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第47話
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「ねえ、アダム様、ブリジットさんとはいつ結婚なさるの? 将来はジシー大陸で一緒に暮らすんでしょう? 結婚式は、教会ではなく草原で挙げるって本当ですか? ねえ? ねえ? ……ねえっ?」
「……うっるせーな」
ディランは露骨に嫌そうな顔をしている。
さっきからずっとこの調子だ。
湖でのパーティで、ずっとブリジットにくっついていたアリス。
ブリジットから、ディランとのことをいろいろ聞き出していたのだろう。
さすがのディランも、ブリジットとのことをつっこまれて、たじたじの様子だ。
「答えてくれないなら、今日のランチはなしです」
アリスは、すばやくバスケットを片付け始める。
校舎横に備え付けられたカフェスペースで、僕らは昼休みを過ごしていた。
「えーっ、なんだよそれ! お前、性格悪すぎだろー。ルイがいなかったら、昼時も完全に無視しやがって……」
「おあいにくさま! もともとアダム様に食べさせるお食事などありませんので!」
ツンと上を向く。
そんなしぐさも可愛らしく、僕は思わず微笑んだ。
アリスは、僕が学院を休んでいた間、見舞いに行こうとしたが、兄のテレンスに止められたのだとすまなそうに言った。
――テレンスとのあのことを、アリスにだけは知られたくない。
ディランと言い争いながらも、屈託のない顔で笑うアリスを見て、僕は強く思った。
――だが、
ルイを殺したのが、テレンスか、もしくはアリスのどちらかだとしたら……?
「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
昼食を食べ終えたディランが、大あくびをしながら中庭へ向かったのを確認してから、僕はアリスに言った。
「なんでしょう?」
「テレンスさんのことなんだけど」
「兄が、なにか?」
アリスが大きな青い瞳をこちらに向ける。
「……ノエルって人、知ってる?」
僕の言葉に、アリスは時が止まったかのように動かなくなった。
「……アリスさん?」
「……どうして、ノエルさんのことを……」
その小さな唇が震えている。
「湖でのパーティの時、テレンスさんが口走ったんだ」
「兄が、自分で……」
アリスは爪を噛んだ。
「知ってるんだね?」
僕の言葉に、アリスはうなずいた。
「ルイ様……、そのときの兄の様子は、おかしくなかったですか?」
深刻そうな顔。
「うん……、明らかに様子が変だった」
「やっぱり……」
「教えてくれないか?」
僕の言葉に、アリスは僕の手をとり、握りしめた。
「約束してください。このことは、絶対に兄に黙っていてください。もし、知ってしまったら、また、兄は……きっと……」
目に涙をためて、アリスは僕に懇願する。
「わかった……、テレンスさんにも、誰にも、言わない。約束する」
僕の顔をじっと見ると、アリスはぎゅっと唇を結んだ。
「ノエルさん……、ノエル・ホワイトさんは、兄の幼馴染みで、恋人でした。でも、兄がカートレットの家に入ることになって、二人は父に強引に別れさせられたんです」
ノエル――と僕を呼んだテレンス。
テレンスのかつての恋人の名前だったのか。
「別れても、お互いの気持ちはまだ残っていたと思います。ノエルさんは……、兄と別れたことが直接の原因かはわかりませんが、その後、心を病んで、自殺しました。兄は……、そのことを自分の責任だと感じたようです。
そのことが引き金になって……、カートレット家の跡取りとしての重圧もあいまって……、兄も少しずつ精神を病んでいきました……」
アリスがうつむく。
あの常軌を逸したテレンスの表情を思い出す。
そして――。
僕をノエルと呼びながら、涙を流していたあの姿も。
「今は薬で抑えている状態です。きちんと飲んでいれば、症状は出ません。ですが、兄は自分の判断で薬を飲まなくなったことが一度あって……。そのときも、兄は、ノエルさんを探しながらっ……」
嗚咽で、アリスの身体が震える。
「兄は……、死のうとしたんです。もうあんな思い、二度としたくないっ!
ルイ様、兄にはきちんと薬を飲むように話します。だから、お願いです。このことは、誰にも言わないでください……」
僕の腕にしがみつくアリス。
テレンスの抱える闇に茫然としながら、僕はただ、泣きじゃくるアリスのそばに寄り添うことしかできなかった。
「ねえ、アダム様、ブリジットさんとはいつ結婚なさるの? 将来はジシー大陸で一緒に暮らすんでしょう? 結婚式は、教会ではなく草原で挙げるって本当ですか? ねえ? ねえ? ……ねえっ?」
「……うっるせーな」
ディランは露骨に嫌そうな顔をしている。
さっきからずっとこの調子だ。
湖でのパーティで、ずっとブリジットにくっついていたアリス。
ブリジットから、ディランとのことをいろいろ聞き出していたのだろう。
さすがのディランも、ブリジットとのことをつっこまれて、たじたじの様子だ。
「答えてくれないなら、今日のランチはなしです」
アリスは、すばやくバスケットを片付け始める。
校舎横に備え付けられたカフェスペースで、僕らは昼休みを過ごしていた。
「えーっ、なんだよそれ! お前、性格悪すぎだろー。ルイがいなかったら、昼時も完全に無視しやがって……」
「おあいにくさま! もともとアダム様に食べさせるお食事などありませんので!」
ツンと上を向く。
そんなしぐさも可愛らしく、僕は思わず微笑んだ。
アリスは、僕が学院を休んでいた間、見舞いに行こうとしたが、兄のテレンスに止められたのだとすまなそうに言った。
――テレンスとのあのことを、アリスにだけは知られたくない。
ディランと言い争いながらも、屈託のない顔で笑うアリスを見て、僕は強く思った。
――だが、
ルイを殺したのが、テレンスか、もしくはアリスのどちらかだとしたら……?
「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
昼食を食べ終えたディランが、大あくびをしながら中庭へ向かったのを確認してから、僕はアリスに言った。
「なんでしょう?」
「テレンスさんのことなんだけど」
「兄が、なにか?」
アリスが大きな青い瞳をこちらに向ける。
「……ノエルって人、知ってる?」
僕の言葉に、アリスは時が止まったかのように動かなくなった。
「……アリスさん?」
「……どうして、ノエルさんのことを……」
その小さな唇が震えている。
「湖でのパーティの時、テレンスさんが口走ったんだ」
「兄が、自分で……」
アリスは爪を噛んだ。
「知ってるんだね?」
僕の言葉に、アリスはうなずいた。
「ルイ様……、そのときの兄の様子は、おかしくなかったですか?」
深刻そうな顔。
「うん……、明らかに様子が変だった」
「やっぱり……」
「教えてくれないか?」
僕の言葉に、アリスは僕の手をとり、握りしめた。
「約束してください。このことは、絶対に兄に黙っていてください。もし、知ってしまったら、また、兄は……きっと……」
目に涙をためて、アリスは僕に懇願する。
「わかった……、テレンスさんにも、誰にも、言わない。約束する」
僕の顔をじっと見ると、アリスはぎゅっと唇を結んだ。
「ノエルさん……、ノエル・ホワイトさんは、兄の幼馴染みで、恋人でした。でも、兄がカートレットの家に入ることになって、二人は父に強引に別れさせられたんです」
ノエル――と僕を呼んだテレンス。
テレンスのかつての恋人の名前だったのか。
「別れても、お互いの気持ちはまだ残っていたと思います。ノエルさんは……、兄と別れたことが直接の原因かはわかりませんが、その後、心を病んで、自殺しました。兄は……、そのことを自分の責任だと感じたようです。
そのことが引き金になって……、カートレット家の跡取りとしての重圧もあいまって……、兄も少しずつ精神を病んでいきました……」
アリスがうつむく。
あの常軌を逸したテレンスの表情を思い出す。
そして――。
僕をノエルと呼びながら、涙を流していたあの姿も。
「今は薬で抑えている状態です。きちんと飲んでいれば、症状は出ません。ですが、兄は自分の判断で薬を飲まなくなったことが一度あって……。そのときも、兄は、ノエルさんを探しながらっ……」
嗚咽で、アリスの身体が震える。
「兄は……、死のうとしたんです。もうあんな思い、二度としたくないっ!
ルイ様、兄にはきちんと薬を飲むように話します。だから、お願いです。このことは、誰にも言わないでください……」
僕の腕にしがみつくアリス。
テレンスの抱える闇に茫然としながら、僕はただ、泣きじゃくるアリスのそばに寄り添うことしかできなかった。
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