117 / 168
第三章〜Another end〜
随分と心配性なんですね… side リューク
しおりを挟む
私はリューク・バニッシュ。
有難いことに優秀な兄のおかげで好きに生きることが許されたバニッシュ伯爵家の三男だった。
剣の才能にも恵まれ、士官学校卒業後はペルージャン公爵家の騎士団に声をかけて頂き、次期騎士団長を狙えるとも言われ順風満帆な人生を歩んできた。
「……お嬢様、ですか?」
騎士団長に呼び出され、ようやく副団長を任命してもらえるのかと思い揚々と団長室に向かったところ…
驚いたことに、いるはずの無い公爵令嬢の護衛を命じられた。
ふむ…なにか機嫌を損ねるような事をしただろうか?
最初に考えたのは嫌がらせだった。
何故なら愛妻家で有名な現公爵は御歳五十四歳、未婚の小公爵様は二十六歳…他の御子息は結婚を機に全員公爵邸を離れているのだ。
この公爵邸で女性を護衛するのならば公爵夫人しかありえない。
「あぁ、閣下が養女を貰われたのは知っているよな?」
「………えぇ、もちろんです」
「業務報告を聞いてなかったな?」
「いえ、まさか…そんなはずありません」
「はぁ…お前のそういうところだぞ?副団長に任命出来ないのは…」
「………」
「まぁいい、それで…もうすぐその公女様が外出から戻られるそうで、閣下が至急護衛騎士を決めて欲しいと仰せでな。リューク、お前を推薦しておいた。この後早速執務室まで向かってくれるか?」
「……分かりました。ちなみに…何故自分なのでしょうか?」
「一番強い者を希望されていてな。どうやら閣下は公女様をかなり可愛がられているようだ。恐らく公女様が結婚されるまでの護衛任務になるだろうが、左遷ではないから安心しろ。お前はまだ若い。副団長を本気で狙っているなら今回の護衛任務はお前にとってもいい経験になるだろう」
「………そう、でしたか」
「詳しい話は護衛騎士に確定してからだな。お前は愛想が無いから若干心配ではあるが…公女様にご不快な思いをさせないよう注意しろよ?」
「心得ております…」
「……はぁ…」
団長からの盛大なため息で送り出された足で、公爵様の執務室に向かいながら朧気な記憶を辿る。
半年程前だったか…?
確かにそんな噂を聞いた事があった。
だが、実際には公爵家にそんな若い女性は滞在していなかったし、ただの噂だと思っていた。
…いや、待てよ…?
いつだったか、先月の業務報告で御令嬢という単語を聞いたような気もするな…?
……夜勤明けで半分寝てた時か?!ちっ、聞き返すんじゃなかった。
「……はぁ、もう少し情報収集してから来るべきだったか…?」
目の前には公爵様の執務室の扉がある。
私の独り言に、扉の両サイドに立つ先輩騎士から訝しげな視線を投げられたものの腹を決めてノックする。
「騎士団所属、リューク・バニッシュです」
「──…入りなさい」
「はっ!失礼致します!」
頭を下げると右の騎士が扉を開けてくれる。
入室する為に頭を上げた先の光景はとても信じられるものではなかった。
「リューク!よく来てくれた!」
「………」
「どうした?さっさと入らないか」
「あ、はい!失礼致します…」
厳格で有名なあのペルージャン公爵の笑顔を初めて見た。
白金髪の髪を刈り上げ、全体的に筋肉質で大柄な体格は幼少期より鍛え続けた努力の賜物だと聞いた。
漢をそのまま具現化したかのようなペルージャン公爵の笑顔…
という何かいけないものを見てしまったような罪悪感を胸に執務室へと入室する。
長椅子に座る公爵の隣には若い女性が座っていた。
白髪を一つにスッキリ纏めた後ろ姿が好印象ではあるが…
彼女が噂の養女なのだろうか?
「アイリス、さっきも話したが彼を君の護衛騎士にしようと思っているのだ。どうだろうか?」
「………」
公爵からの紹介でアイリスと呼ばれた女性が振り向く。
紫の瞳と白髪が印象的で、全体的な線の細さが庇護欲を掻き立てられる女性だった。
だが、その紫の瞳には落胆の色が見えた。
まさか…私の見た目が気に入らなかったのか?
訓練後とはいえ、騎士服はきちんと着ている。
臭い…はないはずだ。
裾周りに多少の土汚れはあるが…騎士は綺麗なままではいられない。
結局はこの女も騎士をアクセサリー代わりに側に置きたいだけか…
「お養父様…あの…女性の騎士様はいらっしゃいませんか?男性は…少し気が休まらない気がして…」
「むう…すまんな、うちには女性騎士は置いていないのだ。このリュークは若いが腕は騎士団でも指折りだと騎士団長から推薦されたのだが…気に入らないようなら他の団員も見てみるか?」
「……そう、ですか…」
女性の騎士がなんの役に立つというのだろうか?
仲良しごっこをしたいだけなら、歳の近い侍女を付けて貰えばいいだろうに…
悩む素振りを見せながらも嫌だと思っているのがありありと伝わってくる。
それにも全く気づいていないのか、公爵は養女であるはずの女の機嫌を伺っている。
「今回のようにいつ帰ってくるのかも分からないようでは、何かあったのかと私も心配で仕事が手につかなくなってしまうのだ。リラも心配していたのだぞ?」
「お養父様…」
「今後もマクレーガン伯爵と交流を続けたいのなら、せめて外出の際はこの護衛騎士を伴うようにして欲しい」
「………」
あの厳格な公爵が何故か子煩悩のように見えてくるから不思議だった。
紫の瞳がちらりと向けられ、サッと目を逸らしてやる。
これで、この騎士の態度が気に入らない、とこの女もハッキリ言えるだろう。
「…ふふっ、分かりました。リューク、私の護衛をお願い出来ますか?」
「え………私でよろしいのですか?」
「ええ、お養父様からの推薦ですもの。騎士様さえよろしければ…是非お願いしたいです」
「はっ……誠心誠意…お仕え致します…」
「よしっ、決まりだな!アイリスも騒動やら移動やらで疲れただろう?先に部屋へ戻って休みなさい。リュークは私と護衛勤務について話をしなければならないから話が終わり次第、改めて君の部屋へ送ろう」
「はい、お養父様。お先に失礼致します」
最敬礼でお嬢様を見送ると、扉がしまった瞬間公爵の顔から笑顔が消える。
そう、これが普段の公爵だ。
見慣れている分安心感がある。
「さて、アイリスの護衛の件だが…」
「はい」
「わかっていると思うが、アイリスは現状では唯一の公爵令嬢だ。小汚い羽虫が我先にと擦り寄ってくるだろう」
「………」
「公爵邸の中ならば好きにさせて構わないが、外出の際は極力離れないようにしてくれ」
「…承知致しました」
「どうやらあの子は、シリウス・マクレーガンと好い仲らしい…」
「………」
マクレーガン…伯爵家だったか?
確か少し前に醜い噂があったような…
「特にマクレーガン伯爵との外出の際は徹底的に張り付くように…とオリヴィエ王妃様より厳命が下っている。いくらアイリスの想い人であっても…アイリスをあの男の好きにさせてはならぬぞ?そなたもおのれの立場をきちんと弁えるように…よいな?」
「……はっ!肝に銘じます」
あんな女のどこがいいのか…
シリウス・マクレーガンに対してもあの女の一方的な片想いだろ?
こんな感じで無駄に釘を刺されながらも、私は公女の護衛騎士として正式に任命されることになったのだった。
改めて団長の元へ向かい護衛任務について確認する。
「お嬢様は護衛騎士にも慣れていないはずだから、今日から三日ほどは邸宅内でも護衛として側にいるといい。お互いの距離感や性格も把握出来るからな」
「分かりました」
「それからこれはお嬢様の経歴が書かれたものだ。内容はここで覚えて決して口外しないように…」
そう言って手渡された紙には、あの女が公爵家に養女として入るまでの経歴がまとめられていた。
それこそ…
実母であるリーシャが踊り子として公演していたことから始まり、改名からマクレーガン伯爵による誘拐事件の詳細まで…
「……ちょっと特殊な過去すぎてびっくりしてるんですけど…」
「これからお嬢様を護衛するにあたり必要となる情報だ。お嬢様の人となりを把握し、適切な対処をすることがお前の任務だからな…」
「………分かりました」
団長に言われた通り、それから四日間はあの女に張り付いた。
起床前に部屋の前で待機し、部屋から出られる時に簡単な挨拶をして後ろに付き従う。
奥様とのティータイムや公爵閣下が帰宅された後の晩餐にも一通り帯同した。
あのような出自なら私に対しても平身低頭で対応されるのかと思いきや、初対面の私を平然とリュークで呼び、公爵夫妻に対しても下手に萎縮するような様子も見られなかった。
今まで女性との噂すらなかった小公爵でさえ、末の妹を溺愛するシスコンのように見えてくるのだから不思議である。
先月までは王城に滞在していたらしく、半年前には正式に養女として家門に名が刻まれているとはいえ遠縁の親戚ですらないにもかからわず…
一ヶ月にも満たないこの短期間で公爵家の方々はあの女を家族としてきちんと受け入れているようだった。
護衛中は基本的に穏やかな笑顔で過ごしていたが、あの女が積極的に私に話しかけることはなかった。
何も聞いてこない為、私から何かを報告することも出来ない。
私に興味がないのか、私の出身はもちろん護衛勤務に関することすら聞かれなかった。
一つだけ驚かされたことといえば、あの女は私の視線を全く気にしていなかったことだった。
私の視線には気づいているのだろうが、観察している時には全くこちらを見ようとしない。
むしろ、声をかけるべきか私が悩んでいると向こうから声をかけてくれることの方が多かった。
ありえないことではあるが…
騎士からの護衛に慣れているご令嬢にしか見えなかった。
「…養女になった経緯?さぁ、俺らも詳しい事情は聞いていないが、オリヴィエ王妃のお気に入りの侍女だったとか、コンラッド王子の妃候補だとか色々な噂はあるらしい」
「へぇ…」
表に出ていない経歴だけでなく、飛び交う噂すら特殊すぎる。
だがそれだけだった。
言葉使いは丁寧で所作も美しい、何故か平民の使用人にも対等に接している…
良く言って心優しい女性、悪く言えば他人に無関心。
それが彼女に対する私の率直な印象だった。
「……アイリスお嬢様」
「なにかしら?」
「あの…一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ?」
日課である庭園の散策中、黙ってついていくばかりだった私はとうとう声をかけてみた。
この数日護衛と称してずっとくっついて回ったが、彼女はほとんどの時間を自室で過ごしていた。
その間、私は廊下で待機してばかりで、直接声を掛けられなければ一言も話さないこともざらにあった。
「何故、私を護衛騎士に任命されたのですか?」
「…リュークは、私の護衛は嫌でしたか?」
「質問を質問で返さないでください」
「ふふっ…リュークのそういう所を気に入ったのですよ」
「どういう所ですか?」
「う~ん、怒らないでくださいね?」
「もちろんです」
「考えていることが顔に出るところです」
「………褒め言葉ではないのは分かりました」
ジト目になると、楽しそうに彼女は笑ってくれた。
「いい意味で、です。私は元々平民ですから貴族のように本心の見えない上辺だけの会話は苦手なんです」
「……あなたを見ている限り、不得意ではなさそうですが?」
「その物言いも気に入っているんですよ?」
「………見た目はどうですか?」
「見た目…ですか?いつも騎士服をピシッと着ていて素敵だと思いますよ?」
「いや、そうではなく…目が怖いとか、威圧的だとか…何を考えているのか分からない…とか?」
「ふふっ…リュークは分かりやすいとお伝えしたではありませんか」
「………はい、すみません」
まぁ、威圧的に思っていたなら私の存在そのものを忌避しているか。
私の見た目は悪くない…はずだ。
無愛想で少し感情の表現が乏しいと言われるくらいで…
となると、ここまで興味を持たれないのはやはり彼女自身の性格の問題なのだろう。
「せっかくですし、他に質問はありますか?」
「……先日、私がお嬢様と初めてお会いした時…」
「………」
「私は選ばれないと思っていました。お嬢様の表情がそのように見えたもので…」
「………」
「それで、なぜ急に護衛騎士を納得されたのか気になりまして…」
「リュークは随分と心配性なんですね…」
むっ…
私の方が年上なのだが、弟扱いされたようで何故か悔しくなる。
「ふふっ…リュークは、私が気に入らないようでしたので…」
「…つまり、私への嫌がらせで護衛騎士を了承されたと仰るのですか?」
「?……あぁ、そう聞こえますよね!ふふっ、ごめんなさい。そうではなくて、ん~愛想を振りまくような人ではなかったから、あなたなら悪くないかと思って」
「……… 無愛想なところが気に入ったと?」
「これは自慢とかではないのですが…周りの人達があまりにも優しくしてくださるんです…私を甘やかしてくれる人達ばかりで少しだけ困っていたんです。だから、リュークのように私の…本来の立場を思い出させてくれるような人が欲しかったんですよ」
「………」
彼女の言葉は…
ある日、平民から貴族の最高位とも言える公爵令嬢になってしまったことへの大変さが滲み出た本心のように思えた。
「おっ!リューク!珍しいな、一人か?お貴族様ごっこをしているお嬢様はどんな人なんだ?元平民が偉そうに使用人達をいびり倒しているんじゃないだろうな?」
公爵家の騎士団とはいえ、大半は貴族籍の子息ばかりで平民への扱いなんてこんなもんだ。
才能を見出された平民でさえ騎士団の中では雑用兵として扱われてしまうのだから。
「………思っていたよりちゃんとしたお嬢様だったな」
「なんだ?その感想。最近はずっと張り付いていたのに今日はもういいのか?」
「あぁ、今日も出かける予定はないらしい」
「なら久しぶりに飲みにでも行くか?お前もそろそろ鬱憤が溜まってるだろ?」
「……いや、やめておくよ。お嬢様の予定が変わるかもしれないし」
「なんだよ…お前、護衛になってから付き合い悪いぞ?」
「彼女でもあるまいし、好きにさせてくれ」
そう言って同期のフランを置いて訓練場へと向かう。
自分の変化には私自身が一番驚いていた。
有難いことに優秀な兄のおかげで好きに生きることが許されたバニッシュ伯爵家の三男だった。
剣の才能にも恵まれ、士官学校卒業後はペルージャン公爵家の騎士団に声をかけて頂き、次期騎士団長を狙えるとも言われ順風満帆な人生を歩んできた。
「……お嬢様、ですか?」
騎士団長に呼び出され、ようやく副団長を任命してもらえるのかと思い揚々と団長室に向かったところ…
驚いたことに、いるはずの無い公爵令嬢の護衛を命じられた。
ふむ…なにか機嫌を損ねるような事をしただろうか?
最初に考えたのは嫌がらせだった。
何故なら愛妻家で有名な現公爵は御歳五十四歳、未婚の小公爵様は二十六歳…他の御子息は結婚を機に全員公爵邸を離れているのだ。
この公爵邸で女性を護衛するのならば公爵夫人しかありえない。
「あぁ、閣下が養女を貰われたのは知っているよな?」
「………えぇ、もちろんです」
「業務報告を聞いてなかったな?」
「いえ、まさか…そんなはずありません」
「はぁ…お前のそういうところだぞ?副団長に任命出来ないのは…」
「………」
「まぁいい、それで…もうすぐその公女様が外出から戻られるそうで、閣下が至急護衛騎士を決めて欲しいと仰せでな。リューク、お前を推薦しておいた。この後早速執務室まで向かってくれるか?」
「……分かりました。ちなみに…何故自分なのでしょうか?」
「一番強い者を希望されていてな。どうやら閣下は公女様をかなり可愛がられているようだ。恐らく公女様が結婚されるまでの護衛任務になるだろうが、左遷ではないから安心しろ。お前はまだ若い。副団長を本気で狙っているなら今回の護衛任務はお前にとってもいい経験になるだろう」
「………そう、でしたか」
「詳しい話は護衛騎士に確定してからだな。お前は愛想が無いから若干心配ではあるが…公女様にご不快な思いをさせないよう注意しろよ?」
「心得ております…」
「……はぁ…」
団長からの盛大なため息で送り出された足で、公爵様の執務室に向かいながら朧気な記憶を辿る。
半年程前だったか…?
確かにそんな噂を聞いた事があった。
だが、実際には公爵家にそんな若い女性は滞在していなかったし、ただの噂だと思っていた。
…いや、待てよ…?
いつだったか、先月の業務報告で御令嬢という単語を聞いたような気もするな…?
……夜勤明けで半分寝てた時か?!ちっ、聞き返すんじゃなかった。
「……はぁ、もう少し情報収集してから来るべきだったか…?」
目の前には公爵様の執務室の扉がある。
私の独り言に、扉の両サイドに立つ先輩騎士から訝しげな視線を投げられたものの腹を決めてノックする。
「騎士団所属、リューク・バニッシュです」
「──…入りなさい」
「はっ!失礼致します!」
頭を下げると右の騎士が扉を開けてくれる。
入室する為に頭を上げた先の光景はとても信じられるものではなかった。
「リューク!よく来てくれた!」
「………」
「どうした?さっさと入らないか」
「あ、はい!失礼致します…」
厳格で有名なあのペルージャン公爵の笑顔を初めて見た。
白金髪の髪を刈り上げ、全体的に筋肉質で大柄な体格は幼少期より鍛え続けた努力の賜物だと聞いた。
漢をそのまま具現化したかのようなペルージャン公爵の笑顔…
という何かいけないものを見てしまったような罪悪感を胸に執務室へと入室する。
長椅子に座る公爵の隣には若い女性が座っていた。
白髪を一つにスッキリ纏めた後ろ姿が好印象ではあるが…
彼女が噂の養女なのだろうか?
「アイリス、さっきも話したが彼を君の護衛騎士にしようと思っているのだ。どうだろうか?」
「………」
公爵からの紹介でアイリスと呼ばれた女性が振り向く。
紫の瞳と白髪が印象的で、全体的な線の細さが庇護欲を掻き立てられる女性だった。
だが、その紫の瞳には落胆の色が見えた。
まさか…私の見た目が気に入らなかったのか?
訓練後とはいえ、騎士服はきちんと着ている。
臭い…はないはずだ。
裾周りに多少の土汚れはあるが…騎士は綺麗なままではいられない。
結局はこの女も騎士をアクセサリー代わりに側に置きたいだけか…
「お養父様…あの…女性の騎士様はいらっしゃいませんか?男性は…少し気が休まらない気がして…」
「むう…すまんな、うちには女性騎士は置いていないのだ。このリュークは若いが腕は騎士団でも指折りだと騎士団長から推薦されたのだが…気に入らないようなら他の団員も見てみるか?」
「……そう、ですか…」
女性の騎士がなんの役に立つというのだろうか?
仲良しごっこをしたいだけなら、歳の近い侍女を付けて貰えばいいだろうに…
悩む素振りを見せながらも嫌だと思っているのがありありと伝わってくる。
それにも全く気づいていないのか、公爵は養女であるはずの女の機嫌を伺っている。
「今回のようにいつ帰ってくるのかも分からないようでは、何かあったのかと私も心配で仕事が手につかなくなってしまうのだ。リラも心配していたのだぞ?」
「お養父様…」
「今後もマクレーガン伯爵と交流を続けたいのなら、せめて外出の際はこの護衛騎士を伴うようにして欲しい」
「………」
あの厳格な公爵が何故か子煩悩のように見えてくるから不思議だった。
紫の瞳がちらりと向けられ、サッと目を逸らしてやる。
これで、この騎士の態度が気に入らない、とこの女もハッキリ言えるだろう。
「…ふふっ、分かりました。リューク、私の護衛をお願い出来ますか?」
「え………私でよろしいのですか?」
「ええ、お養父様からの推薦ですもの。騎士様さえよろしければ…是非お願いしたいです」
「はっ……誠心誠意…お仕え致します…」
「よしっ、決まりだな!アイリスも騒動やら移動やらで疲れただろう?先に部屋へ戻って休みなさい。リュークは私と護衛勤務について話をしなければならないから話が終わり次第、改めて君の部屋へ送ろう」
「はい、お養父様。お先に失礼致します」
最敬礼でお嬢様を見送ると、扉がしまった瞬間公爵の顔から笑顔が消える。
そう、これが普段の公爵だ。
見慣れている分安心感がある。
「さて、アイリスの護衛の件だが…」
「はい」
「わかっていると思うが、アイリスは現状では唯一の公爵令嬢だ。小汚い羽虫が我先にと擦り寄ってくるだろう」
「………」
「公爵邸の中ならば好きにさせて構わないが、外出の際は極力離れないようにしてくれ」
「…承知致しました」
「どうやらあの子は、シリウス・マクレーガンと好い仲らしい…」
「………」
マクレーガン…伯爵家だったか?
確か少し前に醜い噂があったような…
「特にマクレーガン伯爵との外出の際は徹底的に張り付くように…とオリヴィエ王妃様より厳命が下っている。いくらアイリスの想い人であっても…アイリスをあの男の好きにさせてはならぬぞ?そなたもおのれの立場をきちんと弁えるように…よいな?」
「……はっ!肝に銘じます」
あんな女のどこがいいのか…
シリウス・マクレーガンに対してもあの女の一方的な片想いだろ?
こんな感じで無駄に釘を刺されながらも、私は公女の護衛騎士として正式に任命されることになったのだった。
改めて団長の元へ向かい護衛任務について確認する。
「お嬢様は護衛騎士にも慣れていないはずだから、今日から三日ほどは邸宅内でも護衛として側にいるといい。お互いの距離感や性格も把握出来るからな」
「分かりました」
「それからこれはお嬢様の経歴が書かれたものだ。内容はここで覚えて決して口外しないように…」
そう言って手渡された紙には、あの女が公爵家に養女として入るまでの経歴がまとめられていた。
それこそ…
実母であるリーシャが踊り子として公演していたことから始まり、改名からマクレーガン伯爵による誘拐事件の詳細まで…
「……ちょっと特殊な過去すぎてびっくりしてるんですけど…」
「これからお嬢様を護衛するにあたり必要となる情報だ。お嬢様の人となりを把握し、適切な対処をすることがお前の任務だからな…」
「………分かりました」
団長に言われた通り、それから四日間はあの女に張り付いた。
起床前に部屋の前で待機し、部屋から出られる時に簡単な挨拶をして後ろに付き従う。
奥様とのティータイムや公爵閣下が帰宅された後の晩餐にも一通り帯同した。
あのような出自なら私に対しても平身低頭で対応されるのかと思いきや、初対面の私を平然とリュークで呼び、公爵夫妻に対しても下手に萎縮するような様子も見られなかった。
今まで女性との噂すらなかった小公爵でさえ、末の妹を溺愛するシスコンのように見えてくるのだから不思議である。
先月までは王城に滞在していたらしく、半年前には正式に養女として家門に名が刻まれているとはいえ遠縁の親戚ですらないにもかからわず…
一ヶ月にも満たないこの短期間で公爵家の方々はあの女を家族としてきちんと受け入れているようだった。
護衛中は基本的に穏やかな笑顔で過ごしていたが、あの女が積極的に私に話しかけることはなかった。
何も聞いてこない為、私から何かを報告することも出来ない。
私に興味がないのか、私の出身はもちろん護衛勤務に関することすら聞かれなかった。
一つだけ驚かされたことといえば、あの女は私の視線を全く気にしていなかったことだった。
私の視線には気づいているのだろうが、観察している時には全くこちらを見ようとしない。
むしろ、声をかけるべきか私が悩んでいると向こうから声をかけてくれることの方が多かった。
ありえないことではあるが…
騎士からの護衛に慣れているご令嬢にしか見えなかった。
「…養女になった経緯?さぁ、俺らも詳しい事情は聞いていないが、オリヴィエ王妃のお気に入りの侍女だったとか、コンラッド王子の妃候補だとか色々な噂はあるらしい」
「へぇ…」
表に出ていない経歴だけでなく、飛び交う噂すら特殊すぎる。
だがそれだけだった。
言葉使いは丁寧で所作も美しい、何故か平民の使用人にも対等に接している…
良く言って心優しい女性、悪く言えば他人に無関心。
それが彼女に対する私の率直な印象だった。
「……アイリスお嬢様」
「なにかしら?」
「あの…一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ?」
日課である庭園の散策中、黙ってついていくばかりだった私はとうとう声をかけてみた。
この数日護衛と称してずっとくっついて回ったが、彼女はほとんどの時間を自室で過ごしていた。
その間、私は廊下で待機してばかりで、直接声を掛けられなければ一言も話さないこともざらにあった。
「何故、私を護衛騎士に任命されたのですか?」
「…リュークは、私の護衛は嫌でしたか?」
「質問を質問で返さないでください」
「ふふっ…リュークのそういう所を気に入ったのですよ」
「どういう所ですか?」
「う~ん、怒らないでくださいね?」
「もちろんです」
「考えていることが顔に出るところです」
「………褒め言葉ではないのは分かりました」
ジト目になると、楽しそうに彼女は笑ってくれた。
「いい意味で、です。私は元々平民ですから貴族のように本心の見えない上辺だけの会話は苦手なんです」
「……あなたを見ている限り、不得意ではなさそうですが?」
「その物言いも気に入っているんですよ?」
「………見た目はどうですか?」
「見た目…ですか?いつも騎士服をピシッと着ていて素敵だと思いますよ?」
「いや、そうではなく…目が怖いとか、威圧的だとか…何を考えているのか分からない…とか?」
「ふふっ…リュークは分かりやすいとお伝えしたではありませんか」
「………はい、すみません」
まぁ、威圧的に思っていたなら私の存在そのものを忌避しているか。
私の見た目は悪くない…はずだ。
無愛想で少し感情の表現が乏しいと言われるくらいで…
となると、ここまで興味を持たれないのはやはり彼女自身の性格の問題なのだろう。
「せっかくですし、他に質問はありますか?」
「……先日、私がお嬢様と初めてお会いした時…」
「………」
「私は選ばれないと思っていました。お嬢様の表情がそのように見えたもので…」
「………」
「それで、なぜ急に護衛騎士を納得されたのか気になりまして…」
「リュークは随分と心配性なんですね…」
むっ…
私の方が年上なのだが、弟扱いされたようで何故か悔しくなる。
「ふふっ…リュークは、私が気に入らないようでしたので…」
「…つまり、私への嫌がらせで護衛騎士を了承されたと仰るのですか?」
「?……あぁ、そう聞こえますよね!ふふっ、ごめんなさい。そうではなくて、ん~愛想を振りまくような人ではなかったから、あなたなら悪くないかと思って」
「……… 無愛想なところが気に入ったと?」
「これは自慢とかではないのですが…周りの人達があまりにも優しくしてくださるんです…私を甘やかしてくれる人達ばかりで少しだけ困っていたんです。だから、リュークのように私の…本来の立場を思い出させてくれるような人が欲しかったんですよ」
「………」
彼女の言葉は…
ある日、平民から貴族の最高位とも言える公爵令嬢になってしまったことへの大変さが滲み出た本心のように思えた。
「おっ!リューク!珍しいな、一人か?お貴族様ごっこをしているお嬢様はどんな人なんだ?元平民が偉そうに使用人達をいびり倒しているんじゃないだろうな?」
公爵家の騎士団とはいえ、大半は貴族籍の子息ばかりで平民への扱いなんてこんなもんだ。
才能を見出された平民でさえ騎士団の中では雑用兵として扱われてしまうのだから。
「………思っていたよりちゃんとしたお嬢様だったな」
「なんだ?その感想。最近はずっと張り付いていたのに今日はもういいのか?」
「あぁ、今日も出かける予定はないらしい」
「なら久しぶりに飲みにでも行くか?お前もそろそろ鬱憤が溜まってるだろ?」
「……いや、やめておくよ。お嬢様の予定が変わるかもしれないし」
「なんだよ…お前、護衛になってから付き合い悪いぞ?」
「彼女でもあるまいし、好きにさせてくれ」
そう言って同期のフランを置いて訓練場へと向かう。
自分の変化には私自身が一番驚いていた。
1
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる