!?」


 ――いやアルベルトも全然平然としていないよね!?

 二人同時に紅茶吹いてたよね!?



 ヴィクトルの挑発(?)に、アルベルトはフンと鼻を鳴らす。



「ご想像にお任せします」


 ――いや、ご想像しないで! 変な誤解を植え付けないで!?

 俺は休日に女装したりする趣味なんて全っ然ないから!!!



「貴様っ! やはり許すわけにはいかん! 週末のたびに、弟としての地位を悪用して、
アントンにあれやこれやよからぬことをっ!」


 ――ヴィクトルの頭の中はいったいどうなっているんだ!?


 アルベルトは、そんなヴィクトルを見て嘲笑を浮かべる。


「殿下、今日のメイド服はいただけるのですよね?
とてもいいご趣味なので、ありがたくコレクションに加えさせていただきます」


「ぬぁっ! コレクション、だとーーーー、貴様アっ!!!!」


 ――いや、コレクションなんてないから!

 なんなのこの地獄……、誰か助けて!!




「おいっ、メイドっ!」


 怒りに満ちたヴィクトルが俺を呼びつける。


「はい……」

 げんなりとして俺は返事をする。


「俺に食べさせろ!!」


「は?」


 そんなオプション、当方にはありませんが!?

 お前は何なの? 赤ちゃん!?


「おい、どうした? いいのか、アントン? あのことをアルベルトに……」


 俺がだまったまま突っ立っていると、ヴィクトルが意味ありげな視線を向けてくる。


 ――くそっ、べろちゅーのことを理由に俺を脅してくる気か?



「はいはい、わかりましたぁっ!」

 俺はヴィクトルに近づくと、皿の上のチョコレートを手当たりしだいに、スーパーの『ジャガイモ詰め放題!298円!』みたいな感じにヴィクトルの口の中に無理やりつっこんでやった。


 パンパンの頬になったヴィクトルは、目を白黒とさせる。


「おひっ、むぐっ…‥!!」


 フン、いい気味だ。チョコで窒息して死ね!!!!



 その時俺は気が付いた。

 あれほどソフィア王女に念を押されていたというのに、俺はアルベルトとヴィクトルの皿をまちがえて出してしまったことに!!




 ――ま、いいか。



「メイドさん、俺にもお願いできますか?」

 見ると、アルベルトまで『あーん』と口を開けて待っている。



 ーーああ、もうどうでもいい……。



「……どうぞ、旦那様」

 俺は無我の境地になりながら、アルベルトの口にチョコレートを一つ放り込んでやる。


「うん……、おいし……」

 にこにこしてチョコを味わっていたアルベルトだったが、すぐに表情が変わった。


 傍らの布ナプキンをつかむと、口の中のものをそこに吐き出した。



「兄さん! これ、薬が仕込まれてる!」


「へっ!?」


 ゴンっと音がして振り返ると、ヴィクトルが頭をテーブルに突っ伏して動かない状態になっていた。


 ――すでに意識がないようだ。


「えっ、でも、どうして!?」



 ソフィア王女が用意したチョコレートに薬が!?
 
 アルベルトの皿にも、ヴィクトルの皿にも!?



「兄さんは、食べていませんよね?」


 アルベルトの問いに頷きかけた俺だったが……、



 ――食べたよね!? 俺。

 味見と称して、二つも!



 そういえば、なんか、目の前がぐるぐるしてきた……、ような……。



 ――気づくと、俺は意識を完全に失っていた。

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