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第三章〜Another end〜
閑話〜シリウスとの密約〜 side リューク
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「───…はぁ…」
騎士団寮にある自室まで戻ると、ベッドに寝転がりながら盛大にため息を吐き出す。
昨夜からの情報量が多すぎてさすがに頭が痛くなってくる…
アイリス様の護衛騎士の任命に合わせて一人部屋に昇格していたので、この部屋は気を使わずに過ごせる唯一の場所だった。
「………」
アイリス様はペルージャン公爵夫人の部屋で過ごされた後、そのまま晩餐に行かれるらしく、本日の護衛任務は終了している。
とりあえず寝転がったはいいがまだ日は傾き始めたばかりだ。
この時間、夜勤以外の騎士はまだ訓練場にいるはず…
身体にだるさは残っているが、伯爵邸で仮眠も取ったので今は眠気もない。
幸い昨夜の外泊の件を公爵から問いただされることも無さそうだし…
未だ混乱する頭を落ち着かせるため、とりあえず訓練場へと向かうことにする。
少し迷ったが、アイリス様が気に入られている庭園を通って訓練場へ向かうことにした。
大きな邸宅をぐるっと迂回することになるので、公爵家の広大な敷地の端にある訓練場に行くルートとしては騎士団の寮からだと遠回りでしかなかったが…
急ぐものでもないので気ままに歩きながら昨夜のことを思い出すことにした。
「………」
昨夜、地下牢でマクレーガン伯爵がナイフを扱うのを初めて見たが…
王城の暗部に匹敵するほどのスキルがあるように思えた。
元々天性の才能があるのか…
あんなスキルを身につける必要のある特殊な生まれでもないあの男には無用な長物のように思えた。
だが、伯爵家当主といえど騎士ではないあの男は、私有地以外では原則帯剣出来ないことを思い出して納得してしまう。
薬物にしても、ナイフにしても…
使える武器が限られている伯爵が自ら考え努力して手に入れた力なのだろう。
『シリウス様は私の恋人である前に、私の命の恩人でもあります』
あの狂気的な姿すら、アイリス様への想いの深さが窺えるようだった。
訓練場に着いた頃には、辺りは真っ暗になっていた。
どうやら寄り道をしている間に、日勤の騎士は全員夕食に向かってしまったらしい。
無人の訓練場にどこか安堵を覚える。
どうやら今は誰かと話したい気分ではなかったらしい。
「───…ふッ!…ふッ!」
松明に照らされた訓練場で、無心で剣を振り続ける。
もし、シリウス・マクレーガンがあの地下牢で私にナイフを向けてきていたら…
私はあのナイフを…この剣で受け止めることが出来ただろうか?
手首のスナップだけで素早くナイフを振り抜くあの動きを思い出しながら剣を構える。
筋肉量を考えればナイフを捉えることさえ出来れば競り負けることはないだろうが…
あの狭い地下牢ではむしろ私のロングソードは不利だった。
勝ち筋が見当たらず思わず剣を下ろしてしまう。
圧倒的に対戦相手の情報が不足していた。
いや…
結局のところ、勝ち筋をイメージ出来ないのは私の経験不足が原因なのだろう。
騎士とは名ばかりで圧倒的に実戦経験が足りていない。
訓練として騎士仲間と剣を交えることはあっても、そこに命をかけるほどの真剣さを持てるはずもなく…
だからこそ、副団長職をほのめかしつつも団長からは具体的な話がこないのだろう。
ディアーナ修道院にアイリス様と二人で出かけた二週間後だったか…
あの男の誕生日を祝いたいからと出かけられたアイリス様に付き従って伯爵邸に訪れた際、不覚にもあの男に背を向けた瞬間手刀で落とされてしまった?
気がついた時には全身を縄でグルグル巻きにされていた上、伯爵の寝室の床に転がされていた。
警戒を怠っていたとはいえ、あの距離を一瞬で詰めるあの男の身体能力の高さは理解しているつもりだったが…
「…はぁ………はははっ…」
命の恩人…?あんな男が?
人を笑って殺しそうなあの男が恩人だと…?
馬鹿げてる…まだ十七歳だぞ?
士官学校すらまともに卒業していない若造が、一体どんな修羅場をくぐり抜ければあの境地に到達出来るというんだ…!
そもそも、あの人を見下すような余裕顔が腹立つ!
おそらく私がアイリス様ではなく、あの男に相談しに行った時も心の中では私を鼻で笑っていたはずだ…!!
「───だぁッ!くそッ!!………はぁ…」
…認めるしかない。
アイリス様に忠誠を誓っておきながら…
醜い嫉妬にかられていた。
ソドムがアイリス様の実父かもしれないと知った時…
アイリス様ではなく、シリウス・マクレーガンに持って行こうと考えたのも、あいつがどのように対応するのか気になったからだ。
アイリス様が心底惚れているあのシリウス・マクレーガンが…
自分のように戸惑う姿を見れるかもしれないと期待した。
何より…
アイリス様に直接報告すれば、アイリス様は迷うことなくソドムに会うことを決断されたはずだ。
元々家族に対する憧れが強い方だった。
ペルージャン公爵家の方々に気に入られようと、興味のない話ですら笑って楽しそうに話を聞かれる姿を何度も見てきたのだから…
そんなアイリス様が、血縁者であるソドムを切り捨てられるはずがない…
そしてペルージャン公爵家を離れ、実父であるソドムと共に生きることを望まれるかもしれない…
そう考えて躊躇ってしまった。
それがどうだ?
騎士の誓いを捧げようと…
四六時中傍に付き従おうと…
アイリス様のことを何も分かっていなかった。
『……もう、相変わらず言うことが過激なのよね…ふふっ』
アイリス様の普段の言動から考えれば、シリウス・マクレーガンのような二面性のある性格は忌避されるものだと思っていた…
あの場面で笑って受け入れてしまうアイリス様は、御自身の異様さに気づいていらっしゃるのだろうか?
普段は優しいシリウス・マクレーガンに無邪気に甘えるくせに、あの男が必死になって隠している裏の顔すら受け入れている。
…だからこそ、あの男もアイリス様を手放せないのだろう。
分かっていたはずだ。
あの二人は特別な関係だと…
単なる恋愛感情以上の絆とも呼べる想いを、お互いが一切の迷いなく相手へと向け続けている。
認めるしかないだろう。
他の誰でもなく…アイリス様がそれを望んでいるのだから。
「………はぁ、嫌だなぁ…どうにかあいつの鼻を明かしたい…」
「───…」
「……はぁ…」
集中していたからか、思いのほか時間が経っていたらしい。
空を見上げると月がだいぶ高くなっていた。
…満月か。道理で明るいと思った。
「まったく…こんな時間に訓練場の近くで一体誰がサボってるんだ?」
仕方なく剣を肩にかけて、声が聞こえた方へ歩き出す。
夜勤の騎士がサボっているのかと思い遠慮なく足を進めていると、訓練場の奥…木々の影から女の声が微かに聞こえて来た。
まさかと思いつつ確認すると、やっぱり木の裏から伸びる女の素足が見えた。
「……────!!」
女の方も木にしがみつきながらも、嬌声を抑えているので恐らく同意の上なのだろう。
とはいえ、ペルージャン公爵邸の庭でふざけた真似を…
相手の男はどこの所属だ?
ひょこっと身体を乗り出して奥にいるはずの男を確認すると、楽しそうなフランと目が合ってしまう。
しかもこちらに気づいた後も慌てたり悪びれる素振りもなく、口元に人差し指を当ててやがる。
「………はぁ……どいつもこいつも…」
仕方なく問い詰めるのは諦めて訓練場へ戻る。
紺色のメイド服が見えたので、おそらく公爵邸のメイドの一人なのだろう。
フランの恋人なのか、単なる火遊びなのかは知らないが…
まぁ、この時間ならばアイリス様が部屋から出られることはまず無いしな…と考えて今朝のアイリス様の顔を思い出してしまう。
「………」
ソファーに気だるそうに寄りかかり、潤んだ瞳に蒸気した顔で見上げていたアイリス様…
「……くっ───!!」
木の裏でよがっていた顔も知らない女の姿とアイリス様が重なり、地面を殴りながら全力で昨夜の行動を後悔する。
あ~くそッ!!
あんなん絶ッ対喰われてるだろ?!
なんでアイリス様も当たり前のようにあの男へ抱きつくかなぁあああッ!!
お淑やかなイメージしかなかったアイリス様の意外な一面につい赤面してしまう。
《外泊の件ですか?マクレーガン伯爵に言われて報せを出したんですけど…いやぁ、自分はマクレーガン伯爵の罠に見事に引っかかって地下牢で眠らされてたんで、アイリス様がどの部屋でどのように過ごされたのかは全然状況が分からないんですよね。伯爵とは別室できちんと眠られた可能性もありますし、まぁ仮に同室だったとしてもワンチャン鋼の自制心で伯爵が手を出していない可能性もあるかもしれませんし?いやいや、冗談ですよ?あのアイリス様が婚約者でもない男と同衾されるなんて有り得ませんよ》
…なんてふざけたような報告を閣下に出来るわけがないだろうがッ!!
シリウス・マクレーガンめ…!
ふざけやがって…俺を殺すつもりかッ?!
アイリス様もアイリス様だッ!!
俺が見ている前で平然とシリウス・マクレーガンに抱きつくなよッ!!
どう考えても振り幅広すぎだろうが…!!
普段は世間知らずのお嬢様みたいに可愛いらしいのに、たまに怖いこと平然と言うし、何よりあんな顔で…まさか…あんな風に…?!
怒りのあまりずっと使わないようにしていた昔の一人称まで出てきてしまっている。
更には不埒な想像が頭から離れなくなり、八つ当たりのように訓練用の人形を滅多打ちにしてしまう。
「───…だぁあああ!!フラァーン!!絶対あとでぶっ飛ばしてやるからなぁあああッ!!」
「「───!!」」
血管が切れそうになって堪らず叫んでしまう。
怒声はどうやら逢い引き中のあの二人にも届いたらしく…
パタパタと女が走り去る足音を聞きながら俺は持っていた剣を地面に突き刺す。
「おい~リューク!なんであんなこと言っちゃうかな~?俺らちゃんと合意だったんだぞ?」
「くそが、黙れ……アイリス様がいらっしゃる公爵邸の庭で不埒なことを…するなぁあッ───!」
不満気にてれっと歩いてくるフランに振り向きながら、握りしめた右手の拳を突き出すと…
ノーガードだったフランの左頬に見事に決まる。
あのヘラヘラ顔に一発KOをお見舞い出来たおかげで、ようやくイライラが落ち着いてきた。
アイリス様へのいつかの暴言もこれでチャラにしてやる…
「……邸宅内の風紀を乱した事は、俺から騎士団長に報告しておくからなッ!」
伸びているフランに吐き捨てる。
叫びまくったおかげで少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、意を決して…
休暇を取るべくその足で団長の部屋へと向かうのだった。
*
三日後。
「───…随分と早かったな?」
「あ、前触れもなくすみません…」
あの後、取得した休暇日に改めてマクレーガン伯爵邸を訪ねていた。
今日はアイリス様が再来週開かれる舞踏会の準備でドレスの試着をする予定らしく、一日外出しないことになっていたので護衛任務のお休みを貰うことが出来た。
案内してくれた執事長が下がったことを確認して、シリウス・マクレーガンがソファーに座るよう視線を投げてくれる。
「まぁ、別に構わないが…アイリスはここに来ることを知っているのか?」
「いいえ…お伝えしていません」
「ほう…?アイリスに秘密か。到底専属騎士とは呼べない軽薄さだな…」
今日も随分と攻撃的だな。
アイリス様に忠誠を誓っているとはいえ…
他家の騎士を警戒することなく招き入れ、挙句平然と二人きりになれるとは…
豪胆なのか、単に私を見下しているだけなのか。
「はぁ…一人で来いと呼び出したのは伯爵ではありませんか…」
先日、伯爵邸で客室を借りた時に食事を持って来てくれた執事長から一通の手紙を手渡されていた。
内容は、伯爵邸に一人で改めて来て欲しいというものだった。
どうするべきか少し悩んだものの、結局私は改めて伯爵邸を訪ねることにした。
「まぁいい、お前にソドムのことを聞きたかったんだ。伯爵邸に来るまでの間にも何か他に聞いたことがないかと思ってな」
「…その前に一つ、実はお伝えしなければならないことが…ソドムのことをアイリス様に報告しました」
目に見えてシリウス・マクレーガンが顔を顰める。
「…まぁ、お前がアイリスに聞かれて黙っていられるとは思っていなかったが…それでアイリスなんて?」
「はい、アイリス様は…ソドムを処した件は不問に伏すと仰ってくださいました。リーシャ様の心情やモートン王家の血筋であることを知っている点も含め、どの道ソドムは生かしてはおけなかったから…と」
「ふ~ん…」
「驚かれないのですか…?」
「まぁ、お前を詰ったところでソドムが生き返るわけでもないし…アイリスが納得するためにそう言ったとしても不思議ではないかな?」
「………」
……ん?
そういう意味であのように仰った…のか?
ならあのように笑われたのも何か意味があるのだろうか?
まぁアイリス様をよく知るこの男がそう言うのなら、アイリス様の真意としてはそうなのだろう…恐らく。
…が、何故か齟齬があるような気がしてならない。
「他には?」
「あ、はい。アイリス様が[黒騎士の誓い]の初版本をお望みのようでして…代わりに探していただけると助かるのですが…」
「アイリスの騎士を名乗る割に随分と気弱だな?その様子でアイリスの身に危険が迫った時にきちんと対処出来るのか心配になるのだが…?」
「はぁ……正直、アイリス様のお心を測りかねています」
「………アイリスの心なんてずっと傍にいる僕ですら読めないのに、二ヶ月傍にいただけのお前なんかに分かってたまるか…」
「……ははっ」
想定よりずっと子どもじみた言葉が返ってきたことに驚く。
だが、この男の心底嫌そうな顔を見れて…どこか溜飲が下がるようだった。
力なく笑っていると、値踏みするような視線を向けられていることに気づく。
テーブルを指で弾きながら思案するように目を細めている。
「ふむ……初版本に関しては私も探すつもりだったから、手に入ったらアイリスにも見せるようにしよう。確かに、ペルージャン公爵家のお抱え騎士が、ロマンス小説の初版本を探している…という妙な噂が立っても困るしな」
「ありがとうございます。あの…ちなみに、ソドムの遺体は?」
「あれはこちらで処理してあるから気にしなくていい。お前もあの日の事を公爵へ報告するつもりはないのだろう?」
「……まぁ、そうですね。貴方とアイリス様が現状どのような関係であるかを報告するつもりもありません。まだ死にたくありませんし、元よりアイリス様が望まれていることを邪魔するつもりもありませんから…」
「………」
私の言葉がよほど予想外だったのか…
分かりやすく片眉が上がっている。
「…ですが、今後はアイリス様に手を出さないで頂きたいというのが本音です。今日は初版本の件とこのお願いをするために来ました」
「……ほう?」
「これはもちろんアイリス様のためのお願いです。婚約者でもない男の子を身ごもりなどすれば…特別に目をかけていただいているアイリス様は、王家、公爵家はもちろん…社交界でも爪弾きにされてしまうでしょう。それは…生粋の貴族である伯爵の方がよくお分かりですよね?」
「………」
再来週デビュタントを迎えられるアイリス様が着られる予定のドレス…
今日試着される予定のそのドレスを用意したのは、シリウス・マクレーガンだと聞いた。
平民の出身かつ伯爵家の使用人でもあったアイリス様が…
公爵令嬢として社交界で恥ずかしい思いをすることがないように、と気を使って伯爵が用意してくれたはずだ。
ペルージャン公爵家がアイリス様のデビュタントに対してどの程度資金を準備してくれるかは分からない。
だから自身で出来うる限りの準備してくれたのだろう。
つまり、アイリス様が社交界から爪弾きにされることはこの男も望んでいないはず…
「…アイリス様に護衛騎士を付けるようペルージャン公爵に命じたのはオリヴィエ王妃です。自分を排除したところで、次は騎士団長クラスが出張って来るだけですよ?それでも…あなたは、御自身の欲望を優先されるおつもりですか?」
「………はぁ、分かったよ。正式に婚約するまでは、私からは手を出さないと約束しよう」
思った以上に簡単に約束して貰えて拍子抜けしてしまう。
やはりシリウス・マクレーガンは、本当にアイリス様を大切に想われているらしい。
「……いいえ、婚姻するまでは手を出さないでください」
「はぁ…残念だが、先日の件で私を脅せると思っているのならやめた方がいい」
「………」
「アイリスとの関係を公爵に知られて困るのはアイリスとお前だ。私は所詮他家のしがない伯爵だからね?多少王家とペルージャン公爵家から政治的な圧力をかけられる可能性もあるが…それでアイリス自身が手に入るのなら私としては願ってもないことだよ?」
「……はぁ…」
「まぁ、そうなればお前は確実に首を刎ねられるだろうがね?」
「───…くっ…分かってますよっ!」
ペルージャン公爵家は厳格だ。
先日の逢い引きも容赦なく報告した結果…
邸宅内の風紀を乱した責任を問われ同期のフランはクビになってしまった。
オリヴィエ王妃の厳命を遂行出来なかったとバレれば、私の首は文字通り吹き飛ばされた雪だるまのように転がってしまうだろう。
「ふむ…しかし、ちょうど良かった」
「……はい?」
「実は公爵邸に人を送りたかったのだが、なかなかガードが固くて困っていたんだ。ゾフィーが戻ったらアイリスの世話役として付けることも考えていたが…お前がアイリスや公爵家の様子を逐一報せてくれるのならあえて人を送る必要もなくなる」
「え?いや…それはさすがに…」
「別にペルージャン公爵と戦争をしているわけでもあるまいし。アイリスは私の元にいたいと望んでいるのだから、お前はその願いを叶えるための手伝いをしているだけだと考えればいい。お前は…アイリスに忠誠を誓った騎士なのだろう?」
なんか上手く言いくるめられているような気がしないでもないが…
「………ですが…」
「仮に…アイリスとのことを公爵に知られても、お前が処されることのないよう最善を尽くすことを約束しよう」
「───…はぁ…」
やっぱりそうなるよなぁ…
なんでこうなるかなぁ…
あの日…
この男の言う通り、地下牢から出ていればこんなことにはならなかっただろうか…?
いや、そんなもしもは考えたところで無意味だろう。
「まぁそう心配するな。お前が私と仲良くなったと知ればアイリスはきっと喜んでくれるさ」
「…今日私が来たことは秘密だってお伝えしましたよねっ?!」
「そうだったか?……あぁ、もちろん分かってくれているとは思うが…」
「………」
「どんな事情があろうと、アイリスに触れようものなら…ペルージャン公爵に処される前に、私が死にたくなるほどの苦しみを味わわせてやるから…それだけは忘れないように。まぁ、我が家の処理方法をお前が直接その目で確認したいというのなら、もちろん止めはしないがな…?」
「───」
「これからよろしく、リューク…」
にこやかに差し出された手をじっと見つめながらも、初めてのファーストネーム呼びに思わず鳥肌が立ってしまう。
あーもう本当に最悪だ…
大丈夫…
多分、きっと…大丈夫。なはず…
アイリス様も手伝ってくれても構わないと言っていたし、この男に報告することは断じてアイリス様への裏切りではない…はずっ!
「……くっ…よろしくお願いします…!」
差し出された手を握り返し、ガクッと項垂れてしまうのだった。
騎士団寮にある自室まで戻ると、ベッドに寝転がりながら盛大にため息を吐き出す。
昨夜からの情報量が多すぎてさすがに頭が痛くなってくる…
アイリス様の護衛騎士の任命に合わせて一人部屋に昇格していたので、この部屋は気を使わずに過ごせる唯一の場所だった。
「………」
アイリス様はペルージャン公爵夫人の部屋で過ごされた後、そのまま晩餐に行かれるらしく、本日の護衛任務は終了している。
とりあえず寝転がったはいいがまだ日は傾き始めたばかりだ。
この時間、夜勤以外の騎士はまだ訓練場にいるはず…
身体にだるさは残っているが、伯爵邸で仮眠も取ったので今は眠気もない。
幸い昨夜の外泊の件を公爵から問いただされることも無さそうだし…
未だ混乱する頭を落ち着かせるため、とりあえず訓練場へと向かうことにする。
少し迷ったが、アイリス様が気に入られている庭園を通って訓練場へ向かうことにした。
大きな邸宅をぐるっと迂回することになるので、公爵家の広大な敷地の端にある訓練場に行くルートとしては騎士団の寮からだと遠回りでしかなかったが…
急ぐものでもないので気ままに歩きながら昨夜のことを思い出すことにした。
「………」
昨夜、地下牢でマクレーガン伯爵がナイフを扱うのを初めて見たが…
王城の暗部に匹敵するほどのスキルがあるように思えた。
元々天性の才能があるのか…
あんなスキルを身につける必要のある特殊な生まれでもないあの男には無用な長物のように思えた。
だが、伯爵家当主といえど騎士ではないあの男は、私有地以外では原則帯剣出来ないことを思い出して納得してしまう。
薬物にしても、ナイフにしても…
使える武器が限られている伯爵が自ら考え努力して手に入れた力なのだろう。
『シリウス様は私の恋人である前に、私の命の恩人でもあります』
あの狂気的な姿すら、アイリス様への想いの深さが窺えるようだった。
訓練場に着いた頃には、辺りは真っ暗になっていた。
どうやら寄り道をしている間に、日勤の騎士は全員夕食に向かってしまったらしい。
無人の訓練場にどこか安堵を覚える。
どうやら今は誰かと話したい気分ではなかったらしい。
「───…ふッ!…ふッ!」
松明に照らされた訓練場で、無心で剣を振り続ける。
もし、シリウス・マクレーガンがあの地下牢で私にナイフを向けてきていたら…
私はあのナイフを…この剣で受け止めることが出来ただろうか?
手首のスナップだけで素早くナイフを振り抜くあの動きを思い出しながら剣を構える。
筋肉量を考えればナイフを捉えることさえ出来れば競り負けることはないだろうが…
あの狭い地下牢ではむしろ私のロングソードは不利だった。
勝ち筋が見当たらず思わず剣を下ろしてしまう。
圧倒的に対戦相手の情報が不足していた。
いや…
結局のところ、勝ち筋をイメージ出来ないのは私の経験不足が原因なのだろう。
騎士とは名ばかりで圧倒的に実戦経験が足りていない。
訓練として騎士仲間と剣を交えることはあっても、そこに命をかけるほどの真剣さを持てるはずもなく…
だからこそ、副団長職をほのめかしつつも団長からは具体的な話がこないのだろう。
ディアーナ修道院にアイリス様と二人で出かけた二週間後だったか…
あの男の誕生日を祝いたいからと出かけられたアイリス様に付き従って伯爵邸に訪れた際、不覚にもあの男に背を向けた瞬間手刀で落とされてしまった?
気がついた時には全身を縄でグルグル巻きにされていた上、伯爵の寝室の床に転がされていた。
警戒を怠っていたとはいえ、あの距離を一瞬で詰めるあの男の身体能力の高さは理解しているつもりだったが…
「…はぁ………はははっ…」
命の恩人…?あんな男が?
人を笑って殺しそうなあの男が恩人だと…?
馬鹿げてる…まだ十七歳だぞ?
士官学校すらまともに卒業していない若造が、一体どんな修羅場をくぐり抜ければあの境地に到達出来るというんだ…!
そもそも、あの人を見下すような余裕顔が腹立つ!
おそらく私がアイリス様ではなく、あの男に相談しに行った時も心の中では私を鼻で笑っていたはずだ…!!
「───だぁッ!くそッ!!………はぁ…」
…認めるしかない。
アイリス様に忠誠を誓っておきながら…
醜い嫉妬にかられていた。
ソドムがアイリス様の実父かもしれないと知った時…
アイリス様ではなく、シリウス・マクレーガンに持って行こうと考えたのも、あいつがどのように対応するのか気になったからだ。
アイリス様が心底惚れているあのシリウス・マクレーガンが…
自分のように戸惑う姿を見れるかもしれないと期待した。
何より…
アイリス様に直接報告すれば、アイリス様は迷うことなくソドムに会うことを決断されたはずだ。
元々家族に対する憧れが強い方だった。
ペルージャン公爵家の方々に気に入られようと、興味のない話ですら笑って楽しそうに話を聞かれる姿を何度も見てきたのだから…
そんなアイリス様が、血縁者であるソドムを切り捨てられるはずがない…
そしてペルージャン公爵家を離れ、実父であるソドムと共に生きることを望まれるかもしれない…
そう考えて躊躇ってしまった。
それがどうだ?
騎士の誓いを捧げようと…
四六時中傍に付き従おうと…
アイリス様のことを何も分かっていなかった。
『……もう、相変わらず言うことが過激なのよね…ふふっ』
アイリス様の普段の言動から考えれば、シリウス・マクレーガンのような二面性のある性格は忌避されるものだと思っていた…
あの場面で笑って受け入れてしまうアイリス様は、御自身の異様さに気づいていらっしゃるのだろうか?
普段は優しいシリウス・マクレーガンに無邪気に甘えるくせに、あの男が必死になって隠している裏の顔すら受け入れている。
…だからこそ、あの男もアイリス様を手放せないのだろう。
分かっていたはずだ。
あの二人は特別な関係だと…
単なる恋愛感情以上の絆とも呼べる想いを、お互いが一切の迷いなく相手へと向け続けている。
認めるしかないだろう。
他の誰でもなく…アイリス様がそれを望んでいるのだから。
「………はぁ、嫌だなぁ…どうにかあいつの鼻を明かしたい…」
「───…」
「……はぁ…」
集中していたからか、思いのほか時間が経っていたらしい。
空を見上げると月がだいぶ高くなっていた。
…満月か。道理で明るいと思った。
「まったく…こんな時間に訓練場の近くで一体誰がサボってるんだ?」
仕方なく剣を肩にかけて、声が聞こえた方へ歩き出す。
夜勤の騎士がサボっているのかと思い遠慮なく足を進めていると、訓練場の奥…木々の影から女の声が微かに聞こえて来た。
まさかと思いつつ確認すると、やっぱり木の裏から伸びる女の素足が見えた。
「……────!!」
女の方も木にしがみつきながらも、嬌声を抑えているので恐らく同意の上なのだろう。
とはいえ、ペルージャン公爵邸の庭でふざけた真似を…
相手の男はどこの所属だ?
ひょこっと身体を乗り出して奥にいるはずの男を確認すると、楽しそうなフランと目が合ってしまう。
しかもこちらに気づいた後も慌てたり悪びれる素振りもなく、口元に人差し指を当ててやがる。
「………はぁ……どいつもこいつも…」
仕方なく問い詰めるのは諦めて訓練場へ戻る。
紺色のメイド服が見えたので、おそらく公爵邸のメイドの一人なのだろう。
フランの恋人なのか、単なる火遊びなのかは知らないが…
まぁ、この時間ならばアイリス様が部屋から出られることはまず無いしな…と考えて今朝のアイリス様の顔を思い出してしまう。
「………」
ソファーに気だるそうに寄りかかり、潤んだ瞳に蒸気した顔で見上げていたアイリス様…
「……くっ───!!」
木の裏でよがっていた顔も知らない女の姿とアイリス様が重なり、地面を殴りながら全力で昨夜の行動を後悔する。
あ~くそッ!!
あんなん絶ッ対喰われてるだろ?!
なんでアイリス様も当たり前のようにあの男へ抱きつくかなぁあああッ!!
お淑やかなイメージしかなかったアイリス様の意外な一面につい赤面してしまう。
《外泊の件ですか?マクレーガン伯爵に言われて報せを出したんですけど…いやぁ、自分はマクレーガン伯爵の罠に見事に引っかかって地下牢で眠らされてたんで、アイリス様がどの部屋でどのように過ごされたのかは全然状況が分からないんですよね。伯爵とは別室できちんと眠られた可能性もありますし、まぁ仮に同室だったとしてもワンチャン鋼の自制心で伯爵が手を出していない可能性もあるかもしれませんし?いやいや、冗談ですよ?あのアイリス様が婚約者でもない男と同衾されるなんて有り得ませんよ》
…なんてふざけたような報告を閣下に出来るわけがないだろうがッ!!
シリウス・マクレーガンめ…!
ふざけやがって…俺を殺すつもりかッ?!
アイリス様もアイリス様だッ!!
俺が見ている前で平然とシリウス・マクレーガンに抱きつくなよッ!!
どう考えても振り幅広すぎだろうが…!!
普段は世間知らずのお嬢様みたいに可愛いらしいのに、たまに怖いこと平然と言うし、何よりあんな顔で…まさか…あんな風に…?!
怒りのあまりずっと使わないようにしていた昔の一人称まで出てきてしまっている。
更には不埒な想像が頭から離れなくなり、八つ当たりのように訓練用の人形を滅多打ちにしてしまう。
「───…だぁあああ!!フラァーン!!絶対あとでぶっ飛ばしてやるからなぁあああッ!!」
「「───!!」」
血管が切れそうになって堪らず叫んでしまう。
怒声はどうやら逢い引き中のあの二人にも届いたらしく…
パタパタと女が走り去る足音を聞きながら俺は持っていた剣を地面に突き刺す。
「おい~リューク!なんであんなこと言っちゃうかな~?俺らちゃんと合意だったんだぞ?」
「くそが、黙れ……アイリス様がいらっしゃる公爵邸の庭で不埒なことを…するなぁあッ───!」
不満気にてれっと歩いてくるフランに振り向きながら、握りしめた右手の拳を突き出すと…
ノーガードだったフランの左頬に見事に決まる。
あのヘラヘラ顔に一発KOをお見舞い出来たおかげで、ようやくイライラが落ち着いてきた。
アイリス様へのいつかの暴言もこれでチャラにしてやる…
「……邸宅内の風紀を乱した事は、俺から騎士団長に報告しておくからなッ!」
伸びているフランに吐き捨てる。
叫びまくったおかげで少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、意を決して…
休暇を取るべくその足で団長の部屋へと向かうのだった。
*
三日後。
「───…随分と早かったな?」
「あ、前触れもなくすみません…」
あの後、取得した休暇日に改めてマクレーガン伯爵邸を訪ねていた。
今日はアイリス様が再来週開かれる舞踏会の準備でドレスの試着をする予定らしく、一日外出しないことになっていたので護衛任務のお休みを貰うことが出来た。
案内してくれた執事長が下がったことを確認して、シリウス・マクレーガンがソファーに座るよう視線を投げてくれる。
「まぁ、別に構わないが…アイリスはここに来ることを知っているのか?」
「いいえ…お伝えしていません」
「ほう…?アイリスに秘密か。到底専属騎士とは呼べない軽薄さだな…」
今日も随分と攻撃的だな。
アイリス様に忠誠を誓っているとはいえ…
他家の騎士を警戒することなく招き入れ、挙句平然と二人きりになれるとは…
豪胆なのか、単に私を見下しているだけなのか。
「はぁ…一人で来いと呼び出したのは伯爵ではありませんか…」
先日、伯爵邸で客室を借りた時に食事を持って来てくれた執事長から一通の手紙を手渡されていた。
内容は、伯爵邸に一人で改めて来て欲しいというものだった。
どうするべきか少し悩んだものの、結局私は改めて伯爵邸を訪ねることにした。
「まぁいい、お前にソドムのことを聞きたかったんだ。伯爵邸に来るまでの間にも何か他に聞いたことがないかと思ってな」
「…その前に一つ、実はお伝えしなければならないことが…ソドムのことをアイリス様に報告しました」
目に見えてシリウス・マクレーガンが顔を顰める。
「…まぁ、お前がアイリスに聞かれて黙っていられるとは思っていなかったが…それでアイリスなんて?」
「はい、アイリス様は…ソドムを処した件は不問に伏すと仰ってくださいました。リーシャ様の心情やモートン王家の血筋であることを知っている点も含め、どの道ソドムは生かしてはおけなかったから…と」
「ふ~ん…」
「驚かれないのですか…?」
「まぁ、お前を詰ったところでソドムが生き返るわけでもないし…アイリスが納得するためにそう言ったとしても不思議ではないかな?」
「………」
……ん?
そういう意味であのように仰った…のか?
ならあのように笑われたのも何か意味があるのだろうか?
まぁアイリス様をよく知るこの男がそう言うのなら、アイリス様の真意としてはそうなのだろう…恐らく。
…が、何故か齟齬があるような気がしてならない。
「他には?」
「あ、はい。アイリス様が[黒騎士の誓い]の初版本をお望みのようでして…代わりに探していただけると助かるのですが…」
「アイリスの騎士を名乗る割に随分と気弱だな?その様子でアイリスの身に危険が迫った時にきちんと対処出来るのか心配になるのだが…?」
「はぁ……正直、アイリス様のお心を測りかねています」
「………アイリスの心なんてずっと傍にいる僕ですら読めないのに、二ヶ月傍にいただけのお前なんかに分かってたまるか…」
「……ははっ」
想定よりずっと子どもじみた言葉が返ってきたことに驚く。
だが、この男の心底嫌そうな顔を見れて…どこか溜飲が下がるようだった。
力なく笑っていると、値踏みするような視線を向けられていることに気づく。
テーブルを指で弾きながら思案するように目を細めている。
「ふむ……初版本に関しては私も探すつもりだったから、手に入ったらアイリスにも見せるようにしよう。確かに、ペルージャン公爵家のお抱え騎士が、ロマンス小説の初版本を探している…という妙な噂が立っても困るしな」
「ありがとうございます。あの…ちなみに、ソドムの遺体は?」
「あれはこちらで処理してあるから気にしなくていい。お前もあの日の事を公爵へ報告するつもりはないのだろう?」
「……まぁ、そうですね。貴方とアイリス様が現状どのような関係であるかを報告するつもりもありません。まだ死にたくありませんし、元よりアイリス様が望まれていることを邪魔するつもりもありませんから…」
「………」
私の言葉がよほど予想外だったのか…
分かりやすく片眉が上がっている。
「…ですが、今後はアイリス様に手を出さないで頂きたいというのが本音です。今日は初版本の件とこのお願いをするために来ました」
「……ほう?」
「これはもちろんアイリス様のためのお願いです。婚約者でもない男の子を身ごもりなどすれば…特別に目をかけていただいているアイリス様は、王家、公爵家はもちろん…社交界でも爪弾きにされてしまうでしょう。それは…生粋の貴族である伯爵の方がよくお分かりですよね?」
「………」
再来週デビュタントを迎えられるアイリス様が着られる予定のドレス…
今日試着される予定のそのドレスを用意したのは、シリウス・マクレーガンだと聞いた。
平民の出身かつ伯爵家の使用人でもあったアイリス様が…
公爵令嬢として社交界で恥ずかしい思いをすることがないように、と気を使って伯爵が用意してくれたはずだ。
ペルージャン公爵家がアイリス様のデビュタントに対してどの程度資金を準備してくれるかは分からない。
だから自身で出来うる限りの準備してくれたのだろう。
つまり、アイリス様が社交界から爪弾きにされることはこの男も望んでいないはず…
「…アイリス様に護衛騎士を付けるようペルージャン公爵に命じたのはオリヴィエ王妃です。自分を排除したところで、次は騎士団長クラスが出張って来るだけですよ?それでも…あなたは、御自身の欲望を優先されるおつもりですか?」
「………はぁ、分かったよ。正式に婚約するまでは、私からは手を出さないと約束しよう」
思った以上に簡単に約束して貰えて拍子抜けしてしまう。
やはりシリウス・マクレーガンは、本当にアイリス様を大切に想われているらしい。
「……いいえ、婚姻するまでは手を出さないでください」
「はぁ…残念だが、先日の件で私を脅せると思っているのならやめた方がいい」
「………」
「アイリスとの関係を公爵に知られて困るのはアイリスとお前だ。私は所詮他家のしがない伯爵だからね?多少王家とペルージャン公爵家から政治的な圧力をかけられる可能性もあるが…それでアイリス自身が手に入るのなら私としては願ってもないことだよ?」
「……はぁ…」
「まぁ、そうなればお前は確実に首を刎ねられるだろうがね?」
「───…くっ…分かってますよっ!」
ペルージャン公爵家は厳格だ。
先日の逢い引きも容赦なく報告した結果…
邸宅内の風紀を乱した責任を問われ同期のフランはクビになってしまった。
オリヴィエ王妃の厳命を遂行出来なかったとバレれば、私の首は文字通り吹き飛ばされた雪だるまのように転がってしまうだろう。
「ふむ…しかし、ちょうど良かった」
「……はい?」
「実は公爵邸に人を送りたかったのだが、なかなかガードが固くて困っていたんだ。ゾフィーが戻ったらアイリスの世話役として付けることも考えていたが…お前がアイリスや公爵家の様子を逐一報せてくれるのならあえて人を送る必要もなくなる」
「え?いや…それはさすがに…」
「別にペルージャン公爵と戦争をしているわけでもあるまいし。アイリスは私の元にいたいと望んでいるのだから、お前はその願いを叶えるための手伝いをしているだけだと考えればいい。お前は…アイリスに忠誠を誓った騎士なのだろう?」
なんか上手く言いくるめられているような気がしないでもないが…
「………ですが…」
「仮に…アイリスとのことを公爵に知られても、お前が処されることのないよう最善を尽くすことを約束しよう」
「───…はぁ…」
やっぱりそうなるよなぁ…
なんでこうなるかなぁ…
あの日…
この男の言う通り、地下牢から出ていればこんなことにはならなかっただろうか…?
いや、そんなもしもは考えたところで無意味だろう。
「まぁそう心配するな。お前が私と仲良くなったと知ればアイリスはきっと喜んでくれるさ」
「…今日私が来たことは秘密だってお伝えしましたよねっ?!」
「そうだったか?……あぁ、もちろん分かってくれているとは思うが…」
「………」
「どんな事情があろうと、アイリスに触れようものなら…ペルージャン公爵に処される前に、私が死にたくなるほどの苦しみを味わわせてやるから…それだけは忘れないように。まぁ、我が家の処理方法をお前が直接その目で確認したいというのなら、もちろん止めはしないがな…?」
「───」
「これからよろしく、リューク…」
にこやかに差し出された手をじっと見つめながらも、初めてのファーストネーム呼びに思わず鳥肌が立ってしまう。
あーもう本当に最悪だ…
大丈夫…
多分、きっと…大丈夫。なはず…
アイリス様も手伝ってくれても構わないと言っていたし、この男に報告することは断じてアイリス様への裏切りではない…はずっ!
「……くっ…よろしくお願いします…!」
差し出された手を握り返し、ガクッと項垂れてしまうのだった。
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