【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第三章〜Another end〜

シリウス様以外に嫁ぐつもりはありません…

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着替えた後、急いでリラニアと共にペルージャン公爵の応接室へ向かうと…
ドアを開けてくれたリュークは何故か顔を腫らしていた。
その向こうでは、目を瞑って考え込んでいる様子のシリウスと並んで一人だけ笑顔で迎えてくれているレグルス、上座には怒り心頭といった様子のペルージャン公爵が座っていた。

「リューク…?」
「この顔はお気になさらず…アイリス様と奥様はこちらの席へどうぞお座りください」

顔が腫れている理由を聞き出したかったが…
リュークに促されシリウスの対面にある長椅子にお養母かあ様と並んで座る。

「……はぁ…アイリスや…」
「はい、お養父とう様」
「先程…シャダーリン王家を通して正式に、アストラス神聖国のトライオス教皇からアイリスへの求婚書が届いた」

いつになく浮かない表情のペルージャン公爵は、テーブルの上に広げてあった羊皮紙をそっと私の方へ押し出してくる。

「………」

外まで迎えに来てくれた様子から、ペルージャン公爵はトライオスの求婚に対して憤ってくれているものだと思っていた。

「現状、婚約者のいない君は…この求婚書を断るに足る正当な理由がない。その上で、君はどうしたい?身分や国家間の関係は抜きに君の本心を聞かせてほしい」

シリウスとのことは、今までもペルージャン公爵に話してきた。
私がシリウスをどれほど想っているか…
口ではなんだかんだ反対しつつも、私を閉じ込めたりしなかったペルージャン公爵も分かっているはず。

私が離れていたこの短時間に一体何があったのか…
こちらを見る気配もないシリウスに嫌な予感を覚える。

「…私の気持ちはお養父とう様もお分かりでしょう?私は…アストラスに行きたくありません…!」

ソファーから立ち上がるとペルージャン公爵の足に縋り付く。
こんなことで求婚書を断ってもらえるのであればいくらでも膝をつくつもりだった。

「アイリス…───!」
「膝をつくのは止めなさい…もちろん、君の気持ちは分かっているつもりだ。私も君を他国に出すのは反対なのだから…」
「……お養父とう様…」

肩に手を添えてくれるリラニアに従い仕方なく立ち上がる。

私の気持ちは分かっているつもり…
ペルージャン公爵はそう言いつつも、はっきり「断る」とは言わなかった。

ペルージャン公爵は家長らしく決断力があり、そして一度決めたことは覆さない性分だ。
ペルージャン公爵がリラニアを嫁にすると決めたからこそ、リラニアは絆されたと言っていいだろう。
護衛騎士を付けると言われた時も、私が騎士など不要だといくら説得してもペルージャン公爵は決して譲らなかった。

そんな公爵がトライオスの求婚を断る前提で話をしていない…?
王族と同等の教皇からの求婚は断れないという貴族的な考えがあるからなのか、元よりペルージャン公爵はこの求婚に前向きだったのだろうか…?

確かに隣国アストラス神聖国内とはいえ、トライオスは最高権力者といえる教皇となった。
それでも…
ペルージャン公爵は相手の力そんなことを意に介さない人だと思っていた。

てっきり、シリウスを私の婚約者として認めてもらった上で、トライオスからの求婚を断る計画をペルージャン公爵と立てているものだと思っていたのに…
鈍痛を覚える頭を手で押さえながら、対面に座るシリウスをちらりと盗み見る。

「そこで…君に見せたいものがあるのだが…」

ペルージャン公爵と私のやり取りを聞いても、目を瞑ったまま何も言わないシリウスに不安が募っていく。

ペルージャン公爵の言葉にリュークが一枚の羊皮紙を私の前に置いてくれる。
トライオスの求婚書の隣に並んで、テーブルの上にはもう一枚求婚書が置かれていた。
やはりシリウスからの求婚書が届いていたのかと喜んで手に取ってみるが…

「………キーファ・バロルード…?」
「これは昨日付で届いていた求婚書だ。バロルード公爵家の次男でキーファという青年なのだが…会ったことがあるのだろう?どうやら立太子式典のパーティーで君のことを気に入ったらしい」
「え…?」

てっきりトライオスへ情報を流したのがキーファ公子なのだと思っていた。
だが、湖での言葉がこの求婚書のことを指していたのなら、キーファ公子とトライオスは繋がっていなかったことになる。
同時に、ペルージャン公爵の態度が変化した理由も分かった。

「…次男とはいえ公爵家からの求婚書だ。トライオス教皇からの求婚書が届く前日なのだからまだ返答が届いていなかったことにも正当な理由が付けられる。これに私が応じれば…君には婚約者がいた事に出来るのだ」
「………つまり…お養父とう様は、私にキーファ公子へ嫁げとおっしゃっているのですか?私はシリ…」
「もちろんアイリスに命令をするつもりはないが…これが唯一、トライオス教皇からの求婚書を断るに足る…正当な理由になるのだ。アイリスもアストラスには行きたくないと言っていたではないか…あの国の教皇がどれほど異常かは君も知っているのだろう?」
「……ですから、それは…」

ちらりとシリウスへ視線を移して見たものの、相変わらずシリウスは目を瞑ったまま私を見てくれそうにない。
ここでシリウスがなんの反応も示さないということは、今は名乗りを上げるには時期が悪いという考えなのだろうか?
シリウスの性格上、 そんなことはないと信じたい気持ちもあるが…
私が不在だった間、シリウスがまったく話に関与しなかったためにここまで部外者のような扱いになっているのだろうか…?

そもそも、アストラス神聖国からの求婚書が届く以前に私に婚約者がいた事にするには…その前日までに教会が発行した求婚書がペルージャン公爵家に届いていないといけない。

現状、シリウスからの求婚書はなく、トライオスからの求婚を断りたいのであれば、一時的にでもキーファ公子を婚約者に据える必要があるとペルージャン公爵は言いたいのだろう。

だが、貴族の婚約は紙切れ一枚と言えるほど簡単なものではない。
教会が発行し王家の承認も受けた婚約を、正当な理由もなく一方的な破棄は出来ない。
元より、こちらが一時的な婚約関係をお願いしていたわけでもないのだ。
キーファ公子自身が自発的に私へ求婚書を送ってきたというのなら、なおさら婚約解消は難しくなるだろう。

とはいえ、ここでキーファ公子の求婚を断れば、私はアストラス神聖国へ行くしかなくなるわけで…

「っ………すみません、少し考えさせてください…」
「「………」」
「…すまないが、あまり時間は無い。使節団への返答が遅いとお前に婚約者がいたという理由にも信ぴょう性が薄れてしまうからな…」
「───…」

レグルスの言葉に逃げ場を失ってしまう。
何より、一言も喋らないシリウスの考えが分からなかった。

今さらシリウスからの求婚書がないことを嘆いたところで無意味だ。
シリウスを責めるような言葉も言いたくはないし…ここは一旦、この状況を切り抜けることを優先するべきなのだろうか?
たしかにシリウスと逃げるという選択をするにしても、アストラスやシャダーリン王家から逃げるよりは、国内の一貴族から逃げる方がずっと現実的な気がする。
でも…

「………」

シリウスが望むから…という考えでいては、ここでペルージャン公爵を説得する事など出来ないだろう。

私がどうしたいか…
シリウスと生きるためにはどうすればいいか…
今はどんな悪あがきでもとりあえずやってみるしかない。

私は覚悟を決めると、視線を上げてまっすぐペルージャン公爵を見つめ返す。

「私は…シリウス様以外に嫁ぐつもりはありません…」
「「───」」
「お養父とう様、お養母かあ様、お義兄様…ごめんなさい。わがままを言っているのは分かっています。でも、シリウス様以外に嫁げとおっしゃるのでしたら…私はペルージャン公爵家にご迷惑をおかけしないようアストラス教皇の求婚を受け入れるしかありません。その上で、アストラスの国境を越えた瞬間…」
「「………」」
「…私は、自害致します」

にっこり微笑みながら告げる。

「───…そんなのダメよっ!!」
「冗談が過ぎるぞっ!」
「なんて馬鹿なことを!!」

三方向から一斉に止められてしまう。

だが、どう考えてもキーファ公子は選択肢にはなりえない。
キーファ公子との婚約を盾に今回の求婚を凌いだところで、キーファ公子との婚約解消を知られれば、シリウスとの婚姻にすら邪魔が入る可能性もある。
私が添い遂げたいと思うのはシリウスだけだ。

仮にそのせいでトライオスの求婚を断れなかったとしても…
アストラスの国境を越えた瞬間、私は躊躇うことなく自害出来るだろう。

虚勢でもなんでもなくこれは私の本心だった。
元より馬車を降りると決めた時には覚悟していたのだから…
本来ならば、ペルージャン公爵家に責が及ばないよう黙って死ぬつもりだった。
だが、今はここにいる人達を脅してでもこの状況をひっくり返さなければならない。

アストラスの教皇は白髪の女性であれば誰でもいいという価値観を持つ人達だ。
そんな人の元へ嫁いだ女性が真っ当な扱いをされるとは思えないし、シリウスの傍で生きていけないのであれば、そんな無意味な生にしがみつく必要もない。

どうせなかった命だ…
目標だった復讐もシリウスのおかげで果たすことが出来た。
もちろん、共に生きるという約束をしたばかりでシリウスを置いて逝くのは心残りではあるものの…
たとえ私が傍に居られなくても、シリウスには今度こそ幸せになって欲しい。

「アストラス教皇に嫁いで傀儡として生きるくらいなら私は喜んで死を選びます。私が一人死ぬことで全てが穏便に片付くのならそれでも構いません。アストラスに入国した後の自害ならば、責任逃れのためにも私の死は事故として処理してくれるはずです…」
「「───」」
「もう少しお養父とう様とお養母かあ様のお側でこれまでの御恩返しをしたいと考えてはおりましたが…まさか、私の甘えた考えのせいで、こんな風に御迷惑をおかけすることになるだなんて…本当に、申し訳ございませんでした…」
「アイリス…!」

リラニアの悲痛な声を聞きながら深々と頭を下げる。

あまりにも居心地が良くて…
もう少しだけ、この人達の家族でいたいと思っていたのも事実だ。
ペルージャン公爵家という後ろ盾に私が勝手に期待してしまったが…
養女といっても所詮は赤の他人。
トラブルを招きかねない私を、ペルージャン公爵が切り捨てるのは当然だ。

この胸の痛みは、ほんの少しだけ彼らの対応に寂しいと思ってしまったからで…

「───…分かった!私が悪かった!!」
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