上 下
11 / 81

第10話

しおりを挟む

 屋敷までやってきた理髪師に髪を整えてもらうと、僕は浴室に案内された。
 一人ではいるにはもったいないほどの大きさに、驚く。

 僕とルイの母親は、産後の肥立ちが悪く、出産後しばらくして亡くなっているそうだ。こんな広い屋敷で、あの父親とルイ、そして使用人たちはどんな風に暮らしていたのだろう。


 息が詰まる。

 湯船につかり、僕は目を閉じた。


 ――ハンター。
 ――会いたい。


 しばらく、笑っていないことに気づく。
 肖像画の、無表情なルイの顔がよみがえる。


 こんな風に、ルイも笑顔を失っていったのだろうか?
 でも、僕にはここにいて、ルイ・ダグラスを演じること以外、生きていくすべがない。


「ルイ様、よろしいですか?」
 すりガラスの向こうから、オスカーの声がする。

「えっ……、は、はい……」

 返事をすると、オスカーが当たり前のように入ってきたので、僕はビックリした。

 ジャケットは脱いでいるが、白いシャツに黒いベストを着たままの姿だ。裸足にはなっているようだが、ズボンの裾がぬれることを気にもしていない。

「なん、ですか?」

 顔がこわばる。
 敬語は使ってはいけないとわかっているのに、そんなことも動揺でつい忘れてしまう。


「立って、裸を見せていただけますか?」

「……え」


 耳を疑った。


「身体を、見せてください。ルイ様とあざやホクロなどで、大きな違いがあっては困りますので、確認させてください」

 落ち着いた声で言われると、恥ずかしがっている自分のほうが、意識過剰なのかという気持ちになる。

「あの……」

「部屋で見させてもらってもよかったのですが、おそらく……、抵抗がおありでしょうから」

 風呂に入るまで待っていたのは、オスカーの気遣いらしい。

 僕はゆっくりと立ち上がった。


「湯船から上がっていただけると、助かります」

 おとなしく従った。こんなところで抵抗しても、意味は無い。
 だが、他意はないとはいえ、大人の男に裸体を観察されるのは、いい気分ではなかった。

「腕を、あげてください」

 腕の裏側まで、ゆっくりと観察している。

「後ろを向いてください」

 肩に手をおかれ、身体を半回転させられる。

 ――医者の診察みたいなものだ。

 そう言い聞かせて、目を閉じる。


「あの、もういいでしょうか?」

「もう、少しだけ、お待ちください」

「……っ」

 オスカーの息が、耳にかかり、ぞくりとする。
 そんなに近くにいるとは、思わなかった。

「ここに……、あざがありますね」

 そう言うと、オスカーは僕の腰を指で撫でた。

「あっ……」

 思わず声が漏れる。

 ――いたたまれない。


「普段人に見られるような場所ではないので、問題は無いと思いますが……」

 僕は目をつぶって、耐えた。
 ――でも……。

「えっ、何? な、なんですかっ!」

 後ろから抱きしめるようにして、急にオスカーが僕の前に手を伸ばしてきた。


「……っ、あっ、やっ!」


「そろそろ……、ワード君が恋しくなってきたんじゃないですか?」

 耳元で囁きながら、僕自身をその指先でなぞる。
 
「あっ、くうっ、嫌だっ!!」

「かわいらしい人だ。ずっと、我慢していたんですね……」

「あっ、違っ……」

 オスカーは早い手つきで、僕自身をさばいてくる。

 恥ずかしいほど、僕は反応していた。


「……我慢しなくてもいいんですよ。私は、あなたの忠実なしもべです」


「あっ、ああっ……」
 耳たぶを噛まれ、巧みな手つきで追い詰められると、声が自然と漏れる。


 ――どうして?
 ――なぜ、オスカーがこんなことを……。


 片手で僕自身を愛撫しながら、もう片方の手が僕の乳首に伸びる。

「あっ、んんっ、ああああっ」

「おや、こちらも感度がいいようだ。ワード君に、悪いことを覚えさせられたようですね……」

 楽しげに言うと、手の動きを早めた。

「はっ、ああっ、ああああっ!!」


 あっという間に、僕は果てていた。



 オスカーはシャワーを出すと、そのまま僕を洗い清めてくれる。

「オスカーさん……、なんでっ、どうしてっ?」

 責めるような視線を向けると、オスカーは、額にかかった髪を払い、小さく笑った。

「困りましたね……。そんな風に見つめられると、ますます意地悪をしてしまいたくなる……。ただ、今日はここまででやめておきましょう」

「なんで、こんなことを……っ」

 僕は浴室の床に座り込んだ。

「言ったはずです。私はあなたの執事。あなたのお世話をするのが、私の仕事です。
お父上は、あなたとワード君との関係を非常に憂慮しています。以前のルイ様にはそのような性癖は一切ありませんでしたので、まさに青天の霹靂、といったところでしょうか。
王立学院で新しい男の恋人などを作らないように、夜の相手は私が務めるよう仰せつかっております。……大丈夫です。ルイ様を心から満足させるよう、精一杯尽くさせていただきますので……」


 オスカーが恭しく頭を下げる。

 目の前が暗くなる。




 ――嘘だ。




 ――こんなのは、嘘だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐
BL
 森の中の小さな領地の弱小貴族の僕は、領主の息子として生まれた。だけど両親は可愛い兄弟たちに夢中で、いつも邪魔者扱いされていた。  なんとか認められたくて、魔法や剣技、領地経営なんかも学んだけど、何が起これば全て僕が悪いと言われて、激しい折檻を受けた。  そんな家族は領地で好き放題に搾取して、領民を襲う魔物は放置。そんなことをしているうちに、悪事がバレそうになって、全ての悪評を僕に押し付けて逃げた。  それどころか、家族を逃す交換条件として領主の代わりになった男たちに、僕は毎日奴隷として働かされる日々……  暗い地下に閉じ込められては鞭で打たれ、拷問され、仕事を押し付けられる毎日を送っていたある日、僕の前に、竜が現れる。それはかつて僕が、悪事を働く竜と間違えて、背後から襲いかかった竜の王子だった。  あの時のことを思い出して、跪いて謝る僕の手を、王子は握って立たせる。そして、僕にずっと会いたかったと言い出した。え…………? なんで? 二話目まで胸糞注意。R18は保険です。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

童貞が尊ばれる獣人の異世界に召喚されて聖神扱いで神殿に祀られたけど、寝てる間にHなイタズラをされて困ってます。

篠崎笙
BL
四十歳童貞、売れない漫画家だった和久井智紀。流されていた猫を助け、川で転んで溺れ死んだ……はずが、聖神として異世界に召喚された。そこは獣の国で、獣王ヴァルラムのツガイと見込まれた智紀は、寝ている間に身体を慣らされてしまう。 

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

処理中です...