111 / 168
第三章〜Another end〜
もう…お母様とは呼ばないのね…
しおりを挟む
ダリアの処刑から二週間後。
私はシリウスにお願いしてアネスティラがいる修道院まで来ていた。
ここ、ディアーナ修道院は王国一厳格な修道院として有名であり、今では唯一の親族となってしまったシリウスがいなければアネスティラと面会することすら難しい場所だ。
マクレーガン伯爵邸でのお別れから、早二年。
アネスティラは修道院での奉仕活動にも真面目に取り組んでいるらしい。
元より敬虔な信者としても有名だったこともあり…
このまま問題なければあと半年程で伯爵家に戻れるかもしれないとお養母様から聞かされ、私はアネスティラが伯爵邸に戻る前に、これまでの出来事を直接説明したいとお願いしてシリウスに連れてきてもらっていた。
「アネスティラお嬢様っ!!」
「───…アイリス?!」
面会者はシリウスだけだと思っていたのか、修道服を着たアネスティラは席から立ち上がって私の来訪に驚いてくれる。
アネスティラの後ろにいたゾフィーも私に気づいて笑いかけてくれる。
回帰前…
最期に見た、かつてのアネスティラと重なる格好だったが…
あの頃よりもずっと健康的なアネスティラの様子に安堵する。
「……お元気でしたか?しっかり…食事は摂られていますか…?」
「あなた…その格好はどうしたの?」
アネスティラが困惑するのも無理はない。
一般的な修道士と異なり、罪を犯して修道院に来た子女らは外界の情報から隔絶される。
つまり…私がペルージャン公爵令嬢となったことはもちろん、ダリアの処刑もセドリックの事故もまだアネスティラは知らないのだ。
修道院という特殊な訪問先に合わせて黒無地の軽装を選んだつもりだが、生地やデザインから上等な服だと分かってしまったらしい。
私とシリウスがアネスティラの対面に座り、紅茶を用意してくれたゾフィーはそのままアネスティラの後ろに控える。
「「………」」
これまでの事をなんと伝えるべきか…
馬車の中できちんと考えてきたはずなのに、アネスティラの顔を見た瞬間頭が真っ白になってしまう。
「……お久しぶりですね、姉上。こちらはペルージャン公爵家の養女として正式に貴族籍を得られたアイリス・ペルージャン公爵令嬢です。現在のシャダーリン最高位の公女といえるでしょう。伯爵令嬢として礼を尽くしてください」
「………」
「シリウス様?!そんな言い方、止めてくださいっ!」
「……構わないわ。そう…あなたはオリヴィエ王妃様に気に入られていたものね…それにしても、まさか私より高位の貴族になるだなんてね…」
「…───」
「アイリス・ペルージャン公爵令嬢…本日は御足労いただきありがとうございます。お目にかかれて光栄です、アネスティラ・マクレーガンと申します。どうぞ、私のことはアネスティラ…とお呼びください」
「………お嬢様…!」
アネスティラは一度席から立ち上がると、抑揚のない声で淑女の礼をしながら挨拶をしてくれる。
回帰後、ダリアへ挨拶する私の姿のように見えてアネスティラの拒絶が表されているようで胸が痛くなる。
「早速ですが、本日はどのようなご用件でお越しになったのでしょうか?…まさか、シリウスとの結婚報告ではありませんよね?」
「そんなっ…「ええ、実はそうなんです」
「───シリウス様?!いい加減にして下さいっ!!」
満面の笑みでとんでもない嘘を吐くシリウスに、思わず立ち上がって憤慨してしまう。
「……はぁ…あなた達の仲が良いことはよく分かったわ。茶番はもういいでしょう?ふふっ、まったく…こんなところに来てまで一体何してるんだか…」
そんな私達を見ていたアネスティラが笑ってくれたことでようやく雰囲気が柔らかくなる。
「………えっと…それが…」
「姉上、今日は単純な報告です。もちろん冗談抜きでお伝えします」
「……ええ、どうぞ。なるべく簡潔にね」
「元マクレーガン伯爵夫人であるダリア・シュタートは先日、不敬罪と殺人未遂罪に問われ斬首刑が執行されました。また、父上のセドリック・マクレーガンは領地での視察中に事故に遭い現在行方不明となっております」
「………一体…何を、言っているの?簡潔にも程があるわ…」
「もう一度お伝えしますか?」
「………はっ、結構よ…つまり…あなたは、伯爵夫妻が亡くなった報告に来たと言いたいのでしょう?」
「ええ、話が早くて助かります」
アネスティラは突然の話に驚きつつも、私の予想よりずっと落ち着いていた。
偲ぶように目を瞑り、僅かな間手を握り合わせていた。
「………詳しく教えてちょうだい、私にも…知る権利はあるでしょう?」
アネスティラは意を決したように真っ直ぐシリウスを見据える。
私から説明しようと思って来たのだが…
シリウスにそっと手を握られてしまい、諦めてそのまま任せることにする。
「───…その結果、ダリア・シュタートとセドリック・マクレーガンの離縁は正式に受理されました」
「………」
「父上は、ペルージャン公爵令嬢…つまりアイリスの拉致監禁の罪に問われ伯爵位を返上、裁判の結果首都追放を言い渡されました…その後領地運営に務めていましたが…視察中、土砂崩れに巻き込まれ崖下にあったセレーヌ川に馬車諸共転落…未だ遺体は見つかっていない、という状況です」
「その状況なら確かに遺体と呼ぶべきね…なら、伯爵位は…」
「はい、僕が継ぎました」
「……お父様の件は分かったわ…それで、お母様はどうしてそんなことに…?」
「端的に言えば、僕とアイリスに剣を向けた為です」
「……なんですって?」
「釈放された当日、ダリア・シュタートは接近禁止命令を無視しマクレーガン伯爵邸に侵入…コンラッド王太子殿下のご好意で配置されていた護衛騎士より剣を強奪し、そのまま伯爵家当主の応接室に押し入ってきたのです。当時、アイリス・ペルージャン公爵令嬢の対応をしていた私へ剣を向けられたことが決定打となりました。父上との離縁の原因がアイリスにあると思い込んだ末の凶行だったそうです。護衛騎士だけでなく伯爵邸の使用人からもアイリスへの酷い暴言が複数報告されており…以上の状況からアイリスへの明確な殺意が認められ、ペルージャン公爵家並びにオリヴィエ王妃からの圧力もあり、ダリア・シュタートの処刑は比較的速やかに執行されました」
「………」
斬首刑という極刑…さらには罪人とはいえ侯爵家位の人間を、裁判後すぐ処刑することは非常に珍しい。
通常ならば親族からの助命嘆願書などが考慮され、仮に裁判で死刑が確定したとしても数年ほどは牢の中で執行猶予期間を儲けられるものだ。
侯爵家という高位貴族であるダリアがわずか二ヶ月で刑が執行されてしまったのは…
イーリスの時と同様、助命嘆願書が一通も届かなかったことが要因だ。
まぁ、私の場合はアネスティラの代わりでの処刑だったので、反逆罪というダリアよりも重い罪状だったこともあり…
捕縛後、罪状の読み上げと共にそのまま処刑が執行されてしまったのだが…
黙ったまま目の前のカップをじっと見つめていたアネスティラは考え込んでいるようだった。
シリウスも話を止め、アネスティラの気持ちの整理がつくのを待っていた。
「シリウス…あなたは、もう…お母様とは呼ばないのね…」
「ええ、そうですね。その必要は、もうないかと思いますので…」
「酷い子………はぁ…状況は分かったわ」
「「………」」
「ねぇ…あなた達はもう婚約したの?さすがにオリヴィエ王妃様のご実家に養女となった上で、コンラッド王太子に嫁いだりはしないでしょう?」
「「………」」
アネスティラが私達を恋人同士だと見ていることに歓喜していたのだが、むしろシリウスは後半の言葉が気に触ったようだ。
「あんなにアピールしてたくせに…まさか、まだ告白もしてないなんて言わないでしょうね?シリウス」
「それは…「いいえっ!まだ婚約なんてしていません!アネスティラお嬢様のお許しを得るまで、そのようなことを勝手に推し進めるつもりはありませんっ!」
シリウスが頭を抱える姿が視界の端に見えたがこれだけは譲れなかった。
セドリックのことは事故だったとはいえ、アネスティラが修道院にいる間にあまりにも多くのことが変わってしまったのだ。
…それも、全て私が原因で。
回帰前のアネスティラは私がマクレーガン家の女主人になることは断固反対すると言っていた。
あの時と状況は違うものの同じように家族を壊した私を、アネスティラが拒絶するならそれも致し方ない、と考えてのことだったが…
「どうして私の許可を得るの?あなたはもうマクレーガン家の侍女ではないでしょう?」
「そ、それはそうですが…私のせいでご両親を亡くされたのですから…お嬢様も…そんな私がマクレーガン家に入るのは…お嫌なのでは…?」
「はぁ…馬鹿な子ね…」
「「………」」
「シリウスに必要なのは私の許しではなく、ペルージャン公爵とオリヴィエ王妃様の許しでしょう?そもそも、両家間でこれほどのトラブルがあったにも関わらず、マクレーガン家との縁談を快諾してもらえると貴女は本気で思っているの?」
「そ、それは…」
アネスティラの言葉がド正論過ぎてつい言葉に詰まってしまう。
「お母様のことは…正直納得できない部分もあるし、お父様のことも残念ではあるけれど…それは私が向き合うべきことであって、あなたが許しを乞うようなことではないのよ?」
「……お嬢様…」
こういうところは、シリウスと似ているのだろう。
王宮で再会した時、コンラッド王子の誓いを不要だと言い切ったシリウス。
だがそれは…
シリウスに誓うものではなく、当事者である私に誓うべきものだと考えての発言だったそうだ。
結局のところ、私はアネスティラに許されることで罪の意識から楽になりたかっただけなのだろう。
「ほら、だから言ったじゃないか?姉上のことは気にするだけ無駄だって」
「……そんなことはありません。アネスティラお嬢様の口から直接聞くことに意味はあったのですから…私が浅はかだったと反省することが出来ました…」
「ふふっ…前はお姉さん面で小言ばかりだったアイリスもこれじゃあ形無しね。ふ~ん、結婚ね…シリウスのどこがいいのかしら?理解出来ないわ。性格だってひねくれてるし。まぁ、あなた達が結婚するなら私がお義姉様になるのね…ふふっ、ペルージャン公爵令嬢からお義姉様と呼ばれるのも悪くないわね?」
「………アネスティラ…お義姉様…」
回帰前を彷彿とさせる呼び名に思わず胸がざわついてしまう。
「……なんだか不思議な気分だわ…かつては私の侍女で、血の繋がりだってないのに…アイリスにそう呼ばれると何故だかしっくり来るのだもの」
「…姉上が、妹を欲しがっていたからでしょう」
「そんなこともあったわね。まぁ…もう叶わないけれど…」
「「………」」
「さっ…今日の話はこれで終わりよね?私、これから奉仕活動で隣接されている孤児院へ行かなければならないのよ…」
「分かりました、じゃあ僕達も帰ろうか?」
「……アネスティラお嬢様のお戻りをお待ちしております…」
「お嬢様はもうやめて。あなたももう貴族令嬢になったのよ?しかもこの国の公爵夫人に次ぐ、最高位のレディーになったのだから…あなたが真に頭を下げる機会はほとんど無くなるでしょう。その地位に相応しいレディーとなれるようあなたも頑張って…次は、社交界で会えると信じているわ…」
「………はいっ!アネスティラ様」
このようにアネスティラから諭される日が来るだなんて…
驚くほどにアネスティラが成長していてつい涙ぐんでしまうのだった。
私はシリウスにお願いしてアネスティラがいる修道院まで来ていた。
ここ、ディアーナ修道院は王国一厳格な修道院として有名であり、今では唯一の親族となってしまったシリウスがいなければアネスティラと面会することすら難しい場所だ。
マクレーガン伯爵邸でのお別れから、早二年。
アネスティラは修道院での奉仕活動にも真面目に取り組んでいるらしい。
元より敬虔な信者としても有名だったこともあり…
このまま問題なければあと半年程で伯爵家に戻れるかもしれないとお養母様から聞かされ、私はアネスティラが伯爵邸に戻る前に、これまでの出来事を直接説明したいとお願いしてシリウスに連れてきてもらっていた。
「アネスティラお嬢様っ!!」
「───…アイリス?!」
面会者はシリウスだけだと思っていたのか、修道服を着たアネスティラは席から立ち上がって私の来訪に驚いてくれる。
アネスティラの後ろにいたゾフィーも私に気づいて笑いかけてくれる。
回帰前…
最期に見た、かつてのアネスティラと重なる格好だったが…
あの頃よりもずっと健康的なアネスティラの様子に安堵する。
「……お元気でしたか?しっかり…食事は摂られていますか…?」
「あなた…その格好はどうしたの?」
アネスティラが困惑するのも無理はない。
一般的な修道士と異なり、罪を犯して修道院に来た子女らは外界の情報から隔絶される。
つまり…私がペルージャン公爵令嬢となったことはもちろん、ダリアの処刑もセドリックの事故もまだアネスティラは知らないのだ。
修道院という特殊な訪問先に合わせて黒無地の軽装を選んだつもりだが、生地やデザインから上等な服だと分かってしまったらしい。
私とシリウスがアネスティラの対面に座り、紅茶を用意してくれたゾフィーはそのままアネスティラの後ろに控える。
「「………」」
これまでの事をなんと伝えるべきか…
馬車の中できちんと考えてきたはずなのに、アネスティラの顔を見た瞬間頭が真っ白になってしまう。
「……お久しぶりですね、姉上。こちらはペルージャン公爵家の養女として正式に貴族籍を得られたアイリス・ペルージャン公爵令嬢です。現在のシャダーリン最高位の公女といえるでしょう。伯爵令嬢として礼を尽くしてください」
「………」
「シリウス様?!そんな言い方、止めてくださいっ!」
「……構わないわ。そう…あなたはオリヴィエ王妃様に気に入られていたものね…それにしても、まさか私より高位の貴族になるだなんてね…」
「…───」
「アイリス・ペルージャン公爵令嬢…本日は御足労いただきありがとうございます。お目にかかれて光栄です、アネスティラ・マクレーガンと申します。どうぞ、私のことはアネスティラ…とお呼びください」
「………お嬢様…!」
アネスティラは一度席から立ち上がると、抑揚のない声で淑女の礼をしながら挨拶をしてくれる。
回帰後、ダリアへ挨拶する私の姿のように見えてアネスティラの拒絶が表されているようで胸が痛くなる。
「早速ですが、本日はどのようなご用件でお越しになったのでしょうか?…まさか、シリウスとの結婚報告ではありませんよね?」
「そんなっ…「ええ、実はそうなんです」
「───シリウス様?!いい加減にして下さいっ!!」
満面の笑みでとんでもない嘘を吐くシリウスに、思わず立ち上がって憤慨してしまう。
「……はぁ…あなた達の仲が良いことはよく分かったわ。茶番はもういいでしょう?ふふっ、まったく…こんなところに来てまで一体何してるんだか…」
そんな私達を見ていたアネスティラが笑ってくれたことでようやく雰囲気が柔らかくなる。
「………えっと…それが…」
「姉上、今日は単純な報告です。もちろん冗談抜きでお伝えします」
「……ええ、どうぞ。なるべく簡潔にね」
「元マクレーガン伯爵夫人であるダリア・シュタートは先日、不敬罪と殺人未遂罪に問われ斬首刑が執行されました。また、父上のセドリック・マクレーガンは領地での視察中に事故に遭い現在行方不明となっております」
「………一体…何を、言っているの?簡潔にも程があるわ…」
「もう一度お伝えしますか?」
「………はっ、結構よ…つまり…あなたは、伯爵夫妻が亡くなった報告に来たと言いたいのでしょう?」
「ええ、話が早くて助かります」
アネスティラは突然の話に驚きつつも、私の予想よりずっと落ち着いていた。
偲ぶように目を瞑り、僅かな間手を握り合わせていた。
「………詳しく教えてちょうだい、私にも…知る権利はあるでしょう?」
アネスティラは意を決したように真っ直ぐシリウスを見据える。
私から説明しようと思って来たのだが…
シリウスにそっと手を握られてしまい、諦めてそのまま任せることにする。
「───…その結果、ダリア・シュタートとセドリック・マクレーガンの離縁は正式に受理されました」
「………」
「父上は、ペルージャン公爵令嬢…つまりアイリスの拉致監禁の罪に問われ伯爵位を返上、裁判の結果首都追放を言い渡されました…その後領地運営に務めていましたが…視察中、土砂崩れに巻き込まれ崖下にあったセレーヌ川に馬車諸共転落…未だ遺体は見つかっていない、という状況です」
「その状況なら確かに遺体と呼ぶべきね…なら、伯爵位は…」
「はい、僕が継ぎました」
「……お父様の件は分かったわ…それで、お母様はどうしてそんなことに…?」
「端的に言えば、僕とアイリスに剣を向けた為です」
「……なんですって?」
「釈放された当日、ダリア・シュタートは接近禁止命令を無視しマクレーガン伯爵邸に侵入…コンラッド王太子殿下のご好意で配置されていた護衛騎士より剣を強奪し、そのまま伯爵家当主の応接室に押し入ってきたのです。当時、アイリス・ペルージャン公爵令嬢の対応をしていた私へ剣を向けられたことが決定打となりました。父上との離縁の原因がアイリスにあると思い込んだ末の凶行だったそうです。護衛騎士だけでなく伯爵邸の使用人からもアイリスへの酷い暴言が複数報告されており…以上の状況からアイリスへの明確な殺意が認められ、ペルージャン公爵家並びにオリヴィエ王妃からの圧力もあり、ダリア・シュタートの処刑は比較的速やかに執行されました」
「………」
斬首刑という極刑…さらには罪人とはいえ侯爵家位の人間を、裁判後すぐ処刑することは非常に珍しい。
通常ならば親族からの助命嘆願書などが考慮され、仮に裁判で死刑が確定したとしても数年ほどは牢の中で執行猶予期間を儲けられるものだ。
侯爵家という高位貴族であるダリアがわずか二ヶ月で刑が執行されてしまったのは…
イーリスの時と同様、助命嘆願書が一通も届かなかったことが要因だ。
まぁ、私の場合はアネスティラの代わりでの処刑だったので、反逆罪というダリアよりも重い罪状だったこともあり…
捕縛後、罪状の読み上げと共にそのまま処刑が執行されてしまったのだが…
黙ったまま目の前のカップをじっと見つめていたアネスティラは考え込んでいるようだった。
シリウスも話を止め、アネスティラの気持ちの整理がつくのを待っていた。
「シリウス…あなたは、もう…お母様とは呼ばないのね…」
「ええ、そうですね。その必要は、もうないかと思いますので…」
「酷い子………はぁ…状況は分かったわ」
「「………」」
「ねぇ…あなた達はもう婚約したの?さすがにオリヴィエ王妃様のご実家に養女となった上で、コンラッド王太子に嫁いだりはしないでしょう?」
「「………」」
アネスティラが私達を恋人同士だと見ていることに歓喜していたのだが、むしろシリウスは後半の言葉が気に触ったようだ。
「あんなにアピールしてたくせに…まさか、まだ告白もしてないなんて言わないでしょうね?シリウス」
「それは…「いいえっ!まだ婚約なんてしていません!アネスティラお嬢様のお許しを得るまで、そのようなことを勝手に推し進めるつもりはありませんっ!」
シリウスが頭を抱える姿が視界の端に見えたがこれだけは譲れなかった。
セドリックのことは事故だったとはいえ、アネスティラが修道院にいる間にあまりにも多くのことが変わってしまったのだ。
…それも、全て私が原因で。
回帰前のアネスティラは私がマクレーガン家の女主人になることは断固反対すると言っていた。
あの時と状況は違うものの同じように家族を壊した私を、アネスティラが拒絶するならそれも致し方ない、と考えてのことだったが…
「どうして私の許可を得るの?あなたはもうマクレーガン家の侍女ではないでしょう?」
「そ、それはそうですが…私のせいでご両親を亡くされたのですから…お嬢様も…そんな私がマクレーガン家に入るのは…お嫌なのでは…?」
「はぁ…馬鹿な子ね…」
「「………」」
「シリウスに必要なのは私の許しではなく、ペルージャン公爵とオリヴィエ王妃様の許しでしょう?そもそも、両家間でこれほどのトラブルがあったにも関わらず、マクレーガン家との縁談を快諾してもらえると貴女は本気で思っているの?」
「そ、それは…」
アネスティラの言葉がド正論過ぎてつい言葉に詰まってしまう。
「お母様のことは…正直納得できない部分もあるし、お父様のことも残念ではあるけれど…それは私が向き合うべきことであって、あなたが許しを乞うようなことではないのよ?」
「……お嬢様…」
こういうところは、シリウスと似ているのだろう。
王宮で再会した時、コンラッド王子の誓いを不要だと言い切ったシリウス。
だがそれは…
シリウスに誓うものではなく、当事者である私に誓うべきものだと考えての発言だったそうだ。
結局のところ、私はアネスティラに許されることで罪の意識から楽になりたかっただけなのだろう。
「ほら、だから言ったじゃないか?姉上のことは気にするだけ無駄だって」
「……そんなことはありません。アネスティラお嬢様の口から直接聞くことに意味はあったのですから…私が浅はかだったと反省することが出来ました…」
「ふふっ…前はお姉さん面で小言ばかりだったアイリスもこれじゃあ形無しね。ふ~ん、結婚ね…シリウスのどこがいいのかしら?理解出来ないわ。性格だってひねくれてるし。まぁ、あなた達が結婚するなら私がお義姉様になるのね…ふふっ、ペルージャン公爵令嬢からお義姉様と呼ばれるのも悪くないわね?」
「………アネスティラ…お義姉様…」
回帰前を彷彿とさせる呼び名に思わず胸がざわついてしまう。
「……なんだか不思議な気分だわ…かつては私の侍女で、血の繋がりだってないのに…アイリスにそう呼ばれると何故だかしっくり来るのだもの」
「…姉上が、妹を欲しがっていたからでしょう」
「そんなこともあったわね。まぁ…もう叶わないけれど…」
「「………」」
「さっ…今日の話はこれで終わりよね?私、これから奉仕活動で隣接されている孤児院へ行かなければならないのよ…」
「分かりました、じゃあ僕達も帰ろうか?」
「……アネスティラお嬢様のお戻りをお待ちしております…」
「お嬢様はもうやめて。あなたももう貴族令嬢になったのよ?しかもこの国の公爵夫人に次ぐ、最高位のレディーになったのだから…あなたが真に頭を下げる機会はほとんど無くなるでしょう。その地位に相応しいレディーとなれるようあなたも頑張って…次は、社交界で会えると信じているわ…」
「………はいっ!アネスティラ様」
このようにアネスティラから諭される日が来るだなんて…
驚くほどにアネスティラが成長していてつい涙ぐんでしまうのだった。
1
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ヤンデレ義父に執着されている娘の話
アオ
恋愛
美少女に転生した主人公が義父に執着、溺愛されつつ執着させていることに気が付かない話。
色々拗らせてます。
前世の2人という話はメリバ。
バッドエンド苦手な方は閲覧注意です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる