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第74話
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店は、王都で話題の洒落たカフェだった。まだ午前中だというのに、店内は若い婦人たちで混み合っている。
「え、ここですか?」
僕が見上げると、テレンスは満足そうにうなずく。
「でも、協会の経費で落とすので、お茶代くらいしか出せませんよ」
僕が言うと、テレンスは僕の頭を小突いた。
「ったく、あいかわらずケチくさいな。ケーキくらい俺がおごってやる」
「でも……」
「いいから! お前、アップルパイが好きだとかいってたじゃないか。ここの店の名物なんだよ!」
「……はい。でも次からは、協会の事務所の打ち合わせ室か、僕がテレンスさんの会社までうかがいます。そのほうが、効率的ですし……」
「俺は外での商談のほうが好きなんだ! それに今日は、この辺りにたまたま来る用事があってだな……」
店に入ると、可愛らしい制服をきたウエイトレスに、席に案内された。
「わざわざ役員のテレンスさんに来ていただかなくても、担当者の方でよかったんですが……」
席に着いた僕が言うと、向かいのテレンスは不満そうに指でテーブルを叩いた。
「俺は末端の仕事まで、すべて把握しておかないと気がすまない性格なんだ」
さっきからテレンスは、店の中の女性の視線を独り占めしている。
仕立てのいい淡いグレーのスーツを着こなしたテレンスからは、大人の男の気品が漂っていた。
――王立学院退学後、隣国に渡ったテレンス。
隣国でよい医者にめぐり合い、過去に負った心の傷も自分の力で克服し、今は、やり手の起業家として、カートレット子爵が起こした事業のほとんどを受け継いでいる。
またカートレット子爵の後継者としても認められ、いまでは父親ともすっかり和解していると聞く。
隣国から戻ってきたテレンスは、僕に正式に謝罪し、僕はそれを受け入れた。
そして、今は……、
「テレンスさん」
僕はテレンスの目をじっと見る。
「……っ、なんだよ」
テレンスはあごを引いた。
「そうやっていつまでも部下を信用せずに仕事を任せないでいると、まわりの人たちから嫌われますよ」
「うるさいっ、お前に説教されたくない! だいたいお前は、俺がどういう立場かわかってるのか? お前の事業の大切な大口支援者の一人なんだぜ? もっとこう、下手にでるとかしたらどうなんだよ? それに、お前の辞書には接待という文字はないのか? いい加減、二人で食事に行く約束を実行してもらいたいんだが」
「接待なら、僕と二人で食事行くよりも、こんどの慈善パーティにお越しいただけませんか? テレンスさんに来ていただいたら、参加されるご婦人たちもすごく喜ぶと思うんです。テレンスさん、うちの協会の女性陣にもすごい人気なんですよ! ぜひいちど、ゆっくりお話ししてみたいって……」
「ちがうーっ! 俺はお前のとこの慈善パーティなんて、これっぽっちも興味がないんだよっ。ほら、王都に新しくできた鴨がうまい店! あそこに行こう。今週末はどうだ?」
「週末ですか……? 確か予定が……」
スケジュール帳に手を伸ばす。
その時、店のガラス窓をたたく、人物があった。
――ディラン。
日に焼けたディランが、白い歯を見せて僕に微笑みかけていた。
僕は驚きに息を呑む。
「なんだよ……、こんなところまでアダムか。ジシー大陸に戻ってたんじゃなかったのかよ!? ったく、つくづく邪魔してくる男だな!」
テレンスはわざとらしくため息をついた。
「いいよ。出ろよ。外で話して来い」
「でも……」
「行かなかったら商談中ずっと、アダムのことを考えてソワソワするつもりだろう? アダムはアダムで、ずっとああして窓に張り付いてお前を見てるつもりだぜ。そんなことされたら、こっちが迷惑なんだよ。時間はあるから、心ゆくまて話してこい。……待っててやる」
テレンスは、片眉を上げる。
「すいません、すぐ、戻ります」
僕は慌てて席を立つ。
「ったく、あんなジシー大陸男のどこがいいんだよ。すぐ目の前に、異国帰りのいい男がいるっていうのに……」
「何か、言いました?」
「……なんでもない、早く行け。アダムのヤツ、さっきからお前のことしか見えてないぜ! 他の客も見てるってのに! 本当に、はた迷惑な男だ」
テレンスは右手で、僕を追い払うしぐさをした。
「え、ここですか?」
僕が見上げると、テレンスは満足そうにうなずく。
「でも、協会の経費で落とすので、お茶代くらいしか出せませんよ」
僕が言うと、テレンスは僕の頭を小突いた。
「ったく、あいかわらずケチくさいな。ケーキくらい俺がおごってやる」
「でも……」
「いいから! お前、アップルパイが好きだとかいってたじゃないか。ここの店の名物なんだよ!」
「……はい。でも次からは、協会の事務所の打ち合わせ室か、僕がテレンスさんの会社までうかがいます。そのほうが、効率的ですし……」
「俺は外での商談のほうが好きなんだ! それに今日は、この辺りにたまたま来る用事があってだな……」
店に入ると、可愛らしい制服をきたウエイトレスに、席に案内された。
「わざわざ役員のテレンスさんに来ていただかなくても、担当者の方でよかったんですが……」
席に着いた僕が言うと、向かいのテレンスは不満そうに指でテーブルを叩いた。
「俺は末端の仕事まで、すべて把握しておかないと気がすまない性格なんだ」
さっきからテレンスは、店の中の女性の視線を独り占めしている。
仕立てのいい淡いグレーのスーツを着こなしたテレンスからは、大人の男の気品が漂っていた。
――王立学院退学後、隣国に渡ったテレンス。
隣国でよい医者にめぐり合い、過去に負った心の傷も自分の力で克服し、今は、やり手の起業家として、カートレット子爵が起こした事業のほとんどを受け継いでいる。
またカートレット子爵の後継者としても認められ、いまでは父親ともすっかり和解していると聞く。
隣国から戻ってきたテレンスは、僕に正式に謝罪し、僕はそれを受け入れた。
そして、今は……、
「テレンスさん」
僕はテレンスの目をじっと見る。
「……っ、なんだよ」
テレンスはあごを引いた。
「そうやっていつまでも部下を信用せずに仕事を任せないでいると、まわりの人たちから嫌われますよ」
「うるさいっ、お前に説教されたくない! だいたいお前は、俺がどういう立場かわかってるのか? お前の事業の大切な大口支援者の一人なんだぜ? もっとこう、下手にでるとかしたらどうなんだよ? それに、お前の辞書には接待という文字はないのか? いい加減、二人で食事に行く約束を実行してもらいたいんだが」
「接待なら、僕と二人で食事行くよりも、こんどの慈善パーティにお越しいただけませんか? テレンスさんに来ていただいたら、参加されるご婦人たちもすごく喜ぶと思うんです。テレンスさん、うちの協会の女性陣にもすごい人気なんですよ! ぜひいちど、ゆっくりお話ししてみたいって……」
「ちがうーっ! 俺はお前のとこの慈善パーティなんて、これっぽっちも興味がないんだよっ。ほら、王都に新しくできた鴨がうまい店! あそこに行こう。今週末はどうだ?」
「週末ですか……? 確か予定が……」
スケジュール帳に手を伸ばす。
その時、店のガラス窓をたたく、人物があった。
――ディラン。
日に焼けたディランが、白い歯を見せて僕に微笑みかけていた。
僕は驚きに息を呑む。
「なんだよ……、こんなところまでアダムか。ジシー大陸に戻ってたんじゃなかったのかよ!? ったく、つくづく邪魔してくる男だな!」
テレンスはわざとらしくため息をついた。
「いいよ。出ろよ。外で話して来い」
「でも……」
「行かなかったら商談中ずっと、アダムのことを考えてソワソワするつもりだろう? アダムはアダムで、ずっとああして窓に張り付いてお前を見てるつもりだぜ。そんなことされたら、こっちが迷惑なんだよ。時間はあるから、心ゆくまて話してこい。……待っててやる」
テレンスは、片眉を上げる。
「すいません、すぐ、戻ります」
僕は慌てて席を立つ。
「ったく、あんなジシー大陸男のどこがいいんだよ。すぐ目の前に、異国帰りのいい男がいるっていうのに……」
「何か、言いました?」
「……なんでもない、早く行け。アダムのヤツ、さっきからお前のことしか見えてないぜ! 他の客も見てるってのに! 本当に、はた迷惑な男だ」
テレンスは右手で、僕を追い払うしぐさをした。
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