【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

文字の大きさ
上 下
36 / 168
第一章〜First end〜

愚かな私の愛らしい娘 sideアネスティラ

しおりを挟む
その日は部屋に戻ると食事も摂らずに一人で過ごした。

最後に見たイーリスの姿が忘れられなくて、未だに身体が震えてしまう。
寒い訳でもないのに震えはずっと止まらなかった。
ベッドの上に座り膝を抱えると、私はシーツを被って夜を明かした。


次の日、起床を手伝うために入ってきたメイドへ物を投げながら追い出した。
そんな自分が嫌になって、隠していた薬に手をつけてしまう。
薬を飲んだあとは、不思議と不安が消えた気がして普段通り過ごすことが出来た。

さらに次の日、再び薬を飲んで落ち着かせてからフローを呼び出してダナンの所へ向かうよう頼んだ。

「ダナンに動物の治療を頼んだの。この治療費をあなたが直接手渡して来てくれる?」
「はい、かしこまりました。元気になっているといいですね」
「……そうね」
「ちなみに何の動物を保護されたのですか?」
「あなたは、知らなくていいことよ…」
「あ…そうですね、失礼致しました。では…行ってまいります」

そう言って外へ出ていくフローを窓からじっと眺めて見送る。
フローの姿が見えなくなって、イーリスの安否がようやく聞けるのだと少しだけ安堵することができた。
しかし…

「……お嬢様、確認してきましたが…まだ状態は思わしくないようです…」
「………そう、ご苦労さま…」

期待した安否を聞くことが出来ずに不安が膨らんでしまう。
いつの間に爪を噛んでいたのか…気づけば右手の親指の爪はボロボロになってしまっていた。

そうしてまた薬を飲んでしまう。
明らかに飲みすぎだとわかっていたが、この不安を和らげるためには仕方なかった。
眠れない日々が続いて徐々に体力が落ちてくる。
常にぼーとしてしまい、何もしないまま一日が終わることが増えた。

そんな日々は、フローが訪れたことで終わりを告げた。



「お嬢様!ダナンさんから連絡がありまして、無事目を覚ましたそうですよ!!」
「………」

ほっと安心したのは一瞬で、この件に絡んでいるはずのお母様とも向き合わなければならないことに気づいて絶望する。
イーリスが居なくなったことを知っているはずなのに、お母様はなんの感情も見せていない。
慌てることも、私のように不安がる様子も見受けられなかった。

お母様は、高位貴族であるシュタート侯爵家の一人娘として完璧な令嬢になるよう育てられた人だった。
その辛さを知っているからか…
私の奔放な性格を理解しつつ、ことある事に小言も言われてきたが…ただの一度も私に完璧を求めることはなかった。
まさに理想的な優しい母だった。
私にとっては…

「お母様…イーリスが納屋で見つかりました…」

お母様の部屋を訪ねてソファに腰を下ろす。
対面にはお母様が微笑を浮かべて座っていた。
想像以上に落ち着いて話せていることに驚いた。
母の姿を見れば、私はすぐに喚き散らしてしまうと思っていた。

「………」
「お母様が納屋へ閉じ込めたのですか…?」
「………ええ、そうよ。まさか、あなたがあの子を見つけるとは思わなかったけれど…」
「私、イーリスのことが嫌いだったんです。お母様の前ではすぐ萎縮するくせに、どこか自信がある時もたしかにあって…コンラッド王子も、お父様も、シリウスも私よりイーリスを大切にしていたから…悔しかったんです…」

独白のような言葉を口にすると、少しずつ胸のつかえが取れていくような気がして、嬉しいような虚しいような…そんなぐちゃぐちゃな思いで涙が自然と零れてしまう。

「イーリスを罰して欲しいとお母様に言った時も、私は嫌がらせをしている気分でした。お母様に叱られるあの子を見て満足したかったんです。貧民は食事もろくに食べられなくても生きているから、イーリスも数日食事を抜いたところで死なないだろう、と…そんな風に軽く考えてのことでした…」
「………」
「お母様…鞭を振るったのは、あの子が…妊娠したからですか?」

変わらぬ微笑を湛えていたお母様の瞳に驚きが混じる。

「そう…そんなことまで知っているのね…ええ、そうよ。あの子が妊娠したから、堕胎させる為に叩いたわ。仕方のない事だったのよ」
「あの子は伯爵家の養女ではありませんか。お母様が娘として育てるために連れてきたのではありませんか?なぜ、あの子の妊娠を…認められなかったのですか?」
「……アネスティラ、あなたは本当に…」

憐れむようなお母様の表情に優しい母を期待してしまう。

「馬鹿な子ね…」
「………え?」

予想外な言葉に思わず耳を疑ってしまう。

「今更イーリスを憐れんでどうなるというの?あの子のせいであなたは王子妃になる機会を失ったのよ?」
「そ、れは……」
「あなたが社交界で好き勝手出来ているのは、私が執事長に後処理を任せているからよ?そんな事も気づかずに散々問題を起こしてきたあなたが今更あの子を憐れむの…?あなたが薬漬けにして未来を潰した貴族子女が一体何人いると思っているの?オフィーリア様は?領地に戻ったところで彼女はろくに出歩くこともできないでしょうね」

お母様の表情は、どこか満足しているような妖艶な笑顔へと変わっていた。

「………」
「あぁ、イーリスの話だったわね。アネスティラ、あなたはあの子のお腹の子の父親は知っているの?」
「………いいえ…」
「愚かな私の愛らしい娘…あなたにほんの少しだけでもあの子のような聡明さがあったなら、きっと心から愛してあげられたのに…」
「───」
「少し考えれば分かるでしょう…?妊娠初期、恐らく二ヶ月ほどかしら…あの子はどこでどう過ごしていたか覚えてる?」
「ほとんど邸で過ごしていました。一ヶ月の謹慎もありましたし…その前はシリウスが帰省して……───」
「私が鞭を振るった理由が、理解出来たようね…」
「では、お母様は…シリウスの子を殺したというのですか?!」
「シリウスの子…?そうね…そうでしょう、事実あの子の血を継いだ子だったのだから…初孫だったわね…あははっ!やっぱりあの子は死んだのね!?」

突然人が変わったように高らかに笑いだしたダリアに恐怖を覚える。

「殺すにきまっているじゃない!!セドリックの私生児と私のシリウスが子どもを作ったのよ?!倫理に反する行為だわ!!だから殺してやったのよ!!あの子達の大罪を贖うには、腹の子の命だけでは足りないくらいだわ!!」

───ガシャーン!!

テーブルに用意されていたティーセットごと払いのけ、食器の破片やお茶さえも床にぶちまけてしまう。
お母様がここまで感情を昂らせる姿を私は生まれて初めて見た。
それはまるで…いつかの私を見ているようだった。

「ま、さか………お父様の私生児が…イーリスだと仰るのですか?自分達が異母姉弟と知っていて…あの子達は子を作ったと仰るのですか?!」
「そうよ…シリウスが明言したことはないけれど、シリウスも知っていたはずよ。自分達が異母姉弟であることを」
「───」
「あなたが一体何を擁護しようとしていたのか…これで理解できたかしら?」

鈍器で頭を殴られたような衝撃に、息すら忘れてしまう。
とても信じられなかった。
私とイーリスの血が繋がっている?
シリウスとイーリスが愛し合っている?

ありえない…有り得ない…有り得るはずがない…!!

ふらふらと立ち上がると無言でダリアの部屋を後にする。
自室に戻った私は、知ってしまった事実の重さに耐えられず、再び薬に手を伸ばしてしまうのだった。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...