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第33話

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 大方の予想通り、ディランが他の参加者に大差をつけて、優勝した。

 避暑地にある貴族たちに人気だというホテルの招待券を手に、盛り上がっていたディランだったが、しばらくして青い顔をしていることに気づいた。

 アリスとブリジットは湖に面したベンチに腰掛け、二人でアイスクリームを食べながらおしゃべりに夢中になっている。

「ディラン……、顔色が悪いよ」
 僕が近づくと、ディランはデッキチェアに座り、手で顔を覆った。

「くそ、カートレットのヤツ……、俺の分になにか入れやがった」


「なにか薬を入れられたのか?」

 巧妙に、ディランの分だけすり替えたのだろう。あの含みのあるテレンスの笑みを思い出す。

「くそっ、油断した。でも、たいしたことはない。吐けば治るだろ」
 立ち上がるとフラフラしながら、レストルームへ向かう。

「ディラン……」
 僕は不安げに、ディランの広い背中を見送る。


「ルイ様、ちょっとよろしいですか?」
 アリスが、僕に声をかける。後ろには、ブリジットが立っていた。

「ダグラスさん、私そろそろ病院に戻らないといけないの。申し訳ないけど、失礼させていただきますわね。ディラン君にもよろしくお伝え下さい」
 ブリジットはなかなか戻ってこないディランを案じている様子だ。

「あ、はい……、ディランに伝えておきます」
 ディランが戻ってくる気配はない。あの顔では、かなり気分を悪くしているのかもしれない。まさか、毒を入れたわけではないだろうが、あのテレンスのことだ。何をしたかわかったものではない。
 様子を見てこようと腰を上げると、アリスが僕の腕をつかんだ。


「ルイ様、私も、日に当たりすぎたのか、少し気分が悪くなってしまいました。一緒に来ていただいても、いいですか?」
 見ると、アリスの顔も血の気が引いている。

「大丈夫? 休んだほうがいいね」
 僕はふらつくアリスを支えた。

 林を抜け、二人で屋敷に戻る。屋敷の中は、一階の一部は招待客にも開放されてるようだが、二階は完全なプライベートスペースとなっていた。

 アリスの部屋は、階段を上がって南側の一番突き当たりにあった。

「ルイ様が私の部屋に来られるの、……初めてですね」
 アリスが小さく言う。

「そうなんだ……、ごめん、何も覚えてなくて」
 下手に答えて、アリスに疑念を抱かせてはいけない。

 アリスの部屋は、彼女のイメージ通り、淡い桃色を基調とした、上品で可愛らしい雰囲気だった。

「ブリジットさん、将来はアダム様と一緒に、ジシー大陸で野生動物の生態について研究するのが、夢なんですって」
 ベッドに座ったアリスは言う。

 僕は、近くにあった椅子に腰掛けた。

「へえ、二人は将来の約束までしてるんだね。すごいな」
 軽い失望と共に、僕は答える。

「ルイ様、私が20歳になったら、正式に婚約するっていう話、今でも有効ですか?」
 思いつめたような目。

 ルイが残したメッセージが頭によみがえる。
 

 『彼女の秘密を知った今、僕は彼女との許嫁の解消を申し出ている』


「お互い、まだ王立学院に通う身だし、そんなにあせる必要はないんじゃないかな?」
 僕の答えに、アリスは悲しげに目を伏せている。

「私ではご不満ですか」

「そんなことは……」

「――本当は、何もかもご存知なんでしょう?」

 僕を見つめるアリス。見たこともないような、冷淡な顔をしていた。

 その凍るような冷たさに、僕は動けなくなる。
 こんな愛らしい少女に、どこか底知れぬ恐ろしさを感じる……。


「ふふ、ごめんなさい。まだ記憶が戻ってらっしゃらないのに、変なことを言いましたね」

「アリスさん……?」

「すみません……、やはり気分が優れません。少し横になっています」
 そう言うとアリスは、ベッドに入る。

「お大事にね。また、明日」
 部屋から出ると、僕はドアをそっと閉めた。



「おっと……、これはこれは、なんでお前が二階にいるんだよ」

 廊下で、テレンスと取り巻き二人に出くわした。三人とも、膝丈のズボンにシャツを羽織っただけの格好だ。

「アリスさんが具合が悪くなったので、部屋まで送ったんです」

「なんだと、アリスの部屋にいたのか? 大事な妹を汚したんじゃないだろうな?」
 テレンスの顔色が変わる。

「……失礼します」
 僕が彼らの脇をすりぬけようとすると、テレンスが強く僕の腕を引いた。

「俺の部屋に来いよ。話がある。お前ら、コイツを連れてこい」

「行こーぜ、ダグラス君」
 にやけた顔の男が、僕の左腕をつかむ。

「そんな嫌そうな顔すんなよ、仲良くしよーぜ」
 僕の右側についた男が、僕の腕をひねりあげた。

「っ……、やめろっ……」

 両側から身体を拘束され、僕はずるずると廊下を引きずられていった。

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