【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

文字の大きさ
上 下
122 / 168
第三章〜Another end〜

ダンスパートナーにしていただけますか?

しおりを挟む
「アイリス!良く来てくれたわ!」
「オリヴィエ王妃殿下!なかなか御挨拶にもお伺い出来ず…申し訳ありません」

今日はコンラッド王子の立太子式があった。
本来であれば、二十歳の結婚式と合わせて立太子される予定だったのだが…諸々トラブルが続いていた為、結局王太子妃不在での立太子式となってしまった。

式典には諸外国の貴賓や各貴族家から当主夫妻と嫡男のみが招かれており、夜からは子女も含めて盛大な祝宴が開かれている。
また、オリヴィエ王妃の計らいで今日が私の社交界デビューの場とされていた。

久しぶりに見る煌びやかな世界…

多種多色のドレスに彩られたホール。
美味しいドリンクと食べきれないほどの軽食が振る舞われ、上っ面の笑顔と腹の探り合いが飛び交う賑やかな社交界。

…ここに戻ってきてしまったのだとようやく実感する。

ちなみに今日がデビュタントの私をエスコートしてくれたのは、義兄でもあるレグルス・ペルージャンだった。
レグルスは公爵と同じく白金髪を刈り上げた短髪で、武家の家門らしく幼少から鍛えていたのか全体的に筋肉質で大柄な体格の人だ。
公爵家の嫡男としては珍しく、今年二十七歳になろうというのに婚約者どころか恋人の一人もいない。

かなり前のことだが…
当時の婚約者が不慮の事故で亡くなられてから、しばらくは婚約はしないと本人が公言していたらしい。

そうでなくても、コンラッド王太子の婚約者すら決まらない現状ではなかなか縁談を持ちかけづらい事情も多少は関係あるのだろうが…
母親であるリラニアが放任しているようなので、部外者の私がとやかく言うことではないだろう。

ちなみにペルージャン公爵夫妻は挨拶回りに行ってしまい、ここにはいない。
レグルスもシリウスと合流した後は私を任せて友人のところへ挨拶に行くつもりらしい。

「ふふっ、あなたの様子はお兄様やお義姉様から聞いていたから心配しなくて大丈夫よ。それより、そのドレスはどうしたの?コンラッドあの子が私に黙って贈るとも思えないし…お義姉様が用意したの?すごくあなたに似合っているわ」
「ありがとうございます!実はシリウス様が贈ってくださったのです♪私の社交界デビューだからと、凄く気を使って下さって…」

オリヴィエ王妃に褒められた嬉しさからくるりと回って見せる。

私は白を基調として肩から裾に向けて青のグラデーションが広がっているエンパイアドレスを身につけていた。
袖口から裾まで美しい刺繍で編まれたレース生地で覆われ、華やかさと上品な大人っぽさが気に入っている。
細部にまで拘ってくれているところを見るに、恐らくシリウスがデザインしてくれたのだろう。

「………そう…シリウスはセンスも良いようね…」
「はい!青は私の一番好きな色なんです!」

さすがに年甲斐もなくはしゃぎ過ぎただろうか?
わずかに険しくなったオリヴィエ王妃の表情には気づいたものの、やってしまったものは仕方ないと諦めてシリウスの株が少しでも上がるようセンスの良さを代わりに自慢しておく。

歌劇を見に行った際にデビュタントのドレスは準備しておくから、と聞いてはいたのだが…
最終調整として先日公爵家に届いたドレスを初めて見た時は、リラニアと可愛い!素敵だ!と二人で大絶賛したものだ。
更にすごいのはヒールから髪留めまで装飾品も全て特注して揃えられていたことだ。
装飾品のサイズや配色にもケチの付けようがない、とリラニアが太鼓判を押していたので問題はないだろう。

ただ、公爵家を取り仕切っているリラニアが驚く程なので、どれほど高級なドレスなのかと内心慌てていたのだが…
このドレスの予算はセドリックが以前、私へのプレゼントにと散財して買った装飾品を全て売り払って準備したものらしい。
余計な気を使わないように…と書かれたカードと白いアイリスの花束が添えられていた。

シリウス曰く今日のエスコートの権利も兼ねての贈り物だったらしいが…
悲しいことに公爵様の許可が降りなかったので、シリウスとは会場での待ち合わせとなってしまっていた。

「そうよね…アイリスは青が好きなのよね…」
「元気そうだな、アイリス」
「──コンラッド王太子殿下?!」

コンラッドへお祝いを伝えようと長蛇の列が出来上がっていたはずだが…
ちらりとコンラッドの後ろを覗き見すると、祝辞の列は変わらず増え続けていた。
どうやら、オリヴィエ王妃の計らいでわざわざ挨拶を中断してこちらへ来てくれたらしい。

王家の象徴であるグリフィンという大鷲のような幻獣が金糸で刺繍された赤色のマントを羽織っている。
王太子の証でもあるマントだが、コンラッドの綺麗な白金髪が際立っているところからもよく似合っていると思う。

「ご挨拶が遅くなりました…立太子の儀を無事お迎えになられましたことを心よりお祝い申し上げます。本日はこのようなお祝いの席に我が家の末妹をご招待くださりありがとうございます」

社交界に不慣れだと思われている私の代わりにレグルスお義兄様が祝辞を述べてくれる。
せっかくなので私はレグルスに倣う形でお辞儀だけで済ませる。

「あぁ…レグルスは式典にも来てくれていたな。アイリスも来てくれてありがとう。まぁ…俺からすればようやくかって感じだがな」

せっかくのお祝いのパーティーだというのに…
本日の主役であるコンラッドは随分と疲れているように見えた。

髪を切る暇もないほど忙しいのか、私が王城にいた頃よりさらに伸びた後ろ髪を簡単に結んでいる。
だが、オリヴィエ王妃に似た優しい風貌のおかげか髪を結んだコンラッドはより中性的に見えた。

「アイリスもようやく社交界デビューだな。青色のドレスが良く似合っている……なんだか、不愉快だな?」
「「え?」」
「いや、なんでもない…気にするな…」

首を傾げたままコンラッド王太子は祝辞の列の方へ戻ってしまう。

「ふふっ…ねぇアイリス?実は…今日のファーストダンスのことなのだけれど…」
「………」

コンラッド王太子を見送った後、オリヴィエ王妃が意味ありげに声をかけてくる。
口元を扇子で隠して向けられる笑顔だけでも嫌な予感しかしない。

ここは無難にここまでエスコートしてくれたレグルスを選ぶべきだろうか…?

「…はいっ!とても楽しみです!どなたか素敵な男性からお声がけいただけると私としても嬉しいのですが…」
「そ、そうよね!男性から誘うべきよね?!」
「お恥ずかしいですが…やはり人生最初のファーストダンスですから余計に憧れてしまいますね」
「そうね!分かるわ!…アイリスは、レグルスと少しだけここで待っていなさい。絶対に動いてはダメよ?!」

──…ラッド?!コンラッドはどこなのっ?!

まさかオリヴィエ王妃自らコンラッド王太子を探しに行かれるとは…
目を瞬かせながらオリヴィエ王妃の後ろ姿を見つめていると、

「…安心しろ、ダンスが始まるまでに誰からも声がかからなければ…私が踊ってやるから」

レグルスが頭をぽんっと優しく撫でてくれる。

「……レグルスお義兄様…」

…本音を言わせてもらえるならば、時間をかけて綺麗に結い上げてもらった髪には触らないで欲しかった。
まぁ、それでもレグルスの気遣いは嬉しいものではあったが。

縁もゆかりも無い私を養女にしてくれたペルージャン公爵家だが、思いのほか私達家族の関係は良好だった。
レグルスも公爵様も大柄なので小柄な私を見る度可愛いと褒めてくれる上、有難いことにリラニアとは年の離れた友達のような感覚で付き合えている。

「……ふふっ、ありがとうございます」

そうは言っても…
久しぶりに正装しているレグルスを見た令嬢方が、目の色を変えてじりじりと近づいて来ているのだが、本人は気づいているのだろうか?

「「──…まぁ!」」
「「───…あの方が?」」

突如上がった大きなざわめきに視線を向けると白の礼服を着た金髪の男性が見えた。
女性達より頭が一つ飛び出しているので遠目にもシリウスだと分かってしまう。

今日の式典にもマクレーガン伯爵家代表として参席していたはずなのだが今まで一体どこにいたのか…
若い令嬢方はようやく社交界に顔を出したマクレーガン伯爵に、ここぞとばかりに黄色い声を上げている。

社交界デビューしたばかりのご令嬢は十五歳前後とシリウスの年齢から見てもいい感じの年の差である。
私に気づいていないのかは分からないが…
珍しいことにシリウスは笑顔で彼女達の対応していた。

「………」

まさか…今更若い子の方がいいなんて考えてるわけじゃないでしょうね?

十九歳を過ぎてからの社交界デビューとなってしまった私と違って、随分と人気な様子のシリウスを見て思わず目が座ってしまう。

シリウスは私の市場価値ばかりを気にしていたが、それはシリウスにも言えることだった。
由緒ある伯爵家の見目麗しい若き当主…
更には、かつての社交界でほとんどの貴族令嬢がパートナーを夢見ていたあのセドリック・マクレーガンの息子ともなれば、未婚の令嬢らが浮き足立つのも当然だろう。

シリウスが私とのことをどこまで本気で心配しているのかは分からないが、恐らく私の方が不安に思っているはずだ。
所詮私は名ばかりの貴族で、平民孤児あがりの…元使用人なのだから。

「レディー」
「…はい、何でしょうか?」

突然真横から声をかけられて愛想笑いを浮かべて振り向くと、初めて見る男の人が立っていた。
アッシュグレーの柔らかい髪を肩口まで伸ばし、優しげな山吹色の瞳が印象的な男性だった。

「お初にお目にかかります。バロルード公爵家のキーファと申します。どうぞキーファとお呼びください」
「……ペルージャン公爵家のアイリスと申します」
「キーファか、すっかり大人の青年になって…いつ帰って来たんだ?」
「レグルス小公爵、お久しぶりです。まぁ自分も二十一歳なので…帰国したのは一ヶ月程前でしょうか?一年と少し離れていただけですが、随分とシャダーリンの社交界も賑やかになりましたね」

キーファの視線はシリウスの方を見ているようだった。

「…レグルスお義兄様、キーファ公子とはお知り合いなのですか?」
「あぁ、士官学校の時にな。私が四年の時に一年で入って来たのがキーファなんだ。士官学校では最上級生が半年程一年生を監督する風習があるのだが…」
「監督していただいたのが私なんですよ、ペルージャン公女」
「……そうだったのですね」

ペルージャン公女をやけに強調された気もするが…まぁ気のせいだろう。
仲良くする気もない人に名前や愛称を許可する必要はない。

「「………」」
「…アイリス?」
「まぁ、コンラッド王太子殿下!」

会話を強制終了させたタイミングで現れてくれたコンラッド王太子に、ここぞとばかりに向き直る。
さっき挨拶は済ませているが知ったこっちゃない。

「……もうすぐダンスの時間になるが、デビュタントの君がこんな所にいていいのか?」

恐らくシリウスのことを言っているのだろう。
コンラッド王太子の横から盗み見ると相変わらず囲まれていた。
まるでかつてのお母様のような人気っぷりだ。

「………あいにく私はダンスのお誘いを頂けていませんので、コンラッド王太子のファーストダンスが終わりましたら、お義兄様に踊っていただくことになりそうです」

ついぷくっと頬を膨らませてしまう。

どの道、前世でもコンラッド王子の婚約者候補に上がるまで踊ることはなかったのだから、デビュタント当日に必ず踊らなければいけないというしきたりもない。
所詮は顔見せの場に過ぎないのだから今日は諦めて早々に帰ることにしよう、と考えていると排除したはずのアッシュグレーが視界に入ってくる。

「でしたら私が…「でしたら、私をあなたの最初のダンスパートナーにしていただけますか?」
「………こ、光栄です…」

どうやらアッシュグレーから伸ばされていた手は、私の後ろに立っていたリュークによって遮られてしまったらしい。

驚く私に微かに笑うと、私の手を取ってダンスホールの中央に向かう。
そんな私達に気づいた人達が率先的に道を開けてくれる。

ホールのざわめきが指揮者にも届いたのか、素晴らしいタイミングで演奏が止まる。

「……シリウスじゃなくて残念だったな」
「………いえ、そんな…」

…今日の主役であるコンラッド王太子に誘われて断れるわけがないっ!
どうやらオリヴィエ王妃が望んだ通りの展開になってしまったらしい。

コンラッド王太子はにやりと意味ありげに嗤うと、仰々しくお辞儀をして私をダンスに誘う。
私がその誘いにカーテシーで応えると、指揮者が棒を振るう。

完璧なスタートだった。

「「………───」」

恐らく、コンラッド王太子も同じことを考えていたのだろう。
目が合った瞬間、どちらともなく笑ってしまう。

広いダンスホールの中央…
流れる音楽に合わせて踊っているのは私達だけで…宴会場にいる全ての視線を一身に受けていた。

それでも…
人生二度目となるコンラッド王太子のリードに任せて、私は緊張することもなく純粋にダンスを楽しんでいた。

予行演習でもして来たかのような私のファーストダンスは…
こうして始まってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

処理中です...