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第12話
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王立学院――。
貴族の子女たちが通う、王都の高等教育機関。
ルイの在籍するクラスは、最高学年の一級下だった。
夏のはじめに不慮の事故に遭い、その後休学。秋学期の今日から、復学。
怪我の影響で、記憶の混濁があるため、友人たちのことや、学院での生活のことを忘れている可能性が高い。今までの環境に馴染むまでには、多少時間がかかるため、周りの者たちは、そのことを理解し、ルイ・ダグラスが一日も早く王立学院での生活に溶け込めるようサポートすること……。
そのような趣旨のことを教諭が説明する。
僕は表情を変えず、じっと前を向いていた。
オスカーから、うつむいたり、自信なさげに振舞うことは、厳禁だとされていたからだ。
実を言うと……、緊張のあまり、顔はこわばり、背中には汗をかいていた。
だが、そんな心境は、決してクラスメートたちに悟られるわけにはいかない。
――僕は、ルイ・ダグラスだからだ。
自分の席だという、窓際の後ろの席に座ると、隣の男子学生がすかさずノートを差し出してきた。
「あの……、ダグラス君。休んでいた分のノート、全部とってあるから」
「え……」
僕が驚いた顔をすると、男子学生は青ざめた。
「あっ……、ご、ごめんねっ。本当は休んでいるときに届けるべきだったってわかってたんだけど、ダグラス君の入院先、誰に聞いてもわからなくて……。あのお屋敷に行くのも気が引けて、本当にごめん」
何をそんなに必死になっているのだろう。
僕はあまり表情を変えないようにして、ノートを受け取る。ノートは教科別に何冊にも及んでいる。これを用意するのは、かなりの労力だっただろう。
「わざわざありがとう。……助かるよ」
「え……」
僕の言葉に、今度は男子学生が驚く。
何か、まずいことを言っただろうか。
黙ったまま、僕が固まっていると、その男子学生は真っ赤になってうつむいた。
「あ、あの……、僕にお役に立てることなら、何でも言って。何でも協力するから。……前みたいに」
「ああ、ありがとう」
前みたいに、という言葉が気になった。
この男子学生――たしか、グレイといった――は、一体ルイに「何」を協力したのだろう。
初日の今日は礼拝とガイダンスだけだったので、これといって学院でわからないことは出てこなかった。
――だが、僕に注がれる周りの視線は、異常というべきものだった。
これは、事故に遭い、しばらく王立学院を休んでいた生徒への好奇心から来るものではない。自分が何か恐ろしいものへと変化し、畏怖の対象となったかと錯覚するほど、周りの生徒達は、僕に対して緊張感を持って接した。
一体、ルイ・ダグラスとは、この王立学院においてどんな存在だったのだろうか。
帰り支度をしていると、教室がざわめいた。
入口を見ると、一人の女学生が僕をまっすぐ見つめていた。
人目を惹く、その美しい容貌。華奢な身体。大きくカールさせた栗色の髪。
瞳は深い青で、まるで、ビスクドールのようだ……。僕はその可憐さに一瞬見とれる。
――アリス・カートレット。
「ルイ、様……?」
信じられない……とその小さな唇が動く。
そしてアリスはそのまま、僕をめがけて走ってくる。
「ルイ様っ……、会いたかった」
周りの目も気にせず、僕を抱きしめる。
「……アリス、さん?」
「会いたかった……、どこの病院にいるか、誰も教えてくれなかったの……。だから、お見舞いにもいけなくて……、すごく心配したの。お兄様は大丈夫だって言ったけど、毎日不安で、夜も眠れなかった。ずっと、ルイ様のことばかり考えて……ずっとっ」
最後は嗚咽で言葉にならない。
僕はそっと、アリスの背に手をまわす。小さくて、柔らかいその背中。
――ルイの許嫁。
――そして、
ルイを殺したかもしれない人物……。
ルイからのメッセージには続きがあった。
それは、これから自分を殺すかも知れない人物のリストと、その説明。
そのリストの中に、アリス・カートレットは含まれていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『アリス・カートレット』
カートレット子爵家の長女。唯一の正妻の娘として、これ以上無く大切に育てられてきた。
僕の許嫁。美しく可憐、そしてはかなげな容姿で、数多くの男を魅了してきた。僕もその例外ではない。だが、その美しさの裏にある、この上ない残忍さを知るものは少ないだろう。
虫も殺さぬような顔をしているが、その優しげな裏の顔は、恐ろしいほど凶悪なものだ。君も決してだまされないことだ。
彼女の秘密を知った今、僕は彼女との許嫁の解消を申し出ている。
アリスは何とかして取り繕ってくるだろうが、君は決して彼女に惑わされないようにしてほしい。幸せな未来を歩みたいのならば、彼女との結婚などゆめゆめ考えないことだ。
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貴族の子女たちが通う、王都の高等教育機関。
ルイの在籍するクラスは、最高学年の一級下だった。
夏のはじめに不慮の事故に遭い、その後休学。秋学期の今日から、復学。
怪我の影響で、記憶の混濁があるため、友人たちのことや、学院での生活のことを忘れている可能性が高い。今までの環境に馴染むまでには、多少時間がかかるため、周りの者たちは、そのことを理解し、ルイ・ダグラスが一日も早く王立学院での生活に溶け込めるようサポートすること……。
そのような趣旨のことを教諭が説明する。
僕は表情を変えず、じっと前を向いていた。
オスカーから、うつむいたり、自信なさげに振舞うことは、厳禁だとされていたからだ。
実を言うと……、緊張のあまり、顔はこわばり、背中には汗をかいていた。
だが、そんな心境は、決してクラスメートたちに悟られるわけにはいかない。
――僕は、ルイ・ダグラスだからだ。
自分の席だという、窓際の後ろの席に座ると、隣の男子学生がすかさずノートを差し出してきた。
「あの……、ダグラス君。休んでいた分のノート、全部とってあるから」
「え……」
僕が驚いた顔をすると、男子学生は青ざめた。
「あっ……、ご、ごめんねっ。本当は休んでいるときに届けるべきだったってわかってたんだけど、ダグラス君の入院先、誰に聞いてもわからなくて……。あのお屋敷に行くのも気が引けて、本当にごめん」
何をそんなに必死になっているのだろう。
僕はあまり表情を変えないようにして、ノートを受け取る。ノートは教科別に何冊にも及んでいる。これを用意するのは、かなりの労力だっただろう。
「わざわざありがとう。……助かるよ」
「え……」
僕の言葉に、今度は男子学生が驚く。
何か、まずいことを言っただろうか。
黙ったまま、僕が固まっていると、その男子学生は真っ赤になってうつむいた。
「あ、あの……、僕にお役に立てることなら、何でも言って。何でも協力するから。……前みたいに」
「ああ、ありがとう」
前みたいに、という言葉が気になった。
この男子学生――たしか、グレイといった――は、一体ルイに「何」を協力したのだろう。
初日の今日は礼拝とガイダンスだけだったので、これといって学院でわからないことは出てこなかった。
――だが、僕に注がれる周りの視線は、異常というべきものだった。
これは、事故に遭い、しばらく王立学院を休んでいた生徒への好奇心から来るものではない。自分が何か恐ろしいものへと変化し、畏怖の対象となったかと錯覚するほど、周りの生徒達は、僕に対して緊張感を持って接した。
一体、ルイ・ダグラスとは、この王立学院においてどんな存在だったのだろうか。
帰り支度をしていると、教室がざわめいた。
入口を見ると、一人の女学生が僕をまっすぐ見つめていた。
人目を惹く、その美しい容貌。華奢な身体。大きくカールさせた栗色の髪。
瞳は深い青で、まるで、ビスクドールのようだ……。僕はその可憐さに一瞬見とれる。
――アリス・カートレット。
「ルイ、様……?」
信じられない……とその小さな唇が動く。
そしてアリスはそのまま、僕をめがけて走ってくる。
「ルイ様っ……、会いたかった」
周りの目も気にせず、僕を抱きしめる。
「……アリス、さん?」
「会いたかった……、どこの病院にいるか、誰も教えてくれなかったの……。だから、お見舞いにもいけなくて……、すごく心配したの。お兄様は大丈夫だって言ったけど、毎日不安で、夜も眠れなかった。ずっと、ルイ様のことばかり考えて……ずっとっ」
最後は嗚咽で言葉にならない。
僕はそっと、アリスの背に手をまわす。小さくて、柔らかいその背中。
――ルイの許嫁。
――そして、
ルイを殺したかもしれない人物……。
ルイからのメッセージには続きがあった。
それは、これから自分を殺すかも知れない人物のリストと、その説明。
そのリストの中に、アリス・カートレットは含まれていた。
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『アリス・カートレット』
カートレット子爵家の長女。唯一の正妻の娘として、これ以上無く大切に育てられてきた。
僕の許嫁。美しく可憐、そしてはかなげな容姿で、数多くの男を魅了してきた。僕もその例外ではない。だが、その美しさの裏にある、この上ない残忍さを知るものは少ないだろう。
虫も殺さぬような顔をしているが、その優しげな裏の顔は、恐ろしいほど凶悪なものだ。君も決してだまされないことだ。
彼女の秘密を知った今、僕は彼女との許嫁の解消を申し出ている。
アリスは何とかして取り繕ってくるだろうが、君は決して彼女に惑わされないようにしてほしい。幸せな未来を歩みたいのならば、彼女との結婚などゆめゆめ考えないことだ。
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