42 / 168
第一章〜First end〜
何を仰っているのですか?
しおりを挟む
爽やかな風が吹き込んできて、窓に下ろされていた白いカーテンが舞い上がる。
麗らかな春の日差しが見ていて心地良さそうだと思い、外へ出てみようかと考えてしまう。
「…天気もいいようですし、よろしければ外へお連れしましょうか?」
「ふふっ、お願い出来ますか?」
「はい、もちろんです」
侍女としてこうして傍に控えてくれているノワは私より五つ上だそうで、一緒に過ごした月日のおかげか今では私が希望を言う前に気づいてくれるほど優秀な女性だった。
銀髪は肩で切りそろえられ、細身でシュッとしたイメージがあるにも関わらず、ノワは私を軽々と抱き上げてくれる。
そのまま車椅子に私を乗せると、解放されていたテラスから外へと連れ出してくれた。
ここはミリオン侯爵家の郊外にある別荘だった。
ふもとにある町へ下ることは許されていなかったが、丘の上からでも賑やかな町の様子を眺めながら楽しむことが出来た。
早いことにあの夜から二ヶ月が経っていた。
闇夜に紛れて私をここまで連れてきてくれたヘリオとはあれから会えていない。
ノワ曰く、どうやら勝手に私を連れ出したことで、殿下にこっぴどく叱られたらしく寝る間もないほど仕事を山積みにされているらしい。
申し訳ない気持ちもあるが、その話を聞く限りヘリオとコンラッド王子の仲は変わりなく良い様子で嬉しくもなる。
丘からの景色を楽しみながら軽い散策をしていると、ふとノワが足を止める。
「…どうやら閣下がお戻りなったようですね」
ノワの言葉に町から続く道を見やると、一台の馬車が登って来ていた。
嬉しくなって後ろのノワを振り向いてしまう。
「お嬢様、閣下をお迎えに参りましょう」
「はい!」
ノワのアンテナは今日も完璧だった。
久しぶりに会ったヘリオは、ノワの言ったとおりかなりやつれてしまっていた。
せっかくのお休みなら私の所へ会いに来ていないでしっかり休んで欲しいとも思ったが、ヘリオは気になって休めなかったからと返してくれる。
相変わらずヘリオは人が良すぎるようだ。
そのままヘリオは首都での出来事や、マクレーガン伯爵家についても私に教えてくれた。
「今は、モートン王国とのゴタゴタで少し忙しいだけです、もう少しすればきっと落ち着くはずなので…」
「そうでしたか…あまり、無理なさらないでくださいね」
「……アイリスはだいぶ顔色が良くなりましたね。食事はしっかり摂っていますか?」
「アイリスお嬢様はまだまだ食が細いので、閣下からもお申し付けいただけますか?シェフや私達がどれほど気を揉んでいることか…」
「そうなのですか?」
「そういう気はなかったのですが…ふふっ、ノワの言う通りもう少し頑張って食べるように致します」
私は身体の傷が癒えるまで、ミリオン侯爵家が所有する郊外の別荘地でアイリスという名で過ごすことになっていた。
突然夜中にヘリオが連れてきた…家名のない女性にも関わらず、当主の大切な人だと説明を受けたミリオン侯爵家の家政達は、私の身元を怪しむこともなく真摯に対応してくれている。
真心の籠ったお世話と心身ともにストレスなく過ごせたことで、私は少しずつ快方へと向かっている。
鞭打ちの傷痕で皮膚が引き攣っているところもあり、まだ私一人で歩くことは難しいが、お医者様曰く、リハビリをしっかりすれば歩行は問題ないとの事だった。
「ヘリオ様…あの、ノワが問題ないと判断したら、私も町に行ってもみてもいいですか?」
「う~ん…まぁ、ノワを必ず連れていくと約束してくれるなら許可しましょう。アイリスをここに閉じこめておく気はないですし」
ヘリオの言葉に嬉しくなって、ノワへ振り向いて、言質取れました!と報告をしてしまう。
「ここにいる間に随分と仲良くなったみたいだ…なんだか妬けちゃうな~」
「何を仰っているのですか?」
ノワの冷静な対応にヘリオは声を出して笑っている。
何だかんだ言ってこの二人はいい雰囲気なようだ。
久しぶりに会えてヘリオもご機嫌な様子なので、私は一人で退室することを決める。
「ヘリオ様も移動でお疲れでしょうし、お仕事のお話もあるでしょう?私は先に部屋に戻っていますね」
「え?お嬢様、私がお連れ致します」
「この程度は大丈夫ですよ。ノワはお疲れのヘリオ様を労わって差し上げてください」
「……はい、かしこまりました」
空気を読んで退室出来たことにどこか誇らしくなり一人で廊下を進んでいく。
この二ヶ月、ずっと傍で支えてくれていたノワとは傍から見ても仲良くなっていたらしい。
それこそ、あのヘリオが嫉妬する程に。
そんなヘリオを可愛らしいと思いつつ、ノワが羨ましいとも思う。
二人の愛は私にとっては理想的に思えたからだ。
「………」
『この短い時間に随分と仲良くなったみたいですね?なんだか、妬けちゃうな』
いつだったかシリウスに言われた言葉だった。
今でもたまにヘリオからの質問を思い出して考えてしまう。
『シリウスを愛しているのか』と…。
もちろん、シリウスが自分を大切にしてくれていることは分かっていた。
だからそれと同じものをシリウスへ返せるのかと聞かれれば無理だと答えただろう。
それはシリウスから与えてもらったものがあまりにも大きくて、とても返しきれるものではないから。
例えば、自分がいなくなってもシリウスにはなんの影響もないだろう。
これまでのように騎士を目指し、爵位を継いで、素敵な奥様と可愛らしい子どもに囲まれて幸せに暮らせると思う。
事実、私がいなくなったと知っているはずなのに、シリウスは変わらず士官学校に在籍し、勉学にもきちんと励んでいるそうだ。
シリウスにとって私がその程度のちっぽけな存在だったのだと思い知らされる。
少し寂しさはあるがそれでもよかった。
私は今、シリウスが傍に居なくても笑えている。
それは恐らく彼が夢に向かって努力していると、伝え聞くことが出来ていることが大きかった。
目の前にいなくても、彼の安否を確認することが出来る。
それが、私の心を軽くしてくれているのは明白だった。
だからノワも私に隠すことなく教えてくれるのだろう。
ヘリオとノワには感謝してもしきれなかった。
これはシリウスへの気持ちに近いものだとなんとなく感じていた。
男女の愛とは違う…言わば恩義のようなものに近い感情。
そしてこれこそが、ヘリオの問いに対する私の答えなのだと思うのだった。
麗らかな春の日差しが見ていて心地良さそうだと思い、外へ出てみようかと考えてしまう。
「…天気もいいようですし、よろしければ外へお連れしましょうか?」
「ふふっ、お願い出来ますか?」
「はい、もちろんです」
侍女としてこうして傍に控えてくれているノワは私より五つ上だそうで、一緒に過ごした月日のおかげか今では私が希望を言う前に気づいてくれるほど優秀な女性だった。
銀髪は肩で切りそろえられ、細身でシュッとしたイメージがあるにも関わらず、ノワは私を軽々と抱き上げてくれる。
そのまま車椅子に私を乗せると、解放されていたテラスから外へと連れ出してくれた。
ここはミリオン侯爵家の郊外にある別荘だった。
ふもとにある町へ下ることは許されていなかったが、丘の上からでも賑やかな町の様子を眺めながら楽しむことが出来た。
早いことにあの夜から二ヶ月が経っていた。
闇夜に紛れて私をここまで連れてきてくれたヘリオとはあれから会えていない。
ノワ曰く、どうやら勝手に私を連れ出したことで、殿下にこっぴどく叱られたらしく寝る間もないほど仕事を山積みにされているらしい。
申し訳ない気持ちもあるが、その話を聞く限りヘリオとコンラッド王子の仲は変わりなく良い様子で嬉しくもなる。
丘からの景色を楽しみながら軽い散策をしていると、ふとノワが足を止める。
「…どうやら閣下がお戻りなったようですね」
ノワの言葉に町から続く道を見やると、一台の馬車が登って来ていた。
嬉しくなって後ろのノワを振り向いてしまう。
「お嬢様、閣下をお迎えに参りましょう」
「はい!」
ノワのアンテナは今日も完璧だった。
久しぶりに会ったヘリオは、ノワの言ったとおりかなりやつれてしまっていた。
せっかくのお休みなら私の所へ会いに来ていないでしっかり休んで欲しいとも思ったが、ヘリオは気になって休めなかったからと返してくれる。
相変わらずヘリオは人が良すぎるようだ。
そのままヘリオは首都での出来事や、マクレーガン伯爵家についても私に教えてくれた。
「今は、モートン王国とのゴタゴタで少し忙しいだけです、もう少しすればきっと落ち着くはずなので…」
「そうでしたか…あまり、無理なさらないでくださいね」
「……アイリスはだいぶ顔色が良くなりましたね。食事はしっかり摂っていますか?」
「アイリスお嬢様はまだまだ食が細いので、閣下からもお申し付けいただけますか?シェフや私達がどれほど気を揉んでいることか…」
「そうなのですか?」
「そういう気はなかったのですが…ふふっ、ノワの言う通りもう少し頑張って食べるように致します」
私は身体の傷が癒えるまで、ミリオン侯爵家が所有する郊外の別荘地でアイリスという名で過ごすことになっていた。
突然夜中にヘリオが連れてきた…家名のない女性にも関わらず、当主の大切な人だと説明を受けたミリオン侯爵家の家政達は、私の身元を怪しむこともなく真摯に対応してくれている。
真心の籠ったお世話と心身ともにストレスなく過ごせたことで、私は少しずつ快方へと向かっている。
鞭打ちの傷痕で皮膚が引き攣っているところもあり、まだ私一人で歩くことは難しいが、お医者様曰く、リハビリをしっかりすれば歩行は問題ないとの事だった。
「ヘリオ様…あの、ノワが問題ないと判断したら、私も町に行ってもみてもいいですか?」
「う~ん…まぁ、ノワを必ず連れていくと約束してくれるなら許可しましょう。アイリスをここに閉じこめておく気はないですし」
ヘリオの言葉に嬉しくなって、ノワへ振り向いて、言質取れました!と報告をしてしまう。
「ここにいる間に随分と仲良くなったみたいだ…なんだか妬けちゃうな~」
「何を仰っているのですか?」
ノワの冷静な対応にヘリオは声を出して笑っている。
何だかんだ言ってこの二人はいい雰囲気なようだ。
久しぶりに会えてヘリオもご機嫌な様子なので、私は一人で退室することを決める。
「ヘリオ様も移動でお疲れでしょうし、お仕事のお話もあるでしょう?私は先に部屋に戻っていますね」
「え?お嬢様、私がお連れ致します」
「この程度は大丈夫ですよ。ノワはお疲れのヘリオ様を労わって差し上げてください」
「……はい、かしこまりました」
空気を読んで退室出来たことにどこか誇らしくなり一人で廊下を進んでいく。
この二ヶ月、ずっと傍で支えてくれていたノワとは傍から見ても仲良くなっていたらしい。
それこそ、あのヘリオが嫉妬する程に。
そんなヘリオを可愛らしいと思いつつ、ノワが羨ましいとも思う。
二人の愛は私にとっては理想的に思えたからだ。
「………」
『この短い時間に随分と仲良くなったみたいですね?なんだか、妬けちゃうな』
いつだったかシリウスに言われた言葉だった。
今でもたまにヘリオからの質問を思い出して考えてしまう。
『シリウスを愛しているのか』と…。
もちろん、シリウスが自分を大切にしてくれていることは分かっていた。
だからそれと同じものをシリウスへ返せるのかと聞かれれば無理だと答えただろう。
それはシリウスから与えてもらったものがあまりにも大きくて、とても返しきれるものではないから。
例えば、自分がいなくなってもシリウスにはなんの影響もないだろう。
これまでのように騎士を目指し、爵位を継いで、素敵な奥様と可愛らしい子どもに囲まれて幸せに暮らせると思う。
事実、私がいなくなったと知っているはずなのに、シリウスは変わらず士官学校に在籍し、勉学にもきちんと励んでいるそうだ。
シリウスにとって私がその程度のちっぽけな存在だったのだと思い知らされる。
少し寂しさはあるがそれでもよかった。
私は今、シリウスが傍に居なくても笑えている。
それは恐らく彼が夢に向かって努力していると、伝え聞くことが出来ていることが大きかった。
目の前にいなくても、彼の安否を確認することが出来る。
それが、私の心を軽くしてくれているのは明白だった。
だからノワも私に隠すことなく教えてくれるのだろう。
ヘリオとノワには感謝してもしきれなかった。
これはシリウスへの気持ちに近いものだとなんとなく感じていた。
男女の愛とは違う…言わば恩義のようなものに近い感情。
そしてこれこそが、ヘリオの問いに対する私の答えなのだと思うのだった。
1
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔
しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。
彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。
そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。
なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。
その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる