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第二章~Re: start~
綺麗な背中よ…
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一年後。
シリウスは士官学校へ入学し、専属侍女を正式に解任された私はロアンからの引き抜きで厨房の担当になっていた。
ロアンの元で料理を学び、毎日忙しくなく働きながらも充実した日々を送っていた。
当然ではあったが…
アネスティラの侍女ではなくなった為、シリウス以外のマクレーガン家の人間に会う機会はほとんどなくなってしまった。
アネスティラが普段どのように過ごしているのか、侍女であるフローからたまに聞くことしか出来なかったが、社交場にもきちんと参加しているらしいので思っていたより元気に過ごしているようだ。
そして…
一年経った今でも、私はオリヴィエ王妃の話し相手として定期的に王宮へ招かれていた。
オリヴィエ王妃は変わらず私を実の娘のように可愛がってくれている。
だが私がオリヴィエ王妃やコンラッド王子と会っている間、ヘリオが側にいたことは今まで一度もなかった。
そのことが気になって、律儀にも毎度私を馬車で送ってくれるコンラッド王子に尋ねてみた。
「大公家のことは、君も知っているだろうか?」
「……謀叛の罪を着せられ…一族郎党処刑された、と…」
「そうだ。その時なのだ…母上が妹を身ごもっていたのは…」
「───」
「シルヴィア様とヘリオの助命を嘆願していた母上は、極度のストレスから妹を流産してしまったそうだ。大公家の件は大公の弟である父上だけでなく、母上にも深い傷を遺してしまった…だからヘリオは、十数年経った今でも、母上に会わないよう細心の注意を払ってくれているだけだ」
「………あの、ヘリオ様のお母様は…?」
「あぁ…シルヴィア様は、自ら西の塔に蟄居されることを選んだ。父上と母上に合わす顔がないと…ヘリオも納得してのことだ。あいつは…私を王にする為に全てを捨ててくれたのだ」
「………」
市井で語られる噂だけでヘリオのことを判断していたことを恥じる。
当事者の口から語られること以上に信じられるものは無いだろう。
ヘリオに対して偏見があったことに気づかされる。
同じく、ノワに対しても…
もし…
ヘリオの元を離れる前に、もっとしっかり話を聞いていたなら何か変わっていたのだろうか?
そんな無意味なことをつい考えてしまいそうになる。
「殿下は…ヘリオ様のことをとても大切にされていらっしゃるのですね…」
「まぁ…私にとっては唯一、義兄さんと呼べる人だからね…」
「………」
コンラッド王子は道中、他にもたくさんの話を聞かせてくれた。
恐らく、私の状況をヘリオから聞いているのだろう。
オリヴィエ王妃に付き合ってくれる私への恩返しのつもりなのかは分からないが…
社交界やアネスティラについても詳しく教えてくれた。
私が専属侍女から外れて程なく…
アネスティラは社交界に戻り、しばらくして薬が若い貴族子女の間で流行りだしたそうだ。
回帰前と同様、オフィーリア以外の婚約者候補はこの薬にすっかりハマってしまっており、王家の方でも対応に苦戦しているらしい。
一方アネスティラは…
「どういった事情があるのかは分からないが、アネスティラ嬢はオフィーリアと以前よりも親しくしているらしい…オフィーリアが参加するパーティーでは常に側にいるそうだ」
「そう…ですか…」
それらは全て、回帰前と同じで…まるで決まったシナリオ通りに動かされているようにも思えた。
「……アネスティラ嬢は、すっかり変わってしまったな…」
「………」
「恐らく、君という枷がなくなってしまったことが大きいのだろう。代わりに側にいるオフィーリアも一体何を考えているのか…ここまで社交界が乱れているというのに全く対処する様子も見受けられないのだ…」
「あの……オフィーリア様には仲の良い…幼なじみの男爵様がいらっしゃいますか?」
「…よく知ってるな。確かにオフィーリアには昨年男爵位を賜った幼なじみが一人いる。私もよく知っている人間だ。彼がどうかしたのか?」
「……いえ、少し…噂を耳にしただけです」
「………」
私がここでオフィーリアが怪しいと言ったところでなんの証拠もない為、突拍子もない話だと一蹴されるのがオチだろう。
今はコンラッド王子が男爵へ少しでも興味を持つよう仕向けられれば十分だ。
それでもコンラッド王子が男爵を見過ごすのなら、オフィーリアが一枚上手だったということで私の諦めもつく。
「………アネスティラお嬢様は、薬の件に関わっているのでしょうか?」
「…それは…すまないが、機密事項にあたるのでここで君に言うことは出来ない」
「そうですか…」
その返答だけで十分だった。
アネスティラは同じ道を歩んでいる…
それがオフィーリアの意思によるものなのかは分からなかったが、既に今の私ではどうすることも出来ないところまで来てしまっていた。
「?……───」
馬車を見送った後、邸宅の裏口へ向かっている途中で視線を感じて二階を見上げるとバルコニーからアネスティラが私を見下ろしていた。
恐らく…王宮の馬車から降りてきたところも見ていただろう。
険しい表情のアネスティラに思わず気圧されてしまう。
「………」
ぺこりと頭を下げて私は裏口へと再び歩き出す。
気持ちばかりが急いて早歩きをしてもまだ足りないくらいだった。
おかしい…
アネスティラのやつれ具合が尋常ではなかった。
「───…フロー!!」
「アイリス?どうしたんだ?」
「ロアン!フローが今どこにいるか知ってる?」
「フローならもう部屋に戻ってると思うけど、どうかしたの?」
「───…」
厨房にいたゾフィーの言葉に私は使用人達が住む宿舎へと駆け出す。
まだ日が沈みきってもいないこの時間に、アネスティラを放置して宿舎へ戻るなんて有り得ないことだった。
「フロー!!」
「───…アイリスさん?!」
フローに割り当てられている部屋のドアを開けると私は断りもなく中へと入っていく。
フローはアネスティラの侍女となってからも、他の使用人と同様この宿舎の部屋を二人で使っていた。
その相手はノワだった。
ノワは珍客である私の突然の登場に目を丸くしている。
そして、ベッドで寝転がってくつろいでいたフローもきょとんとしながら私を見上げていた。
「……フロー、お嬢様のお世話はもう終わったの?」
「え?あ、はい。お嬢様から下がっていいと言われましたので…」
「お嬢様のことで私に報告すべきことがあるのではないの?」
「………報告、ですか?アイリスさんに?特にありませんけど…」
「あんなにやつれてしまっているのに…報告はないですって?!」
「……あぁ!だって、アイリスさんはもうお嬢様の侍女じゃなくなったじゃないですか。私がお嬢様のことをどうしてアイリスさんに報告しなければならないのですか?」
「………」
「私、間違っていませんよね?奥様にはきちんと報告していますし、特に問題はないかと思います」
「なら…お嬢様がやつれてしまった理由を、あなたは知っているね?」
「………はぁ、それ言います?まぁ今更私がどうこうできることでもないので別にお話しますけど…あれは薬をしているからですよ、アネスティラお嬢様が」
「───」
この子は一体何を言っているのだろうか?
視界がぐにゃりと曲がるような感覚に思わず身体がふらついてしまう。
「あなた…まさか、知ってて黙認したの?」
「黙認…?あははっ、言えるわけないじゃないですか…私がアネスティラお嬢様に逆らえると本気で思っているのですか?すぐに癇癪を起こして鞭を振るうようなあの野蛮なお嬢様に…?あなたが居なくなって、私がどれほど辛い思いをしたか知ってて言ってるわけ?!」
「───」
ノワを牽制する為とはいえ、フローをアネスティラに推薦したのは私だ。
こんなことならノワを専属に推薦するべきだった。
今更後悔しても無意味ではあるが…
ノワは割り当てられた仕事に対して誠実にこなしてくれていた。
少なくともアネスティラが薬に手を出すことだけは阻止してくれたはずだ。
かつての私に接してくれたように…
自身のお嬢様として、出来うる限りのことをしてくれたはずなのだ。
私は泣きじゃくるフローを冷たく見下ろしていた。
「直接逆らえなくても、私に相談するなり薬自体を隠すなり対処は出来たはずよ!」
「……それは…」
「薬をすることがどれだけ危険なことか…感情の起伏が激しくなって、あなたへの折檻だって酷くなったのではないの?!」
「………」
「お嬢様に…鞭を振るわれていたんでしょう?」
「……ええ、そうです」
歯切れの悪さに私は開けっ放しにしていたドアを後ろ手で閉める。
「───」
ぎくりっと揺れる肩を見て確信する。
目の前で泣きじゃくれば疑いもせず同情してくれるはず、とでも思っていたのだろう。
これは…フローの性根に気づけなかった私の落ち度だ。
「………ノワ、フローの服を脱がしてちょうだい」
勘のいいノワは私の言葉の意味に気づいたようですぐにフローを押えてくれる。
「フロー、何処を叩かれたの?鞭で叩かれたなら多少なりとも傷痕が残っているでしょう?」
「も、もうだいぶ前の事なので…」
「何処を叩かれたの?」
「………背中です、鞭は服の上から何度か…」
すぐにフローの服を割いてノワが背中を見せてくれる。
傷一つない綺麗な背中だった。
本当に鞭を振るわれたのかすら怪しいが…
仮にフローの言葉が本当で何度か鞭を振るわれたのだとしても、恐らく軽い躾程度のものだろう。
「……羨ましくなるほどに…綺麗な背中よ。一筋の痕も残っていないから安心なさい」
「フロー、服の上からだろうと本気の鞭で叩かれたなら肉は簡単に裂けるわよ?お嬢様は躾程度の脅しで振るっただけなんじゃない?」
「………そ、れは…」
ノワの言葉に驚いてしまう。
諜報員という特殊な仕事柄、ノワもそういった経験があるのだろうか?
そういえば回帰前、私のお世話をしてくれていたノワは私の傷痕も知っていたが、私はノワの肌を一度たりとも見たことがなかった。
今世ではフローはノワと同時期に入ってきた。
回帰前、フローが伯爵邸に来ていたかは記憶が定かではなかったこともあり、フローもヘリオの諜報員ではないか?と疑ったこともあったが、今の様子を見る限り二人は本当に無関係なようだ。
「アイリスさん、私がフローから話を聞いておきます」
「………ありがとう、私はお嬢様のところへ行ってくるからお願いね…」
顔を真っ青にするフローを残して私は部屋を後にする。
ノワがどのように聞き出すのかは分からなかったが、荒事の専門家であるノワに任せれば間違いはないだろう。
何があったのかはヘリオを通してコンラッド王子にも伝わるだろうが…
それがアネスティラにとって良い結果を得られることを願うしかなかったのだった。
シリウスは士官学校へ入学し、専属侍女を正式に解任された私はロアンからの引き抜きで厨房の担当になっていた。
ロアンの元で料理を学び、毎日忙しくなく働きながらも充実した日々を送っていた。
当然ではあったが…
アネスティラの侍女ではなくなった為、シリウス以外のマクレーガン家の人間に会う機会はほとんどなくなってしまった。
アネスティラが普段どのように過ごしているのか、侍女であるフローからたまに聞くことしか出来なかったが、社交場にもきちんと参加しているらしいので思っていたより元気に過ごしているようだ。
そして…
一年経った今でも、私はオリヴィエ王妃の話し相手として定期的に王宮へ招かれていた。
オリヴィエ王妃は変わらず私を実の娘のように可愛がってくれている。
だが私がオリヴィエ王妃やコンラッド王子と会っている間、ヘリオが側にいたことは今まで一度もなかった。
そのことが気になって、律儀にも毎度私を馬車で送ってくれるコンラッド王子に尋ねてみた。
「大公家のことは、君も知っているだろうか?」
「……謀叛の罪を着せられ…一族郎党処刑された、と…」
「そうだ。その時なのだ…母上が妹を身ごもっていたのは…」
「───」
「シルヴィア様とヘリオの助命を嘆願していた母上は、極度のストレスから妹を流産してしまったそうだ。大公家の件は大公の弟である父上だけでなく、母上にも深い傷を遺してしまった…だからヘリオは、十数年経った今でも、母上に会わないよう細心の注意を払ってくれているだけだ」
「………あの、ヘリオ様のお母様は…?」
「あぁ…シルヴィア様は、自ら西の塔に蟄居されることを選んだ。父上と母上に合わす顔がないと…ヘリオも納得してのことだ。あいつは…私を王にする為に全てを捨ててくれたのだ」
「………」
市井で語られる噂だけでヘリオのことを判断していたことを恥じる。
当事者の口から語られること以上に信じられるものは無いだろう。
ヘリオに対して偏見があったことに気づかされる。
同じく、ノワに対しても…
もし…
ヘリオの元を離れる前に、もっとしっかり話を聞いていたなら何か変わっていたのだろうか?
そんな無意味なことをつい考えてしまいそうになる。
「殿下は…ヘリオ様のことをとても大切にされていらっしゃるのですね…」
「まぁ…私にとっては唯一、義兄さんと呼べる人だからね…」
「………」
コンラッド王子は道中、他にもたくさんの話を聞かせてくれた。
恐らく、私の状況をヘリオから聞いているのだろう。
オリヴィエ王妃に付き合ってくれる私への恩返しのつもりなのかは分からないが…
社交界やアネスティラについても詳しく教えてくれた。
私が専属侍女から外れて程なく…
アネスティラは社交界に戻り、しばらくして薬が若い貴族子女の間で流行りだしたそうだ。
回帰前と同様、オフィーリア以外の婚約者候補はこの薬にすっかりハマってしまっており、王家の方でも対応に苦戦しているらしい。
一方アネスティラは…
「どういった事情があるのかは分からないが、アネスティラ嬢はオフィーリアと以前よりも親しくしているらしい…オフィーリアが参加するパーティーでは常に側にいるそうだ」
「そう…ですか…」
それらは全て、回帰前と同じで…まるで決まったシナリオ通りに動かされているようにも思えた。
「……アネスティラ嬢は、すっかり変わってしまったな…」
「………」
「恐らく、君という枷がなくなってしまったことが大きいのだろう。代わりに側にいるオフィーリアも一体何を考えているのか…ここまで社交界が乱れているというのに全く対処する様子も見受けられないのだ…」
「あの……オフィーリア様には仲の良い…幼なじみの男爵様がいらっしゃいますか?」
「…よく知ってるな。確かにオフィーリアには昨年男爵位を賜った幼なじみが一人いる。私もよく知っている人間だ。彼がどうかしたのか?」
「……いえ、少し…噂を耳にしただけです」
「………」
私がここでオフィーリアが怪しいと言ったところでなんの証拠もない為、突拍子もない話だと一蹴されるのがオチだろう。
今はコンラッド王子が男爵へ少しでも興味を持つよう仕向けられれば十分だ。
それでもコンラッド王子が男爵を見過ごすのなら、オフィーリアが一枚上手だったということで私の諦めもつく。
「………アネスティラお嬢様は、薬の件に関わっているのでしょうか?」
「…それは…すまないが、機密事項にあたるのでここで君に言うことは出来ない」
「そうですか…」
その返答だけで十分だった。
アネスティラは同じ道を歩んでいる…
それがオフィーリアの意思によるものなのかは分からなかったが、既に今の私ではどうすることも出来ないところまで来てしまっていた。
「?……───」
馬車を見送った後、邸宅の裏口へ向かっている途中で視線を感じて二階を見上げるとバルコニーからアネスティラが私を見下ろしていた。
恐らく…王宮の馬車から降りてきたところも見ていただろう。
険しい表情のアネスティラに思わず気圧されてしまう。
「………」
ぺこりと頭を下げて私は裏口へと再び歩き出す。
気持ちばかりが急いて早歩きをしてもまだ足りないくらいだった。
おかしい…
アネスティラのやつれ具合が尋常ではなかった。
「───…フロー!!」
「アイリス?どうしたんだ?」
「ロアン!フローが今どこにいるか知ってる?」
「フローならもう部屋に戻ってると思うけど、どうかしたの?」
「───…」
厨房にいたゾフィーの言葉に私は使用人達が住む宿舎へと駆け出す。
まだ日が沈みきってもいないこの時間に、アネスティラを放置して宿舎へ戻るなんて有り得ないことだった。
「フロー!!」
「───…アイリスさん?!」
フローに割り当てられている部屋のドアを開けると私は断りもなく中へと入っていく。
フローはアネスティラの侍女となってからも、他の使用人と同様この宿舎の部屋を二人で使っていた。
その相手はノワだった。
ノワは珍客である私の突然の登場に目を丸くしている。
そして、ベッドで寝転がってくつろいでいたフローもきょとんとしながら私を見上げていた。
「……フロー、お嬢様のお世話はもう終わったの?」
「え?あ、はい。お嬢様から下がっていいと言われましたので…」
「お嬢様のことで私に報告すべきことがあるのではないの?」
「………報告、ですか?アイリスさんに?特にありませんけど…」
「あんなにやつれてしまっているのに…報告はないですって?!」
「……あぁ!だって、アイリスさんはもうお嬢様の侍女じゃなくなったじゃないですか。私がお嬢様のことをどうしてアイリスさんに報告しなければならないのですか?」
「………」
「私、間違っていませんよね?奥様にはきちんと報告していますし、特に問題はないかと思います」
「なら…お嬢様がやつれてしまった理由を、あなたは知っているね?」
「………はぁ、それ言います?まぁ今更私がどうこうできることでもないので別にお話しますけど…あれは薬をしているからですよ、アネスティラお嬢様が」
「───」
この子は一体何を言っているのだろうか?
視界がぐにゃりと曲がるような感覚に思わず身体がふらついてしまう。
「あなた…まさか、知ってて黙認したの?」
「黙認…?あははっ、言えるわけないじゃないですか…私がアネスティラお嬢様に逆らえると本気で思っているのですか?すぐに癇癪を起こして鞭を振るうようなあの野蛮なお嬢様に…?あなたが居なくなって、私がどれほど辛い思いをしたか知ってて言ってるわけ?!」
「───」
ノワを牽制する為とはいえ、フローをアネスティラに推薦したのは私だ。
こんなことならノワを専属に推薦するべきだった。
今更後悔しても無意味ではあるが…
ノワは割り当てられた仕事に対して誠実にこなしてくれていた。
少なくともアネスティラが薬に手を出すことだけは阻止してくれたはずだ。
かつての私に接してくれたように…
自身のお嬢様として、出来うる限りのことをしてくれたはずなのだ。
私は泣きじゃくるフローを冷たく見下ろしていた。
「直接逆らえなくても、私に相談するなり薬自体を隠すなり対処は出来たはずよ!」
「……それは…」
「薬をすることがどれだけ危険なことか…感情の起伏が激しくなって、あなたへの折檻だって酷くなったのではないの?!」
「………」
「お嬢様に…鞭を振るわれていたんでしょう?」
「……ええ、そうです」
歯切れの悪さに私は開けっ放しにしていたドアを後ろ手で閉める。
「───」
ぎくりっと揺れる肩を見て確信する。
目の前で泣きじゃくれば疑いもせず同情してくれるはず、とでも思っていたのだろう。
これは…フローの性根に気づけなかった私の落ち度だ。
「………ノワ、フローの服を脱がしてちょうだい」
勘のいいノワは私の言葉の意味に気づいたようですぐにフローを押えてくれる。
「フロー、何処を叩かれたの?鞭で叩かれたなら多少なりとも傷痕が残っているでしょう?」
「も、もうだいぶ前の事なので…」
「何処を叩かれたの?」
「………背中です、鞭は服の上から何度か…」
すぐにフローの服を割いてノワが背中を見せてくれる。
傷一つない綺麗な背中だった。
本当に鞭を振るわれたのかすら怪しいが…
仮にフローの言葉が本当で何度か鞭を振るわれたのだとしても、恐らく軽い躾程度のものだろう。
「……羨ましくなるほどに…綺麗な背中よ。一筋の痕も残っていないから安心なさい」
「フロー、服の上からだろうと本気の鞭で叩かれたなら肉は簡単に裂けるわよ?お嬢様は躾程度の脅しで振るっただけなんじゃない?」
「………そ、れは…」
ノワの言葉に驚いてしまう。
諜報員という特殊な仕事柄、ノワもそういった経験があるのだろうか?
そういえば回帰前、私のお世話をしてくれていたノワは私の傷痕も知っていたが、私はノワの肌を一度たりとも見たことがなかった。
今世ではフローはノワと同時期に入ってきた。
回帰前、フローが伯爵邸に来ていたかは記憶が定かではなかったこともあり、フローもヘリオの諜報員ではないか?と疑ったこともあったが、今の様子を見る限り二人は本当に無関係なようだ。
「アイリスさん、私がフローから話を聞いておきます」
「………ありがとう、私はお嬢様のところへ行ってくるからお願いね…」
顔を真っ青にするフローを残して私は部屋を後にする。
ノワがどのように聞き出すのかは分からなかったが、荒事の専門家であるノワに任せれば間違いはないだろう。
何があったのかはヘリオを通してコンラッド王子にも伝わるだろうが…
それがアネスティラにとって良い結果を得られることを願うしかなかったのだった。
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