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第67話

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「でもそれを見て気を失った私は、まるで何もなかったみたいに、次の日の朝自分のベッドで目覚めたの。まるで魔法にかけられたみたいに……。
しばらくして、ルイ様が事故にあったと聞いた。誰もルイ様が死んだことを知らない。
――そして、あなたがやってきた」

 アリスは、僕の瞳をのぞき込む。

「アリスさん……?」

「初めてあなたを見たとき、信じられなかった。
ルイ様の代わりのあなたに、驚いたからじゃない。
その水色の目が、あまりにもノエルさんに似ていたから……。
だからすぐにわかった。
――お兄様が、あなたの瞳にあっという間に引き込まれてしまったことを……
お兄様が、あなたに惹かれてしまったことを……」

 カチャリと、乾いた音がする。
 アリスが撃鉄を起こしたのだ。
 僕に照準を合わせたまま、アリスは数歩さがった。

「せっかく邪魔者がいなくなったのに……、あなたのせいでまたお兄様は狂ってしまった……。かわいそうだけど、生かしてはおけない」

「狂ってるのは、君だよ!」

「そうかもしれないわね。でも、もう戻れない。お兄様は、誰にも渡さない……。
おしゃべりをしすぎたわね。……お別れの時間よ」

「アリスさん、駄目だ!」

 身を起こそうとするが、ロープが手足に食い込むだけだった。

「……くっ」

「大丈夫、苦しませたりしない」




 こんなところで、終わりを迎えるのか……。
 ルイ・ダグラスと全くおなじ轍を踏んで……。

 ――ディランの顔が浮かぶ。
 そして、オスカーのこと……。




「やめなさい。これ以上、愚かなことを繰り返してはいけません」

 低く響く美声。
 ドアが開け放たれ、長身の男が入ってくる。

「オスカー――!!」

「来ないで!」
 アリスは悲鳴のような声をあげた。

「撃つわよ。手を挙げて、動かないで!」
 アリスはすばやく、銃口をオスカーに向けた。

 さすがに拳銃を手にしているとは思わなかったのだろう。
 オスカーは、立ち止まると、ゆっくりと両手を挙げた。
 
「銃を、捨ててください……」
 冷静な表情のまま、オスカーはアリスに近づく。

「嫌よ……、来ないで」
 アリスは後ずさる。

「あなたは、ほんとうの意味でルイ・ダグラスを殺してはいない」
 はっきりとした口調でオスカーは言った。

「だから、目の前の彼を殺してはいけない……」

「嘘よ! だって、私がルイ様を……」
 一瞬、アリスが怯んだすきに、オスカーは彼女に飛びかかった。

「嫌っ、やめて!!」
 銃声が2回轟き、銃弾が壁にめり込んだ。

「いやーーーっ!」

 オスカーがアリスから銃を取り上げ、扉の向こうに放った。

「いやーーーっ!!」
 もう一度、アリスが絶叫する。

 しばらくして、彼女はおとなしくなった。


「オスカーっ!」
 立ち上がったオスカーは、僕を見た。苦しげな表情だった。

額にかかった黒髪を指で払いのける。

「大丈夫です。気絶しているだけです。
彼女は、ずっと心に闇を抱えていたが、ついにたがが外れてしまった……。ここまで追い込まれていたとは……。元の状態に戻れるかどうか……」

 オスカーはベッドに縛り付けられた僕に近づくと、ジャケットのポケットからナイフを取り出す。

「不手際をお詫びいたします。兄のテレンスに関しては、まったくのノーマークでした。こんな状況になっているとは、ディラン様に聞かされるまで知らず……。ルイ様をこのような危険な目に遭わせてしまって申し訳ありません」
 僕を縛るロープを切りながら、オスカーは告げる。

「馬車の御者は? テレンスが、馬車を奪って……」

「彼は無事です。縛られて、路地裏に転がされていましたが……。テレンスの仕業だとすぐにはわからず、ここを探し出すのに時間がかかってしまいました……」

 拘束が解かれ、僕はベッドから起き上がる。

 はだけた僕のシャツのボタンを、オスカーが一つずつとめていく。

「ここはカートレット家の別荘です。今、旦那様とディラン様がこちらに向かっています。迎えの馬車に乗って、すぐに戻ってください。……あとの処理はこちらでいたします」

「あとの処理って……」

「あなたは知る必要のないことです……」
 オスカーは目を伏せる。

「なんだよ! 必要のないことって!
 僕は、殺されそうになったんだぞ! ルイと同じように……。
 お前たちは何もかも知っていて……、僕を……」

 僕はオスカーをにらみつけた。

「すべては、あなたを守るためにしたことです。お許しください……」
 オスカーの顔は蒼白だった。


「オスカー……、どうし……」

 オスカーの足下に、血だまりができている。

 僕はオスカーのジャケットをめくった。



 白いシャツが、鮮血で真紅に染まっていた。


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