【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

文字の大きさ
上 下
101 / 168
第二章~Re: start~

…私はマクレーガン伯爵の妻よ side ダリア

しおりを挟む
あの娘が伯爵邸に住むようになって一年と少し経った頃…

セドリックの血を引く娘ではなかったものの…
私はあの女の面影を色濃く受け継ぐあの娘の存在が気に入らなくなっていた。
私の娘であるアネスティラよりも優秀で…歳を重ねるごとにあの女の武器とも言える色香まで備えるようになった娘。

あの娘を甚振る時は、全ての煩わしいことを忘れられる気がした。
セドリックの冷たい視線も、アネスティラの稚拙さも、成長と共に少しずつ変わってしまうシリウスのことですら…


何かと理由を付けてはあの娘で日々のストレスを発散するようになってしばらく経った頃…
私の部屋にはなぶり書きのようなメモ紙が届くようになった。

私がいつ、何をしたのか…そんなことが詳細に書かれた小さなメモ紙。
最初は誰かのイタズラだろうと気にもとめなかった。

あの娘をどのように甚振っているのか折檻の内容が細かく記載されるようになった時も、私への嫌がらせとしてあの娘が置いていってるものなのだろうと思い、ろくに調べることなく無視し続けた。

だが…
それらがあの娘の仕業ではないことに気づいた時、ようやく私は恐怖を覚えた。

セドリックなのか、それとも使用人の誰かなのか…
いつどこから見られているのかさえさっぱり分からなかった。
エスカレートしていく置き手紙の枚数に、私はいつからか自分を執拗に追いかけるありもしない視線に怯えるようになっていった。

その醜い本性をセドリックが知ったらどうなるだろうか…?

ただの記録が明確な脅迫文に変わった時…
セドリックではなかったと安堵する一方で、あの娘への嫌がらせを止めるという選択肢しか私には残されていなかった。

…それでもメモ紙が止まることはなかった。

メモ紙が届くようになって数年…
私はそれらの脅迫文に一つの特徴があることに気づいた。

それは…シリウスがサインに使っている文字だった。

ずっと私を脅し続けていたのがシリウスだったことに気づいてしまった時…むしろ私はすとんと腑に落ちる思いだった。
何故ならこの時既に…
あの子を…シリウスを息子として見ることは出来なくなっていたのだから。



その後…
十四歳になったシリウスが士官学校へ向かう馬車に乗り込む姿を見た時、この伯爵邸からあの子が居なくなることに心の底から安堵していた。
これでようやくあの目に怯えなくて済む、と…
それなのに…


修道院へ向かうアネスティラを窓から見送った数日後…
ガーデンパーティーで、愛娘がドラッグの餌食になってしまった…と悲劇の母を演じて帰ってきた私は寝室に漠然とした違和感を覚えた。

シリウスの居ない今、私に歯向かうような人間などこの邸宅にはいないはずだと自嘲して…

…気づいてしまった。

ベッドのサイドテーブルに、見知らぬ人形が置かれていることに…

…オレンジ色のウェーブがかった髪を持つ人形だった。
不自然に首が垂れ下がって前のめりになっている様子が気になって手に取って見る。

その首は刃物で切られ、肌色の布一枚繋がった状態で頭は垂れ下がり、あるはずの両目は焼き潰されたように黒く焦げていた。

その人形を見た瞬間…全身が震え出して壁に投げつけてしまう。
確かに酷い有様の人形は新しい脅迫のようにも見えたが…
むしろこの震えは、心の奥底に眠っていたはずの恐怖が呼び起こされるかのような拒絶反応に近かった。

ありもしない記憶が頭の片隅にチラついて…
私に似せて造られたであろう人形が、まるで首の切られた自分の死体のように見えて…

耐えきれなくなった私は頭を抱えながら叫んでいた。


不気味な人形は暖炉にくべて処分した。
それでも全身にまとわりつく恐怖は拭えず、眠れない日々が続いた。
そんな現状からどうしても抜け出したくて…とうとう私はロベルトに泣きついてしまった。

唯一、私に心から服従してくれているロベルト。
私を本当の娘のように愛し、常に私を最優先に考えてくれるたった一人の私の執事。
ロベルトはあの娘が伯爵家にいることが、私の精神に悪影響を及ぼしていると言った。

私は彼が言う通りに、コーデリア叔母様を招待した。
淡い期待はあった。
だがトライオスは…コーデリア叔母様についてきただけで私が呼んだわけではない。

私は何もしていない…
それなのに…

結果、シリウスの怒りを買い、その欲望を知って余計に身動きが取れなくなってしまった。
セドリックだけでなくシリウスまでもがあの娘に心酔していたなんて…

………どうして、こうなってしまったの…?



              *



結局…
セドリックの怪我は家庭内トラブルによる事故として扱われたものの、伯爵への加害者と見なされた私は三週間の拘留期間を終えようやく釈放された。

本来ならば二週間の拘留で済むはずだったのだが…
教会が私とセドリックの離縁申請を正式に受理したこと、マクレーガン伯爵家への接近禁止命令が王家から出されたことに私が納得しなかった事で拘留期間が伸びてしまった。

ようやく外に出して貰えたというのに、私の心が晴れることはなかった。

「………どうして…」

どうしてここまで拗れてしまったのだろう…
私はただ、あの娘を排除したかっただけなのに…

いまさら、シュタート侯爵家に戻ってどうなるというの?
私を愛してくれた父様ももういない。

厳格なお兄様は、私の離縁を決して許さないだろう。
いくら事故として処理されようとも、私が殺人未遂を犯したことはすでに社交界にも広く知れ渡ってしまっている。

アネスティラは修道院に送られ…
シリウスはいつからか私を憎むようになって…
セドリックは……

「………セドリック様の元に帰らなくちゃ…」 

私は邸宅までの道のりをひたすら歩き続けた。
徐々に薄暗くなる中、手持ちもない為馬車に乗ることも出来ず…
迎えに来てくれる家族もいない…
すっかり陽は落ち、人影もまばらになり…虚しさばかりが募っていく。

どのくらい歩いたのか…ようやく見えてきた我が家に安堵する。
たった三週間なのに、もうずっと離れていたような懐かしさを覚えてしまう。

玄関ホールに着いても使用人は見当たらず、邸宅全体が静寂に包まれているようだった。
私が三週間もいなかったのだ。
セドリックだけでは管理が行き届かなくても仕方ないだろう。

私はいつものように階段を上り、セドリックのいる執務室まで歩いて向かう。
きっと私が帰ってきたことを知れば彼は喜んでくれるはすだ。

「………?」

だが応接室の前に見慣れない人影を見つけて足が止まる。

帯剣を許されているところを見る限り、騎士のようではあるが…
何故、わざわざ騎士を配置しているのだろう?

……まさか、私を近づけない為?
どうして…?
私がまた何かするとでも…?

「あなたはどうしてここにいるの?」
「……申し訳ありません、どちら様でしょうか?」

私を案内したであろう使用人を探しているのか、彼女の目は後ろの廊下へ向けられる。
もちろん私一人で上がってきたのだから、ついてきている使用人などいない。

「…ふざけないでちょうだい、私はマクレーガン伯爵の妻よ。早くそこを退きなさい!」
「………」
「伯爵夫人だと言っているのよ!」
「…恐れながら、伯爵夫人がいらっしゃるとは伺っておりません。また、伯爵様は現在、来客を対応されていらっしゃいますのでお会いすることは出来ません。どうぞお引き取りください」

…すでに離縁が成立したから?伯爵夫人は…もう居ないとセドリックが言ったのだろうか…?

「いい加減に………この時間に来客?一体誰が?」
「それは部外者の方へはお答え致しかねます。伯爵様は予定にない来客を忌避される方ですので、どうぞお叱りを受ける前に速やかにお引き取りいただけませんか?」
「………そう…分かったわ」
「御理解頂けて幸いです…───」

珍しい女騎士を雇用するだなんて…一体なにを考えているのか。
騎士とは名ばかりで実力のない者ばかりだろうに。

「今すぐそこを退きなさい…死にたくなければ…」
「………」

引く姿勢を見せたことで警戒心が緩んだのか…
まさか、剣を奪われるまで棒立ちでいてくれるとは思わなかった。

剣を向けられようやく私の前から退いた騎士を横目に、自らドアを開けて私はセドリックのいる応接室へと入る。

その先に何があるのかも知らずに…
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...