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第15話
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これでは何もわからない……。
屋敷に戻った僕は、もう一度ルイの残したメッセージを読み返していた。
このリストの中の誰かが、ルイを殺したのだと、ルイは主張する。
だが、ここに書いてある内容は、ルイが感じた彼らの人となりであって、客観的な事実ではない。
なぜルイを殺す可能性があるのか、ルイとはどのようか関係にあったのか、中核となるはずの、その記述が抜け落ちている。
それは、自分自身で確かめろ、ということだろうか?
――まるで、僕自身、死んだルイにからかわれているかのようだ。
ティーセットを銀の盆にのせたオスカーが、部屋に入ってくる。
僕は、慌てて小箱を閉じた。背中に緊張が走る。
先日、彼にされた行為がよみがえり、まともにオスカーを見ることができない。
だが、オスカーはそんなことがあったことも忘れたかのように、僕に対してあっさりと振舞った。
「王立学院はいかがでしたか?」
部屋の中央にあるテーブルに、紅茶をセットしながら、優しげな微笑を浮かべて、僕に聞く。
何度見ても、その隙の無い美しさに慣れることができない。
「王立学院は……、わからないことだらけだった」
「はじめは誰でもそうです。すぐに学院での生活にも溶け込めますよ」
「……」
アリスのこと、テレンスとの諍いについて、オスカーに報告すべきか迷った。
執事といえども、学校内の生徒同士のいざこざまでは知らないはずだ。ルイが詳しくオスカーに聞かせていたとも思えない。
それに、ルイは……、
オスカーにも心を開いていなかった。
オスカーは机の上に目をとめた。
「勉強されていたのですね」
「クラスメートがノートを取っておいてくれたんだ。でも、やっぱり僕が勉強していたところより、ずいぶん進んでいて……」
成績優秀だったというルイ。
僕が、彼のように王立学院での勉強についていけるかという不安も大きい。
「私でよろしければ、お教えしますよ」
「……いいの?」
僕は顔を上げる。
「一通りの教育は受けております。学院生の勉強くらいなら、何とかなるでしょう」
そういってノートをぱらぱらとめくる。取り澄ましたような横顔。
王立学院はこの国で最上級の教育機関だ。そこで教えられる学問は非常に高度で、それなりの知識がなければ絶対に理解できるはずはない。
――彼はいったい何者なのだろう?
オスカーの教え方は丁寧で、かつわかりやすかった。
きっと、もともと頭が良いのだろう。
物理や天文学といった、一般的な大人なら頭を抱えそうな問題も、あっさりと僕に解答方法を示してくれる。
「オスカーさんって、何歳なの?」
僕が聞くと、オスカーは首を振った。
「言ったはずです。私のことは、呼び捨てにしてください、もう一度」
「オスカー……は、何歳なの?」
「28歳です」
若い。
「なんで、執事になったの?」
「決められたことだからです」
当然のことのように答える。
「一つ、聞きたいことがある」
僕はオスカーの表情を伺う。
「何なりと」
「ルイは、何で死んだの?」
僕とオスカーの間に、沈黙がおりる。
「……詳しいことは私も聞かされていません。ただ一つ、私が知っていることは……」
オスカーは、何かを思い出すように天井を見上げた。
「ルイ様は、病院で息を引き取られた。それだけです」
「お墓は? 墓参りくらいさせてくれないか? たった一人の、双子の……」
「墓など、あるはずもありません」
「嘘だよ、だって……」
オスカーは鋭い目つきで、僕を見据える。
「なぜなら、ルイ様は死んでなどいないからです。いいですか、ルイ様。ルイ様は、ここにいるあなたです。誰がどこで何を聞いているか、わかりません。今後は軽々しく、このような話題を口にされませんよう。いいですね」
「……わかった」
僕が答えると、オスカーは席を立った。
「さあ、一息つきましょう。紅茶のおかわりはいかがですか? それとも……」
オスカーの目が暗く光る。
「何かもっと別の、リラックスできることをしましょうか……?」
屋敷に戻った僕は、もう一度ルイの残したメッセージを読み返していた。
このリストの中の誰かが、ルイを殺したのだと、ルイは主張する。
だが、ここに書いてある内容は、ルイが感じた彼らの人となりであって、客観的な事実ではない。
なぜルイを殺す可能性があるのか、ルイとはどのようか関係にあったのか、中核となるはずの、その記述が抜け落ちている。
それは、自分自身で確かめろ、ということだろうか?
――まるで、僕自身、死んだルイにからかわれているかのようだ。
ティーセットを銀の盆にのせたオスカーが、部屋に入ってくる。
僕は、慌てて小箱を閉じた。背中に緊張が走る。
先日、彼にされた行為がよみがえり、まともにオスカーを見ることができない。
だが、オスカーはそんなことがあったことも忘れたかのように、僕に対してあっさりと振舞った。
「王立学院はいかがでしたか?」
部屋の中央にあるテーブルに、紅茶をセットしながら、優しげな微笑を浮かべて、僕に聞く。
何度見ても、その隙の無い美しさに慣れることができない。
「王立学院は……、わからないことだらけだった」
「はじめは誰でもそうです。すぐに学院での生活にも溶け込めますよ」
「……」
アリスのこと、テレンスとの諍いについて、オスカーに報告すべきか迷った。
執事といえども、学校内の生徒同士のいざこざまでは知らないはずだ。ルイが詳しくオスカーに聞かせていたとも思えない。
それに、ルイは……、
オスカーにも心を開いていなかった。
オスカーは机の上に目をとめた。
「勉強されていたのですね」
「クラスメートがノートを取っておいてくれたんだ。でも、やっぱり僕が勉強していたところより、ずいぶん進んでいて……」
成績優秀だったというルイ。
僕が、彼のように王立学院での勉強についていけるかという不安も大きい。
「私でよろしければ、お教えしますよ」
「……いいの?」
僕は顔を上げる。
「一通りの教育は受けております。学院生の勉強くらいなら、何とかなるでしょう」
そういってノートをぱらぱらとめくる。取り澄ましたような横顔。
王立学院はこの国で最上級の教育機関だ。そこで教えられる学問は非常に高度で、それなりの知識がなければ絶対に理解できるはずはない。
――彼はいったい何者なのだろう?
オスカーの教え方は丁寧で、かつわかりやすかった。
きっと、もともと頭が良いのだろう。
物理や天文学といった、一般的な大人なら頭を抱えそうな問題も、あっさりと僕に解答方法を示してくれる。
「オスカーさんって、何歳なの?」
僕が聞くと、オスカーは首を振った。
「言ったはずです。私のことは、呼び捨てにしてください、もう一度」
「オスカー……は、何歳なの?」
「28歳です」
若い。
「なんで、執事になったの?」
「決められたことだからです」
当然のことのように答える。
「一つ、聞きたいことがある」
僕はオスカーの表情を伺う。
「何なりと」
「ルイは、何で死んだの?」
僕とオスカーの間に、沈黙がおりる。
「……詳しいことは私も聞かされていません。ただ一つ、私が知っていることは……」
オスカーは、何かを思い出すように天井を見上げた。
「ルイ様は、病院で息を引き取られた。それだけです」
「お墓は? 墓参りくらいさせてくれないか? たった一人の、双子の……」
「墓など、あるはずもありません」
「嘘だよ、だって……」
オスカーは鋭い目つきで、僕を見据える。
「なぜなら、ルイ様は死んでなどいないからです。いいですか、ルイ様。ルイ様は、ここにいるあなたです。誰がどこで何を聞いているか、わかりません。今後は軽々しく、このような話題を口にされませんよう。いいですね」
「……わかった」
僕が答えると、オスカーは席を立った。
「さあ、一息つきましょう。紅茶のおかわりはいかがですか? それとも……」
オスカーの目が暗く光る。
「何かもっと別の、リラックスできることをしましょうか……?」
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