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第27話
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「ここだよ」
ディランが示したレンガ造りの建物には「セント・メアリー病院」と古めかしい看板がかけられていた。
「病院?」
「病院、の寮、だよ。ま、ついてこいよ」
あたりまえのように裏口に回り、狭い通路をどんどん進んでいく。
ディランは勝手口のようなドアを、ノックもせずに開けた。
「来たぜ」
「時間通りね! いらっしゃい!」
明るく伸びやかな声が響いた。
「ブリジット・フェインだ。カートレットに言ってたヤツだよ」
「はじめまして。私はセント・メアリー病院で看護師をしているの。今ちょうど仕事が終わってこの寮に戻ってきたところよ」
ここは、セント・メアリー病院で働く関係者の寮だという。
生き生きとした目をした女性が、僕に挨拶した。
クラスメートとは違う、大人の女性。背はすらりと高く、長身のディランと並ぶとぴったりだった。少しくせのある褐色の髪を短かめにカットしているのも学院の令嬢たちとはまた違った都会めいた印象を与えている。健康的な美人。いまは、センスのいい私服姿だが、きっと白衣もよく似合うのだろう。
「あの……、はじめまして。ルイ・ダグラスといいます」
僕が挨拶すると、部屋の奥から縮れた茶色の毛をした小型犬が飛び出てきて、僕の足にまとわりついた。
「あれっ、バハティ。初対面の人に懐くなんて珍しいのね」
そう言うと、ブリジットはその犬を抱き上げた。
「俺の、従兄弟だからだろ。きっと俺と同じにおいがするんだよ」
ディランが言う。
「そんなものかしら? 私から見ると、二人は全然似てないように見えるけど。ねえ、彼が本当に、話してたあの伯爵家のご令息の従兄弟なの? 全然イメージと違うのね」
ブリジットが、首をかしげる。
「ああ……、ま、いろいろあったんだよ。バハティ、こっちへ来い」
そう言うと、ディランはブリジットから犬を受け取った。
「ルイ、こいつ、バハティ。俺の相棒だ」
ディランが愛おしげにバハティと呼ばれた小型犬を撫でる。
「この子ね、うちの病院に連れてこられたときは、もう死にそうなくらい弱っていたのよ。でもディラン君が必死で看病して、こんなに元気になったの」
「へえ……」
ディランが瀕死のバハティをブリジットの働く病院に連れてきたことで、看護師のブリジットと出会ったのだと、ブリジットは説明した。
そして僕は、ブリジットがディランを「ディラン君」と呼んだことにも、軽い衝撃を受けていた。僕がディランをそう呼んだとき「鳥肌が立つ」と拒絶したのは、彼女にしかそう呼ばせたくなかったからだったのだと、僕にはわかった。
――ディランと彼女との見えない絆を見せつけられたようで、僕の心は痛む。
「お前、撫でてみろよ」
ディランが、腕の中のバハティを僕に示す。
「無理だよ。だって……」
「いいから!」
僕は、そっと手を伸ばす。
小型犬は、僕の手をぺろぺろと舐めると、しっぽを激しく振った。
「珍しいのね。いやがらないなんて」
「やっぱりな。お前に懐くと思った。お前、バハティをしばらく預かってくれよ」
「え?」
「うちの母親、犬がどうしても駄目なんだよ。それで、ここでしばらく預かってもらってんだけど、ここは病院の寮だし、いつまでもここに置いとくわけにもいかないだろ。お前んちなら、めちゃくちゃ広いし、俺もちょくちょく見に行けるし……」
「ディラン君、バハティ一匹くらい、全然迷惑じゃないのよ。いつもは裏庭に出してるし、ほかの看護師だって、可愛がってくれているし!」
ブリジットがディランの上着を引っ張る。
「駄目だって! いつまでもここの病院に迷惑かけるわけにはいかないんだ。バハティはもう元気になったんだから」
「でも……」
ブリジットは不満げな表情で僕を見る。
僕は慌てた。
「そう言われても、僕だって、急には預かれないよ。飼っていいかどうかもわからないし……」
「ダグラス伯爵家のお坊ちゃまがなに弱気になってんだよ。でもまあ、確かに急な話だよな。ちょっと考えといてくれよ。前向きにな」
そう言って、ディランはバハティにほおずりする。
「わかった……、聞くだけ聞いてみるよ」
そう言いながらも、僕はどうやって父親とオスカーを説得しようかと、考えを巡らせていた。
どうしても犬が飼いたいわけではない。
ただ……、
そうすることで、ディランと少しでもつながりが持てるなら、今の僕は、どんなことにでもすがりつく……。
僕はそんな自分の卑しさに、吐き気を覚えた。
ディランが示したレンガ造りの建物には「セント・メアリー病院」と古めかしい看板がかけられていた。
「病院?」
「病院、の寮、だよ。ま、ついてこいよ」
あたりまえのように裏口に回り、狭い通路をどんどん進んでいく。
ディランは勝手口のようなドアを、ノックもせずに開けた。
「来たぜ」
「時間通りね! いらっしゃい!」
明るく伸びやかな声が響いた。
「ブリジット・フェインだ。カートレットに言ってたヤツだよ」
「はじめまして。私はセント・メアリー病院で看護師をしているの。今ちょうど仕事が終わってこの寮に戻ってきたところよ」
ここは、セント・メアリー病院で働く関係者の寮だという。
生き生きとした目をした女性が、僕に挨拶した。
クラスメートとは違う、大人の女性。背はすらりと高く、長身のディランと並ぶとぴったりだった。少しくせのある褐色の髪を短かめにカットしているのも学院の令嬢たちとはまた違った都会めいた印象を与えている。健康的な美人。いまは、センスのいい私服姿だが、きっと白衣もよく似合うのだろう。
「あの……、はじめまして。ルイ・ダグラスといいます」
僕が挨拶すると、部屋の奥から縮れた茶色の毛をした小型犬が飛び出てきて、僕の足にまとわりついた。
「あれっ、バハティ。初対面の人に懐くなんて珍しいのね」
そう言うと、ブリジットはその犬を抱き上げた。
「俺の、従兄弟だからだろ。きっと俺と同じにおいがするんだよ」
ディランが言う。
「そんなものかしら? 私から見ると、二人は全然似てないように見えるけど。ねえ、彼が本当に、話してたあの伯爵家のご令息の従兄弟なの? 全然イメージと違うのね」
ブリジットが、首をかしげる。
「ああ……、ま、いろいろあったんだよ。バハティ、こっちへ来い」
そう言うと、ディランはブリジットから犬を受け取った。
「ルイ、こいつ、バハティ。俺の相棒だ」
ディランが愛おしげにバハティと呼ばれた小型犬を撫でる。
「この子ね、うちの病院に連れてこられたときは、もう死にそうなくらい弱っていたのよ。でもディラン君が必死で看病して、こんなに元気になったの」
「へえ……」
ディランが瀕死のバハティをブリジットの働く病院に連れてきたことで、看護師のブリジットと出会ったのだと、ブリジットは説明した。
そして僕は、ブリジットがディランを「ディラン君」と呼んだことにも、軽い衝撃を受けていた。僕がディランをそう呼んだとき「鳥肌が立つ」と拒絶したのは、彼女にしかそう呼ばせたくなかったからだったのだと、僕にはわかった。
――ディランと彼女との見えない絆を見せつけられたようで、僕の心は痛む。
「お前、撫でてみろよ」
ディランが、腕の中のバハティを僕に示す。
「無理だよ。だって……」
「いいから!」
僕は、そっと手を伸ばす。
小型犬は、僕の手をぺろぺろと舐めると、しっぽを激しく振った。
「珍しいのね。いやがらないなんて」
「やっぱりな。お前に懐くと思った。お前、バハティをしばらく預かってくれよ」
「え?」
「うちの母親、犬がどうしても駄目なんだよ。それで、ここでしばらく預かってもらってんだけど、ここは病院の寮だし、いつまでもここに置いとくわけにもいかないだろ。お前んちなら、めちゃくちゃ広いし、俺もちょくちょく見に行けるし……」
「ディラン君、バハティ一匹くらい、全然迷惑じゃないのよ。いつもは裏庭に出してるし、ほかの看護師だって、可愛がってくれているし!」
ブリジットがディランの上着を引っ張る。
「駄目だって! いつまでもここの病院に迷惑かけるわけにはいかないんだ。バハティはもう元気になったんだから」
「でも……」
ブリジットは不満げな表情で僕を見る。
僕は慌てた。
「そう言われても、僕だって、急には預かれないよ。飼っていいかどうかもわからないし……」
「ダグラス伯爵家のお坊ちゃまがなに弱気になってんだよ。でもまあ、確かに急な話だよな。ちょっと考えといてくれよ。前向きにな」
そう言って、ディランはバハティにほおずりする。
「わかった……、聞くだけ聞いてみるよ」
そう言いながらも、僕はどうやって父親とオスカーを説得しようかと、考えを巡らせていた。
どうしても犬が飼いたいわけではない。
ただ……、
そうすることで、ディランと少しでもつながりが持てるなら、今の僕は、どんなことにでもすがりつく……。
僕はそんな自分の卑しさに、吐き気を覚えた。
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