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第一章〜First end〜
よく眠れるわね?
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幼い頃は、平凡な幸せを望んでいた。
お母様と二人きりの家族なので、父親がいる子が羨ましいと思うこともあった。
平凡な幸せを手に入れてからは、将来に夢を見るようになった。
かっこよくて優しい旦那様と愛らしい子ども達に囲まれて平和な家庭を築きたい、と。
優しい旦那様に出会う為にはどうすればいいのだろう?
お母様に聞いてみると『まずはお勉強を頑張りなさい』と言われた。
正直なところ、少しお勉強は苦手だった。
遊ぶ方がずっと楽しいし、時間もあっという間に過ぎるから。
たまにしか帰ってこないお父様と過ごす時間はあっという間で、お見送りではまた長い間お父様を待たなくてはいけないことが残念で仕方なかった。
そんな私のわがままを笑って聞いてくれるお父様が大好きだった。
…お父様が私達を迎えに来てくれた時は、こんな風にお父様を恋しく思う日がくるだなんて思わなかった。
お母様のことは大好きだし、一緒に過ごす時間は幸せだったが…
それでもやっぱりお父様とお母様と三人で過ごす時間が一番好きだった。
…本当に幸せだった。
そんな平凡で幸せな日常が、全て偽りだったことを知るまでは…
*
「…お母様、赤ちゃんの調子はどうですか?」
長い白髪と紫眼を持つリーシャは、ソファにゆったり座り…
膨らみ始めたお腹を優しくさする愛娘のイーリスに口元を綻ばせていた。
「ふふっ、すこぶる良好ですよ。イーリスお姉ちゃまに早く会いたいな、ですって」
お母様が勝手に言っているだけなのは理解しているが、嬉しくてつい素直に頷いてしまう。
「私も赤ちゃんに早く会いたいです。男の子か女の子かはまだ分からないのですか?」
「ふふふっ、一昨日も聞かれた気がするけれど…生まれるまでは分からないものなのよ。全く…イーリスお姉ちゃまはあなたの誕生が待ち遠しいようですね~?」
「むー、もういいですっ!」
揶揄われたことに腹を立て、イーリスは頬を膨らませながら部屋を出ていく。
「イーリス、外に行くの?」
「…はい、お庭で赤ちゃんへのプレゼントに花冠を作ってきます」
「ふふふっ、きっと赤ちゃんも喜んでくれるわ。ケガをしないように気をつけてね?あまり遠くに行ってはダメよ?」
「っ……分かっていますっ!」
玄関ホールの階段を駆け下りて、イーリスが玄関から外へ出ると立派な馬車が門から入って来るのが見えた。
お父様が乗る真っ黒な馬車とも違う…
初めて見る馬車に、一体誰が来たのだろう?とすれ違いざまについ覗き込んでしまう。
一瞬見えた暗いカーテンの奥には、綺麗な女性が座っているのが見えた。
お母様とこの屋敷に来てから五年…
来客なんて初めてだった。
「………」
その後も予定通り川辺へ向かって歩いていたのだが、どうにも気になったイーリスは来た道を戻ることにする。
別に花冠は急ぐものでない。
むしろ普段にはない来客に…
イーリスは言いようのない不安を覚えていた。
屋敷へ戻ると、先程の馬車は既に停車しており馭者の人すらいなかった。
シェフのローリエはこの時間は買い出しに出ているはずなので、メイドのナルアが対応してくれたのだろうか?
とりあえずリーシャの元へ向かおうと玄関ホールへと足を踏み入れた瞬間、大きな悲鳴がイーリスの耳に届いた。
「………お母様っ?!」
母の叫び声に慌てて二階へ向かおうと駆け出すが…
二階の廊下をリーシャの頭を掴んで引きずって歩く女性が見えて、イーリスは叫び声を上げそうになった口を押さえる。
馬車に乗ってきた…鮮やかなオレンジ髪の女性だった。
酷く取り乱した様子のリーシャに驚き、咄嗟に柱に隠れてしまうイーリス。
逃げようと抵抗するリーシャの頬を容赦なく打つ女性の姿に恐怖を覚え、イーリスは居るはずのない父を探して目を忙しなく走らせていた。
二度三度と打たれた反動で手すりに頭をぶつけられ、力なく崩れ落ちるリーシャを見て咄嗟に飛び出してしまう。
「───やめて…!!」
…お母様のお腹には赤ちゃんがいるのよっ?!
柱から飛び出したイーリスが顔をあげた瞬間…
腹を蹴られ二階からゆっくりと階段を転がり落ちる母の姿が目に飛び込んでくる。
「───」
玄関ホールの床まであっという間に転がり落ちてしまったリーシャに慌てて駆け寄ろうとしたが…
横たわる母の足元から広がる真っ赤な血に気づき言葉を失くしてしまう。
───カツン…カツン…
リーシャの後を追うように階段からゆっくり降りてくる女の足音が聞こえ見上げると、その手にはいつの間にか長鞭が握られていた。
馭者の人が馬に打ちつける鞭だった。
パニックで一歩も動けずにいたイーリスの前で…
容赦なくリーシャへと振り下ろされる鞭。
笑いながら鞭を振るう女が、イーリスには悪魔ように見えていた。
執拗に振り下ろされる鞭によって、リーシャの肉は裂け…全身から血が飛び散る。
想像もしていなかった凄惨な光景が脳裏に刻まれていく。
「………ぁぁぁ…ぃ、やぁぁぁああああ!!」
言葉にならない叫びを聞きつけたのか、どこからか現れた男がイーリスの腹を抱き上げる。
母を庇おうと動かしていたはずの足は宙を駆け、男を振り切ることも出来ず…
目の前で今も痛めつけられている母へと必死に両手を伸ばし続けるイーリス。
「ぁぁぁあ゙あ゙あ─────!!」
言葉を知らない乳飲み子のような叫びが響き渡る。
───何故…?何故っ!何故ッ!?
突然、目の前が真っ暗になって、全ての音が聞こえなくなる。
自分が泣いているのか叫んでいるのか、立っているのか眠っているのかも分からなかった。
───ガタンッ…!
「………ん…?」
馬車が大きく跳ねた衝撃で目が覚める。
対面に座るつまらなそうなアネスティラと目が合ってしまう。
「……これからお城の舞踏会へ行くっていうのに、よく眠れるわね?」
夢…?
そうだ、懐かしい夢…
あれからもう六年も経ってしまったのだから当然か。
私は今、アネスティラと共に王城の舞踏会へ向かっていた。
早朝から準備させられて出発する前には疲れてしまっていた。
何よりシャダーリン中の貴族が馬車を城門前に停めようとしているため今は大渋滞している状況だった。
少し動いては止まりを繰り返し、変わらない景色についうたた寝をしてしまったらしい。
軽く息を吐き出すと煌びやかな王城に視線を向ける。
「………」
再び動き出した馬車に揺られながら、私は少しずつ現実を受け入れていくのだった。
お母様と二人きりの家族なので、父親がいる子が羨ましいと思うこともあった。
平凡な幸せを手に入れてからは、将来に夢を見るようになった。
かっこよくて優しい旦那様と愛らしい子ども達に囲まれて平和な家庭を築きたい、と。
優しい旦那様に出会う為にはどうすればいいのだろう?
お母様に聞いてみると『まずはお勉強を頑張りなさい』と言われた。
正直なところ、少しお勉強は苦手だった。
遊ぶ方がずっと楽しいし、時間もあっという間に過ぎるから。
たまにしか帰ってこないお父様と過ごす時間はあっという間で、お見送りではまた長い間お父様を待たなくてはいけないことが残念で仕方なかった。
そんな私のわがままを笑って聞いてくれるお父様が大好きだった。
…お父様が私達を迎えに来てくれた時は、こんな風にお父様を恋しく思う日がくるだなんて思わなかった。
お母様のことは大好きだし、一緒に過ごす時間は幸せだったが…
それでもやっぱりお父様とお母様と三人で過ごす時間が一番好きだった。
…本当に幸せだった。
そんな平凡で幸せな日常が、全て偽りだったことを知るまでは…
*
「…お母様、赤ちゃんの調子はどうですか?」
長い白髪と紫眼を持つリーシャは、ソファにゆったり座り…
膨らみ始めたお腹を優しくさする愛娘のイーリスに口元を綻ばせていた。
「ふふっ、すこぶる良好ですよ。イーリスお姉ちゃまに早く会いたいな、ですって」
お母様が勝手に言っているだけなのは理解しているが、嬉しくてつい素直に頷いてしまう。
「私も赤ちゃんに早く会いたいです。男の子か女の子かはまだ分からないのですか?」
「ふふふっ、一昨日も聞かれた気がするけれど…生まれるまでは分からないものなのよ。全く…イーリスお姉ちゃまはあなたの誕生が待ち遠しいようですね~?」
「むー、もういいですっ!」
揶揄われたことに腹を立て、イーリスは頬を膨らませながら部屋を出ていく。
「イーリス、外に行くの?」
「…はい、お庭で赤ちゃんへのプレゼントに花冠を作ってきます」
「ふふふっ、きっと赤ちゃんも喜んでくれるわ。ケガをしないように気をつけてね?あまり遠くに行ってはダメよ?」
「っ……分かっていますっ!」
玄関ホールの階段を駆け下りて、イーリスが玄関から外へ出ると立派な馬車が門から入って来るのが見えた。
お父様が乗る真っ黒な馬車とも違う…
初めて見る馬車に、一体誰が来たのだろう?とすれ違いざまについ覗き込んでしまう。
一瞬見えた暗いカーテンの奥には、綺麗な女性が座っているのが見えた。
お母様とこの屋敷に来てから五年…
来客なんて初めてだった。
「………」
その後も予定通り川辺へ向かって歩いていたのだが、どうにも気になったイーリスは来た道を戻ることにする。
別に花冠は急ぐものでない。
むしろ普段にはない来客に…
イーリスは言いようのない不安を覚えていた。
屋敷へ戻ると、先程の馬車は既に停車しており馭者の人すらいなかった。
シェフのローリエはこの時間は買い出しに出ているはずなので、メイドのナルアが対応してくれたのだろうか?
とりあえずリーシャの元へ向かおうと玄関ホールへと足を踏み入れた瞬間、大きな悲鳴がイーリスの耳に届いた。
「………お母様っ?!」
母の叫び声に慌てて二階へ向かおうと駆け出すが…
二階の廊下をリーシャの頭を掴んで引きずって歩く女性が見えて、イーリスは叫び声を上げそうになった口を押さえる。
馬車に乗ってきた…鮮やかなオレンジ髪の女性だった。
酷く取り乱した様子のリーシャに驚き、咄嗟に柱に隠れてしまうイーリス。
逃げようと抵抗するリーシャの頬を容赦なく打つ女性の姿に恐怖を覚え、イーリスは居るはずのない父を探して目を忙しなく走らせていた。
二度三度と打たれた反動で手すりに頭をぶつけられ、力なく崩れ落ちるリーシャを見て咄嗟に飛び出してしまう。
「───やめて…!!」
…お母様のお腹には赤ちゃんがいるのよっ?!
柱から飛び出したイーリスが顔をあげた瞬間…
腹を蹴られ二階からゆっくりと階段を転がり落ちる母の姿が目に飛び込んでくる。
「───」
玄関ホールの床まであっという間に転がり落ちてしまったリーシャに慌てて駆け寄ろうとしたが…
横たわる母の足元から広がる真っ赤な血に気づき言葉を失くしてしまう。
───カツン…カツン…
リーシャの後を追うように階段からゆっくり降りてくる女の足音が聞こえ見上げると、その手にはいつの間にか長鞭が握られていた。
馭者の人が馬に打ちつける鞭だった。
パニックで一歩も動けずにいたイーリスの前で…
容赦なくリーシャへと振り下ろされる鞭。
笑いながら鞭を振るう女が、イーリスには悪魔ように見えていた。
執拗に振り下ろされる鞭によって、リーシャの肉は裂け…全身から血が飛び散る。
想像もしていなかった凄惨な光景が脳裏に刻まれていく。
「………ぁぁぁ…ぃ、やぁぁぁああああ!!」
言葉にならない叫びを聞きつけたのか、どこからか現れた男がイーリスの腹を抱き上げる。
母を庇おうと動かしていたはずの足は宙を駆け、男を振り切ることも出来ず…
目の前で今も痛めつけられている母へと必死に両手を伸ばし続けるイーリス。
「ぁぁぁあ゙あ゙あ─────!!」
言葉を知らない乳飲み子のような叫びが響き渡る。
───何故…?何故っ!何故ッ!?
突然、目の前が真っ暗になって、全ての音が聞こえなくなる。
自分が泣いているのか叫んでいるのか、立っているのか眠っているのかも分からなかった。
───ガタンッ…!
「………ん…?」
馬車が大きく跳ねた衝撃で目が覚める。
対面に座るつまらなそうなアネスティラと目が合ってしまう。
「……これからお城の舞踏会へ行くっていうのに、よく眠れるわね?」
夢…?
そうだ、懐かしい夢…
あれからもう六年も経ってしまったのだから当然か。
私は今、アネスティラと共に王城の舞踏会へ向かっていた。
早朝から準備させられて出発する前には疲れてしまっていた。
何よりシャダーリン中の貴族が馬車を城門前に停めようとしているため今は大渋滞している状況だった。
少し動いては止まりを繰り返し、変わらない景色についうたた寝をしてしまったらしい。
軽く息を吐き出すと煌びやかな王城に視線を向ける。
「………」
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