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第二章~Re: start~
私の専属侍女ですわ
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「アネスティラ、今日はオルロン侯爵家のお茶会に出席するのでしょう?」
「はい、そうなんです!お母様」
オルロン侯爵令嬢は回帰前、もともとコンラッド王子の妃候補の中でも最有力ともくされていた方だった。
コンラッド王子が働きかけたことで私が筆頭候補となってしまったが、このままいけば今世ではオフィーリアが筆頭候補者として台頭することになるだろう。
まだ幼いアネスティラがどのように出るのか。
そこが、復讐の第一歩になる。
そんなことを考えながら、アネスティラの後ろで控えながら真面目な顔で二人の話を聞いていた。
ダリアの隣に座るシリウスから熱心な視線を感じたものの、今までのように視線を合わせるつもりはなかった。
あのやり取りから三ヶ月…
シリウスとは必要最低限しか関わっていない。
私は極力アネスティラの部屋か自室で過ごすようにし、使用人達とのコミュニケーションも厨房や井戸周りなどマクレーガン家の人が近寄らない場所で過ごすようにしていた。
「………」
シリウスも私が避けていることに気づいているのか、積極的に話しかけるようなことはしなかった。
ただこんな風にじっと見つめて無言で不満を訴えてくるので、耐えかねた私の良心の方が先に折れてしまいそうではある。
「お母様、今日はアイリスを連れて行ってもいいですか?」
「……前もそんなことを言っていたわね?」
「オフィーリア様達は他家のお茶会にも専属侍女を連れ回っていると聞きました!前回のハロディア伯爵家でのお茶会で私もオフィーリア様の侍女を見ましたわ!私も連れて行っていいでしょう?」
「侯爵家位の侍女ならば家門一族の娘でれっきとしたご令嬢でしょう。アイリスのような平民の娘を連れて行ってもあなたが恥をかくだけですよ」
「そんなことありません!侍女がどこの出身かなんて聞く人なんていませんもの!私にも…ちゃんと専属侍女がいることを皆に知って欲しいのです」
「はぁ……アイリス、新しいお仕着せを準備してアネスティラに付いて行きなさい」
アネスティラの熱意に根負けしたダリアが外出の準備を命じてくる。
「…はい、かしこまりました」
「アネスティラ、いいわね?アイリスにはあなたのお世話だけさせるように…勝手に厨房へ行かせたり、お邸を探らせるようなことをしてはダメよ?」
「そんなことしません!」
「それからアイリスは絶対にアネスティラの側から離れないように…」
「承知致しました」
「アネスティラ…来年には十五歳になるのだからいつまでも子どものように騒ぎを起こさないで…行動には十分気をつけてちょうだい」
「……わかっています」
邸宅内で開かれるパーティーなどは私も侍女としてよく参加していたが、家格が上のティーパーティーに連れていかれるのは今日が初めてだった。
回帰前は、姉妹として参加していたティーパーティー。
今の侍女という立場から参加することで何か収穫があればいいのだが…目下の目標はトラブルなく帰宅すること。
ダリアにあそこまで念押しをされてしまったのだ。
気を引き締めなければならないだろう。
*
「───…ようこそお越しくださいました、アネスティラ・マクレーガン伯爵令嬢。皆様お揃いですよ」
「ご招待頂きありがとうございます、オフィーリア様!」
「まぁ!アネスティラ様、そちらはもしや…?」
「ええ、私の専属侍女ですわ。お母様が私の為に直接教育してくださったのです」
「そう、ダリア様が直接…お名前をお伺いしてもいいかしら?」
「……はい、アイリスと申します」
「ふふっ…アイリスさんね、オルロン侯爵家へようこそ。ぜひ楽しんでいってちょうだい」
私は深く一礼すると、アネスティラの後ろについてゆっくりと歩き出す。
どうやら、アネスティラはこのお茶会ではまだ新参者として扱われているようだ。
高位貴族家の集まりだというこのお茶会の参加者は八人で、侯爵家位のご令嬢は五人、伯爵家のご令嬢は二人だと説明される。
回帰前に私が話したことがある人はそのうちの一人…ナーシャル伯爵令嬢のみ。
もう一人の令嬢は…モンタナ家のミラと名乗っていたが何故か家名を聞いても思い出せなかった。
テーブルの上には様々な一口サイズのお菓子が並べられ、等間隔に花が飾られている。
アネスティラはオフィーリアから最も離れた末席に座ることになった。
全員が着席すると同時に始まった華やかなティーパーティー。
オルロン家のメイドが各席のご令嬢にお茶を淹れ、言えば気になるお菓子も取ってくれる。
私の存在意義に疑問を抱きそうになるが、アネスティラは私がいる事で満足なのだろうと判断する。
侯爵令嬢達は各々専属侍女を連れてきていたらしい。
勝手知ったると言わんばかりに鼻高々な様子が見て取れた。
各々お茶とお菓子を楽しむ中、最初に口を開いたのはミラだった。
「私…アネスティラ様にずっとお会いしたかったのです!」
「……私に、ですか?」
「あらアネスティラ様は、モンタナ家をご存知ないのかしら?」
「……いえ、そんなことは…」
「そうよね、当然ご存じよね。ミラはアネスティラ様とお会いしたことがあるの?」
「い、いえ…お会いしたことはありませんが…アネスティラ様の美しさは有名ですから、私が勝手に存じ上げているだけで…まさかアネスティラ様に知って頂いていただなんて光栄です!」
素朴な外見に日に焼けた肌。
正直、ミラは伯爵家の令嬢としては教養が足りていないように見える。
同じ伯爵家位であるはずのアネスティラに知っていて貰えて光栄、という言葉も引っかかる。
何より、侯爵令嬢達がミラと呼び捨てにするのであれば、余程知己の仲なのか…家格がかなり下かのどちらかしかないだろう。
子爵か男爵か…
このパーティーが高位貴族家の集まりと呼ばれている、というのが思い込みの原因になっているのだろう。
周りが勝手に言っているだけで、主催者であるオフィーリアは知人友人を招待しているだけなのだから、男爵家の令嬢が招待されていてもなんらおかしくはない。
だがもし、オフィーリアの言う伯爵家位は二人というのがアネスティラを含めての話であれば…現状の座席はミラの下にアネスティラが座っていることになる。
アネスティラがそれに気づいた時、騒ぎになるのは目に見えていた。
「………」
想像しただけで頭が痛くなってくる。
「アネスティラ様、侍女のアイリスさんはとても素敵な髪色をされていますのね」
「アイリス、ですか?そう…ですね」
「銀髪なのかしら…?でも日の光のせいかなんだか真っ白にも見えるわ、不思議」
「マテニアったら…」
「……光の加減で色が変わるところは本人も気に入っているそうです。自分の色を誇れるなんて素敵ですよね?」
「…ええ、本当に…」
なんの反応も起こさない私に代わりアネスティラが答えてくれていたのだが、驚いたことにアネスティラは私を庇ってくれたようだ。
おそらく自分の侍女をバカにされるのは見過ごせなかったのだろうが…
私からして見れば、彼女達からどのような評価を受けようとも大した問題ではなかった。
だが、アネスティラにそんなことを言われてしまっては私も彼女を守らなければならないだろう。
たとえ、初対面で白髪をお婆さんみたい、と笑われた過去があったとしても…
「あぁ、そう言えば…モンタナ家のご当主さまはお元気かしら?」
「あ、はい!最近は仕事が忙しいようですが、とてもお元気です」
「モンタナ家といえば…たしか事業をなさっていらっしゃるのよね?」
「…はい、私もよく父のお手伝いをしているのですが…」
「まぁ、お父様のお仕事をお手伝い出来るなんて素晴らしい才能だわ!」
「そう思わない?アネスティラ様」
「……ええ、そうですわね…」
父親の事業を手伝わなければならないミラを貶しているようにも聞こえるし、具体的な事業名を言わない点ではアネスティラが口を挟んで自滅するのを狙っているようにも思える。
それとも私の思いすごしなのか…決め手に欠ける。
しばらくしてお茶のお代わりと追加のお菓子が配られた。
ドライフルーツやナッツがふんだんに使われたパウンドケーキだった。
侯爵令嬢の専属侍女達が取り仕切ってくれていたのだが、アネスティラの前に置かれたお菓子の断面に虫が混ぜされていることに気づいた。
あえてアネスティラにだけ見えるよう調整されているところに悪意を感じる。
「こちらは事前にミラから頂いたお菓子なんです。ぜひ皆様に食べていただきたいとのことでしたので、私の方で一つずつ行き渡るように準備させていただきました」
「………」
予想外なことに…
虫に気づいたはずのアネスティラは黙ったまま膝の上で拳を握っている。
私の知るアネスティラなら虫を見つけた瞬間、大声で騒ぎたてお皿ごとお菓子をひっくり返していたことだろう。
今朝のダリアの言葉を思い出して気づく。
アネスティラはずっとこのような低俗なお茶会に参加していたのだろうか。
そうして巧妙な罠を仕掛けられ、言外に見下され、耐えきれず癇癪を起こして批難されていた…?
今はダリアに問題を起こすなと釘を刺されたことで、アネスティラも彼女達の嘲笑に気づいていながら必死耐えているのだろう。
フォークでケーキを食べ始めた周りの御令嬢方に合わせて、震える手でフォークを握りしめるアネスティラ。
その姿を見ていられず、ケーキに手をつけないようアネスティラに耳打ちする。
「……」
しかし、アネスティラは迷っているのかフォークを手放す気配がない。
「まぁ、なんて美味しいのかしら!ミラはお菓子作りの才能があったのね!アネスティラ様、まだ食べていらっしゃらないの?あぁ、そうだわ!せっかく専属侍女を連れて来られたのですから、こちらのお菓子を…彼女に分け与えてはいかがかしら?」
「まぁマテニア様…なんてお優しいお言葉なの!」
「ノブレス・オブリージュは私達貴族の義務ですものね」
「「ええ、そうね!」」
「…そう、ですね…」
「………」
マテニア達の言葉に躊躇いながらも同意するアネスティラ。
さて、どうしたものか…。
もちろん私もこんなものをアネスティラの代わりに食べてあげようという考えはない。
「………」
観察するように私を眺めているオフィーリアの視線に気づいて目が合ってしまう。
「ふふ…とっても美味しいですよ?マテニアの言う通り…宜しければアイリスさんもお召し上がりになりませんか?」
「そうよ、私はもう食べ終わってしまったわよ?ミラ、本当に美味しかったわ」
どうやら主催者であるオフィーリアもこの件を認知しているらしい。
アネスティラはどうやら、随分と疲れる人達とお付き合いをしているようだ。
皆同じケーキを受け取っていたので、恐らく切り分けた後での細工なのだろう。
それをこの席に座る侯爵令嬢達は知っているのだ。
もちろん、虫のところさえきちんと避ければ難なくやり過ごせるかもしれないが、アネスティラ一人だけケーキを食べ残してしまえば彼女達から批難されるだろう。
そこで今更虫が付いていると反論しようものなら、虫入のケーキでも食べる令嬢と揶揄され、取り分けられた時点で虫が付いていると騒いでも自作自演を疑われるはずだ。
生まれが高貴な貴族の考える嫌がらせはどれも回りくどくて悪質なので、回帰前でも好きにはなれなかった習慣の一つだった。
仕方なく、私はアネスティラの横につきケーキへと手を伸ばす。
「───…お嬢様、失礼致します」
ケーキを皿ごと回収すると、テーブルに並べられているケーキスタンドから、チーズケーキを取ってアネスティラの前に置く。
「お嬢様は、こちらをお召し上がりください」
「……アイリス…」
「───…あなた!!一体どういうつもり…?これは皆さんのためにミラが用意してくれたお菓子なのよ?主催者であるオフィーリア様にも失礼な行為だわ!!」
「…恐れながら、よろしいでしょうか?」
「…ええ、どうぞ」
オフィーリアが興味深そうに許可を出してくれる。
「実は、アネスティラお嬢様はナッツアレルギーがございまして、こちらのケーキを召し上がることは出来ません。ダリア奥様からも注意するよう言いつけられておりますので、どうかご理解ください。もちろん、アネスティラお嬢様はお優しい方なので、ミラお嬢様のご好意を無下には出来ないとお考えになりフォークに手をつけられたのです。ですが仮に…ミラお嬢様が用意して下さったケーキを食べてアネスティラお嬢様が発作を起こすようなことがあれば…」
「「………」」
「それこそ大問題になりかねません…」
「そ、れは…まぁ、そうだけど…」
「…ですので、良ろしければこちらのケーキはマテニアお嬢様がお召し上がりになりませんか?とても、気に入られたようですし…」
「わ、私は結構よ!アネスティラ様の為に分けたものを…どうして私が!!」
「まだ手は付けておりませんので…遠慮なさらず…」
「ひっ!」
ケーキを皿ごとさっと差し出すと、わずかに悲鳴を上げたマテニアから払い除けられてしまう。
「きゃっ…!そこまで拒絶されるとは思いませんでした、気分を害されたのでしたら申し訳ございません。召し上がれないからと言って食べ物を粗末にするわけにいはいきませんし、マテニアお嬢様がお召になった方がミラお嬢様も喜ばれるかと思ってお伺いしただけなのですが…」
「───…結構よ!そんなもの!!……二つも食べれるほど私は大食らいではないの!!」
「そうでしたか、それは…残念です」
虫を仕込んだ犯人はマテニアだろうと確信してつい笑みが深くなる。
「「………」」
ケーキを片手に、ちらりと周りを見回すと全員から視線を逸らされてしまう。
どうやら、この短時間の間に随分と嫌われてしまったらしい。
「ふふ…アイリスさん、そのケーキは使用人に下げさせますわ」
「…恐れ入ります」
私達の会話を黙って聞いていたオフィーリアがベルを鳴らすと、私の手元にあったケーキはメイドによって回収されてしまった。
「…あぁ、そうだわ。是非、アイリスさんにお願いしたいことがあるの。他の使用人達と一緒に先に行っていてもらえないかしら?」
「……かしこまりました」
ダリアの懸念事項のもう一つ。
絶対にアネスティラから離れないように…
これは守れそうにないな…と思いながら、私は先導してくれる侍女達について行くのだった。
「はい、そうなんです!お母様」
オルロン侯爵令嬢は回帰前、もともとコンラッド王子の妃候補の中でも最有力ともくされていた方だった。
コンラッド王子が働きかけたことで私が筆頭候補となってしまったが、このままいけば今世ではオフィーリアが筆頭候補者として台頭することになるだろう。
まだ幼いアネスティラがどのように出るのか。
そこが、復讐の第一歩になる。
そんなことを考えながら、アネスティラの後ろで控えながら真面目な顔で二人の話を聞いていた。
ダリアの隣に座るシリウスから熱心な視線を感じたものの、今までのように視線を合わせるつもりはなかった。
あのやり取りから三ヶ月…
シリウスとは必要最低限しか関わっていない。
私は極力アネスティラの部屋か自室で過ごすようにし、使用人達とのコミュニケーションも厨房や井戸周りなどマクレーガン家の人が近寄らない場所で過ごすようにしていた。
「………」
シリウスも私が避けていることに気づいているのか、積極的に話しかけるようなことはしなかった。
ただこんな風にじっと見つめて無言で不満を訴えてくるので、耐えかねた私の良心の方が先に折れてしまいそうではある。
「お母様、今日はアイリスを連れて行ってもいいですか?」
「……前もそんなことを言っていたわね?」
「オフィーリア様達は他家のお茶会にも専属侍女を連れ回っていると聞きました!前回のハロディア伯爵家でのお茶会で私もオフィーリア様の侍女を見ましたわ!私も連れて行っていいでしょう?」
「侯爵家位の侍女ならば家門一族の娘でれっきとしたご令嬢でしょう。アイリスのような平民の娘を連れて行ってもあなたが恥をかくだけですよ」
「そんなことありません!侍女がどこの出身かなんて聞く人なんていませんもの!私にも…ちゃんと専属侍女がいることを皆に知って欲しいのです」
「はぁ……アイリス、新しいお仕着せを準備してアネスティラに付いて行きなさい」
アネスティラの熱意に根負けしたダリアが外出の準備を命じてくる。
「…はい、かしこまりました」
「アネスティラ、いいわね?アイリスにはあなたのお世話だけさせるように…勝手に厨房へ行かせたり、お邸を探らせるようなことをしてはダメよ?」
「そんなことしません!」
「それからアイリスは絶対にアネスティラの側から離れないように…」
「承知致しました」
「アネスティラ…来年には十五歳になるのだからいつまでも子どものように騒ぎを起こさないで…行動には十分気をつけてちょうだい」
「……わかっています」
邸宅内で開かれるパーティーなどは私も侍女としてよく参加していたが、家格が上のティーパーティーに連れていかれるのは今日が初めてだった。
回帰前は、姉妹として参加していたティーパーティー。
今の侍女という立場から参加することで何か収穫があればいいのだが…目下の目標はトラブルなく帰宅すること。
ダリアにあそこまで念押しをされてしまったのだ。
気を引き締めなければならないだろう。
*
「───…ようこそお越しくださいました、アネスティラ・マクレーガン伯爵令嬢。皆様お揃いですよ」
「ご招待頂きありがとうございます、オフィーリア様!」
「まぁ!アネスティラ様、そちらはもしや…?」
「ええ、私の専属侍女ですわ。お母様が私の為に直接教育してくださったのです」
「そう、ダリア様が直接…お名前をお伺いしてもいいかしら?」
「……はい、アイリスと申します」
「ふふっ…アイリスさんね、オルロン侯爵家へようこそ。ぜひ楽しんでいってちょうだい」
私は深く一礼すると、アネスティラの後ろについてゆっくりと歩き出す。
どうやら、アネスティラはこのお茶会ではまだ新参者として扱われているようだ。
高位貴族家の集まりだというこのお茶会の参加者は八人で、侯爵家位のご令嬢は五人、伯爵家のご令嬢は二人だと説明される。
回帰前に私が話したことがある人はそのうちの一人…ナーシャル伯爵令嬢のみ。
もう一人の令嬢は…モンタナ家のミラと名乗っていたが何故か家名を聞いても思い出せなかった。
テーブルの上には様々な一口サイズのお菓子が並べられ、等間隔に花が飾られている。
アネスティラはオフィーリアから最も離れた末席に座ることになった。
全員が着席すると同時に始まった華やかなティーパーティー。
オルロン家のメイドが各席のご令嬢にお茶を淹れ、言えば気になるお菓子も取ってくれる。
私の存在意義に疑問を抱きそうになるが、アネスティラは私がいる事で満足なのだろうと判断する。
侯爵令嬢達は各々専属侍女を連れてきていたらしい。
勝手知ったると言わんばかりに鼻高々な様子が見て取れた。
各々お茶とお菓子を楽しむ中、最初に口を開いたのはミラだった。
「私…アネスティラ様にずっとお会いしたかったのです!」
「……私に、ですか?」
「あらアネスティラ様は、モンタナ家をご存知ないのかしら?」
「……いえ、そんなことは…」
「そうよね、当然ご存じよね。ミラはアネスティラ様とお会いしたことがあるの?」
「い、いえ…お会いしたことはありませんが…アネスティラ様の美しさは有名ですから、私が勝手に存じ上げているだけで…まさかアネスティラ様に知って頂いていただなんて光栄です!」
素朴な外見に日に焼けた肌。
正直、ミラは伯爵家の令嬢としては教養が足りていないように見える。
同じ伯爵家位であるはずのアネスティラに知っていて貰えて光栄、という言葉も引っかかる。
何より、侯爵令嬢達がミラと呼び捨てにするのであれば、余程知己の仲なのか…家格がかなり下かのどちらかしかないだろう。
子爵か男爵か…
このパーティーが高位貴族家の集まりと呼ばれている、というのが思い込みの原因になっているのだろう。
周りが勝手に言っているだけで、主催者であるオフィーリアは知人友人を招待しているだけなのだから、男爵家の令嬢が招待されていてもなんらおかしくはない。
だがもし、オフィーリアの言う伯爵家位は二人というのがアネスティラを含めての話であれば…現状の座席はミラの下にアネスティラが座っていることになる。
アネスティラがそれに気づいた時、騒ぎになるのは目に見えていた。
「………」
想像しただけで頭が痛くなってくる。
「アネスティラ様、侍女のアイリスさんはとても素敵な髪色をされていますのね」
「アイリス、ですか?そう…ですね」
「銀髪なのかしら…?でも日の光のせいかなんだか真っ白にも見えるわ、不思議」
「マテニアったら…」
「……光の加減で色が変わるところは本人も気に入っているそうです。自分の色を誇れるなんて素敵ですよね?」
「…ええ、本当に…」
なんの反応も起こさない私に代わりアネスティラが答えてくれていたのだが、驚いたことにアネスティラは私を庇ってくれたようだ。
おそらく自分の侍女をバカにされるのは見過ごせなかったのだろうが…
私からして見れば、彼女達からどのような評価を受けようとも大した問題ではなかった。
だが、アネスティラにそんなことを言われてしまっては私も彼女を守らなければならないだろう。
たとえ、初対面で白髪をお婆さんみたい、と笑われた過去があったとしても…
「あぁ、そう言えば…モンタナ家のご当主さまはお元気かしら?」
「あ、はい!最近は仕事が忙しいようですが、とてもお元気です」
「モンタナ家といえば…たしか事業をなさっていらっしゃるのよね?」
「…はい、私もよく父のお手伝いをしているのですが…」
「まぁ、お父様のお仕事をお手伝い出来るなんて素晴らしい才能だわ!」
「そう思わない?アネスティラ様」
「……ええ、そうですわね…」
父親の事業を手伝わなければならないミラを貶しているようにも聞こえるし、具体的な事業名を言わない点ではアネスティラが口を挟んで自滅するのを狙っているようにも思える。
それとも私の思いすごしなのか…決め手に欠ける。
しばらくしてお茶のお代わりと追加のお菓子が配られた。
ドライフルーツやナッツがふんだんに使われたパウンドケーキだった。
侯爵令嬢の専属侍女達が取り仕切ってくれていたのだが、アネスティラの前に置かれたお菓子の断面に虫が混ぜされていることに気づいた。
あえてアネスティラにだけ見えるよう調整されているところに悪意を感じる。
「こちらは事前にミラから頂いたお菓子なんです。ぜひ皆様に食べていただきたいとのことでしたので、私の方で一つずつ行き渡るように準備させていただきました」
「………」
予想外なことに…
虫に気づいたはずのアネスティラは黙ったまま膝の上で拳を握っている。
私の知るアネスティラなら虫を見つけた瞬間、大声で騒ぎたてお皿ごとお菓子をひっくり返していたことだろう。
今朝のダリアの言葉を思い出して気づく。
アネスティラはずっとこのような低俗なお茶会に参加していたのだろうか。
そうして巧妙な罠を仕掛けられ、言外に見下され、耐えきれず癇癪を起こして批難されていた…?
今はダリアに問題を起こすなと釘を刺されたことで、アネスティラも彼女達の嘲笑に気づいていながら必死耐えているのだろう。
フォークでケーキを食べ始めた周りの御令嬢方に合わせて、震える手でフォークを握りしめるアネスティラ。
その姿を見ていられず、ケーキに手をつけないようアネスティラに耳打ちする。
「……」
しかし、アネスティラは迷っているのかフォークを手放す気配がない。
「まぁ、なんて美味しいのかしら!ミラはお菓子作りの才能があったのね!アネスティラ様、まだ食べていらっしゃらないの?あぁ、そうだわ!せっかく専属侍女を連れて来られたのですから、こちらのお菓子を…彼女に分け与えてはいかがかしら?」
「まぁマテニア様…なんてお優しいお言葉なの!」
「ノブレス・オブリージュは私達貴族の義務ですものね」
「「ええ、そうね!」」
「…そう、ですね…」
「………」
マテニア達の言葉に躊躇いながらも同意するアネスティラ。
さて、どうしたものか…。
もちろん私もこんなものをアネスティラの代わりに食べてあげようという考えはない。
「………」
観察するように私を眺めているオフィーリアの視線に気づいて目が合ってしまう。
「ふふ…とっても美味しいですよ?マテニアの言う通り…宜しければアイリスさんもお召し上がりになりませんか?」
「そうよ、私はもう食べ終わってしまったわよ?ミラ、本当に美味しかったわ」
どうやら主催者であるオフィーリアもこの件を認知しているらしい。
アネスティラはどうやら、随分と疲れる人達とお付き合いをしているようだ。
皆同じケーキを受け取っていたので、恐らく切り分けた後での細工なのだろう。
それをこの席に座る侯爵令嬢達は知っているのだ。
もちろん、虫のところさえきちんと避ければ難なくやり過ごせるかもしれないが、アネスティラ一人だけケーキを食べ残してしまえば彼女達から批難されるだろう。
そこで今更虫が付いていると反論しようものなら、虫入のケーキでも食べる令嬢と揶揄され、取り分けられた時点で虫が付いていると騒いでも自作自演を疑われるはずだ。
生まれが高貴な貴族の考える嫌がらせはどれも回りくどくて悪質なので、回帰前でも好きにはなれなかった習慣の一つだった。
仕方なく、私はアネスティラの横につきケーキへと手を伸ばす。
「───…お嬢様、失礼致します」
ケーキを皿ごと回収すると、テーブルに並べられているケーキスタンドから、チーズケーキを取ってアネスティラの前に置く。
「お嬢様は、こちらをお召し上がりください」
「……アイリス…」
「───…あなた!!一体どういうつもり…?これは皆さんのためにミラが用意してくれたお菓子なのよ?主催者であるオフィーリア様にも失礼な行為だわ!!」
「…恐れながら、よろしいでしょうか?」
「…ええ、どうぞ」
オフィーリアが興味深そうに許可を出してくれる。
「実は、アネスティラお嬢様はナッツアレルギーがございまして、こちらのケーキを召し上がることは出来ません。ダリア奥様からも注意するよう言いつけられておりますので、どうかご理解ください。もちろん、アネスティラお嬢様はお優しい方なので、ミラお嬢様のご好意を無下には出来ないとお考えになりフォークに手をつけられたのです。ですが仮に…ミラお嬢様が用意して下さったケーキを食べてアネスティラお嬢様が発作を起こすようなことがあれば…」
「「………」」
「それこそ大問題になりかねません…」
「そ、れは…まぁ、そうだけど…」
「…ですので、良ろしければこちらのケーキはマテニアお嬢様がお召し上がりになりませんか?とても、気に入られたようですし…」
「わ、私は結構よ!アネスティラ様の為に分けたものを…どうして私が!!」
「まだ手は付けておりませんので…遠慮なさらず…」
「ひっ!」
ケーキを皿ごとさっと差し出すと、わずかに悲鳴を上げたマテニアから払い除けられてしまう。
「きゃっ…!そこまで拒絶されるとは思いませんでした、気分を害されたのでしたら申し訳ございません。召し上がれないからと言って食べ物を粗末にするわけにいはいきませんし、マテニアお嬢様がお召になった方がミラお嬢様も喜ばれるかと思ってお伺いしただけなのですが…」
「───…結構よ!そんなもの!!……二つも食べれるほど私は大食らいではないの!!」
「そうでしたか、それは…残念です」
虫を仕込んだ犯人はマテニアだろうと確信してつい笑みが深くなる。
「「………」」
ケーキを片手に、ちらりと周りを見回すと全員から視線を逸らされてしまう。
どうやら、この短時間の間に随分と嫌われてしまったらしい。
「ふふ…アイリスさん、そのケーキは使用人に下げさせますわ」
「…恐れ入ります」
私達の会話を黙って聞いていたオフィーリアがベルを鳴らすと、私の手元にあったケーキはメイドによって回収されてしまった。
「…あぁ、そうだわ。是非、アイリスさんにお願いしたいことがあるの。他の使用人達と一緒に先に行っていてもらえないかしら?」
「……かしこまりました」
ダリアの懸念事項のもう一つ。
絶対にアネスティラから離れないように…
これは守れそうにないな…と思いながら、私は先導してくれる侍女達について行くのだった。
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※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
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