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第15話〜黒猫聖女〜
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あれから私はルシファーが言った通り…
みんなの前では甘えん坊な黒猫として変わらず過ごしながら、夜はルシファーの恋人ととして甘いひとときを過ごすようになった。
これがなかなか楽しくて癖になる。
食事もシロン達がいない時は人間に戻って普通のご飯を食べれるようになった。
一時期、私の着る服をルシファーが大量に注文したことで、ようやく恋人が出来たのでは?という噂が流れたものの…
相変わらず黒猫ばかりを溺愛するルシファーの様子に、謎の恋人の噂はすぐ消えたらしい。
服もベッドもルシファーが魔法で綺麗に片付けてしまうので、シロンも私が人間になれることには気づいていなかった。
そんなある日…
恒例となった昼寝後の全身マッサージ中。
いつものように猫の姿で液体と化していた私はふとある事に気づいてしまった。
「ねぇ、ルー様…」
「ん?」
「そういえば、私の身体はあっちの世界にあるって言ってなかった?」
「………」
肩周りを揉んでたルシファーの指がピタリと止まってしまう。
「ん?マーロン爺と二人で、私の身体にはかつお節の魂が入ってるみたいなことを言ってなかった?」
「………」
「ルー様…私、その話を聞いて人間には戻れないんだなぁって勘違いしたんにゃ…にゃあっ?!」
「リン…どうしてそんなことを今さら聞いてくるのか俺には理解出来ない」
「にゃあっ!(ならこの魔法を解きなさいよっ!)」
久しぶりに仁王立ちになってルシファーを問い詰める。
傍から見たらちっとも猫らしくない。
「リンの好きな時に戻れるようになったのだ、もういいではないか」
「にゃおん?にゃにゃ~ん?(本気なの?つまりルー様はマーロン爺と一緒になって私を騙したのね?)」
「……恐らく、と伝えたはずだ。鵜呑みにしたのはリンの方ではないか」
「…ん?まさかとは思うけど、かつお節って…もしかして…」
「………」
パチンと指を鳴らすとぽんっという音と同時にルシファーの身体が黒猫になってしまう。
私よりもふた周りも大きな黒猫。
だが瞳もルシファーと真逆で…つまりかつお節だった。
「まじで?ルー様がかつお節なの…?」
「聖女召喚がされると聞いてどんな聖女なのか見に行ってみたのだ…」
「………え?待って待って…私…かつお節の前ではすっぽんぽんになったりしてたけど…?」
「………」
「───…信じられないっ!」
「…今は普通にお風呂も入るのだから良いではないか」
はい、結果論っ!!
「猫だと思ってたのッ!!見知らぬ男の前ですっぽんぽんになってるとは思わないじゃない?!…待って、そもそもどうして私はこっちに来る時に黒猫になっちゃったの?」
「………召喚される聖女が人間どもに崇められることがないよう…あえて黒猫になる魔法を召喚陣に施しておいたのだ」
…ってことは、あの二日間私がしんどい思いしたはルシファーが原因なんじゃん!
そういえばいつだったか、俺の魔法が…とかなんとか言ってたような?
「えー、ルー様が魔法かけたならさっさと人間に戻してくれれば良かったのに!そもそもこの世界の黒猫ってどういう存在なの?」
「この世界で黒猫は、魔王の使い魔…災厄の前触れと云われている。実際は魔王が変身した姿なだけなのだが…黒猫が現れた後はその一帯が焼け野原になるだとか、若い娘が連れ去られるだとか…まぁ人間どもの認識として様々な風説があるだけだ」
「………はは…魔王が変身した姿って…だからルシファーって名前なの?この世界に魔王がいるって聞かされても、ルー様が魔王だなんて思わなかったのに…!魔王って言えば、赤いマントをバッサバッサしてるツノとか生えたもっと…悪役顔のイカついおっさんなんだろうって思って…」
もっと早く…それこそ、私が聞く前に言って欲しかった。
私は魔王に敵対する意思はないってマーロン爺もいる前で明言していたのに、信じてもらえていなかったのか…と、どこか裏切られたような気分になって心がざわついてしまう。
「リンを知らなかった頃は…魔王である俺を牽制する為に呼び出される聖女という存在が目障りだった。わざわざ呼び出した聖女が人間どもの手で殺されてしまうのも一興かと思って…軽い気持ちで召喚陣へ細工しておいたのだ。だが、あちらの世界でリンのことを知って、猫の姿で共に暮らすことになって…どうせ聖女召喚で呼び出されるのなら、リンを手に入れたいと思って…」
「………」
「救世の聖女と崇められる鈴が災厄と呼ばれる魔王を選んでくれるとは思えなくて…人間どもに捨てられて傷ついたところを助けてあげれば…リンは俺に頼ることでしか生きていくことが出来なくなるかと…」
「………はぁ」
しおしおと項垂れながら素直に自白するルシファーについため息が出てしまう。
耳をピクピクさせながら、私の機嫌を窺っているルシファーと目が合う。
私はジト目のままシーツに潜り込むと…
───ぽんっ…
鈴の姿に戻って、かつお節…もといルシファーをそっと抱き上げる。
いつもルシファーが私にするように…
脇の下を持ち上げてぷら~んとさせながら顔の目の前まで持ってくると、心做しかルシファーの顔がしょんぼりしているように見えた。
「どうしてもっと早くに言ってくれなかったの?」
「………」
「ルー様がかつお節だったって教えてくれてたら…私だってもっと心置きなくこの世界で楽しく過ごせたのに!ずっと…心配してたんだよ?私のエゴで拾ってしまって…あの部屋で一人お腹を空かせて死なせてしまったんじゃないかって…!」
私の身体を手に入れようと中身は何も知らない猫なのだ。
いくら賢くても私のように好き勝手出来るような知恵もないだろう。
部屋から出ることも出来ず、食べることも出来ず…
死んでしまっているのではないかと心配しない日はなかった。
「あんな野良猫のことを心配している場合ではなかっただろうに…」
「かつお節は…私の唯一の家族だもんっ!ルシファーに保護してもらえて…私はなんの不安もなかった!むしろニートライフ満喫してたし!…ただ、かつお節どうしてるかなって…それだけはずっと気になってたんだよ?」
頭ではルー様だと分かっていても、この姿を見ているとかつお節に話しかけているような気分になってくる。
「……リン…嫌わないで…黙ってたことは悪かった。それでも俺のそばに居て欲しいんだ…」
「……もう…心配性すぎるでしょ!こんなことで嫌わないしっ!」
こんな可愛い猫が災厄の前触れだなんて言ったやつ…頭おかしいんじゃないだろうか?
黒猫姿のルシファーをぎゅっと抱きしめる。
しかしマーロン爺まで巻き込んで、随分と大仰に私を騙してくれたものだ。
それほどまでに私が好きなのかっ!とつい茶化したくなってしまう。
だがいまはそれよりも…
「ねぇ…もしかして、ルー様なら私を連れて向こうの世界に行くことも出来る?」
「……無理だろうな。もちろんこれは嘘ではない。転移魔法には転移先の座標を認識する必要があるんだが…そもそもあちらの世界へ行くための道がないのだ」
「なら、かつお節…じゃなくてルー様はどうやって私のいた世界に来たの?」
「聖女召喚の魔法陣でリンの世界と繋げることが出来たのであの時は転移出来たのだが…聖女がこちらの世界にいる限り、新しい聖女を召喚することは出来ない。事実上、俺はリンのいた世界に行くことは出来ない」
「そっかぁ…残念だけど、まぁ仕方ないよね…元々戻れるとも思ってなかったし…」
どの道、向こうの世界に家族と呼べる人はいない。
詩織に会えないままお別れすることになってしまったのは残念ではあるが…
詩織は芯の強い子だ。
私がいなくても問題なく上手くやって行けるはず。
今までは異世界人…つまりお客さんという意識が強かったのだが…
私はこの日、この世界で生きていく覚悟をようやく決めたのだった。
───コンコン…!
「旦那様~リン様はこちらに…」
「「………」」
見知らぬ半裸の女が黒猫を抱いている姿を見たシロンは、持っていた赤い首輪を落としながら固まってしまうのだった。
*
「ほっほっ…無事、聖女を手に入れられたようで何よりですわい」
「………」
リンに全てを打ち明けた数日後…
無遠慮にも寝室へ転移してきたマーロンを黙って睨みつける。
近づくマーロンの魔力に気づいて、隣で寝ていた鈴は既にリンの姿に戻してある。
「魔力の器はいかがですかな?」
「……さぁ、変わらないな。あの書物のとおり、あくまでも人間の魔力量を増やすための聖女なのだろう…歴代の大魔法師が聖女を閉じ込めて可愛がるはずだ」
「それはなんとも嘆かわしいことですな…旦那様のお役に立たないのでしたらさっさと処分してしまいましょう」
「……いや、リンはこのままここに置く…」
「ほほ…まさかとは思いますが…あなた様ほどの御方が…聖女如きに絆されたのですかな?」
「リンが傍にいるだけで圧倒的に魔力が回復するのだ。利用価値なら十二分にある」
「あぁ…たしかにそのような記述もありましたな…魔力の回復量は三倍に匹敵するとか…?いやはや、素晴らしいことですじゃ」
聖女である鈴を警戒しているのだろうが…
利用価値がないと判断すればすぐにでも首を切り落としそうな勢いだな。
マーロンは先代聖女と因縁があるらしい…
とは聞いてはいたが、まさかここまで敵意をむき出しにするとは…
「であれば、やはり聖女は戦場に送りましょう」
「……なんだと?」
「戦場で魔力を消費し続けている戦士共に充てがうのです。素晴らしい使い道ではありませんか?魔王であるあなた様がその薄汚い聖女を傍に置かれる必要性はないでしょう…」
「マーロン…!」
「あの人間どもの目の前で聖女を輪姦させるのも良いでしょう。見下している魔族に聖女自ら悦んで腰を振っている様を見せつけてやれれば、さぞや悔しがってくれるこ…」
「マーロンッ!!今すぐその口を閉じろ…!!」
───ガガガガガガガッ!!
無数の黒い針が空中から顕現し、マーロンの身体スレスレのところを通って床に刺さる。
まさしく針のむしろの中に閉じ込められる形になったマーロンの真っ白な目が、くるりと裏返ってこちらを見つめる。
「「………」」
やはり、義眼だったか…
あの眉毛ではさすがに前が見えないのではないかと思ってはいたが…
やはり義眼を隠すためにあえて伸ばしていたのだろう。
マーロンは元々先代魔王…ルーファスにとっては父上に仕えていた。
そのニセモノの瞳にマーロンの感情が映ることはない。
「やはり…裏切られるのですな…?あなた様も、お父上と同様に…」
「父上の件は…!」
「残念ですなぁ…誠に残念でなりませぬ…今も戦場では多くの同胞が、あの人間どもの手によって屠られているというのに…」
「………」
「魔族の長であるあなた様は、我らの敵に過ぎない聖女を選ばれるのですね?」
「………」
「…結構。その顔だけで十分ですじゃ…───」
そのまま音もなく転移してしまうマーロン。
「……あの頑固ジジイめ…!」
元より殺すつもりはなかった。
マーロンがここから逃げ出す分には構わない。
だが…リンが聖女であることを知っているマーロンがどのように動くのか今後は注視しなけらばならないだろう。
「………はぁ…魔王なんてやめてしまえたら…」
弱音を吐きそうになってなんとか飲み込む。
「………!!」
気を取り直そうとリンを鈴の姿に戻そうとして弾かれてしまう。
最近はリンが好き勝手に変身していたので、制約のことをすっかり忘れていた。
「───…マーロンッ…!!」
結局…
その日は諦め、リンを抱きしめながら眠りについたのだった。
「────………」
みんなの前では甘えん坊な黒猫として変わらず過ごしながら、夜はルシファーの恋人ととして甘いひとときを過ごすようになった。
これがなかなか楽しくて癖になる。
食事もシロン達がいない時は人間に戻って普通のご飯を食べれるようになった。
一時期、私の着る服をルシファーが大量に注文したことで、ようやく恋人が出来たのでは?という噂が流れたものの…
相変わらず黒猫ばかりを溺愛するルシファーの様子に、謎の恋人の噂はすぐ消えたらしい。
服もベッドもルシファーが魔法で綺麗に片付けてしまうので、シロンも私が人間になれることには気づいていなかった。
そんなある日…
恒例となった昼寝後の全身マッサージ中。
いつものように猫の姿で液体と化していた私はふとある事に気づいてしまった。
「ねぇ、ルー様…」
「ん?」
「そういえば、私の身体はあっちの世界にあるって言ってなかった?」
「………」
肩周りを揉んでたルシファーの指がピタリと止まってしまう。
「ん?マーロン爺と二人で、私の身体にはかつお節の魂が入ってるみたいなことを言ってなかった?」
「………」
「ルー様…私、その話を聞いて人間には戻れないんだなぁって勘違いしたんにゃ…にゃあっ?!」
「リン…どうしてそんなことを今さら聞いてくるのか俺には理解出来ない」
「にゃあっ!(ならこの魔法を解きなさいよっ!)」
久しぶりに仁王立ちになってルシファーを問い詰める。
傍から見たらちっとも猫らしくない。
「リンの好きな時に戻れるようになったのだ、もういいではないか」
「にゃおん?にゃにゃ~ん?(本気なの?つまりルー様はマーロン爺と一緒になって私を騙したのね?)」
「……恐らく、と伝えたはずだ。鵜呑みにしたのはリンの方ではないか」
「…ん?まさかとは思うけど、かつお節って…もしかして…」
「………」
パチンと指を鳴らすとぽんっという音と同時にルシファーの身体が黒猫になってしまう。
私よりもふた周りも大きな黒猫。
だが瞳もルシファーと真逆で…つまりかつお節だった。
「まじで?ルー様がかつお節なの…?」
「聖女召喚がされると聞いてどんな聖女なのか見に行ってみたのだ…」
「………え?待って待って…私…かつお節の前ではすっぽんぽんになったりしてたけど…?」
「………」
「───…信じられないっ!」
「…今は普通にお風呂も入るのだから良いではないか」
はい、結果論っ!!
「猫だと思ってたのッ!!見知らぬ男の前ですっぽんぽんになってるとは思わないじゃない?!…待って、そもそもどうして私はこっちに来る時に黒猫になっちゃったの?」
「………召喚される聖女が人間どもに崇められることがないよう…あえて黒猫になる魔法を召喚陣に施しておいたのだ」
…ってことは、あの二日間私がしんどい思いしたはルシファーが原因なんじゃん!
そういえばいつだったか、俺の魔法が…とかなんとか言ってたような?
「えー、ルー様が魔法かけたならさっさと人間に戻してくれれば良かったのに!そもそもこの世界の黒猫ってどういう存在なの?」
「この世界で黒猫は、魔王の使い魔…災厄の前触れと云われている。実際は魔王が変身した姿なだけなのだが…黒猫が現れた後はその一帯が焼け野原になるだとか、若い娘が連れ去られるだとか…まぁ人間どもの認識として様々な風説があるだけだ」
「………はは…魔王が変身した姿って…だからルシファーって名前なの?この世界に魔王がいるって聞かされても、ルー様が魔王だなんて思わなかったのに…!魔王って言えば、赤いマントをバッサバッサしてるツノとか生えたもっと…悪役顔のイカついおっさんなんだろうって思って…」
もっと早く…それこそ、私が聞く前に言って欲しかった。
私は魔王に敵対する意思はないってマーロン爺もいる前で明言していたのに、信じてもらえていなかったのか…と、どこか裏切られたような気分になって心がざわついてしまう。
「リンを知らなかった頃は…魔王である俺を牽制する為に呼び出される聖女という存在が目障りだった。わざわざ呼び出した聖女が人間どもの手で殺されてしまうのも一興かと思って…軽い気持ちで召喚陣へ細工しておいたのだ。だが、あちらの世界でリンのことを知って、猫の姿で共に暮らすことになって…どうせ聖女召喚で呼び出されるのなら、リンを手に入れたいと思って…」
「………」
「救世の聖女と崇められる鈴が災厄と呼ばれる魔王を選んでくれるとは思えなくて…人間どもに捨てられて傷ついたところを助けてあげれば…リンは俺に頼ることでしか生きていくことが出来なくなるかと…」
「………はぁ」
しおしおと項垂れながら素直に自白するルシファーについため息が出てしまう。
耳をピクピクさせながら、私の機嫌を窺っているルシファーと目が合う。
私はジト目のままシーツに潜り込むと…
───ぽんっ…
鈴の姿に戻って、かつお節…もといルシファーをそっと抱き上げる。
いつもルシファーが私にするように…
脇の下を持ち上げてぷら~んとさせながら顔の目の前まで持ってくると、心做しかルシファーの顔がしょんぼりしているように見えた。
「どうしてもっと早くに言ってくれなかったの?」
「………」
「ルー様がかつお節だったって教えてくれてたら…私だってもっと心置きなくこの世界で楽しく過ごせたのに!ずっと…心配してたんだよ?私のエゴで拾ってしまって…あの部屋で一人お腹を空かせて死なせてしまったんじゃないかって…!」
私の身体を手に入れようと中身は何も知らない猫なのだ。
いくら賢くても私のように好き勝手出来るような知恵もないだろう。
部屋から出ることも出来ず、食べることも出来ず…
死んでしまっているのではないかと心配しない日はなかった。
「あんな野良猫のことを心配している場合ではなかっただろうに…」
「かつお節は…私の唯一の家族だもんっ!ルシファーに保護してもらえて…私はなんの不安もなかった!むしろニートライフ満喫してたし!…ただ、かつお節どうしてるかなって…それだけはずっと気になってたんだよ?」
頭ではルー様だと分かっていても、この姿を見ているとかつお節に話しかけているような気分になってくる。
「……リン…嫌わないで…黙ってたことは悪かった。それでも俺のそばに居て欲しいんだ…」
「……もう…心配性すぎるでしょ!こんなことで嫌わないしっ!」
こんな可愛い猫が災厄の前触れだなんて言ったやつ…頭おかしいんじゃないだろうか?
黒猫姿のルシファーをぎゅっと抱きしめる。
しかしマーロン爺まで巻き込んで、随分と大仰に私を騙してくれたものだ。
それほどまでに私が好きなのかっ!とつい茶化したくなってしまう。
だがいまはそれよりも…
「ねぇ…もしかして、ルー様なら私を連れて向こうの世界に行くことも出来る?」
「……無理だろうな。もちろんこれは嘘ではない。転移魔法には転移先の座標を認識する必要があるんだが…そもそもあちらの世界へ行くための道がないのだ」
「なら、かつお節…じゃなくてルー様はどうやって私のいた世界に来たの?」
「聖女召喚の魔法陣でリンの世界と繋げることが出来たのであの時は転移出来たのだが…聖女がこちらの世界にいる限り、新しい聖女を召喚することは出来ない。事実上、俺はリンのいた世界に行くことは出来ない」
「そっかぁ…残念だけど、まぁ仕方ないよね…元々戻れるとも思ってなかったし…」
どの道、向こうの世界に家族と呼べる人はいない。
詩織に会えないままお別れすることになってしまったのは残念ではあるが…
詩織は芯の強い子だ。
私がいなくても問題なく上手くやって行けるはず。
今までは異世界人…つまりお客さんという意識が強かったのだが…
私はこの日、この世界で生きていく覚悟をようやく決めたのだった。
───コンコン…!
「旦那様~リン様はこちらに…」
「「………」」
見知らぬ半裸の女が黒猫を抱いている姿を見たシロンは、持っていた赤い首輪を落としながら固まってしまうのだった。
*
「ほっほっ…無事、聖女を手に入れられたようで何よりですわい」
「………」
リンに全てを打ち明けた数日後…
無遠慮にも寝室へ転移してきたマーロンを黙って睨みつける。
近づくマーロンの魔力に気づいて、隣で寝ていた鈴は既にリンの姿に戻してある。
「魔力の器はいかがですかな?」
「……さぁ、変わらないな。あの書物のとおり、あくまでも人間の魔力量を増やすための聖女なのだろう…歴代の大魔法師が聖女を閉じ込めて可愛がるはずだ」
「それはなんとも嘆かわしいことですな…旦那様のお役に立たないのでしたらさっさと処分してしまいましょう」
「……いや、リンはこのままここに置く…」
「ほほ…まさかとは思いますが…あなた様ほどの御方が…聖女如きに絆されたのですかな?」
「リンが傍にいるだけで圧倒的に魔力が回復するのだ。利用価値なら十二分にある」
「あぁ…たしかにそのような記述もありましたな…魔力の回復量は三倍に匹敵するとか…?いやはや、素晴らしいことですじゃ」
聖女である鈴を警戒しているのだろうが…
利用価値がないと判断すればすぐにでも首を切り落としそうな勢いだな。
マーロンは先代聖女と因縁があるらしい…
とは聞いてはいたが、まさかここまで敵意をむき出しにするとは…
「であれば、やはり聖女は戦場に送りましょう」
「……なんだと?」
「戦場で魔力を消費し続けている戦士共に充てがうのです。素晴らしい使い道ではありませんか?魔王であるあなた様がその薄汚い聖女を傍に置かれる必要性はないでしょう…」
「マーロン…!」
「あの人間どもの目の前で聖女を輪姦させるのも良いでしょう。見下している魔族に聖女自ら悦んで腰を振っている様を見せつけてやれれば、さぞや悔しがってくれるこ…」
「マーロンッ!!今すぐその口を閉じろ…!!」
───ガガガガガガガッ!!
無数の黒い針が空中から顕現し、マーロンの身体スレスレのところを通って床に刺さる。
まさしく針のむしろの中に閉じ込められる形になったマーロンの真っ白な目が、くるりと裏返ってこちらを見つめる。
「「………」」
やはり、義眼だったか…
あの眉毛ではさすがに前が見えないのではないかと思ってはいたが…
やはり義眼を隠すためにあえて伸ばしていたのだろう。
マーロンは元々先代魔王…ルーファスにとっては父上に仕えていた。
そのニセモノの瞳にマーロンの感情が映ることはない。
「やはり…裏切られるのですな…?あなた様も、お父上と同様に…」
「父上の件は…!」
「残念ですなぁ…誠に残念でなりませぬ…今も戦場では多くの同胞が、あの人間どもの手によって屠られているというのに…」
「………」
「魔族の長であるあなた様は、我らの敵に過ぎない聖女を選ばれるのですね?」
「………」
「…結構。その顔だけで十分ですじゃ…───」
そのまま音もなく転移してしまうマーロン。
「……あの頑固ジジイめ…!」
元より殺すつもりはなかった。
マーロンがここから逃げ出す分には構わない。
だが…リンが聖女であることを知っているマーロンがどのように動くのか今後は注視しなけらばならないだろう。
「………はぁ…魔王なんてやめてしまえたら…」
弱音を吐きそうになってなんとか飲み込む。
「………!!」
気を取り直そうとリンを鈴の姿に戻そうとして弾かれてしまう。
最近はリンが好き勝手に変身していたので、制約のことをすっかり忘れていた。
「───…マーロンッ…!!」
結局…
その日は諦め、リンを抱きしめながら眠りについたのだった。
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