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第34話

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「前からゆっくり二人で話したいと思ってたんだよ」

 テレンスの部屋は、アリスのそれとは違い、殺風景な印象だった。家具も、必要最小限のものしか置いておらず、部屋が余計に広く感じる。

「ゆっくり……、二人で?」
 僕はテレンスをにらみつけた。

 僕は、テレンスの取り巻き二人によって、椅子に紐で後ろ手に縛り付けられて座らされていた。

「おい、お前らは、アダムの様子を見てこい」
 テレンスの指示で、二人は部屋の外に出て行く。

「ディランに、何かしたのか?」
 僕の言葉に、テレンスは満足そうな笑みを浮かべる。

「大丈夫。ちょっとおねんねしてるだけだよ」
 薬を入れられたと話していたディラン。あれからどうなったのだろうか。僕は不安に駆られる。

「おや、心配か? だろうね。お前の大事なナイトだもんな」
 そう言って顔を近づけてくるテレンスからは、酒の匂いが漂ってくる。

「酔ってるのか?」

「はあ? 酒なんかで酔えたら簡単だよな。これだから、お育ちのいいやつはムカつくんだ」
 そう言うと僕のあごを乱暴につかむと、目をじっと覗き込んできた。

「ふうん。本当に、可愛くなっちゃったもんだな」
 僕の頬を、人差し指でなぞる。

「ディランは、どこにいるんだ?」

「大丈夫、何も心配いらない……、お前が、俺の言うことをちゃんと聞いておとなしくしてればな」
 その涼しげな目を細める。

「どういう意味だ」
「……こういう意味だよ」

 ――目の前が暗くなる。
 テレンスは、ゆっくりと僕と唇を合わせた。

 テレンスに、口づけられている。

 なぜ、テレンスが……。
 信じられない思いで、僕は呆然と口づけを受けていた。
 それを承諾ととったのか、テレンスの舌が、ぬるりと僕の腔内に侵入した。

「んんっ……、はっ」
 生ぬるい舌が僕の舌に絡みつく。

 嫌悪感に、思わず僕はテレンスの唇に噛みついていた。

「っつ……」

「何するんだっ」

 吐き捨てるように言うと、テレンスは舐めるように僕を見る。


「おいおい、俺を怒らすと、アダムが痛い目を見ることになるぞ。今、アダムがどうなっているか教えてやろう」

 そう言うと、テレンスは声を張り上げた。

「おい、今アダムはどうなってる?」

『今やっと、二人がかりでバスタブに入れたところだ。ったく、こいつデカいし、滅茶苦茶重いから、疲れたよ』
 テレンスの部屋の隣の部屋あたりから、取り巻きの声が聞えてくる。


「アダムが今どうなっているか説明しろ!」

『この野生動物は、両手と両足は縛られて、バスタブの中に折りたたんで入れられてるよ! ぐっすりらしくて、びくともしない』

「お前の愛しの騎士は、俺の部屋の続きのバスルームにいるんだよ」
 テレンスが説明する。

「あの麦酒の中に、何を入れたんだ?」

「安心しろ、ただの睡眠薬だよ。野生動物なみだから、すこし大目に入れたんだけど、やっぱり効きすぎたみたいだな」
 テレンスが楽しげに言うと、

『こいつ、今なら何されても気づかないぜ。ムカつくから、ケリいれてやろうか』
 部屋の向こうから、声が返ってくる。

「ディランに、何をするつもりだ?」

「何も? お前が俺におとなしく従えばな」
 残忍そうなまなざし。

「だが、お前が少しでも反抗的な態度をとった場合は、バスタブに水を入れることにしよう。
ゲームではしゃぎすぎて、麦酒でしこたま酔ったアダムがバスタブで溺死する……、こんな筋書きはどうだ?」

『俺たちは、いつでも準備OKだぜ!』
 下卑た笑い声が応答する。

「いまはそこで待機してろ」
 そう言うと、テレンスは僕に向き直った。

「ふざけるな……、殺人だぞ。こんなこと、調べれば不自然だってわかる。王都の騎士団にでも調査されれば……」

「カートレットの家を甘く見るなよ。王都の騎士団がなんだ。アイツラは、金と権力には簡単に屈するんだ。あの父親だって、俺に容疑がかからないよう、積極的に工作してくれるさ。そんなこともわからないのか?」

 テレンスの瞳に宿るのは、狂気……。

「かわいそうなアダム。ハメをはずした王立学院生の、不幸な事故として処理されるんだろうなあ……。親も泣くぜ」

 ――僕は、初めてこの男が怖いと思った。


「俺の言うことを聞け。いいな」
 テレンスが僕の首筋を撫でる。

 僕はうなずいた。
 ――もう、逃げられない。

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