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第65話
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「アリスさん!」
アリスは、艶やかに僕に微笑みかけた。
「危ないところでしたね。……ところで、私はあなたをなんとお呼びしたらいいのでしょう? ……ルイ・ダグラスのニセモノさん」
ゾッとするほど、アリスは美しかった。
「何で、それを……」
アリスは、いつもの彼女のイメージからは程遠い、黒づくめの格好をしていた。髪は、頭の高い位置でまとめ、スカートではなく、ぴったりしたスラックスを身につけている。
――まるで、何かから身を隠すような格好だった。
「そんなこと、最初からわかってました。だって、あなたとルイ・ダグラスは、入れ物こそ良く似ていても、中身はまるで違いましたもの。
ルイ・ダグラスは、傲慢な男だった。この世の全ては、自分のためにあると信じて疑わないような男。周りの女はすべて、自分を無条件で愛すると信じる、愚かで子どもじみた男。
――ルイと私は、そっくりだった。
だからわかるの。
あなたは、全然違う。
あなたのお名前を、教えてくださいますか?」
ビスクドールのような生気のない瞳で、僕に問いかけてくる。
「キース……、キース・エヴァンズ」
僕は、かつての自分の名前を口にした。
「キース……、キースさん。素敵なお名前ね」
「この縄を、解いてくれないか?」
僕が言うと、彼女はくすっと笑った。
「それが……、できないんです。ごめんなさいね。
だって、縄を解いてしまうと、あなたは逃げてしまうでしょう?
――そうすると、うまく狙いが定まらなくなってしまう。
そうしたら、あなたを余計苦しませることになってしまう。
一息で逝かせてあげたいんです。あなたのこと、これでも私、結構気に入っていたんですよ」
アリスの言っていることが、よくわからない。
茫然とする僕を、アリスは憐れむように見た。
「大丈夫、苦しまないように逝かせてあげます。
ルイ様のときは、きっととても苦しんでしまっただろうから、後悔しているんです。
それに、身体にナイフがめり込む嫌な感覚が、今もこの手から離れない……。いまでも夜中に何度も目が覚めるんです。血まみれの、ルイ様が私をずっと追ってくる。私の手にはルイ様の血がついたナイフが……」
唇が小刻みに震えている。
アリスもまた、テレンスと同様に、どこか正気を失っていた。
「アリスさん、なにを……?」
「ダグラスのおじ様は、私に全部夢だと言ったの……。夢の中の出来事だから、何も心配いらないって……。でも、嘘。
私がルイ様を刺した感触は今でもこの手に残っていて、あなたは、前のルイ様とは違う……。
だからやっぱり……、私がルイ様を殺したんだわ!」
アリスが何かを取り出す。
ひんやりとした感触のものが、僕の額に押し当てられた。
――銃口だった。
「君が、ルイを殺したの?」
僕の問いに、アリスはうなずいた。
「ええ……。私が、ルイ・ダグラスを、殺した……」
「どうして!」
僕は叫んだ。
「何で、君が! ルイを……」
「お兄様が、悪いんです……」
僕に銃口を向けたまま、泣きそうな顔でアリスは言った。
「テレンスが……」
「お兄様が、全部いけないの……。
私のことを、愛してくださらないから……」
アリスは、急に淫乱な娼婦のような顔になった。
「まだ、夜は長いわ。せっかくだから、教えてあげる。
私も、ずっと誰かに話したくてたまらなかった……。もうすぐ死ぬあなたは、そんな相手にちょうどいい……」
アリスはベッドのわきに腰掛け、僕の頬を撫でた。
「お兄様のことは、親戚中が忌み嫌っていました。薄汚い女の血を引く子どもだって。でも、お兄様を初めて見た時――、私は一瞬で恋に落ちてしまった。
お兄様は、私の周りにいるほかの退屈な男とは全然違った。私に女としての興味を示さないところも、たまらなく好きだった。だから……、私からお父様に頼んで、カートレットの家に入れてもらったの」
テレンスがカートレット家に入ったいきさつは、アリスが絡んでいたのだ。
「これでお兄様は私のものになった。そう思っていたのに、お兄様にはノエル・ホワイトという恋人がいました。髪を短くしていて、どこか中性的な、少年のような不思議な魅力のある女性でしたわ。でも……、お兄様には全然似合わない。だから、すぐに二人の仲を引き裂いてやったわ。それなのに、お兄様はずっとノエルさんのことを忘れようとしなかった。だから……」
暗い炎が、アリスの瞳の奥で揺れている。
「彼女は、母親と二人暮らしだった。ぎりぎりの生活で……。だから手始めに母親の仕事を奪ってやったの。簡単だった。そして生活に困った彼女に、私は効率的にお金を稼げる手段を間接的に紹介してあげたの……」
「それは……」
僕は息を呑んだ。
「そう、彼女の若くて綺麗な身体はすぐにお金になったわ。ついでに知り合いの筋の者に頼んで、彼女を薬漬けにして、その世界から逃れられないようにしてあげた……」
アリスは、ノエル・ホワイトを闇の世界に堕としてしまったのだ。
アリスは、艶やかに僕に微笑みかけた。
「危ないところでしたね。……ところで、私はあなたをなんとお呼びしたらいいのでしょう? ……ルイ・ダグラスのニセモノさん」
ゾッとするほど、アリスは美しかった。
「何で、それを……」
アリスは、いつもの彼女のイメージからは程遠い、黒づくめの格好をしていた。髪は、頭の高い位置でまとめ、スカートではなく、ぴったりしたスラックスを身につけている。
――まるで、何かから身を隠すような格好だった。
「そんなこと、最初からわかってました。だって、あなたとルイ・ダグラスは、入れ物こそ良く似ていても、中身はまるで違いましたもの。
ルイ・ダグラスは、傲慢な男だった。この世の全ては、自分のためにあると信じて疑わないような男。周りの女はすべて、自分を無条件で愛すると信じる、愚かで子どもじみた男。
――ルイと私は、そっくりだった。
だからわかるの。
あなたは、全然違う。
あなたのお名前を、教えてくださいますか?」
ビスクドールのような生気のない瞳で、僕に問いかけてくる。
「キース……、キース・エヴァンズ」
僕は、かつての自分の名前を口にした。
「キース……、キースさん。素敵なお名前ね」
「この縄を、解いてくれないか?」
僕が言うと、彼女はくすっと笑った。
「それが……、できないんです。ごめんなさいね。
だって、縄を解いてしまうと、あなたは逃げてしまうでしょう?
――そうすると、うまく狙いが定まらなくなってしまう。
そうしたら、あなたを余計苦しませることになってしまう。
一息で逝かせてあげたいんです。あなたのこと、これでも私、結構気に入っていたんですよ」
アリスの言っていることが、よくわからない。
茫然とする僕を、アリスは憐れむように見た。
「大丈夫、苦しまないように逝かせてあげます。
ルイ様のときは、きっととても苦しんでしまっただろうから、後悔しているんです。
それに、身体にナイフがめり込む嫌な感覚が、今もこの手から離れない……。いまでも夜中に何度も目が覚めるんです。血まみれの、ルイ様が私をずっと追ってくる。私の手にはルイ様の血がついたナイフが……」
唇が小刻みに震えている。
アリスもまた、テレンスと同様に、どこか正気を失っていた。
「アリスさん、なにを……?」
「ダグラスのおじ様は、私に全部夢だと言ったの……。夢の中の出来事だから、何も心配いらないって……。でも、嘘。
私がルイ様を刺した感触は今でもこの手に残っていて、あなたは、前のルイ様とは違う……。
だからやっぱり……、私がルイ様を殺したんだわ!」
アリスが何かを取り出す。
ひんやりとした感触のものが、僕の額に押し当てられた。
――銃口だった。
「君が、ルイを殺したの?」
僕の問いに、アリスはうなずいた。
「ええ……。私が、ルイ・ダグラスを、殺した……」
「どうして!」
僕は叫んだ。
「何で、君が! ルイを……」
「お兄様が、悪いんです……」
僕に銃口を向けたまま、泣きそうな顔でアリスは言った。
「テレンスが……」
「お兄様が、全部いけないの……。
私のことを、愛してくださらないから……」
アリスは、急に淫乱な娼婦のような顔になった。
「まだ、夜は長いわ。せっかくだから、教えてあげる。
私も、ずっと誰かに話したくてたまらなかった……。もうすぐ死ぬあなたは、そんな相手にちょうどいい……」
アリスはベッドのわきに腰掛け、僕の頬を撫でた。
「お兄様のことは、親戚中が忌み嫌っていました。薄汚い女の血を引く子どもだって。でも、お兄様を初めて見た時――、私は一瞬で恋に落ちてしまった。
お兄様は、私の周りにいるほかの退屈な男とは全然違った。私に女としての興味を示さないところも、たまらなく好きだった。だから……、私からお父様に頼んで、カートレットの家に入れてもらったの」
テレンスがカートレット家に入ったいきさつは、アリスが絡んでいたのだ。
「これでお兄様は私のものになった。そう思っていたのに、お兄様にはノエル・ホワイトという恋人がいました。髪を短くしていて、どこか中性的な、少年のような不思議な魅力のある女性でしたわ。でも……、お兄様には全然似合わない。だから、すぐに二人の仲を引き裂いてやったわ。それなのに、お兄様はずっとノエルさんのことを忘れようとしなかった。だから……」
暗い炎が、アリスの瞳の奥で揺れている。
「彼女は、母親と二人暮らしだった。ぎりぎりの生活で……。だから手始めに母親の仕事を奪ってやったの。簡単だった。そして生活に困った彼女に、私は効率的にお金を稼げる手段を間接的に紹介してあげたの……」
「それは……」
僕は息を呑んだ。
「そう、彼女の若くて綺麗な身体はすぐにお金になったわ。ついでに知り合いの筋の者に頼んで、彼女を薬漬けにして、その世界から逃れられないようにしてあげた……」
アリスは、ノエル・ホワイトを闇の世界に堕としてしまったのだ。
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