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第31話
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王都からは少し離れたところにあるカートレット子爵邸は、ダグラスの屋敷に匹敵するほどの大きさだった。
広い領内にある湖から名前をとって『メビウス邸』の名でも知られているという。
一体どこからどこまでが敷地なのか、立派な門の外からは、うかがい知ることはできない。
車寄せに、馬車を止めさせると、サマードレスを着たアリスが駆け寄ってきた。
「ルイ様! ようこそ」
王立学院で見るドレス姿とは違う、軽やかな印象だった。瞳と同じ青色が目にまぶしい。
「もう、みんな来てる?」
どこからか、楽団の音楽やざわめきが聞こえてきている。
「はい。アダム様も、同伴者の女性とお見えですよ。素敵な方でびっくりです。……アダム様のどこがいいんだか」
そう言うと、ぺろりと舌を出す。
「ディランにも、いいところがあるんだよ」
僕が言うと、アリスは頬を膨らませる。
「私にはちっともわかりませんけど!」
アリスは僕の手をとると、小さな林を抜けたところに広がるパーティ会場に案内した。
そこにはテレンスの言う通り、青い湖面の美しい湖が広がっていた。湖のほとりには、白いテントが何台も張られ、たくさんの食べ物や飲み物が用意されていた。
剣術部の部員達とその同伴者たちは、湖で泳いだり、湖畔に用意された休憩所に寝そべったり、飲食を楽しんだり、思い思いに過ごしている。
「おいおい、お前達、湖でパーティを開いた意味わかってんのか? なんなんだよその格好は!」
振り向くと、濡れた半裸のテレンスが、こちらを見て笑っていた。引き締まった肉体を惜しげもなく見せつけている。
「それじゃあ、せいぜい避暑地に来たカップルって感じじゃないか。アリス、もっと肌を出せよ。出し惜しみするな。……ルイ、上着を着てくるなんて、今どきどれだけ堅苦しい貴族でもそこまでしないぜ! 何を恥ずかしがってるんだよ。せめてシャツくらい脱げよ」
麻のジャケットを着た僕を皮肉る。
「私は日に当たりすぎると、気分が悪くなるんです」
アリスは兄から顔を背ける。
「僕も……、日焼けは身体にさわるから、気をつけるよう医者から止められているんだ」
僕も、オスカーが考えた言い訳を口にする。
「ったく、どいつもこいつも……。そんな格好でいつまでもうろついてたら、容赦なく湖に突き落としてやるからな」
そう言うとテレンスは、湖の方を顎でしゃくった。
「あとで面白いゲームをやるぜ。参加しろよ」
テレンスが湖でのパーティにこだわる理由。
それは、ルイ・ダグラスの身体の変化を自分の目で確かめることが目的ではないのだろうか?
裸になれば、筋肉の付き方や骨格など、服を着ているときとは違い、ごまかしがきかない。
そして――。
何か心当たりのある傷などがある場合、確かめやすくなる……。
やはりテレンスは、僕がかつてのルイとは別人であることを疑っている……?
「あっ、ダグラスさんっ! よかったわ。 ちょっと、ディラン君をなんとかしてくれません?」
困り顔のブリジットに声をかけられた。ブリジットも涼やかなサマードレスを身に着けていた。
「どうかしましたか?」
「どうもこうもないのよ、あれを見て! 恥ずかしくって一緒にいられないわ!」
ブリジットは、人だかりができている食事コーナーの一角を指さした。
ディランが、食事をサーブするシェフともめているようだ。
僕とアリスはゆっくりと近づいていった。
「おいっ、もっと分厚く切れねーのかよ。そんなペラペラじゃ、全然足りないんだよ。何もったいぶってんだよ!」
ローストビーフのとりわけで、ディランとシェフが押し問答をしているようだ。
「しかし、風味が損なわれてはせっかくの……」
カートレット家お抱えのシェフが、あきれた顔でこちらを見る。
「いいのよ……。この方の言う通りにして差し上げて」
大きなため息をついてから、アリスがシェフに言う。
「かしこまりました……」
「特大ステーキくらい、分厚く切ってくれよな」
ニヤリと笑うディランに、シェフは不本意そうに手を動かす。
「これだから嫌だったんです。アダム様とご一緒するのは……」
アリスが、とがめるようにディランを見る。
「ごめんなさいね。本当に、恥ずかしい思いをさせてしまって」
ブリジットが詫びると、
「謝ることなんてねーだろ。好きなだけ食べて何が悪いんだよ。まったく、これだからお上品ぶった奴らは嫌なんだよ」
ディランは、フォークで分厚く切られた肉を突き刺した。
「ルイ様、アダム様に言ってやってください。彼女にまで恥ずかしい思いをさせるなんて、紳士失格です」
「えっ、あっ、ああ……」
アリスにつつかれて、はっと我に返る。
無造作に着られたシャツのボタンは、一つもとまっていない……。
――僕は、固い筋肉で覆われた見事なディランの肉体に、みとれていた。
広い領内にある湖から名前をとって『メビウス邸』の名でも知られているという。
一体どこからどこまでが敷地なのか、立派な門の外からは、うかがい知ることはできない。
車寄せに、馬車を止めさせると、サマードレスを着たアリスが駆け寄ってきた。
「ルイ様! ようこそ」
王立学院で見るドレス姿とは違う、軽やかな印象だった。瞳と同じ青色が目にまぶしい。
「もう、みんな来てる?」
どこからか、楽団の音楽やざわめきが聞こえてきている。
「はい。アダム様も、同伴者の女性とお見えですよ。素敵な方でびっくりです。……アダム様のどこがいいんだか」
そう言うと、ぺろりと舌を出す。
「ディランにも、いいところがあるんだよ」
僕が言うと、アリスは頬を膨らませる。
「私にはちっともわかりませんけど!」
アリスは僕の手をとると、小さな林を抜けたところに広がるパーティ会場に案内した。
そこにはテレンスの言う通り、青い湖面の美しい湖が広がっていた。湖のほとりには、白いテントが何台も張られ、たくさんの食べ物や飲み物が用意されていた。
剣術部の部員達とその同伴者たちは、湖で泳いだり、湖畔に用意された休憩所に寝そべったり、飲食を楽しんだり、思い思いに過ごしている。
「おいおい、お前達、湖でパーティを開いた意味わかってんのか? なんなんだよその格好は!」
振り向くと、濡れた半裸のテレンスが、こちらを見て笑っていた。引き締まった肉体を惜しげもなく見せつけている。
「それじゃあ、せいぜい避暑地に来たカップルって感じじゃないか。アリス、もっと肌を出せよ。出し惜しみするな。……ルイ、上着を着てくるなんて、今どきどれだけ堅苦しい貴族でもそこまでしないぜ! 何を恥ずかしがってるんだよ。せめてシャツくらい脱げよ」
麻のジャケットを着た僕を皮肉る。
「私は日に当たりすぎると、気分が悪くなるんです」
アリスは兄から顔を背ける。
「僕も……、日焼けは身体にさわるから、気をつけるよう医者から止められているんだ」
僕も、オスカーが考えた言い訳を口にする。
「ったく、どいつもこいつも……。そんな格好でいつまでもうろついてたら、容赦なく湖に突き落としてやるからな」
そう言うとテレンスは、湖の方を顎でしゃくった。
「あとで面白いゲームをやるぜ。参加しろよ」
テレンスが湖でのパーティにこだわる理由。
それは、ルイ・ダグラスの身体の変化を自分の目で確かめることが目的ではないのだろうか?
裸になれば、筋肉の付き方や骨格など、服を着ているときとは違い、ごまかしがきかない。
そして――。
何か心当たりのある傷などがある場合、確かめやすくなる……。
やはりテレンスは、僕がかつてのルイとは別人であることを疑っている……?
「あっ、ダグラスさんっ! よかったわ。 ちょっと、ディラン君をなんとかしてくれません?」
困り顔のブリジットに声をかけられた。ブリジットも涼やかなサマードレスを身に着けていた。
「どうかしましたか?」
「どうもこうもないのよ、あれを見て! 恥ずかしくって一緒にいられないわ!」
ブリジットは、人だかりができている食事コーナーの一角を指さした。
ディランが、食事をサーブするシェフともめているようだ。
僕とアリスはゆっくりと近づいていった。
「おいっ、もっと分厚く切れねーのかよ。そんなペラペラじゃ、全然足りないんだよ。何もったいぶってんだよ!」
ローストビーフのとりわけで、ディランとシェフが押し問答をしているようだ。
「しかし、風味が損なわれてはせっかくの……」
カートレット家お抱えのシェフが、あきれた顔でこちらを見る。
「いいのよ……。この方の言う通りにして差し上げて」
大きなため息をついてから、アリスがシェフに言う。
「かしこまりました……」
「特大ステーキくらい、分厚く切ってくれよな」
ニヤリと笑うディランに、シェフは不本意そうに手を動かす。
「これだから嫌だったんです。アダム様とご一緒するのは……」
アリスが、とがめるようにディランを見る。
「ごめんなさいね。本当に、恥ずかしい思いをさせてしまって」
ブリジットが詫びると、
「謝ることなんてねーだろ。好きなだけ食べて何が悪いんだよ。まったく、これだからお上品ぶった奴らは嫌なんだよ」
ディランは、フォークで分厚く切られた肉を突き刺した。
「ルイ様、アダム様に言ってやってください。彼女にまで恥ずかしい思いをさせるなんて、紳士失格です」
「えっ、あっ、ああ……」
アリスにつつかれて、はっと我に返る。
無造作に着られたシャツのボタンは、一つもとまっていない……。
――僕は、固い筋肉で覆われた見事なディランの肉体に、みとれていた。
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