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第10話

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 屋敷までやってきた理髪師に髪を整えてもらうと、僕は浴室に案内された。
 一人ではいるにはもったいないほどの大きさに、驚く。

 僕とルイの母親は、産後の肥立ちが悪く、出産後しばらくして亡くなっているそうだ。こんな広い屋敷で、あの父親とルイ、そして使用人たちはどんな風に暮らしていたのだろう。


 息が詰まる。

 湯船につかり、僕は目を閉じた。


 ――ハンター。
 ――会いたい。


 しばらく、笑っていないことに気づく。
 肖像画の、無表情なルイの顔がよみがえる。


 こんな風に、ルイも笑顔を失っていったのだろうか?
 でも、僕にはここにいて、ルイ・ダグラスを演じること以外、生きていくすべがない。


「ルイ様、よろしいですか?」
 すりガラスの向こうから、オスカーの声がする。

「えっ……、は、はい……」

 返事をすると、オスカーが当たり前のように入ってきたので、僕はビックリした。

 ジャケットは脱いでいるが、白いシャツに黒いベストを着たままの姿だ。裸足にはなっているようだが、ズボンの裾がぬれることを気にもしていない。

「なん、ですか?」

 顔がこわばる。
 敬語は使ってはいけないとわかっているのに、そんなことも動揺でつい忘れてしまう。


「立って、裸を見せていただけますか?」

「……え」


 耳を疑った。


「身体を、見せてください。ルイ様とあざやホクロなどで、大きな違いがあっては困りますので、確認させてください」

 落ち着いた声で言われると、恥ずかしがっている自分のほうが、意識過剰なのかという気持ちになる。

「あの……」

「部屋で見させてもらってもよかったのですが、おそらく……、抵抗がおありでしょうから」

 風呂に入るまで待っていたのは、オスカーの気遣いらしい。

 僕はゆっくりと立ち上がった。


「湯船から上がっていただけると、助かります」

 おとなしく従った。こんなところで抵抗しても、意味は無い。
 だが、他意はないとはいえ、大人の男に裸体を観察されるのは、いい気分ではなかった。

「腕を、あげてください」

 腕の裏側まで、ゆっくりと観察している。

「後ろを向いてください」

 肩に手をおかれ、身体を半回転させられる。

 ――医者の診察みたいなものだ。

 そう言い聞かせて、目を閉じる。


「あの、もういいでしょうか?」

「もう、少しだけ、お待ちください」

「……っ」

 オスカーの息が、耳にかかり、ぞくりとする。
 そんなに近くにいるとは、思わなかった。

「ここに……、あざがありますね」

 そう言うと、オスカーは僕の腰を指で撫でた。

「あっ……」

 思わず声が漏れる。

 ――いたたまれない。


「普段人に見られるような場所ではないので、問題は無いと思いますが……」

 僕は目をつぶって、耐えた。
 ――でも……。

「えっ、何? な、なんですかっ!」

 後ろから抱きしめるようにして、急にオスカーが僕の前に手を伸ばしてきた。


「……っ、あっ、やっ!」


「そろそろ……、ワード君が恋しくなってきたんじゃないですか?」

 耳元で囁きながら、僕自身をその指先でなぞる。
 
「あっ、くうっ、嫌だっ!!」

「かわいらしい人だ。ずっと、我慢していたんですね……」

「あっ、違っ……」

 オスカーは早い手つきで、僕自身をさばいてくる。

 恥ずかしいほど、僕は反応していた。


「……我慢しなくてもいいんですよ。私は、あなたの忠実なしもべです」


「あっ、ああっ……」
 耳たぶを噛まれ、巧みな手つきで追い詰められると、声が自然と漏れる。


 ――どうして?
 ――なぜ、オスカーがこんなことを……。


 片手で僕自身を愛撫しながら、もう片方の手が僕の乳首に伸びる。

「あっ、んんっ、ああああっ」

「おや、こちらも感度がいいようだ。ワード君に、悪いことを覚えさせられたようですね……」

 楽しげに言うと、手の動きを早めた。

「はっ、ああっ、ああああっ!!」


 あっという間に、僕は果てていた。



 オスカーはシャワーを出すと、そのまま僕を洗い清めてくれる。

「オスカーさん……、なんでっ、どうしてっ?」

 責めるような視線を向けると、オスカーは、額にかかった髪を払い、小さく笑った。

「困りましたね……。そんな風に見つめられると、ますます意地悪をしてしまいたくなる……。ただ、今日はここまででやめておきましょう」

「なんで、こんなことを……っ」

 僕は浴室の床に座り込んだ。

「言ったはずです。私はあなたの執事。あなたのお世話をするのが、私の仕事です。
お父上は、あなたとワード君との関係を非常に憂慮しています。以前のルイ様にはそのような性癖は一切ありませんでしたので、まさに青天の霹靂、といったところでしょうか。
王立学院で新しい男の恋人などを作らないように、夜の相手は私が務めるよう仰せつかっております。……大丈夫です。ルイ様を心から満足させるよう、精一杯尽くさせていただきますので……」


 オスカーが恭しく頭を下げる。

 目の前が暗くなる。




 ――嘘だ。




 ――こんなのは、嘘だ。


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