【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第二章~Re: start~

飯食いに来ただけなんでっ!

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とうとうアネスティラの舞踏会デビューが近づいてきた。

この記念すべき日に向けて邸宅内はお祭り状態となっている。
アネスティラの夜会用のドレス制作から始まり、靴から装飾品まで多様な種類を取り揃えてダリアやアネスティラが気に入ったものを片っ端から購入していく。

その大量に仕入れた品が納品されるタイミングにあわせて、ダリアの指示によりアネスティラのクローゼットの中を一掃することになった。
そうしたイベントが続いたことで邸宅内にも人員が増やされた訳だが…

「…アネスティラお嬢様」
「どうしたの?アイリス」
「邸宅内で新しくメイドが雇用された件なのですが…」
「そうね、お母様からも気に入った子がいたら専属にしてもいいと言われているわ」
「……フローという少女が素直で良さそうだと思いまして…」
「ん~そうね、私としてはの子の方が気に入ってたのだけど…アイリスがそう言うならそうするわ。使用人同士の相性も大切だものね」
「…ありがとうございます」

そう、予想外なことにノワが送り込まれてしまったのだ。
何故なのかは全く分からなかったが、ヘリオによる潜入であることは確かだろう。

今のアネスティラは全くと言っていいほどなんの悪さもしていない。
性格が落ち着いてからは社交界での評判も良い方だった。

これが王子妃候補に対する内偵調査のようなものならば問題はないだろうが、ヘリオが絡んでくるだけで私の心中は穏やかではいられなかった。

極力アネスティラにもシリウスにも近づかれないよう、ノワには洗濯場を担当させることにした。
その方が私と絡む機会も最小限に抑えられると思ってのことだった。

それがまさかこんなことになるなんて…


「………」
「…アイリスさんは私のことが嫌いなんですか?」

敷地内の一角で私はノワに問い詰められていた。
直接乗り込まれるとは思っていなかった私は、諜報員という存在の認識を改めることにする。
今までは隠密的に情報を収集するイメージが強かったのだが…情報の為ならこんなに過激なこともできる人、それが諜報員だったらしい。

「そんなつもりは…」
「ではどうして私を避けるんですか?!」
「そ、れは…」

思わず言葉に詰まってしまう。

「同じ時期に入ったフローをアネスティラお嬢様の側仕えに推薦されたと聞きました!」
「……ええ、まぁ…そうね…」
「何故私はダメなのですか?!」

ここで私が決定権はアネスティラにある、などと言おうものならそのままアネスティラのところまで乗り込みかねない勢いだ。

「私の何がいけないのでしょう?足りないところがあるのなら仰ってください!!」
「う~ん…そうねぇ……」

───ガサッ…。

「……あれ?アイリスさん?すみません、お邪魔でしたか?」
「あ、大丈夫ですよ」
「………私は仕事に戻ります…また来ますから!」

突然現れた第三者にノワはすぐ引き下がった。
一応目立つ行動はしないよう気をつけているようで安心する。

「はぁ…変なところを見られてしまいましたね」
「いいえ、なんだか困っていたようだったので…お役に立てたなら良かったです」

助けに来てくれたのは以前話題に登っていた厩の息子のレオだ。
半年前ジェナからの紹介で知り合ってからは、たまにだがこうして会うことが増えていた。

「実は、昼食を取りに厨房へ行こうとしていたんですけど…」
「あらそうなんですね、でしたら一緒に行きませんか?私もまだなので」
「はい!ぜひ!」

そう言ってレオは並んで歩き出す。
厩を担当していた父親から正式に仕事を引き継いでから、レオは食事を厨房で取るようになった。
それまでは厨房で用意してもらった弁当を父親が持ち帰り、二人で外で食べていたそうだ。
邸宅内を使用人の子どもがうろちょろするのは良くないという父親の考えからそうしていたらしい。
どおりで何年もいる割に一度も会ったことがないはずだ。

「…先程の事は、どうか内密にしてもらえませんか?」
「あぁ、アイリスさんがそんなことをする子じゃないってことは、邸宅の使用人ならみんな分かってくれてると思いますよ」
「ん~その懸念もありますけど、ノワが悪く言われるようなことも避けたいので、見なかったことにしていただけると助かります」
「…アイリスさんは優しすぎますよ。アイリスさんにあんな風に詰め寄るなんて人間性を疑います」
「………ふふっ…人間性を疑うだなんて…」

レオが誰かを悪し様に言うのを初めて聞いてつい笑ってしまう。

「…なんで笑うんですか?!」
「ふふっ、いえ…珍しいなって、つい…」
「珍しいって……俺は、アイリスさんを心配してるだけで…」
「はい。ありがとうございます」
「……いや、お礼を言って欲しいわけではなくて……」

照れたように頭を搔くレオと並んで裏口から厨房へと入ると、ロアンだけでなくジェナとリニィもいた。

「あら!アイリスってばレオと一緒に入ってきてどういう風の吹き回し?!」
「お疲れ様です。風の吹き回しもなにも、そこでばったり会っただけですよ」
「……レオ、あんた…」
「───…自分は昼飯食いに来ただけなんでっ!!」
「たま付いてないん「ジェナ~?アイリスちゃんに変な言葉を教えないでよ!!」

一気に騒がしくなった厨房にロアンは顔を顰めながらも、私とレオにすぐ昼食を出してくれる。

「最近忙しくてあんまり食べてないだろ?」
「…失礼ですね。食べていますよ、ちゃんと」
「一日一食は食べたうちに入らないんだよ」
「…料理長ってなんだかアイリスさんのお父さんみたいですね」
「レオもそう思います?」
「くだらないこと言ってないでちゃん食え。お前の分はちゃんと取っておいてあるから、遅くなっても必ず食べに来いよ」
「……」

それだけ言うとロアンはかまどの方へと行ってしまう。

そうは言っても、私が一日厨房に寄れなかった時、実はロアンが部屋まで夕食を持ってきてくれていた。
ロアンには手間をかけさせて申し訳ないが、今はスケジュール的にそうして貰えると助かるので続けて欲しいというのが本音だった。
まぁそれをみんなの前であえて言うことではないと思い、無言でサラダにフォークを刺しながらもぐもぐと口を動かす。

「…もし、良かったら…俺が夕食を部屋まで運びましょうか?夕方は終業してるんで…余裕ありますし」
「レオ!よく言ったわ!!」
「ふざけないでジェナ!!女の子の部屋に勝手に入るなんて絶対許されないわ!!」
「そうですね。レオ私の部屋に勝手に入ってはいけませんよ?」
「……はい」
「お気持ちだけありがたく受け取っておきます。私をいつも気にかけてくれてありがとうございます」
「……アイリスさん」

そう言うと、かまどの前にいたロアンと目が合う。
少しだけ口の端を上げるとロアンも笑って鍋に視線を戻すのだった。
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