【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第三章〜Another end〜

随分と心配性なんですね… side リューク

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私はリューク・バニッシュ。
有難いことに優秀な兄のおかげで好きに生きることが許されたバニッシュ伯爵家の三男だった。
剣の才能にも恵まれ、士官学校卒業後はペルージャン公爵家の騎士団に声をかけて頂き、次期騎士団長を狙えるとも言われ順風満帆な人生を歩んできた。



「……お嬢様、ですか?」

騎士団長に呼び出され、ようやく副団長を任命してもらえるのかと思い揚々と団長室に向かったところ…
驚いたことに、いるはずの無い公爵令嬢の護衛を命じられた。

ふむ…なにか機嫌を損ねるような事をしただろうか?

最初に考えたのは嫌がらせだった。
何故なら愛妻家で有名な現公爵は御歳五十四歳、未婚の小公爵様は二十六歳…他の御子息は結婚を機に全員公爵邸を離れているのだ。
この公爵邸で女性を護衛するのならば公爵夫人しかありえない。

「あぁ、閣下が養女を貰われたのは知っているよな?」
「………えぇ、もちろんです」
「業務報告を聞いてなかったな?」
「いえ、まさか…そんなはずありません」
「はぁ…お前のそういうところだぞ?副団長に任命出来ないのは…」
「………」
「まぁいい、それで…もうすぐその公女様が外出から戻られるそうで、閣下が至急護衛騎士を決めて欲しいと仰せでな。リューク、お前を推薦しておいた。この後早速執務室まで向かってくれるか?」
「……分かりました。ちなみに…何故自分なのでしょうか?」
「一番強い者を希望されていてな。どうやら閣下は公女様をかなり可愛がられているようだ。恐らく公女様が結婚されるまでの護衛任務になるだろうが、左遷ではないから安心しろ。お前はまだ若い。副団長を本気で狙っているなら今回の護衛任務はお前にとってもいい経験になるだろう」
「………そう、でしたか」
「詳しい話は護衛騎士に確定してからだな。お前は愛想が無いから若干心配ではあるが…公女様にご不快な思いをさせないよう注意しろよ?」
「心得ております…」
「……はぁ…」

団長からの盛大なため息で送り出された足で、公爵様の執務室に向かいながら朧気な記憶を辿る。

半年程前だったか…?
確かにそんな噂を聞いた事があった。
だが、実際には公爵家にそんな若い女性は滞在していなかったし、ただの噂だと思っていた。

…いや、待てよ…?
いつだったか、先月の業務報告で御令嬢という単語を聞いたような気もするな…?
……夜勤明けで半分寝てた時か?!ちっ、聞き返すんじゃなかった。

「……はぁ、もう少し情報収集してから来るべきだったか…?」

目の前には公爵様の執務室の扉がある。
私の独り言に、扉の両サイドに立つ先輩騎士から訝しげな視線を投げられたものの腹を決めてノックする。

「騎士団所属、リューク・バニッシュです」
「──…入りなさい」
「はっ!失礼致します!」

頭を下げると右の騎士が扉を開けてくれる。
入室する為に頭を上げた先の光景はとても信じられるものではなかった。

「リューク!よく来てくれた!」
「………」
「どうした?さっさと入らないか」
「あ、はい!失礼致します…」

厳格で有名なあのペルージャン公爵の笑顔を初めて見た。

白金髪の髪を刈り上げ、全体的に筋肉質で大柄な体格は幼少期より鍛え続けた努力の賜物だと聞いた。
漢をそのまま具現化したかのようなペルージャン公爵の笑顔…
という何かいけないものを見てしまったような罪悪感を胸に執務室へと入室する。

長椅子に座る公爵の隣には若い女性が座っていた。
白髪を一つにスッキリ纏めた後ろ姿が好印象ではあるが…

彼女が噂の養女なのだろうか?

「アイリス、さっきも話したが彼を君の護衛騎士にしようと思っているのだ。どうだろうか?」
「………」

公爵からの紹介でアイリスと呼ばれた女性が振り向く。
紫の瞳と白髪が印象的で、全体的な線の細さが庇護欲を掻き立てられる女性だった。
だが、その紫の瞳には落胆の色が見えた。

まさか…私の見た目が気に入らなかったのか?
訓練後とはいえ、騎士服はきちんと着ている。
臭い…はないはずだ。
裾周りに多少の土汚れはあるが…騎士は綺麗なままではいられない。

結局はこの女も騎士をアクセサリー代わりに側に置きたいだけか…

「お養父とう様…あの…女性の騎士様はいらっしゃいませんか?男性は…少し気が休まらない気がして…」
「むう…すまんな、うちには女性騎士は置いていないのだ。このリュークは若いが腕は騎士団でも指折りだと騎士団長から推薦されたのだが…気に入らないようなら他の団員も見てみるか?」
「……そう、ですか…」

女性の騎士がなんの役に立つというのだろうか?
仲良しごっこをしたいだけなら、歳の近い侍女を付けて貰えばいいだろうに…

悩む素振りを見せながらも嫌だと思っているのがありありと伝わってくる。
それにも全く気づいていないのか、公爵は養女であるはずの女の機嫌を伺っている。

「今回のようにいつ帰ってくるのかも分からないようでは、何かあったのかと私も心配で仕事が手につかなくなってしまうのだ。リラも心配していたのだぞ?」
「お養父とう様…」
「今後もマクレーガン伯爵と交流を続けたいのなら、せめて外出の際はこの護衛騎士を伴うようにして欲しい」
「………」

あの厳格な公爵が何故か子煩悩のように見えてくるから不思議だった。
紫の瞳がちらりと向けられ、サッと目を逸らしてやる。

これで、この騎士の態度が気に入らない、とこの女もハッキリ言えるだろう。

「…ふふっ、分かりました。リューク、私の護衛をお願い出来ますか?」
「え………私でよろしいのですか?」
「ええ、お養父とう様からの推薦ですもの。騎士様さえよろしければ…是非お願いしたいです」
「はっ……誠心誠意…お仕え致します…」
「よしっ、決まりだな!アイリスも騒動やら移動やらで疲れただろう?先に部屋へ戻って休みなさい。リュークは私と護衛勤務について話をしなければならないから話が終わり次第、改めて君の部屋へ送ろう」
「はい、お養父とう様。お先に失礼致します」

最敬礼でお嬢様を見送ると、扉がしまった瞬間公爵の顔から笑顔が消える。
そう、これが普段の公爵だ。
見慣れている分安心感がある。

「さて、アイリスの護衛の件だが…」
「はい」
「わかっていると思うが、アイリスは現状では唯一の公爵令嬢だ。小汚い羽虫が我先にと擦り寄ってくるだろう」
「………」
「公爵邸の中ならば好きにさせて構わないが、外出の際は極力離れないようにしてくれ」
「…承知致しました」
「どうやらあの子は、シリウス・マクレーガンと好い仲らしい…」
「………」

マクレーガン…伯爵家だったか?
確か少し前に醜い噂があったような…

「特にマクレーガン伯爵との外出の際は徹底的に張り付くように…とオリヴィエ王妃様より厳命が下っている。いくらアイリスの想い人であっても…アイリスをあの男の好きにさせてはならぬぞ?そなたもおのれの立場をきちんと弁えるように…よいな?」
「……はっ!肝に銘じます」

あんな女のどこがいいのか…
シリウス・マクレーガンに対してもあの女の一方的な片想いだろ?

こんな感じで無駄に釘を刺されながらも、私は公女の護衛騎士として正式に任命されることになったのだった。



改めて団長の元へ向かい護衛任務について確認する。

「お嬢様は護衛騎士にも慣れていないはずだから、今日から三日ほどは邸宅内でも護衛として側にいるといい。お互いの距離感や性格も把握出来るからな」
「分かりました」
「それからこれはお嬢様の経歴が書かれたものだ。内容はここで覚えて決して口外しないように…」

そう言って手渡された紙には、あの女が公爵家に養女として入るまでの経歴がまとめられていた。

それこそ…
実母であるリーシャが踊り子として公演していたことから始まり、改名からマクレーガン伯爵による誘拐事件の詳細まで…

「……ちょっと特殊な過去すぎてびっくりしてるんですけど…」
「これからお嬢様を護衛するにあたり必要となる情報だ。お嬢様の人となりを把握し、適切な対処をすることがお前の任務だからな…」
「………分かりました」

団長に言われた通り、それから四日間はあの女に張り付いた。
起床前に部屋の前で待機し、部屋から出られる時に簡単な挨拶をして後ろに付き従う。
奥様とのティータイムや公爵閣下が帰宅された後の晩餐にも一通り帯同した。

あのような出自なら私に対しても平身低頭で対応されるのかと思いきや、初対面の私を平然とリュークで呼び、公爵夫妻に対しても下手に萎縮するような様子も見られなかった。
今まで女性との噂すらなかった小公爵でさえ、末の妹を溺愛するシスコンのように見えてくるのだから不思議である。

先月までは王城に滞在していたらしく、半年前には正式に養女として家門に名が刻まれているとはいえ遠縁の親戚ですらないにもかからわず…
一ヶ月にも満たないこの短期間で公爵家の方々はあの女を家族としてきちんと受け入れているようだった。

護衛中は基本的に穏やかな笑顔で過ごしていたが、あの女が積極的に私に話しかけることはなかった。
何も聞いてこない為、私から何かを報告することも出来ない。
私に興味がないのか、私の出身はもちろん護衛勤務に関することすら聞かれなかった。

一つだけ驚かされたことといえば、あの女は私の視線を全く気にしていなかったことだった。
私の視線には気づいているのだろうが、観察している時には全くこちらを見ようとしない。
むしろ、声をかけるべきか私が悩んでいると向こうから声をかけてくれることの方が多かった。

ありえないことではあるが…
騎士からの護衛に慣れているご令嬢にしか見えなかった。

「…養女になった経緯?さぁ、俺らも詳しい事情は聞いていないが、オリヴィエ王妃のお気に入りの侍女だったとか、コンラッド王子の妃候補だとか色々な噂はあるらしい」
「へぇ…」

表に出ていない経歴だけでなく、飛び交う噂すら特殊すぎる。

だがそれだけだった。
言葉使いは丁寧で所作も美しい、何故か平民の使用人にも対等に接している…
良く言って心優しい女性、悪く言えば他人に無関心。

それが彼女に対する私の率直な印象だった。



「……アイリスお嬢様」
「なにかしら?」
「あの…一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ?」

日課である庭園の散策中、黙ってついていくばかりだった私はとうとう声をかけてみた。

この数日護衛と称してずっとくっついて回ったが、彼女はほとんどの時間を自室で過ごしていた。
その間、私は廊下で待機してばかりで、直接声を掛けられなければ一言も話さないこともざらにあった。

「何故、私を護衛騎士に任命されたのですか?」
「…リュークは、私の護衛は嫌でしたか?」
「質問を質問で返さないでください」
「ふふっ…リュークのそういう所を気に入ったのですよ」
「どういう所ですか?」
「う~ん、怒らないでくださいね?」
「もちろんです」
「考えていることが顔に出るところです」
「………褒め言葉ではないのは分かりました」

ジト目になると、楽しそうに彼女は笑ってくれた。

「いい意味で、です。私は元々平民ですから貴族のように本心の見えない上辺だけの会話は苦手なんです」
「……あなたを見ている限り、不得意ではなさそうですが?」
「その物言いも気に入っているんですよ?」
「………見た目はどうですか?」
「見た目…ですか?いつも騎士服をピシッと着ていて素敵だと思いますよ?」
「いや、そうではなく…目が怖いとか、威圧的だとか…何を考えているのか分からない…とか?」
「ふふっ…リュークは分かりやすいとお伝えしたではありませんか」
「………はい、すみません」

まぁ、威圧的に思っていたなら私の存在そのものを忌避しているか。

私の見た目は悪くない…はずだ。
無愛想で少し感情の表現が乏しいと言われるくらいで…
となると、ここまで興味を持たれないのはやはり彼女自身の性格の問題なのだろう。

「せっかくですし、他に質問はありますか?」
「……先日、私がお嬢様と初めてお会いした時…」
「………」
「私は選ばれないと思っていました。お嬢様の表情がそのように見えたもので…」
「………」
「それで、なぜ急に護衛騎士を納得されたのか気になりまして…」
「リュークは随分と心配性なんですね…」

むっ…
私の方が年上なのだが、弟扱いされたようで何故か悔しくなる。

「ふふっ…リュークは、私が気に入らないようでしたので…」
「…つまり、私への嫌がらせで護衛騎士を了承されたと仰るのですか?」
「?……あぁ、そう聞こえますよね!ふふっ、ごめんなさい。そうではなくて、ん~愛想を振りまくような人ではなかったから、あなたなら悪くないかと思って」
「……… 無愛想なところが気に入ったと?」
「これは自慢とかではないのですが…周りの人達があまりにも優しくしてくださるんです…私を甘やかしてくれる人達ばかりで少しだけ困っていたんです。だから、リュークのように私の…本来の立場を思い出させてくれるような人が欲しかったんですよ」
「………」

彼女の言葉は…
ある日、平民から貴族の最高位とも言える公爵令嬢になってしまったことへの大変さが滲み出た本心のように思えた。



「おっ!リューク!珍しいな、一人か?お貴族様ごっこをしているお嬢様はどんな人なんだ?元平民が偉そうに使用人達をいびり倒しているんじゃないだろうな?」

公爵家の騎士団とはいえ、大半は貴族籍の子息ばかりで平民への扱いなんてこんなもんだ。
才能を見出された平民でさえ騎士団の中では雑用兵として扱われてしまうのだから。

「………思っていたよりちゃんとしたお嬢様だったな」
「なんだ?その感想。最近はずっと張り付いていたのに今日はもういいのか?」
「あぁ、今日も出かける予定はないらしい」
「なら久しぶりに飲みにでも行くか?お前もそろそろ鬱憤が溜まってるだろ?」
「……いや、やめておくよ。お嬢様の予定が変わるかもしれないし」
「なんだよ…お前、護衛になってから付き合い悪いぞ?」
「彼女でもあるまいし、好きにさせてくれ」

そう言って同期のフランを置いて訓練場へと向かう。
自分の変化には私自身が一番驚いていた。
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