【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第一章〜First end〜

何を仰っているのですか?

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爽やかな風が吹き込んできて、窓に下ろされていた白いカーテンが舞い上がる。
麗らかな春の日差しが見ていて心地良さそうだと思い、外へ出てみようかと考えてしまう。

「…天気もいいようですし、よろしければ外へお連れしましょうか?」
「ふふっ、お願い出来ますか?」
「はい、もちろんです」

侍女としてこうして傍に控えてくれているノワは私より五つ上だそうで、一緒に過ごした月日のおかげか今では私が希望を言う前に気づいてくれるほど優秀な女性だった。
銀髪は肩で切りそろえられ、細身でシュッとしたイメージがあるにも関わらず、ノワは私を軽々と抱き上げてくれる。
そのまま車椅子に私を乗せると、解放されていたテラスから外へと連れ出してくれた。
ここはミリオン侯爵家の郊外にある別荘だった。
ふもとにある町へ下ることは許されていなかったが、丘の上からでも賑やかな町の様子を眺めながら楽しむことが出来た。

早いことにあの夜から二ヶ月が経っていた。

闇夜に紛れて私をここまで連れてきてくれたヘリオとはあれから会えていない。
ノワ曰く、どうやら勝手に私を連れ出したことで、殿下にこっぴどく叱られたらしく寝る間もないほど仕事を山積みにされているらしい。

申し訳ない気持ちもあるが、その話を聞く限りヘリオとコンラッド王子の仲は変わりなく良い様子で嬉しくもなる。

丘からの景色を楽しみながら軽い散策をしていると、ふとノワが足を止める。

「…どうやら閣下がお戻りなったようですね」

ノワの言葉に町から続く道を見やると、一台の馬車が登って来ていた。
嬉しくなって後ろのノワを振り向いてしまう。

「お嬢様、閣下をお迎えに参りましょう」
「はい!」

ノワのアンテナは今日も完璧だった。



久しぶりに会ったヘリオは、ノワの言ったとおりかなりやつれてしまっていた。
せっかくのお休みなら私の所へ会いに来ていないでしっかり休んで欲しいとも思ったが、ヘリオは気になって休めなかったからと返してくれる。
相変わらずヘリオは人が良すぎるようだ。

そのままヘリオは首都での出来事や、マクレーガン伯爵家についても私に教えてくれた。

「今は、モートン王国とのゴタゴタで少し忙しいだけです、もう少しすればきっと落ち着くはずなので…」
「そうでしたか…あまり、無理なさらないでくださいね」
「……はだいぶ顔色が良くなりましたね。食事はしっかり摂っていますか?」
「アイリスお嬢様はまだまだ食が細いので、閣下からもお申し付けいただけますか?シェフや私達がどれほど気を揉んでいることか…」
「そうなのですか?」
「そういう気はなかったのですが…ふふっ、ノワの言う通りもう少し頑張って食べるように致します」

私は身体の傷が癒えるまで、ミリオン侯爵家が所有する郊外の別荘地でアイリスという名で過ごすことになっていた。

突然夜中にヘリオが連れてきた…家名のない女性にも関わらず、当主の大切な人だと説明を受けたミリオン侯爵家の家政達は、私の身元を怪しむこともなく真摯に対応してくれている。
真心の籠ったお世話と心身ともにストレスなく過ごせたことで、私は少しずつ快方へと向かっている。
鞭打ちの傷痕で皮膚が引き攣っているところもあり、まだ私一人で歩くことは難しいが、お医者様曰く、リハビリをしっかりすれば歩行は問題ないとの事だった。

「ヘリオ様…あの、ノワが問題ないと判断したら、私も町に行ってもみてもいいですか?」
「う~ん…まぁ、ノワを必ず連れていくと約束してくれるなら許可しましょう。アイリスをここに閉じこめておく気はないですし」

ヘリオの言葉に嬉しくなって、ノワへ振り向いて、言質取れました!と報告をしてしまう。

「ここにいる間に随分と仲良くなったみたいだ…なんだか妬けちゃうな~」 
「何を仰っているのですか?」

ノワの冷静な対応にヘリオは声を出して笑っている。
何だかんだ言ってこの二人はいい雰囲気なようだ。
久しぶりに会えてヘリオもご機嫌な様子なので、私は一人で退室することを決める。

「ヘリオ様も移動でお疲れでしょうし、お仕事のお話もあるでしょう?私は先に部屋に戻っていますね」
「え?お嬢様、私がお連れ致します」
「この程度は大丈夫ですよ。ノワはお疲れのヘリオ様を労わって差し上げてください」
「……はい、かしこまりました」



空気を読んで退室出来たことにどこか誇らしくなり一人で廊下を進んでいく。

この二ヶ月、ずっと傍で支えてくれていたノワとは傍から見ても仲良くなっていたらしい。
それこそ、あのヘリオが嫉妬する程に。
そんなヘリオを可愛らしいと思いつつ、ノワが羨ましいとも思う。
二人の愛は私にとっては理想的に思えたからだ。

「………」

『この短い時間に随分と仲良くなったみたいですね?なんだか、妬けちゃうな』

いつだったかシリウスに言われた言葉だった。
今でもたまにヘリオからの質問を思い出して考えてしまう。
『シリウスを愛しているのか』と…。

もちろん、シリウスが自分を大切にしてくれていることは分かっていた。
だからそれと同じものをシリウスへ返せるのかと聞かれれば無理だと答えただろう。
それはシリウスから与えてもらったものがあまりにも大きくて、とても返しきれるものではないから。

例えば、自分がいなくなってもシリウスにはなんの影響もないだろう。
これまでのように騎士を目指し、爵位を継いで、素敵な奥様と可愛らしい子どもに囲まれて幸せに暮らせると思う。

事実、私がいなくなったと知っているはずなのに、シリウスは変わらず士官学校に在籍し、勉学にもきちんと励んでいるそうだ。
シリウスにとって私がその程度のちっぽけな存在だったのだと思い知らされる。
少し寂しさはあるがそれでもよかった。

私は今、シリウスが傍に居なくても笑えている。
それは恐らく彼が夢に向かって努力していると、伝え聞くことが出来ていることが大きかった。
目の前にいなくても、彼の安否を確認することが出来る。
それが、私の心を軽くしてくれているのは明白だった。

だからノワも私に隠すことなく教えてくれるのだろう。

ヘリオとノワには感謝してもしきれなかった。
これはシリウスへの気持ちに近いものだとなんとなく感じていた。
男女の愛とは違う…言わば恩義のようなものに近い感情。

そしてこれこそが、ヘリオの問いに対する私の答えなのだと思うのだった。
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