【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第三章〜Another end〜

アイリスが悪いんだからね?

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「へぇ…神経の図太いオルロン侯爵令嬢はもう社交界に復帰したのか…」
「え?オフィーリア様ですか?婚約されたと聞いていたのですが…すっかり良くなられたようで安心しました」

ホールに戻るとオフィーリアとロダン男爵と思われる茶髪の男性が端の方に立っていた。
以前よりも高いヒールを履いているところを見るにオフィーリアはまだ妊娠をしていないようだ。
元々身長の高いオフィーリアと並んでもロダン男爵が高いところを見ると、おそらくロダン男爵はシリウスと同じくらいの身長があるのだろう。
大人の色香が漂うオフィーリアとロダン男爵は羨ましいほどお似合いに見えた。

リラニアの話では、領地での療養が終わると同時にオフィーリアとロダン男爵は正式に婚約したらしい。
オフィーリアとは色々あったが丸く収まって良かったと思う。

「随分と大胆なことをしてくれるよね、アイリスに濡れ衣を着せようとするなんて…」
「…まぁオフィーリア様もトライオス猊下から脅されていたそうですし…」

なんだかシリウスの声音が本気で怒っているように聞こえて慌ててフォローする。

「脅し?」
「はい、内緒ですけど…聖女候補のお話があったそうです。騒ぎを起こせば聖女候補から外してもいいとトライオス猊下から…」
「はははっ、そういうことか。あの頃なら男爵とは既に密通していただろうし、アストラスの聖女になった瞬間火あぶりに直行だからね」
「………」

ちっとも笑える話題ではないが、シリウスの機嫌が良くなったのでスルーすることにする。

そもそも密通の件をどこから知り得たのか…
回帰前を知ってる私ですら、可能性あるかな?くらいにしか思っていなかったのに…
たまにシリウスの情報源が気になってしまう。

「あ、そういえばロダン男爵とオルロン公爵令嬢のことをコンラッド王子にリークしたのはアイリスなんだって?」
「え?………ああ」

すっかり忘れていた。

「見張りが付けられて男爵との逢瀬が難しくなったことで、オルロン公爵令嬢はアイリスのことを恨んでいただろうし、仮に自分の命が懸かっていなくても、トライオスの提案には乗ったんじゃないかな?まぁ、コンラッド王太子は婚約期間中の密通のことまでは知らなかったようだから、先月お会いした時にシュタート侯爵家のお礼として僕からお伝えしておいたけど」

正式に王家との婚約が解消され、新たにロダン男爵と婚約した後にあえてお伝えする必要はない気もするが…

「……そう、なのですね……もしかして、オフィーリア様の密通の件は、王妃様もご存知だったのでしょうか?」
「まぁ、そうだろうね」
「……だからお茶会での雰囲気が良くなかったのですね…」
「くくっ…占いなんて信じるに値しないと思っているが…」
「?」
「コンラッド王太子には女難の相がみえるとでも言っておけば随分と稼げそうだ」

コンラッド王太子の顔を思い出しているのか、シリウスがやけにご機嫌である。
このままオフィーリアのことを忘れてくれればと思い話題を変えることにする。

「あ、そういえばシリウス様はキーファ公子をご存知ですか?」
「……キーファ?バロルード公爵家の次男だよね?そういえばさっきも言ってたけど、そのキーファ公子がどうしたの?」

…やばい、話題のチョイスを間違えた。
見下ろしてくるシリウスの目が細くなっているのに気づいて慌ててホールを見回す。

「いえ…えっと……あ、レグルスお義兄様とお知り合いだとかで先程少しだけお話したのですが、先月帰国されたばかりだと仰っていたので…どちらに行かれていたのか気になって…」
「……キーファ公子に興味があるの?」
「それはないです」
「……ふ~ん?キーファ公子なら確か…あぁ、アストラス神聖国だね。聖女伝説が本物なのか確認したいって建国祭の後くらいにアストラスの神官学校へ留学していたはずだよ」
「………でしたら、トライオス猊下ともお知り合いでしょうか?」
「ふむ…可能性としてなら低いんじゃないかな?」
「…そうなのですか?」
「現教皇は当然として…次期教皇として名が上がっているトライオスはアストラス神聖国内でも、ほとんど表舞台には出てこないんだ。教会の最深部で世界平和を祈ってるだとか神にお仕えしているだとか色々噂はあるんだけど、結局のところは暗殺されないよう徹底的に隠されてるってところかな」
「どうして暗殺を警戒されるのですか?教皇は神聖国では人気があるのでは?」
「……脅すわけじゃないんだけど…簡単に言うと、アイリスのような白髪の女性を片っ端から誘拐して閉じ込めているからだよ」
「───」
「被害者女性の家族や親しい人達から見れば、誘拐してまで無理やり囲うなんて色狂いにしか見えないだろうしね…」

ついシリウスの腕をきゅっと掴んでしまう。

もしお母様がモートンを出てアストラス神聖国に行っていたなら…
そう考えただけでも恐ろしくなる。

「心配しなくてもアイリスをアストラスに連れていかせないし…何よりシャダーリン王家はオフィーリアを巻き込んで好き勝手したトライオスに良い印象は持たれていないようだ。オリヴィエ王妃の怒り具合を見るだけでも…トライオスにシャダーリンへの入国許可が下りることはないよ」
「はい…そうですね」
「余計なことまで話してしまったね…顔色が良くない」
「いえ…大丈夫です。まだ帰りたくありません」
「そうだね…でも少し座った方がいい」

シリウスは私を連れて庭園まで向かうとベンチにハンカチを敷いて座らせてくれる。

「あの…シリウス様…」
「ん?」
「コーデリア様はトライオス猊下の後見人だと聞きましたが…お二人はどういった繋がりがあるのかご存知ですか?」
「………まぁ気になるよね。さっきも言ったように…白髪だからという理由だけで選ばれるから、教皇が囲う女性は強制的に連れていかれた人達が大半なんだ」
「…はい」
「トライオスのように次期教皇に内定した場合は、教皇の直系として記録が残されるんだけど…女性の実家が平民だったり献上に反対していた場合は記録に残せないからね」
「………」
「そこで国内の有力貴族家に養子縁組させて教皇の正妻として記録を残す必要があるんだ。トライオスの母は恐らくそれに該当するのだろう。コーデリア大叔母様とは血の繋がりはないが…叔母と呼ぶからには、大方あのトライオスシラミの母親が当主の義妹として戸籍を入ったんじゃないかな」

シラミ…
王宮に滞在していた時、オリヴィエ王妃からオフィーリアの件を聞かされたことがあった。
その時もオリヴィエ王妃はトライオスをたしか害虫と呼んでいた。
トライオスの嫌われ具合がよく分かる。

「……ふふっ…シラミだなんて…」
「あいつの髪色はシラミのように濁った白だろ?アイリスの美しい髪色とは全然違う…」
「………シリウス様…」

あえて垂らしている私のおくれ毛を掬うと口付けてくれる。

「夜空に浮かぶ星々のようなこの淡い煌めきは…アイリスだけの色だね」
「ふふっ、相変わらず…どこでそんな言葉を覚えてこられるのですか?」
「心配しなくてもアイリス以外には使わないさ」
「……先程のご令嬢方はシリウス様とお話されてかなり喜ばれていたようですが?」
「………あぁ、名前は一通り覚えているからね。挨拶を一人一人受けるのが面倒で、僕から名前を呼んであげたら次から次に集まってきてしまって…まぁ無意味な時間だったね」
「………」

いや、それは盛り上がるでしょうよ…
むしろ、一体なんの余興かと思われて当然だ。
噂のイケメン伯爵が自己紹介もしていないのに笑顔で名前を呼んでくれるのだから。

「まぁ、大変!今日が舞踏会に初参加でいらっしゃるのに…マクレーガン伯爵様は私とこのようなところにいてよろしいのですか?」
「……どういう意味?」
「他のご令嬢方…特に今日がデビュタントの子達はシリウス様からのお誘いをお待ちしているかと…」
「お誘い?………へぇ、ペルージャン公女は私に貴族の義務を果たせと仰っているのですか…?」
「義務…?」

いや、義務というよりはむしろ舞踏会のマナーだと思うのだが…

「貴族の義務とは…」
「………」
「後継者をもうけることだよね?」
「……そう、ですね?」

もちろんそれだけではないはずだが…
シリウスは、私を持ち上げると勝手に膝の上に乗せてしまう。

人の気配に敏感なシリウスがこんな場所でこのように座らせてくれのは、周囲に人がいないからだろうと判断して大人しく座って続きを待つことにする。

「今日がデビュタントのアイリスは、僕からのお誘いを待っているんだよね?もしかして……ここで種付けして欲しいっていう新しいおねだり?」
「………────?!」

耳元で囁かれた言葉を理解した瞬間慌てて膝から飛び降りる。

「だ、誰もそんなこと言ってませんっ!!私はただ、他の御令嬢方もシリウス様からの…ダンスのお誘いを、待っているはずだとっ!」
「はははっ!分かってるよ。でも意地悪なことを言うアイリスが悪いんだからね?」
「───…もういいですっ!お義兄様のところに戻りますから、シリウス様もどうぞお好きになさってくださいっ!」
「えっ?!ちょっと待って…!」

慌てて追いかけてくるシリウスを見て思わず笑ってしまう。
シリウスに手を取られ、生け垣の影に連れていかれると甘い口付けを落とされる。

せっかくシリウスが付け直してくれたのに…

「もう……また、色がついてしまいますよ…?」
「アイリスが拭いてくれるから大丈夫だよ…機嫌直してくれた?」
「……ふふっ、知りません」
「そう?困ったな…アイリスの機嫌が直るまでは小公爵の元には帰せそうにないけど、いいんだね…?」
「………くすくすっ…」
「ああ、やっぱり。どうやら僕のお姫様はまだまだ機嫌が悪いらしい…───」

こうして私は楽しい時間を過ごしながら…
無事社交界デビューを終えることが出来たのだった。
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