【R18】奈落に咲いた花

夏ノ 六花

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第一章〜First end〜

全部!あなたのせいよ!!

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リーシャ…お母様が階段から突き落とされ、お腹の子どもが流れたのを確認したダリアはお母様の治療を許さず、そのまま私たちを地下牢へと閉じ込めた。

一ヶ月近く、この地獄のような牢獄で私はセドリックを待ち続けた。

お父様が助けに来てくれるはずだと、何度もお母様を励まし続けた。
それなのに…何日待ってもお父様が助けに来ることは無かった。

ダリアは気まぐれに地下牢へやって来ては私達に酷い言葉を投げつけた。
日々やつれていくお母様の姿を純粋に喜んでいるようだった。
私の中でダリアはまさに悪魔の化身のような存在になっていた。

お母様が吐血する度、お医者様を呼んで欲しいと牢屋番に頼み込み、ダリアへ土下座した。
額から血を流すほど床に頭を擦り付けても医者を呼ぶことは決して許してくれなかった。
代わりに栄養のある食事や薬を用意して欲しいと頼むと、見返りに鞭に打たれることを提案されることもあった。

そんな地獄のような日々を過ごし…
ぽつぽつと語られた昔話は、旅芸人として世界を回っていた頃の楽しい思い出から始まり、私が生まれたことがどれほど尊いことか、そしてお父様への恨み言…その中に隠されたお母様の本当の思い。

「………弱い人なの…赦してあげてね…」

こんな地獄ような状況でも、お母様はお父様を愛していたのだ。
それは…私には理解出来ない感情だった。



翌日。
お母様が地下牢の中で息を引き取ると、午後にはダリアが様子を見に来た。
正確には、お母様の死を確認しに来たのだろう。

私はダリアに土下座をしながら謝罪をした。
許しを乞い、母を埋葬させて欲しいと懇願した。

ダリアは遺体を確認すると何も言わず、私のことはまるで見えないかのようにそのまま去っていった。

母の遺体は地下牢の中で少しずつ腐敗していった。
食事はちゃんと出てくるのに、私が出ることは許して貰えなかった。

蛆が涌くお母様の遺体を見ていられず、唯一のシーツをかけて視界から隠して過ごした。
母の無惨な姿に、枯れたはずの涙が再び溢れ出す。

お父様への期待は裏切られ、大好きなお母様の記憶とはかけ離れた姿に絶望し…少しずつ、私の心は削られていった。

「───…イーリス!!」

あんなにも望んでいたお父様の声が聞こえる。
もう遅い…お母様は死んでしまったのだ…今更来たところで、お母様が生き返ることは無い…。

お母様の遺体の傍で膝を抱えたままピクリとも動かない私を見て、セドリックは諦めたのかすぐに地下牢から出ていってしまう。

お母様…
あんなに愛していたお父様は、私達を簡単に見捨ててしまいましたよ…。



その後、ダリアによって地下牢の鍵が開けられたが、ろくに動けなかった私は引きずられるように屋敷まで運ばれる。
牢屋の中にお母様を一人残していきたくなかったが、抵抗する気力も残っていなかった。
お母様の遺体を雑に運び出す使用人の後ろ姿を見つめながら、私はただ涙を流すことしか出来なかった。

「あなたを…養女として引き取ることにしたわ」

私にとっては死刑宣告よりも恐ろしい言葉に聞こえた。
セドリックもダリアの隣で養女になる理由を説明していたようだが、話の内容は全く覚えていなかった。



「………」

懐かしい夢を見てしまった。
頬に伝う涙を拭うとベッドから起き上がる。

「赦すなんて無理に決まっているのに…」



              *



翌日、セドリックを乗せた馬車は領地へと出発した。
その日の午後、アネスティラが私を訪ねてくる。

ベッドの中で暇を持て余していた私は、アネスティラの突然の来訪にも彼女を追い返すことはしなかった。
助けてくれたと聞いたので、一種の恩返しをするような心地だったのかもしれない。

「……あなたとシリウスの関係を聞いたわ」
「………」

予想外の話ではあったが、私を発見したのがアネスティラなら私の堕胎について知っていてもおかしくはない。
その上で父親を探したのだと考えれば尚更違和感なく受け入れられる話題だった。

おそらく、セドリックが入室の制限を課した為今日まで私に会いに来ることが出来なかったのだろう。

「あなたがシリウスの子を身ごもっていたと聞いて、シリウスに会ってきたの…」
「───…シリウスは、なんて?」
「お腹の子が流れてしまったことを伝えたけれど、特に気にしていなかったわ。残念だけど、問題ないって…」
「………」

問題ない…。
それはシリウスが子どもを望んだ理由が、私をコンラッド王子へ嫁がせない為の枷にする為だったからだろう。
流れてしまったが、私はシリウスの子を身ごもったのだ。
その事実だけでも、私を留める枷は出来ているから…問題ない。
そういう意味なのだろう…。

お母様の愛も理解出来なかったが、シリウスの愛も私には理解が出来ないものだった。
子どもがいるかもしれない、と思った時…お母様の姿を思い出して、子どもを守らなければと真っ先に考えた。
そこに父親がシリウスだから、という理由はなかった。
私は私のお腹に宿ってくれた生命を守りたい、ただそれだけを考えていた。

「あの子は…あなたを愛してるって言ってたけど、あんなもの愛ではないわ。あの子はイカれてる。養女であるあなたは次期マクレーガン伯爵の正妻になれない…もちろん私も、そんなこと絶対許さない…」
「………」
「お母様もお父様も…もう信じられなくなったわ…大好きだったのに!!大切な家族だったのに!!お母様があんなに恐ろしい人だなんて思わなかった!お父様があんなに無責任な人だったなんて知らなかった!シリウスだって……っ、全部…全部全部!あなたのせいよ!!あなたが我が家に来てから全部めちゃくちゃだわ!!私はコンラッド王子と結ばれたかっただけなのに…っ!!」
「……私は…」

───パチン!!

アネスティラに頬を叩かれて言葉を遮られる。

「───望んでいなかったって?!黙りなさいよ!!私は…私はこんなにも望んでいるのに!!…コンラッド王子だけを想ってきたのよ!!…あなたなんて、生まれて来なければ良かったのよ…!お父様が情婦に産ませた子どもだったなんて…私は、あなたが可哀想な子なんだって思ってたのに、あなたは、自分が私生児だって知っていた!!私に従順なふりをして心の中では私を嘲笑っていたんでしょう?!」
「……その可哀想な子を誘拐させたじゃない…それもコンラッド王子を取られたくなくて仕方のないことだった…?私が悪いって言いたいの?」
「───……このっ!」
「私がこの邸宅に来た時、まだ九歳だったのよ!…母が居なくなって、お父様に裏切られて…それでも生きるためにはお養母様かあさまに従うしかなかったのよ…私がどんな扱いを受けてきたか、あなたは理解してたじゃない…今更お養母様かあさまが恐ろしいですって?私からしてみれば、あなたもお養母様かあさまと変わらないわ!!」
「っ…───!!」

───パチン!!

言葉もなくもう一度頬を叩いた後、アネスティラは悔しそうな顔をしつつも部屋を出ていく。

初めてアネスティラに口答えをしてしまった。
まだ心臓がバクバクと激しく脈を打っている。
頬は痛かったが、胸の方がずっと痛かった…。
愛していると言ってくれたのに…。
私がここから逃げられないことを知っているから、シリウスは私の現状を聞いても慌てることは無いのだろう。

彼の言う愛が分からなくてどうしようもなく、ここから逃げ出したくなってしまう。
生きるためにダリアの要望に応えてきた。
でも、ダリアも私のことをもう疎ましく思っているはずだ。
ここから抜け出したとして、果たしてダリアは私の存在を見逃してくれるのだろうか…。
私を消そうとするダリアから私は逃げ切れるのだろうか…。
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