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第77話【最終話】
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「あっ、やっと帰ってきた!
会長、遅かったじゃないですか!」
協会の事務所に戻ると、キャンベルさんが僕をじろりと見た。
「その……、会長っての、やめてくれよ」
「会長は会長でしょうが! ダグラス会長、やっぱり忘れてるんですよね? 今日、私の後任の面接の日なんですよ!」
「あっ……」
僕の表情を見て、キャンベルさんは大きなため息をつく。
「やっぱり……、そうだと思ってました。私がいなくなったら、会長はどうなるんでしょうね。後任の方が、きちんと気を配ってくれる方だといいんですけど」
そう言って、一枚の紙を僕に押し付けてくる。
「これは……?」
「紹介してくださったパーソン先生から、後任の方の履歴書が面接当日の今日になってようやく送られてきたんです。あの先生、人はいいんですが本当に何もかも対応が遅くて……、しかも、 ほら、見てくださいよ。
冗談のつもりか、名前も経歴欄もぜんぶ『本人に聞いてくれ!』ですって……。書いてあるのは、パーソン先生からのメッセージだけ。しかも『トルラナ帰りのすごい美人だ。驚くなよ!』……ですって!
全く、ばかばかしい。ダグラス会長も、良かったですね。私の後任がすごい美人で!」
早口でまくし立てられ、僕は口を挟むことも出来ない。
「美人かどうかは、どうでもいいよ。ただキャンベルさんみたいに優秀であれば……」
この優秀な僕の秘書であるマーゴット・キャンベルは、この春結婚が決まっていて、結婚相手とともに隣国のトルラナに移住することになっていた。僕が事業を起こしたときから、秘書としてずっと僕を支えてきた彼女を失うのは、大きな痛手だった。
僕は王立学院を卒業した後、父親の慈善事業を手伝っていた。グレイソン・ダグラスは、爵位を返還したあと、携わっていたすべての事業を整理し、それを元手に慈善活動に励むようになった。
今では僕自身、一つの協会を立ち上げており、主に身体の不自由な人が就労できる施設や、その環境づくりに携わっていた。
いつも笑顔や感謝のたえない、あのころとはまるで違う、充実した毎日……。
キャンベルさんの後任は、僕が以前お世話になった人権活動家のパーソン教授が探してくれていた。といっても、僕は先生まかせで、その人についての詳しいことはまだ何も知らない。
「ほら、言ってるうちに、時間ですよ。向かいの応接室に案内しますから、ダグラス会長はそちらへどうぞ」
僕はキャンベルさんに追いやられるように、廊下へ出された。
「面接が終わったら、新しい人と一緒にランチをしようよ。もちろん、僕がご馳走するから!」
僕は、ドアを閉めようとするキャンベルさんに慌てて言う。
「……会いもしないのに、もう合格決定なんですか? 美人だから? ……まあ、いいです。じゃあ、王都の『デュラミス』にしてくださいね!」
幾分機嫌を直したキャンベルさんが、いたずらっぽく微笑む。
「了解!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
応接室に入り、しばらくすると、扉がノックされた。
窓から外の景色をぼんやりと眺めていた僕は、あわてて席についた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
低い美声に驚く。
――男性だったのか。
すりガラスに映った、長身のシルエット。
入ってきた人物を見て、僕は息をのむ――。
ぴんとした姿勢。そして、優雅で美しいお辞儀。
後ろに撫でつけた、艶やかな黒髪。
そして、深い湖のような藍色の瞳……。
初めて彼を見たときと、まるで同じ……。
「ああ……」
――心が、激しく揺さぶられる。
――涙で、目の前が霞んでいく。
――世界に白く、もやがかかる。
――だが、たとえはっきりと見えなくても、鮮やかに脳裏によみがえる……。
「――アーロン・ビショップと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
――まぶたに浮かぶのは、優しげな微笑をたたえ僕を見つめる、
あの美しい執事の姿だった。
(了)
会長、遅かったじゃないですか!」
協会の事務所に戻ると、キャンベルさんが僕をじろりと見た。
「その……、会長っての、やめてくれよ」
「会長は会長でしょうが! ダグラス会長、やっぱり忘れてるんですよね? 今日、私の後任の面接の日なんですよ!」
「あっ……」
僕の表情を見て、キャンベルさんは大きなため息をつく。
「やっぱり……、そうだと思ってました。私がいなくなったら、会長はどうなるんでしょうね。後任の方が、きちんと気を配ってくれる方だといいんですけど」
そう言って、一枚の紙を僕に押し付けてくる。
「これは……?」
「紹介してくださったパーソン先生から、後任の方の履歴書が面接当日の今日になってようやく送られてきたんです。あの先生、人はいいんですが本当に何もかも対応が遅くて……、しかも、 ほら、見てくださいよ。
冗談のつもりか、名前も経歴欄もぜんぶ『本人に聞いてくれ!』ですって……。書いてあるのは、パーソン先生からのメッセージだけ。しかも『トルラナ帰りのすごい美人だ。驚くなよ!』……ですって!
全く、ばかばかしい。ダグラス会長も、良かったですね。私の後任がすごい美人で!」
早口でまくし立てられ、僕は口を挟むことも出来ない。
「美人かどうかは、どうでもいいよ。ただキャンベルさんみたいに優秀であれば……」
この優秀な僕の秘書であるマーゴット・キャンベルは、この春結婚が決まっていて、結婚相手とともに隣国のトルラナに移住することになっていた。僕が事業を起こしたときから、秘書としてずっと僕を支えてきた彼女を失うのは、大きな痛手だった。
僕は王立学院を卒業した後、父親の慈善事業を手伝っていた。グレイソン・ダグラスは、爵位を返還したあと、携わっていたすべての事業を整理し、それを元手に慈善活動に励むようになった。
今では僕自身、一つの協会を立ち上げており、主に身体の不自由な人が就労できる施設や、その環境づくりに携わっていた。
いつも笑顔や感謝のたえない、あのころとはまるで違う、充実した毎日……。
キャンベルさんの後任は、僕が以前お世話になった人権活動家のパーソン教授が探してくれていた。といっても、僕は先生まかせで、その人についての詳しいことはまだ何も知らない。
「ほら、言ってるうちに、時間ですよ。向かいの応接室に案内しますから、ダグラス会長はそちらへどうぞ」
僕はキャンベルさんに追いやられるように、廊下へ出された。
「面接が終わったら、新しい人と一緒にランチをしようよ。もちろん、僕がご馳走するから!」
僕は、ドアを閉めようとするキャンベルさんに慌てて言う。
「……会いもしないのに、もう合格決定なんですか? 美人だから? ……まあ、いいです。じゃあ、王都の『デュラミス』にしてくださいね!」
幾分機嫌を直したキャンベルさんが、いたずらっぽく微笑む。
「了解!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
応接室に入り、しばらくすると、扉がノックされた。
窓から外の景色をぼんやりと眺めていた僕は、あわてて席についた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
低い美声に驚く。
――男性だったのか。
すりガラスに映った、長身のシルエット。
入ってきた人物を見て、僕は息をのむ――。
ぴんとした姿勢。そして、優雅で美しいお辞儀。
後ろに撫でつけた、艶やかな黒髪。
そして、深い湖のような藍色の瞳……。
初めて彼を見たときと、まるで同じ……。
「ああ……」
――心が、激しく揺さぶられる。
――涙で、目の前が霞んでいく。
――世界に白く、もやがかかる。
――だが、たとえはっきりと見えなくても、鮮やかに脳裏によみがえる……。
「――アーロン・ビショップと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
――まぶたに浮かぶのは、優しげな微笑をたたえ僕を見つめる、
あの美しい執事の姿だった。
(了)
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