【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第一章〜First end〜

酷い話ですよね?

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「アイリスちゃん、ノワ姐さん、本当に寂しくなるけど…首都でも頑張ってな…!」

最後の一人のお客さんが声を震わせながら店を出ていく。
ノワと並んで見送ったあと、そのままOPENの看板をCLOSEへ変えて店内へ戻る。
中ではヘリオが待ってくれていた。

「アイリス、首都へ戻る決心をしてくれて本当に嬉しいです」
「……ずっとわがままを聞いてくれてありがとうございました。ノワにも迷惑ばかりかけてしまって…」
「そんなことはありませんよ。アイリスお嬢様にノワ姉さんと呼んでいただけて…私にとってもかけがえのない、とても楽しい日々を過ごすことが出来ました…」

ふふっとにっこり笑い合う。

「うんうん、ノワもこんな経験なかなかないだろうからね、気に入ってくれてたようで良かったよ。さて、ではなるべく早く出発しようか。着替えが終われば出れるのかな?」
「はい、荷物は既にまとめてありますので…」
「……あの…」

私が声をかけたことで、歩き出していた二人が揃って振り返る。

「私…首都へ行ってもいいのでしょうか…?ヘリオ様も私は当分社交界には出ない方がいいとおっしゃっていましたし…」
「そうですね、とりあえず安全の為に首都には来てもらいますが…諸々片付けなくてはいけないこともありますし、貴女をすぐ社交界へ出すことは難しい状況なのは事実です。すこし窮屈かもしれませんが、ひとまず許可が出るまでは侯爵邸で過ごしてもらうことになると思います」

ずっと気になっていたことがあった。
何故私のことをコンラッド王子が決めるのだろう、と。
酒屋の時もそうだった。
ノワと二人でヘリオを説得して許可を貰えたのだが、その前にコンラッド王子からの許可をヘリオが貰っている。

もちろん、ヘリオに許可を貰う必要性なら理解できる。
彼はいわば私の身元引受け人とも言える人だからだ。
ノワも私と行動を共にしている以上、ノワの上司であるヘリオの許可は当然必要だろう。

では、ヘリオの言うコンラッド王子の許可、とは一体なんの事なのだろう。
私の知らないことがありすぎて、このままでいいのだろうか?とどこか恐ろしくなる。

「あの………お養母様かあさまとアネスティラ姉様は…今も伯爵邸にいらっしゃいますか?」
「もちろんです、どうしてそんなことを聞くのですか…?」

ヘリオの変わらない笑顔。
ずっと苦手だった、あの笑顔…。

「……いいえ、なんでもありません…」
「では、着替えに行きましょうか」
「はい…」

ノワの言葉に後押しされて仕方なしに二階へと登っていく。

二年前のあの日、ヘリオの手を取ったことで私はマクレーガン家に関わることは禁じられている。
もちろん、町でもそんな話を聞くことはしなかった。
それは、その必要性がなかったからだ。
ヘリオやノワは、私が質問すればきちんと答えてくれたから。
その答えが本当か嘘かなんて疑う必要がなかったから。

でも、ヘリオの笑顔で気づいてしまった。
私は何も知らなかったのだと…。

「イーリス姉様…」
「「───!」」
「……シリウス」

また来るとは言っていたが、まさか今日ここに来るなんて…。

「シリウス・マクレーガン…何故ここに?」
「ヘリオ・ミリオン侯爵閣下…お久しぶりですね。こうして姉を拉致しておいてよくもぬけぬけと…」
「…拉致ではない。保護だ。彼女も納得した上でここにいる」
「納得?嘘で塗り固めた情報で姉様を納得させた、の間違いでは?」
「はぁ…ノワ、早く二階へお連れしろ」
「はっ!」
「……ノワ…───待って!!やめて!やめてください!!ヘリオ様!」

ヘリオは腰に差してある剣を抜きながら私を二階へ連れて行けと言う。
士官学校に通うシリウスと、王子の最側近として護衛を担っているヘリオでは話にならないのは目に見えていた。
ノワを押し退けヘリオの足へ縋り付く。

「ヘリオ様!!シリウスは私を心配して探しに来てくれただけなんです!お願いします、剣を納めていただけませんか?!」
「…貴女はシリウス・マクレーガンがここに来ることを知っていたのですか?」
「申し訳ありません、おそらく…私が昨夜、連絡の為離れた隙に…」
「まぁ、過ぎたことは仕方ない。言ったはずですよ。私の手を取るなら、マクレーガン家の人間と関わることは出来なくなる、と…貴女も納得したはずです」
「……それは…そうなのですが…」

そう、ダリアやアネスティラがいなくなろうが、シリウスが寂しがっていようが…私はマクレーガン家を切り捨てる心づもりでヘリオの手を取ったはずだった。
あの時は、それが最善だと思ったから。
シリウスからも、セドリックからも…あの邸宅から離れたくて仕方なかったから。

それなのに、今更こんなにも揺らいでいるのは、シリウスと会ってしまったからに他ならない。
だからこそ、ヘリオもノワも私がシリウスやマクレーガン家の人達と会うことがないよう徹底的に私を隠したのだろう。

理解は出来ているのに、納得出来ない自分がいる…。
それはおそらく、私が聞いていた話が事実とは異なっていたから…。
絶対的な信頼を寄せていた二人が、私に嘘をついている可能性があったから…。

「イーリス姉様、母上と姉上の話は聞かれましたか?」
「………」
「コンラッド王子とそこにいるヘリオ侯爵閣下がアネスティラ姉上を捕縛することを決めたからですよ。それで母上は、姉上を連れて国を出てしまわれたのです。良かったですね、これで姉様は何も怯えることなく伯爵邸で過ごすことができますよ」
「……アネスティラ姉様を捕縛…?」
「シリウス・マクレーガン…!」
「閣下。何故、イーリス姉様へ説明しなかったのですか?こんなに簡単に伝えられることを…二年も黙っていたなんて…閣下のおかげで姉様は何も知らずに過ごしてこられたのですね」
「………」
「…アネスティラ嬢は、貴女の誘拐事件を企てた張本人です。オフィーリア侯爵令嬢のスキャンダルも彼女が手を回して、男爵との密会を計画していました。何より現在社交界で問題視されているドラッグを流行らせたのもアネスティラ嬢でした。彼女の捕縛は、貴女を守るためでもありました」
「……イーリス姉様を守るため…ね」
「何よりシリウス・マクレーガン!貴様は…伯爵邸のメイドを一人手にかけているだろう?」
「メイド…?あぁ、あの鼠は閣下の駒でしたか…姉様の部屋を窺っている鼠が居たので排除したまでですが…閣下からしてみれば計画を邪魔されてさぞ不愉快だったことでしょう」
「………計画ってなんのことですか?」

そう言って傍にいるヘリオを見上げるも、怒りの宿る鋭い瞳でシリウスをじっと睨んだまま…私を見ることも答えてくれる様子もない。

「姉様のお母様は、モートン王国の王位継承権を持つお姫様なんですよ。ご存知でしたか?」
「………え?」
「先の内乱で、国内にいたモートン王家の直系は全員処刑されたのですが、姉様のお母様であるアイリーシャ姫は謀反が起きる前に亡命しており戦火を逃れていたのです。モートンとシャダーリンは現在戦争の真っ最中。今は小さな小競り合い程度ですが、モートンの後ろ盾であるロマ帝国が軍を動かせば本格的に戦争が始まってしまうでしょう」
「………黙れ…それ以上言うことは許さない…!」
「…つまり私はそのモートン王家の血を引いている…?」
「そうです。王位継承権を持つ姉様を使って停戦を求めるつもりなのですよ。コンラッド王子は…」
「───」

そこでようやくヘリオの視線が私へ向けられる。
だが、その瞳はひどく揺れていて…シリウスの言葉が真実であることを如実に語っていた。

『今にも擦り切れてしまいそうな貴女を、この邸に残したまま、私は去ることができそうにありません…』

あの時の言葉は偽りだったのだろうか?
それとも状況が変わって私の扱いも変わっていったのだろうか?
それでも…ヘリオがどう答えようと、その言葉をそのまま信じることはもう難しくなっていた。

「なので、万に一つ姉様に逃げられないよう…ヘリオ侯爵閣下が直接姉様を預かっているのですよ。その女も普通の侍女ではないでしょう?姉様が抵抗した時の為に、特殊な人間を傍に置いて姉様から信頼を得ておく…まったく、酷い話ですよね?」
「………っ!?」

半ば呆然としながら、シリウスからかけられた言葉を反芻していると、突然腕を押さえつけられる。
振り向くとノワが私を押さえつけていた。

「───ノワ!!」
「閣下!もう隠しても意味がありません!今は拘束してでも首都に連れて行くべきです!」
「止めなさい!!この件はイーリス嬢自ら協力してこそ成し得ることが出来るんだ!彼女を押さえつけたところでどうにかなる問題ではない!!」
「しかし…っ!!」

ノワの首元に静かに剣先が当てられる。
シリウスだった。

「その薄汚い手を離せ…」
「っ………」
「ノワ、離しなさい…」

ヘリオはノワの手を引き一歩、また一歩と下がっていく。
その隙に私を立たせてくれると、シリウスは私を左腕で支えてくれる。

「姉様、今決めていただけますか?」
「………」
「私と共にマクレーガン家へ戻るのか…この男の元に残るのか…」
「イーリス!コンラッドは…殿下はこの件を…──」
「コンラッド王子の名前は出さないでください…」

心を決めて、ヘリオを見つめる。

「私はシリウスと共に帰ります。今の私では、ヘリオ様のお言葉を信じることは難しいので…何も仰らないでください…」
「……イーリス…」
「…今までお世話になりました。ノワ…あなたはずっと任務として私と過ごしてくれていたのだろうけど…私は……ノワ姉さんと過ごせて幸せだった…」
「───…」
「さようなら…」
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