上 下
56 / 81

第55話

しおりを挟む
 この状況が信じられず、ディランの姿を凝視する。

 ディランは僕の目の前に立つと、襟元の緑色のシルクのタイを緩めた。

 僕の頬をそっと撫でると、ニヤリと笑う。


「歯ア、食いしばれ!」
 ディランの拳が、空を切った。

「ぐはあっ!!」

 僕に後ろから覆い被さっていたテレンスが、一瞬で消えた。

「このっ、ゲス野郎がっ!」

 ディランは床に倒れ込んだテレンスにつかみかかると、さらに数発、テレンスの身体に拳を打ち込んだ。

「っ……、ぐぅっ……」

「おいっ、もう二度とこんなことができないように、お前の、潰して再起不能にやろうか?」

 怒りで朱に染まったディランの顔は、悪鬼のように恐ろしい表情をしていた。

「っ……、この野蛮人がっ!」

 テレンスがディランにつばを吐く。口の中が切れているのか、血が混じっていた。
テレンスは口を拭うと、冷笑を浮かべる。左頬が赤く、はれ上がっている。

「落ち着けよ、アダム。何を勘違いしてるんだ? 俺は、ルイに誘われただけだぜ。殴るんなら、ルイを殴れよ」

「なんだと……」
 ディランは拳を握り締め、テレンスを睨みつける。

「それに……」
 テレンスは、あの残忍な笑みを浮かべる。

「コイツは、俺に借りがあるんだ。おもちゃを取られて悔しいのはわかるが、もうルイは俺のもんだぜ。――嘘だと思うんなら、ルイに聞いてみろよ。コイツが自分で選んだんだ。俺に抱かれるのを……。なあ、ルイ」
 
二人の視線を浴び、僕ははだけさせられたシャツをかきあわせた。

「……」

「ほら、お前の王子様に教えてやれよ。自分から俺に脚を開いたって。自分からねだって俺に突っ込んでもらってたって……」

 テレンスは立ち上がって自分の衣服を整えると、脱ぎ捨てられた僕の制服のズボンを拾って、僕に投げつけた。

「本当なのか? ルイ?」

 ディランの問いに、僕はうなだれる。

「お前、コイツに脅されてるのか……」

 僕はシャツを握り締める。まともにディランを見ることができない。




 何も――、弁解することができない。
 僕が、自ら選んだことだ。




「残念だったな、コイツは、俺がもらう」

 テレンスが僕の髪をつかんで、顔を上向かせる。

「アダムに言ってやれ。お前とより、俺とヤるほうが、よっぽど気持ちよかったって……ぐはっ」

 もう一度、ディランの拳が、テレンスの腹をうがった。



「これ以上、ルイを侮辱するんじゃねえ……、殺すぞ」

 襟首を掴むと、テレンスを引き寄せ、ぎりぎりと首を締め上げる。


 ディランの表情は、本当にテレンスを殺しかねないほど凶悪なものだった。

「……っ、暴力に訴えることしかできないのか? これだから猿は……っ」

「こいつが、進んでお前なんかに抱かれるわけねえ。目を見りゃわかんだよ! 自分から誘ったやつが、こんな顔して男に抱かれるかよっ!」

 ディランは、テレンスをつかんだ手を、乱暴に離した。
 反動で、テレンスは床に倒れる。



「あの湖でのパーティの後……」
 ディランがテレンスを見下ろす。

 普段のディランからは想像もできないほど、残忍な表情だった。

「お前の父親のカートレット子爵にに直々に謝られたよ。縛ってバスタブに沈めようとするなんて、おふざけが過ぎたようだな。……お前のことを、これからずっと監視するって言ってたぜ」

「あの男がお前にそんなこと言うはずないっ!」
 テレンスが声を荒げる。だがその表情は、青ざめていた。

「お前の精神状態を、しきりに心配してたぜ。お前が学院でおかしなことをしたら、すぐに報告してほしいって言われてるんだ。妹の許婚に、隠れて暴力を振るってるっていったら、お前の親父さん、どう思うだろうな?」

「なにを……、ふざけたことを……」
 テレンスの身体が小刻みに震えている。

「嘘だと思うんなら、今からさっそく報告に行こうか? 信じられないなら、見せてやろうか? いつでも訪ねてこられるようにって、紋章入りの紹介状までもらったんだぜ……」
 ディランがテレンスに屈みこむ。

「やめろーっ!!」
 テレンスは叫ぶと、ディランにつかみかかった。

「お前に何がわかる! ジシー大陸でのうのうと暮らしてたんだろう? 俺がどんな風に生きてきたか、知りもしないくせに!」
 ディランにむかって拳を振り上げる。

 ディランはそれをかわすと、テレンスの肩を強く押した。

 テレンスがよろめき、また倒れる。

「ああ、知らねーよ。お前のことなんか! でもな、俺はルイを守るって決めたんだ。だから――」

 言うと、ディランは僕の腕を引っ張って立たせた。

「お前がルイをどうやって脅したのか……、俺はそんなこと興味ねーよ。ただ、今度ルイに手を出したら、お前の命はないと思え、――わかったな」

 ドスのきいた声で、茫然とするテレンスに念を押す。

「ディラン……」

「服着たか? 行くぞ」

 僕を振り返るディラン。








 何もかもが、まぶしすぎる。
 ――強い力で、彼に惹きつけられる。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着系義兄の溺愛セックスで魔力を補給される話

Laxia
BL
元々魔力が少ない体質の弟──ルークは、誰かに魔力を補給してもらわなければ生きていけなかった。だから今日も、他の男と魔力供給という名の気持ちいいセックスをしていたその時──。 「何をしてる?お前は俺のものだ」 2023.11.20. 内容が一部抜けており、11.09更新分の文章を修正しました。

初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話

トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。 2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

童貞が尊ばれる獣人の異世界に召喚されて聖神扱いで神殿に祀られたけど、寝てる間にHなイタズラをされて困ってます。

篠崎笙
BL
四十歳童貞、売れない漫画家だった和久井智紀。流されていた猫を助け、川で転んで溺れ死んだ……はずが、聖神として異世界に召喚された。そこは獣の国で、獣王ヴァルラムのツガイと見込まれた智紀は、寝ている間に身体を慣らされてしまう。 

勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫
BL
【毎日5:50、17:50の二回投稿、本編88話+おまけ1話となります】  厄災・暗黒竜ガークを倒す為に集結した四英傑、勇者ロイク(金髪碧眼)、聖女オリヴィア(白髪)、賢者クロード(黒髪)に主人公の剣聖ファビアン(銀髪)。四人は仲間として固い絆で結ばれていた。  ある日魔物に襲われたロイクを庇ったファビアンが媚薬効果にやられてしまい、二人は深い仲に。最初は無理矢理だったが、次第にロイクに絆されていくファビアン。  苦戦の末、クロードの犠牲と共に厄災を倒した一行。クロードの分も楽しく生きようと決意したファビアンだったが、ロイクは自分ではなくオリヴィアを選び、あっさりと結婚してしまった。傷心の中、両親の墓を建てる為自国に旅立とうと思ったファビアンだったが、なぜかロイクが強引に引き留め幸せに暮らす二人の傍で飼い殺しされる日々。  そんな中、新たに出来た恋人を守る為、剣の道をつき進む。気付けば戦争に巻き込まれ、苦労の末勝利を勝ち取ったファビアンだったが、怪我を負ってしまう。  次々に大切な人を失い生きる気力を失っていたファビアンの前に現れたのは、ロイクとオリヴィアの間に生まれた双子。彼らの優しさに絆され、少しずつ立ち直ったファビアンは、やがて二人の剣術の師匠に。  双子の兄クリストフはロイクと同じ金髪碧眼で、弟のクロイスは金髪と白髪の夫婦から何故か生まれた黒髪。二人のお陰で生きがいを見つけたファビアンだったが、やがて青年となった双子の兄が結婚をすることに。  ファビアンはクリストフの結婚を機に今度こそ国を去ろうとしたのだが、何故か目の前にはクロイスがいて――?  愛する人に早生され続けたファビアンの救済ストーリー。  途中までファビアンには辛いことが起こりますが、最後はハピエンです。 ムーンさんにも掲載中。

モブだけど貴重なオメガなので一軍アルファ達にレイプされました。

天災
BL
 オメガが減少した世界で、僕はクラスの一軍アルファに襲われることになる。

【完結】旦那の病弱な弟が屋敷に来てから俺の優先順位が変わった

丸田ザール
BL
タイトルのままです アーロ(受け)が自分の子供っぽさを周囲に指摘されて素直に直そうと頑張るけど上手くいかない話。 イーサン(攻め)は何時まで生きられるか分からない弟を優先してアーロ(受け)を蔑ろにし過ぎる話 【※上記はあくまで"あらすじ"です。】 後半になるにつれて受けが可哀想になっていきます。受けにも攻めにも非がありますが受けの味方はほぼ攻めしか居ないので可哀想なのは圧倒的受けです ※病弱な弟くんは誰か(男)カップリングになる事はありません 胸糞展開が長く続きますので、苦手な方は注意してください。ハピエンです ざまぁは書きません

処理中です...