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第三章〜Another end〜
エピローグ
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数年後…
「───ままぁ!!」
庭で日光浴を楽しんでいると、お昼寝をしているはずの愛娘が寝間着を着たまま庭を駆けてくる。
シリウスの金髪と私の紫眼を引き継いだ私達の第一子であるレティシアだ。
その後ろには乳母であるノワが付いてきている。
「レティー?もう起きたの?」
「うんっ!おはようっ!」
今年の四月にようやく三歳になったばかりのレティシアは、座る私の膝に抱きつくとぐりぐりと顔を押し付けてくる。
幼い頃のシリウスに似てとても愛らしいものの、性格は私に似てしまったらしく何事にも全力で打ち込み、ひとたび庭に出ると全身に葉っぱを付けて帰ってくることも多い。
言葉を覚えるのは早かったが…
誰に似たのか泣けばなんでも許してもらえると気づいてからは平然と嘘泣きをするようになってしまった。
「まま!あのね、レティーね!ゆめを見たの!」
「ふふ…うちのお姫様は一体どんな夢を見たのかしら?」
変にずる賢い面もあるが、可愛い一人娘だ。
随分と重くなってしまったレティシアを膝に乗せると、寝癖で跳ねている後ろ髪を指で撫でながら梳かしていく。
シリウス譲りの細くて柔らかい癖っ毛は、アクティブな寝相のレティシアには悩みの種でもあった。
「んとねぇ…ないしょなんだけど…」
「?」
ワゴンの傍で控えているリニィの視線を気にしながら、レティシアが内緒話をするように顔を近づけてくる。
「あのね、ときのめがみ様がね、約束は守りましたよって」
「───…」
寝物語としてお母様の話を聞かせてはいたが、私はレティシアに刻の女神の話をしたことはなかった。
レティシアの紫の瞳を覗き込みながら、嘘をついていないかつい確認してしまう。
もしくは、シリウスが私を揶揄う為にレティシアにイタズラとして教えたのだろうか…?
しかし、キラキラと輝くレティシアの瞳に動揺は見られなかった。
恐らくレティシアは、本当に夢を見たのだろう。
ただの夢なのか…刻の女神が私に知らせる為に見せた夢なのか…
それでも嬉しくて、寝起きに急いで伝えに来てくれたレティシアをぎゅうっと抱きしめてしまう。
「レティーね、赤ちゃんたちを守りますって約束したんだよ~!」
私が喜んでいるのが分かったからか、私のお腹を優しく撫でてくれる。
赤ちゃんたちって…
「………双子なの?」
嬉しくなって思わず視界が歪んでしまう。
レティシアを授かった時もあの子達のどちらなのだろうか?とワクワクしたものだ。
「………」
やはりこの子達は何に変えても産んであげなければならない…
改めて心にしっかりと決める。
私は零れそうになった涙を誤魔化すように、レティシアの小さな頭をそっと抱き寄せる。
「まま!ぱぱが帰ってきたらレティーがおしえてもいい?」
「ええ、きっと喜んでくれるわ」
「ね!ぱぱ、はやく帰ってこないかなぁ~!」
レティシアはあの頃宿った子ども達の魂ではなかった。
それでも…
私の大切な娘であることに変わりない。
「あ!まま!あれ!ぱぱのばしゃだよっ!レティーがはやく帰ってきてっておねがいしたからぱぱが帰ってくれたんだよ!」
「ふふっ…そうね!じゃあ一緒にパパのお出迎えに行きましょうか?」
「うんっ!!」
レティシアは私の膝から滑るように降りると一人で駆け出してしまう。
私はレティシアを追い、シリウスを乗せた馬車を出迎えに玄関へ向かうことにする。
「ぱ~ぱぁ~!」
ちょこちょこと短い足で駆けるレティシアについて玄関まで行くと、タイミング良く馬車からシリウスが降りてくる。
「…レティー?アイリスっ!ただいま、体調は大丈夫?」
「シリウス、おかえりなさい」
小さい手足を巻き付けるように足にしがみつくレティシアを、あっさりスルーしてしまうシリウス 。
後から歩いてきた私を優しく抱きしめ頬へキスをしてくれると、そのままシリウスは熱を計るようにおでこに手を当て、脈も見てくれる。
シリウスをお出迎えした時の挨拶はここまでがルーティンとなっていた。
「ぱぱぁ!レティーも!レティーもただいまのちゅーしてっ!」
「…レティー、今はまだ昼寝の時間じゃないのか?しかも寝間着のままでうろちょろして…ママに似て悪い子だ」
レティシアの催促に苦笑しながら、シリウスはレティシアを抱き上げてくれる。
大好きなシリウスから頬にキスして貰えたレティシアは満足気に笑いながらお返しのキスをする。
「レティーも大好き♡きゃははっ!あのね、レティーね!ぱぱにお話があるのっ!」
「へぇ~?何かな?」
「あのねぇ…なんだっけ?」
「「………」」
「あっ!ままのね、おなかの中にね、赤ちゃんがいるの!」
「……うん、そうだね?」
レティシアは毎日お腹の赤ちゃんにもおやすみの挨拶して寝ている為、今さらなことを報告されてシリウスもなんと返すべき戸惑っているようだ。
「…あれ?」
シリウスの反応が思ってたものではなかったからか、今度はレティシアの方が首を捻っている。
「……ええっとねぇ…」
「………?」
「ふふっ…」
眉尻を下げて私を窺うシリウスの視線に気付いてつい笑ってしまう。
「………あっ!」
「「………」」
「ままの赤ちゃんふたりいるんだって!」
「えっ?!本当にっ?!」
「レティーはうそつかないので、ほんとですっ!」
「………」
片眉を上げつつもシリウスはレティシアに聞き直さなかった。
レティーはわりと普段から平然と嘘をついているのでどうにも信じきれないらしい。
「ところで今日はいつもよりお早いお帰りですね?」
「あぁ…コンラッドが宿題をして来なかったからね。お灸を据える意味で文字通り置いて帰ってきたんだ」
「くすくすっ…」
王様になったコンラッドは、何がなんでも定時で上がろうとするシリウスを最大限活用する為に、シリウスから出された宿題をサボる癖がついているらしい。
やらなくてもやばくなったらシリウスが片付けてくれるだろう…と、いつものようにサボった結果、どうやらこの国の宰相に見捨てられたらしい。
まぁ、シリウスが見捨てても問題ないと判断したのであれば、そこまで緊急の案件ではないのだろう。
「レティー、パパもお仕事が終わったみたいよ?」
「きゃ~♡」
「レティーに喜んでもらえて嬉しいよ。さっ、まだ明るいし僕も久しぶりに外でコーヒーでも飲もうかな」
シリウスはレティシアを右腕で抱いたまま、私の腰に手を回して庭へと歩き出す。
レティシアがお昼寝をしているこの時間、私が庭でのんびりティータイムを過ごしていることを知っていたらしい。
先に戻っていたノワが私のクッションをならしてくれ、シリウスの支えで改めてイスに座り直す。
「ふふ…まだお腹も大きくありませんし、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ?」
イスを近くに持ってくるとシリウスは私の真横に座る。
レティシアはノワが私の隣に座らせてくれている。
「………でも双子だなんて…心配だな…レティシア一人ですらあんなに辛そうだったのに…」
「まぁ二回目ですし、今度は大丈夫だと思います」
「はぁ…なんの根拠もないくせに…」
「………」
本気で心配している様子のシリウスが愛しくて…
頬へのキスで感謝の気持ちを伝えてみる。
この子達を授かることが出来たのも、私のわがままにシリウスが付き合ってくれたおかげなのだ。
レティシアの出産に思いの外時間がかかってしまい、シリウスにはかなり心配をかけてしまったらしい。
二人目は必要ないと言い張るシリウスを必死に説得してようやく二人目を授かることが出来たのだ。
苦笑しながらシリウスが優しく頭を抱き寄せてくれる。
今は特に…申し訳ない気持ちが大きいこともあり、シリウスの胸に素直に甘えることにする。
「きゃ~♪」
「「?」」
レティシアの奇声に振り向くと、両手で目を隠していながら指の隙間からこちらを覗いているレティシアとばっちり目が合ってしまう。
「………」
「奇行が目立つレティシアは間違いなく君の娘だね…」
「レティシアがおませさんなのはシリウスの遺伝ですよね?」
「………」
「ですよね?」
「……ノーコメント」
ノワが私用にハーブティを淹れなおしてくれる。
レティシアのカップにはミルクが注がれ、シリウスのコーヒーはリニィが淹れてくれた。
シリウスは士官学校に入学してから周りの影響かブラックコーヒーを好んで飲むようになった。
他愛もない話をしながら、ロアンが大急ぎで作ってくれた焼きたてのクッキーを美味しそうに頬張るレティシアを眺める。
久しぶりにシリウスと笑いながら過ごすティータイムについ感傷的になってしまう。
あぁ…なんて幸せなんだろう…
この幸せな時間がもっと続けばいいのに…
その日の夜…
「ままっ!おやすみなさい!」
ちゅっ!と頬にキスをくれるレティシア。
「赤ちゃんたちもまた明日ねっ!」
そのまま私のお腹に挨拶をして、まだ見ぬ双子にもおやすみのキスをしてくれる。
「もう満足したか?」
「はいっ!ねぇぱぱ!今日はレティーも一緒に寝ちゃダメ?」
「レティシアは寝相が悪いからママと寝るのはダメだ」
「ちゃんと寝れるよ!あのね、ノワが読んでくれた本でね…───」
必死に説得しようとするレティシアを抱いて、寝室を出ていくシリウス。
私の妊娠が分かってからは、シリウスがレティシアを寝かしつけてくれるようになった。
日中お仕事で不在がちなシリウスとしては、邸宅内を縦横無尽に駆け回るレティシアから色々情報を聞き出す絶好の機会らしい。
「お姉ちゃまはまだまだ甘えん坊ですねぇ?ふふっ…」
お腹の双子に話しかけながらシリウスが戻ってくるのを起きて待っていた私は、いつの間にか寝落ちてしまっていたのだった。
深夜。
真っ暗な部屋の中、腰周りをまさぐるような手の感触に目が覚めてしまう。
「ん……シリウス、やめてください…」
「───……ん…?」
今目覚めたかのように目を丸くしているシリウスをキッと睨み上げる。
その間もおしりには手が這うような感覚はあった。
「……もうっ!いい加減にして…!お腹に赤ちゃんだっているの…に……?」
シリウスは目を丸くしたまま、無罪を主張するように右手を上げている。
腕枕をしてくれている左腕は当然私の頭の下にあるわけで…
「「………」」
なおも私の腰に誰かの手がさわさわと触れてくるのに気付いて、サァ…と血の気が引いてしまう。
寝室に第三者がいる…?!
いつも他人の気配に敏感なシリウスがキョトンとしているのには驚いたが、私は助けを求めるように慌ててシリウスにしがみつく。
私の顔色から異変に気づいたシリウスがバッ!っとシーツを剥ぎ取ってくれる。
…と、捲られたシーツの煽りで小さな影が一つ床にコロンと転がるのが見えた。
どう見てもレティシアだった。
ホッと息をつく私たちの前で、小さな影は何故か握りこぶしを作ってポコポコと床を叩いている。
「もうッ!手も足も短くてほんと嫌ッ!」
声からもレティシアで間違いないのだが…
何故悔しそうに床を叩いているのだろうか…?
状況だけをみれば、レティシアは私達のベッドに上がろうと手を伸ばしていたのだろう。
昨年末から自分の部屋で寝るようになっていたレティシア。
今までにも怖い夢を見たと言って、夜中に泣きながら寝室に突撃してくることはあったが…
「「………」」
未だかつてない愛娘の突然の奇行になんと声をかけるべきか迷ってしまう。
ここは捲られたシーツに転がされて泣かなかったことを、偉いと褒めてあげるべきなのだろうか…?
念の為シリウスを見上げてみたが、彼も私の背中を支えながら首を傾げていた。
どうやらシリウスから見てもレティシアの行動は奇行以外の何物でもないらしい。
「ねぇ、レティー…怖い夢でも見たの?」
とりあえず声をかけてみると、バッ!と勢い良く顔を上げてくれるレティシア。
身体を起こしている私に気づき、ベッドへ駆け寄ると軽く膨らんだ私のお腹をペタペタと触りレティシアは何故か愕然としている。
明かりを付けてくれたシリウスのおかげでレティシアの顔がはっきりと見えるようになる。
「───…な、んで……」
そう呟いたレティシアはぽろぽろと大粒の涙を溢れさせていた。
「「───」」
やはり悪い夢でも見たのかと手を伸ばしてみるが、突然地団駄を踏みだすレティシア。
「なんで…どうして?!なんでなのよっ!!」
「「………」」
右足をしっかり上げてだしっ!だしっ!と地団駄を踏んで怒りを発散させている姿は、まるで幼い頃のアネスティラのようだった。
昨夜までは三歳児らしく愛らしさしかなかったレティシアの印象がすっかり変わっていく。
一体どこでそんな過激な動きを覚えてきたのだろう。
シリウスと喧嘩した時でも、私はそんな喚き方はしたことがないはずだ。
レティシアへ手を伸ばそうとしてシリウスに止められた私は仕方なくそのまま声をかけることにする。
「…レティー、一体どうしたの?」
「なんでもう双子を妊娠してるのよッ?! お父様の嘘つき!!うわぁぁぁぁん────!!」
「…シリウス」
「……うん」
最近はつわりが酷くてあまりレティシアを構ってやれていなかったかもしれないと考えて、シリウスにレティシアをあやしてあげるよう頼んでみる。
シリウスはベッドを迂回してレティシアの傍へ行くとレティシアを抱きあげようと手を伸ばす。
だが…
「レティー…「触んないでよ!!この人殺しッ!!」
今まで見たこともないほど冷ややかな瞳をしたレティシア。
その小さな唇から紡がれた予想外な言葉に、今度こそ私たちは言葉を失ってしまったのだった…────
﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌ ﹌
ここまでお読み頂きありがとうございます!
第三章が思いのほかボリュームが多くなってしまったので、結婚式とかノワsideなど書ききれなかった部分などはSSで上げていければ…と思っています。
昨年からなかなか趣味の時間が取れず不定期更新となってしまい、続きを楽しみにしていただいている皆様にはお待たせして申し訳ありません。
一旦本編はおやすみさせていただきますが、しっかり仕上げて来ますので再開をお待ち頂けると幸いです。
シリウスのお誕生日にはSSとしてレティシアの誕生秘話も更新致しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
「───ままぁ!!」
庭で日光浴を楽しんでいると、お昼寝をしているはずの愛娘が寝間着を着たまま庭を駆けてくる。
シリウスの金髪と私の紫眼を引き継いだ私達の第一子であるレティシアだ。
その後ろには乳母であるノワが付いてきている。
「レティー?もう起きたの?」
「うんっ!おはようっ!」
今年の四月にようやく三歳になったばかりのレティシアは、座る私の膝に抱きつくとぐりぐりと顔を押し付けてくる。
幼い頃のシリウスに似てとても愛らしいものの、性格は私に似てしまったらしく何事にも全力で打ち込み、ひとたび庭に出ると全身に葉っぱを付けて帰ってくることも多い。
言葉を覚えるのは早かったが…
誰に似たのか泣けばなんでも許してもらえると気づいてからは平然と嘘泣きをするようになってしまった。
「まま!あのね、レティーね!ゆめを見たの!」
「ふふ…うちのお姫様は一体どんな夢を見たのかしら?」
変にずる賢い面もあるが、可愛い一人娘だ。
随分と重くなってしまったレティシアを膝に乗せると、寝癖で跳ねている後ろ髪を指で撫でながら梳かしていく。
シリウス譲りの細くて柔らかい癖っ毛は、アクティブな寝相のレティシアには悩みの種でもあった。
「んとねぇ…ないしょなんだけど…」
「?」
ワゴンの傍で控えているリニィの視線を気にしながら、レティシアが内緒話をするように顔を近づけてくる。
「あのね、ときのめがみ様がね、約束は守りましたよって」
「───…」
寝物語としてお母様の話を聞かせてはいたが、私はレティシアに刻の女神の話をしたことはなかった。
レティシアの紫の瞳を覗き込みながら、嘘をついていないかつい確認してしまう。
もしくは、シリウスが私を揶揄う為にレティシアにイタズラとして教えたのだろうか…?
しかし、キラキラと輝くレティシアの瞳に動揺は見られなかった。
恐らくレティシアは、本当に夢を見たのだろう。
ただの夢なのか…刻の女神が私に知らせる為に見せた夢なのか…
それでも嬉しくて、寝起きに急いで伝えに来てくれたレティシアをぎゅうっと抱きしめてしまう。
「レティーね、赤ちゃんたちを守りますって約束したんだよ~!」
私が喜んでいるのが分かったからか、私のお腹を優しく撫でてくれる。
赤ちゃんたちって…
「………双子なの?」
嬉しくなって思わず視界が歪んでしまう。
レティシアを授かった時もあの子達のどちらなのだろうか?とワクワクしたものだ。
「………」
やはりこの子達は何に変えても産んであげなければならない…
改めて心にしっかりと決める。
私は零れそうになった涙を誤魔化すように、レティシアの小さな頭をそっと抱き寄せる。
「まま!ぱぱが帰ってきたらレティーがおしえてもいい?」
「ええ、きっと喜んでくれるわ」
「ね!ぱぱ、はやく帰ってこないかなぁ~!」
レティシアはあの頃宿った子ども達の魂ではなかった。
それでも…
私の大切な娘であることに変わりない。
「あ!まま!あれ!ぱぱのばしゃだよっ!レティーがはやく帰ってきてっておねがいしたからぱぱが帰ってくれたんだよ!」
「ふふっ…そうね!じゃあ一緒にパパのお出迎えに行きましょうか?」
「うんっ!!」
レティシアは私の膝から滑るように降りると一人で駆け出してしまう。
私はレティシアを追い、シリウスを乗せた馬車を出迎えに玄関へ向かうことにする。
「ぱ~ぱぁ~!」
ちょこちょこと短い足で駆けるレティシアについて玄関まで行くと、タイミング良く馬車からシリウスが降りてくる。
「…レティー?アイリスっ!ただいま、体調は大丈夫?」
「シリウス、おかえりなさい」
小さい手足を巻き付けるように足にしがみつくレティシアを、あっさりスルーしてしまうシリウス 。
後から歩いてきた私を優しく抱きしめ頬へキスをしてくれると、そのままシリウスは熱を計るようにおでこに手を当て、脈も見てくれる。
シリウスをお出迎えした時の挨拶はここまでがルーティンとなっていた。
「ぱぱぁ!レティーも!レティーもただいまのちゅーしてっ!」
「…レティー、今はまだ昼寝の時間じゃないのか?しかも寝間着のままでうろちょろして…ママに似て悪い子だ」
レティシアの催促に苦笑しながら、シリウスはレティシアを抱き上げてくれる。
大好きなシリウスから頬にキスして貰えたレティシアは満足気に笑いながらお返しのキスをする。
「レティーも大好き♡きゃははっ!あのね、レティーね!ぱぱにお話があるのっ!」
「へぇ~?何かな?」
「あのねぇ…なんだっけ?」
「「………」」
「あっ!ままのね、おなかの中にね、赤ちゃんがいるの!」
「……うん、そうだね?」
レティシアは毎日お腹の赤ちゃんにもおやすみの挨拶して寝ている為、今さらなことを報告されてシリウスもなんと返すべき戸惑っているようだ。
「…あれ?」
シリウスの反応が思ってたものではなかったからか、今度はレティシアの方が首を捻っている。
「……ええっとねぇ…」
「………?」
「ふふっ…」
眉尻を下げて私を窺うシリウスの視線に気付いてつい笑ってしまう。
「………あっ!」
「「………」」
「ままの赤ちゃんふたりいるんだって!」
「えっ?!本当にっ?!」
「レティーはうそつかないので、ほんとですっ!」
「………」
片眉を上げつつもシリウスはレティシアに聞き直さなかった。
レティーはわりと普段から平然と嘘をついているのでどうにも信じきれないらしい。
「ところで今日はいつもよりお早いお帰りですね?」
「あぁ…コンラッドが宿題をして来なかったからね。お灸を据える意味で文字通り置いて帰ってきたんだ」
「くすくすっ…」
王様になったコンラッドは、何がなんでも定時で上がろうとするシリウスを最大限活用する為に、シリウスから出された宿題をサボる癖がついているらしい。
やらなくてもやばくなったらシリウスが片付けてくれるだろう…と、いつものようにサボった結果、どうやらこの国の宰相に見捨てられたらしい。
まぁ、シリウスが見捨てても問題ないと判断したのであれば、そこまで緊急の案件ではないのだろう。
「レティー、パパもお仕事が終わったみたいよ?」
「きゃ~♡」
「レティーに喜んでもらえて嬉しいよ。さっ、まだ明るいし僕も久しぶりに外でコーヒーでも飲もうかな」
シリウスはレティシアを右腕で抱いたまま、私の腰に手を回して庭へと歩き出す。
レティシアがお昼寝をしているこの時間、私が庭でのんびりティータイムを過ごしていることを知っていたらしい。
先に戻っていたノワが私のクッションをならしてくれ、シリウスの支えで改めてイスに座り直す。
「ふふ…まだお腹も大きくありませんし、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ?」
イスを近くに持ってくるとシリウスは私の真横に座る。
レティシアはノワが私の隣に座らせてくれている。
「………でも双子だなんて…心配だな…レティシア一人ですらあんなに辛そうだったのに…」
「まぁ二回目ですし、今度は大丈夫だと思います」
「はぁ…なんの根拠もないくせに…」
「………」
本気で心配している様子のシリウスが愛しくて…
頬へのキスで感謝の気持ちを伝えてみる。
この子達を授かることが出来たのも、私のわがままにシリウスが付き合ってくれたおかげなのだ。
レティシアの出産に思いの外時間がかかってしまい、シリウスにはかなり心配をかけてしまったらしい。
二人目は必要ないと言い張るシリウスを必死に説得してようやく二人目を授かることが出来たのだ。
苦笑しながらシリウスが優しく頭を抱き寄せてくれる。
今は特に…申し訳ない気持ちが大きいこともあり、シリウスの胸に素直に甘えることにする。
「きゃ~♪」
「「?」」
レティシアの奇声に振り向くと、両手で目を隠していながら指の隙間からこちらを覗いているレティシアとばっちり目が合ってしまう。
「………」
「奇行が目立つレティシアは間違いなく君の娘だね…」
「レティシアがおませさんなのはシリウスの遺伝ですよね?」
「………」
「ですよね?」
「……ノーコメント」
ノワが私用にハーブティを淹れなおしてくれる。
レティシアのカップにはミルクが注がれ、シリウスのコーヒーはリニィが淹れてくれた。
シリウスは士官学校に入学してから周りの影響かブラックコーヒーを好んで飲むようになった。
他愛もない話をしながら、ロアンが大急ぎで作ってくれた焼きたてのクッキーを美味しそうに頬張るレティシアを眺める。
久しぶりにシリウスと笑いながら過ごすティータイムについ感傷的になってしまう。
あぁ…なんて幸せなんだろう…
この幸せな時間がもっと続けばいいのに…
その日の夜…
「ままっ!おやすみなさい!」
ちゅっ!と頬にキスをくれるレティシア。
「赤ちゃんたちもまた明日ねっ!」
そのまま私のお腹に挨拶をして、まだ見ぬ双子にもおやすみのキスをしてくれる。
「もう満足したか?」
「はいっ!ねぇぱぱ!今日はレティーも一緒に寝ちゃダメ?」
「レティシアは寝相が悪いからママと寝るのはダメだ」
「ちゃんと寝れるよ!あのね、ノワが読んでくれた本でね…───」
必死に説得しようとするレティシアを抱いて、寝室を出ていくシリウス。
私の妊娠が分かってからは、シリウスがレティシアを寝かしつけてくれるようになった。
日中お仕事で不在がちなシリウスとしては、邸宅内を縦横無尽に駆け回るレティシアから色々情報を聞き出す絶好の機会らしい。
「お姉ちゃまはまだまだ甘えん坊ですねぇ?ふふっ…」
お腹の双子に話しかけながらシリウスが戻ってくるのを起きて待っていた私は、いつの間にか寝落ちてしまっていたのだった。
深夜。
真っ暗な部屋の中、腰周りをまさぐるような手の感触に目が覚めてしまう。
「ん……シリウス、やめてください…」
「───……ん…?」
今目覚めたかのように目を丸くしているシリウスをキッと睨み上げる。
その間もおしりには手が這うような感覚はあった。
「……もうっ!いい加減にして…!お腹に赤ちゃんだっているの…に……?」
シリウスは目を丸くしたまま、無罪を主張するように右手を上げている。
腕枕をしてくれている左腕は当然私の頭の下にあるわけで…
「「………」」
なおも私の腰に誰かの手がさわさわと触れてくるのに気付いて、サァ…と血の気が引いてしまう。
寝室に第三者がいる…?!
いつも他人の気配に敏感なシリウスがキョトンとしているのには驚いたが、私は助けを求めるように慌ててシリウスにしがみつく。
私の顔色から異変に気づいたシリウスがバッ!っとシーツを剥ぎ取ってくれる。
…と、捲られたシーツの煽りで小さな影が一つ床にコロンと転がるのが見えた。
どう見てもレティシアだった。
ホッと息をつく私たちの前で、小さな影は何故か握りこぶしを作ってポコポコと床を叩いている。
「もうッ!手も足も短くてほんと嫌ッ!」
声からもレティシアで間違いないのだが…
何故悔しそうに床を叩いているのだろうか…?
状況だけをみれば、レティシアは私達のベッドに上がろうと手を伸ばしていたのだろう。
昨年末から自分の部屋で寝るようになっていたレティシア。
今までにも怖い夢を見たと言って、夜中に泣きながら寝室に突撃してくることはあったが…
「「………」」
未だかつてない愛娘の突然の奇行になんと声をかけるべきか迷ってしまう。
ここは捲られたシーツに転がされて泣かなかったことを、偉いと褒めてあげるべきなのだろうか…?
念の為シリウスを見上げてみたが、彼も私の背中を支えながら首を傾げていた。
どうやらシリウスから見てもレティシアの行動は奇行以外の何物でもないらしい。
「ねぇ、レティー…怖い夢でも見たの?」
とりあえず声をかけてみると、バッ!と勢い良く顔を上げてくれるレティシア。
身体を起こしている私に気づき、ベッドへ駆け寄ると軽く膨らんだ私のお腹をペタペタと触りレティシアは何故か愕然としている。
明かりを付けてくれたシリウスのおかげでレティシアの顔がはっきりと見えるようになる。
「───…な、んで……」
そう呟いたレティシアはぽろぽろと大粒の涙を溢れさせていた。
「「───」」
やはり悪い夢でも見たのかと手を伸ばしてみるが、突然地団駄を踏みだすレティシア。
「なんで…どうして?!なんでなのよっ!!」
「「………」」
右足をしっかり上げてだしっ!だしっ!と地団駄を踏んで怒りを発散させている姿は、まるで幼い頃のアネスティラのようだった。
昨夜までは三歳児らしく愛らしさしかなかったレティシアの印象がすっかり変わっていく。
一体どこでそんな過激な動きを覚えてきたのだろう。
シリウスと喧嘩した時でも、私はそんな喚き方はしたことがないはずだ。
レティシアへ手を伸ばそうとしてシリウスに止められた私は仕方なくそのまま声をかけることにする。
「…レティー、一体どうしたの?」
「なんでもう双子を妊娠してるのよッ?! お父様の嘘つき!!うわぁぁぁぁん────!!」
「…シリウス」
「……うん」
最近はつわりが酷くてあまりレティシアを構ってやれていなかったかもしれないと考えて、シリウスにレティシアをあやしてあげるよう頼んでみる。
シリウスはベッドを迂回してレティシアの傍へ行くとレティシアを抱きあげようと手を伸ばす。
だが…
「レティー…「触んないでよ!!この人殺しッ!!」
今まで見たこともないほど冷ややかな瞳をしたレティシア。
その小さな唇から紡がれた予想外な言葉に、今度こそ私たちは言葉を失ってしまったのだった…────
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ここまでお読み頂きありがとうございます!
第三章が思いのほかボリュームが多くなってしまったので、結婚式とかノワsideなど書ききれなかった部分などはSSで上げていければ…と思っています。
昨年からなかなか趣味の時間が取れず不定期更新となってしまい、続きを楽しみにしていただいている皆様にはお待たせして申し訳ありません。
一旦本編はおやすみさせていただきますが、しっかり仕上げて来ますので再開をお待ち頂けると幸いです。
シリウスのお誕生日にはSSとしてレティシアの誕生秘話も更新致しますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
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