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第64話

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(リス)
 
 返事がない。
 
(リス!)
 
 返事がない。
 
(リス!!)
(っんだよ! うるっせえなあ!)
(リス。俺の嫁が昏倒した)
(は……?)
(俺の嫁が昏倒したと言ったのだ)
 
 病でないのなら、ジョゼフィーネが昏倒した理由は、なにか。
 ディーナリアスには思いつけなかった。
 となると、リスに聞くしかない。
 宰相であるリスは、様々なことに詳しかった。
 王宮にいるだけでは知り得ないようなことにも精通している。
 
(アンタ……純潔相手に、そんな酷い抱きかたしたのかよ)
 
 ジョゼフィーネが男性を知らないことは知っていた。
 報告書に書かれてあったからだ。
 正妃となる女性については、事前に調べが入る。
 
 リフルワンスは他国だが、ロズウェルドとは比較にならない小国だった。
 魔術師もおらず、防衛するすべも持たない。
 魔術師がいれば魔力感知され、ほかの魔術師の存在は悟られてしまうのだが、その心配はなかった。
 つまり、姿を消して入りこむなど造作もないのだ。
 ロズウェルド王国内の誰かを調べるより、よほど簡単にジョゼフィーネの身辺は調べられている。
 
(アンタの嫁は、アンタの今までの相手とは違うんだぜ? なんせ純潔なんだからな。あ、もう、純潔だった、か)
(舌を入れただけだ)
(……は?)
(口づけで、舌を入れただけだ)
 
 しーん。
 
 気配はあるので、集言葉つどいことばは切れていないはずだ。
 しばしの間のあと、リスの声が聞こえてくる。
 
(それだけ?)
(それだけだ)
(マジで?)
(マジだ)
 
 再び、しーん。
 
 待つことしばし。
 今度は、リスが大きく溜め息をついた。
 
(これだからな。オレは、純潔なんざ絶対に相手にしねーぞ)
(お前が誰を相手にしようが、どうでもよい。今は、俺の嫁の話をしておる)
(ていうか、なんでオレに連絡してくるんだよ……)
(リロイが病ではないと言ったからだ)
 
 耳の奥で、リスが小さく舌打ちする音が聞こえる。
 が、ディーナリアスは「次期国王になんたる無礼」などとは言わない。
 そういうことには無頓着なのだ。
 とくにリスに対しては、その言動のほとんどを気にしたことがなかった。
 
(ちょっと待て……)
(待つ)
 
 今度は、少し長く待たされる。
 数分ほどして、リスの気配が強まった。
 
(アンタの嫁、どうやら貴族教育を受けてねーみてえだな)
(それと昏倒と、どう関係がある?)
(夜のこと、なぁんも知らねーってことサ)
(む)
 
 そうか、と思う。
 貴族令嬢は、ある一定の年齢になると、専門の学校に通わせるなり、家庭教師をつけるなりして、教えを受けさせるのだ。
 その中で、男性との夜のいとなみについても学ぶ。
 ジョゼフィーネは、その教育を受けていない。
 
(口づけのやりかたも知らなかったんだろうよ。息ができずに苦しくなって、口を開いたところに、アンタが舌を突っ込んだ。そんで、よけい息ができなくなって……ばたん)
(そうであったか)
(あ~嫌だねえ。純潔ってのは面倒でいけねーや)
 
 ぴくっと耳が反応した。
 ディーナリアスは、すうっと目を細める。
 
(リス)
 
 向こうで、リスが息をのむ気配がした。
 緊張も伝わってくる。
 
(俺の嫁を愚弄することは、たとえお前でも許さん)
(申し訳ございません、我が王よ)
 
 即座にリスが謝罪した。
 ふっと、ディーナリアスは空気を緩める。
 リスとの関係を堅苦しいものにしたいとは思っていない。
 ただ、駄目なものは駄目と示しておく必要があっただけだ。
 
(しかし……そうなると、俺は、これからどうすればよいものか)
(教育を受けてねーだけなんだから、アンタが教えればいいんじゃねーか?)
 
 一理ある。
 うむ、とディーナリアスは、リスの言葉にうなずく。
 
(せいぜい大事にして、可愛がってやれ)
(むろん、そうする)
 
 嫁は誰よりも大事にすべき存在なのだ。
 言われるまでもなく、大事にするつもりだった。
 
(じゃあ、もうオレの邪……)
 
 リスの言葉が切れる。
 ディーナリアスが手を振ったため、リロイが魔術を切ったのだ。
 聞きたいことは聞いたし、知りたいことも知った。
 リスとの会話につきあう義理はない。
 
 リロイはとっくに姿を消している。
 ジョゼフィーネは病ではなく、昏倒の原因もはっきりした。
 必要があれば呼ばれるだろうと、通常の警護任務に戻ったに違いない。
 そういうリロイの手間のかからないところが気に入っている。
 
 ディーナリアスはジョゼフィーネの頬を撫でながら、思案中。
 彼女が昏倒したのは、自分のせいだった。
 リスの言った「今までの相手とは違う」を、実感している。
 ディーナリアスの相手は手慣れた女性ばかり。
 あえて男女のいとなみについて教える必要はなかったのだ。
 
「報告書には、家庭教師の出入りがあると書かれていたのだが。そうか……お前は教育を受けさせてもらえなかったのだな」
 
 ロズウェルド王国は、この大陸で最も力のある国として君臨している。
 そのためロズウェルドの貴族言葉は、どの国でも第2公用語扱い。
 平民ならいざ知らず、貴族では話せない者などいないはずだ。
 ジョゼフィーネのたどたどしい口調に、胸が痛くなる。
 
「お前は、俺の嫁だ。今後、そのような悲しき思いはさせぬ。必ず俺が守る」
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