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4.ご褒美のキス

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翌週、大きな嵐が領地を襲った。
鳴り止まない雷鳴に激しく叩きつける雨がお城全体を揺らしているようだった。

「………」

深夜、アイバンは久しぶりにロザリアの寝室を訪れていた。

「…眠れないの?」
「うん、一緒に居てくれる?」

少し気恥ずかしさはあったが、ロザリアと居たくてアイバンは自分の枕を持参していた。
そんな弟の姿に呆れながらもロザリアがアイバンを拒むことは無かった。

「……くすっ、そんなに怖がりでお父様のように領地を治められるのかしら?」
「今はまだ十一歳だから…大人になれば雷なんて平気だし」
「くすくすっ…そうね、アイバンは大人になったらきっと凛々しくて強い領主様になるでしょうね」
「ロザリアはきっと世界一で一番綺麗な花嫁になるよ」
「ありがとう、そう言って貰えて嬉しいわ…」

手を引いてアイバンをベッド脇まで連れてくると、枕をずらしてアイバンの枕を並べてくれるロザリア。

「さぁ、早く寝ましょうか」
「うん!」

ロウソクを吹き消してベッドへ並んで寝転がる。

「………」

部屋を変えたところでうるさい雨音は変わるはずもなく、ロザリアといてもアイバンは寝付けずにいた。

「ロザリア…もう寝ちゃった?」
「……ん…?アイバン、どうしたの?」

眠りかけていたのか、一拍遅れてロザリアが返事をしてくれる。

「おやすみのキスしてくれる…?」
「くすっ…ええ、分かったわ」

ロザリアは身体を起こすとアイバンのおでこへキスしてくれる。
いつからかロザリアはおでこにしかキスしてくれなくなっていた。

「これで眠れそう?」
「………お父様とお母様は毎日一緒に寝てるんだよ。なら僕とリアも一緒に寝てもいいよね?」
「アイバン、どうしたの?今までそんなに駄々をこねたことはなかったじゃない…」

困ったように目に見えて眉尻を下げるロザリア。

「どうしてダメなの?」
「私達もそろそろ大人になる準備をしなきゃ…アイバンはこれからこのベスティアンの領地民を守る為、領地についてお勉強しなければならないのよ?」
「…勉強なんか嫌いだ。僕はロザリアと一緒に居たいんだもん」
「アイバン…」

勉強が嫌いなアイバンは毎日外で遊んでいた。
ロザリアはそんなアイバンを眺めながら木陰でいつも本を読んでいた。

いくら両親が教育に関して放任主義だと言っても、そろそろロザリアも淑女としてのマナー教育も始めなければならない年頃だ。
逆にアイバンは嫡男として領地経営について学ぶタイミングでもあった。

「でも…ロザリアがちゃんとキスしてくれるなら僕もお勉強頑張るよ」

ぷくっと頬をふくらませているアイバンについ笑ってしまう。

「ふふっ、アイバンはおでこじゃ嫌なの?」
「うん、嫌だ。ロザリアは…僕とキスするの、嫌?」
「………」

それこそ…
先週、手を繋いで帰ってきた二人を見た侍女長から、アイバンとの距離が近すぎることをロザリアは指摘されたばかりだった。

濡れて衣服が透けていたこともあり、異性であるアイバンとは適切な距離を保つよう忠告されていたのだ。

『レディとして恥ずかしくない言動を心がけてください。いつまでも異性であるお坊ちゃまにベタベタとついてまわって…恥ずかしくないのですか?それにその歳で川遊びだなんて…レディとしての自覚はあるのですか?』
『…濡れてるけど、私は川に入ってはいないの。ただ、アイバンが…』
『そうやってまたお坊ちゃまのせいにすれば見逃してもらえるとでも思っているのですか?』
『………』
『はぁ、まただんまりですか』
『…ごめんなさい、次からは気をつけるわ』
『初めからそう言えばいいのです。いちいち言われなければ分からないだなんて…はぁ、奥様もお可哀想に…こんな出来の悪い娘を貰いたいと思う奇特な貴族かたがいらっしゃればいいのですけど…』
『………』

一つ下の弟を異性と呼ぶベラには首を捻らざるをえないが…
六年前の秘密の約束を思い出してロザリア自身も納得していることだった。

間もなく十一歳になるアイバンはベラの言う通り確かに男の子に見えた。
そんなアイバンからの質問にどう返すべきか悩んだものの…

「………もちろん、そんなことないわ。でも、今日だけ…特別よ?」

悪い噂の絶えない自分を、未だ慕ってくれる弟の望みを叶えることを優先することにする。

「うんっ!」

目に見えて喜ぶアイバンに苦笑しつつも、ロザリアは目の前の小さな唇にそっと口付けする。

ふにっとした感触が離れるのを感じて閉じていた目を開くと…
アイバンの可愛らしい笑顔があった。
距離を置かなければと寂しく思っていた心が幸せな気持ちで満たされていくのが分かった。

「嬉しいな…でも、久しぶりだからかなんだか少し恥ずかしいや…」
「ふふっ、アイバンも大人になってきた証ね……アイバン、これは二人だけの秘密よ?あなたもその歳で甘えん坊のお子ちゃまだって思われたくないでしょう?」
「うん!もちろん、僕とロザリアだけの秘密だよ」

おでこをくっつけて、えへへっと笑い合う二人。

「ねぇ、もう一回してくれる?」
「一回だけの約束でしょ?」
「そんな約束はしてないじゃん。お願い。今日だけ、特別なんでしょ?ね?」
「………もう…今日だけよ?」

甘えん坊で怖がりなアイバンを宥めるため…
そう言い聞かせてもう一度唇を重ねるロザリア。

「へへっ、もう一回」
「…うん」
「もう一回してくれる?一生のお願い」
「………アイバン」

呆れながらも無邪気に自分を求めてくれるアイバンに嬉しくなってしまう。

誰も口には出さないものの、城のみんなから疎まれていることは分かっていた。
成長するにつれ、私はお父様にもお母様にも似ていないことを自覚するようになり…
日に日にお父様に似ていくアイバンは、当然のようにみんなから可愛がられていた。

いずれ他家へ嫁ぐ私と違い、アイバンはこの城の未来の主なのだから当然だろう。

でもお父様もお母様も私を差別したりしなかった。
アイバンとケンカした日も公正に話を聞いてくれ、私を擁護した上でアイバンを叱ってくれることもあった。

私は間違いなくお父様とお母様の娘だ。

そう言い聞かせながら、背筋を伸ばして、どんな後ろ指にも黙って受け流して…ひたすら耐えてきた。
それでも…

皆から宝物のように大切にされるアイバンと二人だけの秘密が出来ることは、疎外感を覚えていたロザリアにとって…
それは甘い甘い誘惑でしかなかった。

「へへっ…ねぇ、ロザリア。お勉強頑張ったらまたキスしてくれる?」
「……ええ、お勉強…ちゃんと頑張ったら、ね?」
「うんっ!頑張るっ!約束だよっ?」

言いようのない不安と寂しさを誤魔化すように…
その日から二人は大人に隠れて口付けを交わすようになっていったのだった。


本棚の影、庭園の端、城壁の裏、人気のない客室…
目が合った瞬間、何かを感じとったらどちらともなく二人きりになれる場所に集まり簡単な報告をしてご褒美のキスをする。

共に勉学に励み、良い評価を貰えたらお互いを褒め合い、秘密の逢瀬を重ねる日々。

そうして…
ロザリアとアイバンは普通の姉弟よりもずっと近く、ずっと甘い時間を過ごしながら成長していったのだった。
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