【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第三章〜Another end〜

私はアイリス様の騎士です

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アネスティラが修道院を出る時に身支度が整えられるよう、私は必要だと思われたものを一式持参していた。
あまりの量に頭を抱えてしまったゾフィーと二人で、馬車の前で必要な物と不要な物で仕分けていく。

「ヘアケアセットは必要ですよね?」
「こんなに種類は必要ないですよ、使うのは最終日くらいでしょうし…」
「そう…お化粧品は?」
「う~ん…こちらも…──」

少し離れたところでは、そんな私達を呆れたように眺めているアネスティラとシリウスが立っていた。

「……シリウス。アイリスはあんなにも私の帰りを楽しみにしてくれているようだけど…」
「………」
「あなたはどう思っているの?本音を聞かせて。私は…本当にマクレーガンに帰ってもいいの?」
「……アイリスが望んでいる以上、僕にはどうしようもないことですし、戻って来ていただいても特に問題はありませんよ。嫁ぐまでは、あなたもマクレーガンの人間なのですから」
「まさか…帰った瞬間、邪魔者扱いしてどっかのじじぃに売り飛ばしたりしないでしょうね?」

シリウスは目を見張ってアネスティラを見つめる。

「くくっ…まさか。性格がひねくれてるだとか、多少の悪口を面と向かって言われたくらいでそのような幼稚なことはしませんよ。姉上が伯爵邸へ出戻るようなことにならないよう、まともな縁談できちんと送り出しますから御安心を」
「それはそれで癇に障るわね…」

意地悪な笑顔を向けるシリウスをじとっと睨みつけるアネスティラ。

「ふんっ…まぁ、私のことはともかく…あなたもこの先苦労しそうね。すでにアイリスの方が主導権を握っているみたいだし。それに…いつまでもアイリスの優しさに甘えているだけでは、すぐにそこら辺の男に奪われてしまうわよ?」
「………」
「家位を考えれば侯爵家以上の未婚の令息は当然我先にと求婚書を送るでしょうし、アイリスの華奢な容姿が社交界でお披露目されればあなたのような傲慢な男は家位も忘れて群がるでしょうね」
「ふっ…ご心配なく。アイリスによそ見をさせるつもりはありませんので」
「はぁ……あなたのその自信家なところがたまに羨ましくなるわ」

必要な物を馬車から下ろした後、シリウスとアネスティラのところまで走って向かう。

「アネスティラ様!お待たせ致しました!必要な物は全てゾフィーに渡していますので、あとで確認しておいてください」
「分かったわ。本当に…色々と気を利かせてくれてありがとう…」
「……とんでもありません…」
「アイリス、満足したなら帰ろうか?」
「……はい…」

シリウスに促されて馬車へと乗り込む。
見送りをしてくれるアネスティラへ最後の挨拶をする為、窓を開けて身を乗り出す。

「……お待ちしております!」
「ええ…シリウスをよろしくね!」
「はい…!」

シリウスの合図で馬車が動き出してしまう。
はしたないとは分かっていたが、私はアネスティラが見えなくなるまで窓から身を乗り出していた。
アネスティラも私達の馬車が見えなくなるまで見送ってくれた。

「……ほら、もう諦めてこっち来て」
「………はい…」

声をかけられてしぶしぶ窓から離れる。
代わりに窓をしっかり閉めてくれたシリウスは、落ち込む私の手を引いて当たり前のように膝の上に座らせる。

「まったく…どこでそんなに姉上を気に入ったのやら…ホント、妬けちゃうよ」
「……アネスティラ様にまで妬いているのですか?」
「はぁ…」
「でも、お元気そうで安心しました。早く、伯爵邸でお出迎えしたいです…」
 
落ち込む私を慰めるようにシリウスが髪に唇を寄せてくれる。

「それは、伯爵邸の女主人としてって意味?」
「………う~ん、それはシリウス様次第かと…きゃあっ───!」

───ガタンッ!!

馬の嘶きと共に身体が浮く感覚に叫び声を上げてしまう。
だがシリウスがしっかり抱きしめてくれていたおかげで私が投げ出されることはなかった。

「………何事だ?」
「───」

窓を開けて怒気を露わにするシリウスに思わず息を止めてしまう。

「…御当主様!申し訳ありませんッ!!突然浮浪者が倒れ込んで来たもので…!」
「ちっ……そのまま轢き殺してやればいいものを…」
「シリウス様、そんな怖いことを仰らないでくださいっ!」
「………」

ぽつりと呟いた言葉に私が指摘してしまったせいかそっぽを向いてむくれるシリウス。

「はぁ…リューク」
「はい、アイリス様」

私の呼びかけで外から顔を覗かせたリュークは、ペルージャン公爵が付けてくれた護衛騎士だった。
リュークは馬に乗って馬車と並走してくれていた為、今も馬上から私を見下ろしている。

ダリアが捕縛された日…
伯爵邸にそのまま泊まった私を心底心配されたようで、帰宅後すぐに監視役としてリュークを付けられてしまった。
リュークは黒髪と漆黒の瞳を持つ青年で、まだ二十二歳という若さでありながら、公爵家の騎士団の中でも指折りの実力を持つ凄い人らしい。

「浮浪者の様子を確認して、必要なら近くの医院へ連れて行ってあげてくれる?」
「有り得ません。私はアイリス様の騎士です。あなた様から離れることはありません」
「……騎士とは馬車の前に飛び出してきた浮浪者を見落とすばかりでなく、主君の命令にまで逆らうものなのだな」
「そのまま轢き殺されればいいと思っておりましたので」
「「………」」

どこかで聞いたようなセリフに頭が痛くなってくる。

問題はリュークの場合、シリウスと違って常に真顔なので冗談なのか本気なのかの判断が難しいところだ。
短く刈り上げている髪型からも硬派なイメージが強かった分、全く冗談に聞こえない。

もちろん男性の護衛騎士を付けられたと知った時のシリウスの怒り具合は酷かった。
かといって今更公爵様に女性騎士を雇用して欲しいとお願いするわけにもいかず…

今やリュークとシリウスは犬猿の仲となっている。
考え方は似ているので、先入観を無くせば仲良くなれると思うのだが…

「……リューク、お願い」
「はっ、すぐ戻ります。あと、アイリス様はきちんと座席にお座りください。そのような格好はレディのなさることではありません。はしたないですよ」
「……分かっています」

小姑リュークの小言に今度は私が頬を膨らませてしまう。

「無駄口を叩いていないでさっさとお前は命令を遂行して来い」
「私はアイリス様の騎士です。マクレーガン伯爵の指示に従うわけではありません」
「二人ともいい加減にしてください!リューク!」
「はっ」

軽く頭を下げると馬を降りて馬車の前に向かってくれるリューク。

「シリウス様もリュークを揶揄わないでください…」
「……ふんっ」
「はぁ…」

リュークが浮浪者を端へ避けてくれたのか、馭者の合図で馬車がゆっくり動き出す。

「───…リーシャ!!」
「………?」

予想外な名前が聞こえてきて慌てて窓からリュークの方を振り返る。
何故かリュークは座り込んでいる男…恐らく飛び出してきた浮浪者へ剣を向けていた。

「リューク!」

名前を呼ぶとリュークがお辞儀をしてくれる。
どうやら私の意図は伝わったらしい。

遠目で見た感じでは特に目立つ風貌ではなかった。
黒髪のごく普通の平民…年齢的にもセドリックくらいの壮年のおじさんといったところだろうか?

「………」
「アイリス、あの浮浪者がどうかしたの?」
「いえ… ただ、母の名前を呼んでいたような気がして…リュークが伯爵邸に連れて来てくれると思うので、あとで部屋を一つ貸していただけませんか?」
「あの男に会うつもり?」
「そうですね…私の容姿を見て母の名前を出したのでしたら、母の知り合いの可能性もありますし」

パッと見ただけだが、おそらく一座の人間ではないだろう。
となると、考えられるのはリーシャの顧客くらいなのだが…

「素性も分からない男なんだから僕も同席するよ」
「いえ、リュークに同席してもらいますので大丈夫です。今日は修道院にも付き合っていただきましたし、シリウス様も執務が残っていらっしゃるでしょう?」

私と外出する時は朝から準備に時間をかけるので、執務が滞ってしまう…ということは執事長のジョージからこっそり聞いていた。
私としては気を使って言った言葉だったが、シリウスは何故か納得していないようだ。

「………はぁ、リュークを解雇してくれるなら同席は彼に譲るよ」
「それは出来ません…ふふっ…もう冗談ばっかり仰って…」
「………」

結局私はリュークの言いつけをすっかり忘れ…
どこか遠い目をしたシリウスの膝の上で、伯爵邸までの帰路をそのまま楽しく過ごすのだった。
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