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第66話
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「お兄様は、そんな薄汚い女を、それでもまだ愛していたの。私は、そんなお兄様の目を覚ましてあげようと思った。ノエルさんの惨状を嘆くお兄様に、彼女をあの世界から救い出し、薬物治療の更正施設に入れてあげるって約束したわ。心から彼女を心配したふりをして、私から、お父様に援助を頼んであげるって、その代わり……」
アリスは遠くを見た。何かとても大切な情景を思い返しているようだった。
「その代わり、お兄様に、頼んだの。私を、お兄様の手で女にして欲しいって……。そうしたら、ノエルさんを助けてあげるって。
お兄様は……、悩んだけど、ノエルさんのために、私の要求を呑んだ」
「君から、テレンスを誘ったのか?」
寒気がした。そこまでして、アリスはテレンスを手に入れたかったのか。
アリスの表情からは、後悔の念などは見て取れなかった。それどころか、頬を上気させうっとりした表情で微笑んでいた。
「とても素晴らしかった……。私はお兄様と一つになれたの。それなのに……、お兄様は半分血のつながった妹を抱いたことで罪悪感に苦しみ、もう二度と私を抱こうとしなかった……。
土下座されたわ。これからは、普通の仲のいい兄弟として暮らしていこうって……。
私がダダをこねて困らせても、せいぜい触れるだけのキスをしてくれるくらい」
「ノエルさんも、君が殺したのか?」
僕がアリスを見ると、アリスは唇を歪めた。
「まさか……、私が手を下す必要もなかった。更正施設に入って、ノエルさんの身体はかなり回復したの。でもそれと同時に、ノエルさんは、薄汚い世界に身を落とした自分自身を酷く責めるようになってしまった。お兄様がお見舞いに行くといったその日、彼女は過去の自分を恥じて、自ら屋上から飛び降りてしまった……、ただそれだけのこと」
淡々とアリスは語る。
「でも、そのことを苦に、テレンスは精神を病んでしまった。そうだろう?」
僕が責めるように、アリスを見る。
「お兄様はとても優しい人……。だから誰も憎むことができなかった。かわいそうな人……。はじめから私を愛していれば、こんなことにはならなかったのに」
どこまでも利己的な思考……。
欲しいものを手に入れるために手段を選ばない……。
ルイが残したメッセージの意味が、ここにきてようやく明確な姿を結ぶ。
「なんで、君は、ルイを……殺したんだ?」
「ルイ・ダグラス……、愚かで、浅ましい男だった……」
アリスは僕の首筋をゆっくりと指でなぞった。
「ルイ様は、私の心を手に入れようと躍起になっていた。生まれて初めて、自分が望んでも手に入らなかったものですものね。執着していたわ。
でも私は、ルイ様のことなんて、これっぽっちも愛していなかった。同族嫌悪ね。まるで私たちの心は映し鏡みたいだった。だから、私はルイ様の心が手に取るようにわかった。お兄様を剣術部のみんなの前で辱めて、まるで勝った気になっていたわ。でも、それでも私の心が手に入らないとわかると、今度は私を脅した……」
アリスは僕の首筋に爪を立ててつねった。
「……痛っ」
「どうやって知ったのか、私とお兄様の関係を、ルイ様はかぎつけていた。……嵐の日だったわ。私はルイ様の部屋に呼び出された。ルイ様は人が変わったみたいになっていて、いきなり私に襲いかかってきたわ。それを拒むと、私をなじった。
そして言ったの。お前は穢れた女だって。お前と兄との関係をみんなにばらしてやるって。お前達が二度とこの世界で生きていけないように、おとしめてやるって……。
お前達は、獣以下の、薄汚い、恥ずかしい生き物だって……。そんなお前を愛してくれる男なんて、この世のどこにもいないって……。
悔しかった……。
ふと見ると、テーブルに果物と一緒に、銀のナイフが置いてあった。
それが、私を誘うみたいに、キラキラ光って……。
気づいたら、血まみれになったルイ様が、私のそばに倒れていた」
ルイが……、ルイ自身が、アリスを煽ったのだ。
最期まで手に入らなかった、愛した女性……。
ほかの誰かを愛してしまった、愛しい許嫁。
ルイは、自分をアリスに殺させることで、アリスの心に永遠の爪痕を残すことにしたのだ……。
アリスは遠くを見た。何かとても大切な情景を思い返しているようだった。
「その代わり、お兄様に、頼んだの。私を、お兄様の手で女にして欲しいって……。そうしたら、ノエルさんを助けてあげるって。
お兄様は……、悩んだけど、ノエルさんのために、私の要求を呑んだ」
「君から、テレンスを誘ったのか?」
寒気がした。そこまでして、アリスはテレンスを手に入れたかったのか。
アリスの表情からは、後悔の念などは見て取れなかった。それどころか、頬を上気させうっとりした表情で微笑んでいた。
「とても素晴らしかった……。私はお兄様と一つになれたの。それなのに……、お兄様は半分血のつながった妹を抱いたことで罪悪感に苦しみ、もう二度と私を抱こうとしなかった……。
土下座されたわ。これからは、普通の仲のいい兄弟として暮らしていこうって……。
私がダダをこねて困らせても、せいぜい触れるだけのキスをしてくれるくらい」
「ノエルさんも、君が殺したのか?」
僕がアリスを見ると、アリスは唇を歪めた。
「まさか……、私が手を下す必要もなかった。更正施設に入って、ノエルさんの身体はかなり回復したの。でもそれと同時に、ノエルさんは、薄汚い世界に身を落とした自分自身を酷く責めるようになってしまった。お兄様がお見舞いに行くといったその日、彼女は過去の自分を恥じて、自ら屋上から飛び降りてしまった……、ただそれだけのこと」
淡々とアリスは語る。
「でも、そのことを苦に、テレンスは精神を病んでしまった。そうだろう?」
僕が責めるように、アリスを見る。
「お兄様はとても優しい人……。だから誰も憎むことができなかった。かわいそうな人……。はじめから私を愛していれば、こんなことにはならなかったのに」
どこまでも利己的な思考……。
欲しいものを手に入れるために手段を選ばない……。
ルイが残したメッセージの意味が、ここにきてようやく明確な姿を結ぶ。
「なんで、君は、ルイを……殺したんだ?」
「ルイ・ダグラス……、愚かで、浅ましい男だった……」
アリスは僕の首筋をゆっくりと指でなぞった。
「ルイ様は、私の心を手に入れようと躍起になっていた。生まれて初めて、自分が望んでも手に入らなかったものですものね。執着していたわ。
でも私は、ルイ様のことなんて、これっぽっちも愛していなかった。同族嫌悪ね。まるで私たちの心は映し鏡みたいだった。だから、私はルイ様の心が手に取るようにわかった。お兄様を剣術部のみんなの前で辱めて、まるで勝った気になっていたわ。でも、それでも私の心が手に入らないとわかると、今度は私を脅した……」
アリスは僕の首筋に爪を立ててつねった。
「……痛っ」
「どうやって知ったのか、私とお兄様の関係を、ルイ様はかぎつけていた。……嵐の日だったわ。私はルイ様の部屋に呼び出された。ルイ様は人が変わったみたいになっていて、いきなり私に襲いかかってきたわ。それを拒むと、私をなじった。
そして言ったの。お前は穢れた女だって。お前と兄との関係をみんなにばらしてやるって。お前達が二度とこの世界で生きていけないように、おとしめてやるって……。
お前達は、獣以下の、薄汚い、恥ずかしい生き物だって……。そんなお前を愛してくれる男なんて、この世のどこにもいないって……。
悔しかった……。
ふと見ると、テーブルに果物と一緒に、銀のナイフが置いてあった。
それが、私を誘うみたいに、キラキラ光って……。
気づいたら、血まみれになったルイ様が、私のそばに倒れていた」
ルイが……、ルイ自身が、アリスを煽ったのだ。
最期まで手に入らなかった、愛した女性……。
ほかの誰かを愛してしまった、愛しい許嫁。
ルイは、自分をアリスに殺させることで、アリスの心に永遠の爪痕を残すことにしたのだ……。
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