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第7話〜魔王陥落〜

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「……聖女召喚?」
「ええ、性懲りも無くまた教会が聖女召喚を企んでいるようですなぁ…」

マーロンからの報告で、人間どもが聖女召喚の儀を計画していることを知った。

…聖女召喚か。
前回はたしか百五十年前だったか…?
欲深い聖女には先代魔王…父上も随分と苦労させられたと聞いた事がある。

とはいえ…
年々保有魔力が落ちている人間の中で、大魔法師になれる逸材が誕生するのも珍しい。
元々人間は生まれ持った魔力の器を増やすことは出来ない。
消耗した魔力自体は時間の経過と共に徐々に回復するが、生まれ持った器を超えて魔力を貯めることも出来ないので、生まれた瞬間その者の将来が決まると言っても過言ではない。

大半の人間が小さな器しか持たない中、最上位魔法に位置づけられる聖女召喚を敢行出来るほどの大魔法師が居たとは…
聖女召喚の陣は必要魔力からも特殊な造りをしており、召喚者となる大魔法師が一人と補佐役として三人まで魔法陣に触れることが出来る。

優秀な補佐役が三人そろったのか…
聖女召喚を余裕で行えるほどの大魔法師を見つけたのかは分からないが、我々魔族からしてみれば欲にまみれた聖女なんぞいない方がいいに決まっている。

今代の聖女はどういう人間だろうか…?

聖女召喚の儀を行うということは、聖女足り得る存在をやつらが異世界で見つけたということだ。

異世界か…
ちょうどいい機会だ。
こことは別の世界がどのようなところなのか軽く見てくるのも楽しそうだ。



数日後…
俺は人間どもが必死に守ってきた聖女召喚の陣を見つけ出していた。
ここからならやつらが見つけた聖女の痕跡を追えるだろう。

創造神の力を宿すと言われている神聖な魔法陣…
当然、魔族である俺を拒絶してきたが膨大な魔力で捩じ伏せて、今代聖女とされる人間を異世界で探し出す。

乗り込む前に…と、思いつきで魔法陣に細工を加えておいた。
魔王の使い魔として有名な《黒猫》になってしまう変身魔法だ。
これで今後聖女が召喚されたとしても歴代聖女のように崇拝されることはなくなるだろう。

さて…今代の聖女はどのような人間か、見に行くとするか。
もし、邪魔になるようならあちらで消してしまえばいい。

魔法陣へのイタズラで魔力をごっそり持っていかれてしまったが、まぁこの程度なら想定の範囲内だろう。
あちらの世界と繋がりが切れる前に黒猫へ変身すると躊躇うことなく飛び込む。

こうして…
俺は《宮原 鈴》と出会うことになった。
魔族の長…《魔王ルシファー》を唯一滅することの出来る聖女と。



              *



「───…やだっ!猫ちゃん可愛い~!」
「………」

深夜に帰宅した今代の聖女はアホ面でこちらを見上げて来た。
真っ黒な長い髪に色白で綺麗な肌…
大きな二つの目には濁りは見えない。
聖力も十分。
まさしく聖女らしい聖女であった。

しかし、魔王の象徴である《黒猫》に向かって言う言葉が『可愛い』とは…

この世界には魔力そのものが存在しないため、どれだけ時間が経過しようとあちらで消費した俺の魔力が回復することはなかった。
昼間は魔力のないこの世界の仕組みを見学しながら、毎日夜遅くに帰宅する聖女の様子を確認するため通い続けた。

聖女の住まいはとても大きく、無人にもかかわらず自動でドアが開閉する素晴らしい技術が使われている立派な城だった。
あちこち見て回ったが平民の住む小さな建物から、聖女の住まいと同等以上の城も数多く存在し、この世界がとても発展しているのがよく分かった。

初めて見る世界に興味を惹かれつつ、聖女の城の前で顔を付き合わせるだけの日々を過ごすうち…
分かりやすく首輪の鈴の音を鳴らすと聖女は黒猫の俺を探すようになった。
一言二言、簡単な挨拶を一方的にかけられるだけの関係…
それでも不思議と居心地は悪くなかった。

どうやらあちらではこの聖女を召喚するための魔力の補充に時間がかかっているらしい。
召喚された聖女があちらの人間達に、悪し様に罵られる姿を見てやろうと思い俺は暇を持て余しつつも静かに見守っていた。
だが… 

こちらへ来て数日…
土砂降りの日に、いつものように顔を覗かせると聖女はおもむろに俺を抱き上げて城の中に入っていった。
魔王の使い魔、災厄の前触れと忌避される《黒猫》を平然と抱き上げる聖女。
聖女らしくない行動を取る《鈴》に興味が湧いた瞬間だった。

聖女の居住スペースは思っていたより小さいものだった。
外観はかなり大きな城ではあったが中はいくつもの扉や壁に区切られ、聖女へ与えられたスペースの小ささに絶句してしまう。
我が家の使用人達でももう少し広いはずだ。

この世界での聖女への扱いを不憫に思いつつ見上げると、聖女は恥ずかしげもなく目の前で服を脱ぎ捨てていく。

「………」

止める間もなく一糸まとわぬ姿になってしまった聖女は、勝手に俺を抱えあげると小さな容器にお湯を入れてジャバジャバと洗い出す。

「……人間用のシャンプーや石鹸はさすがに良くないよね?とりあえずは水洗いでいっか!」
「………」

まさか…
汚いと思われているのだろうか?
たしかにこの雨の中土の上を歩いたりもしたが…

元よりこの姿は魔法で変えているだけだ。
魔法を使えば一瞬で綺麗に出来るし、本来の姿は綺麗に保たれているというのに…?

「───!!」

しかも腹だけでなく足裏からおしり、オスの象徴までくまなく洗われてしまう。
情けないことに、あまりの衝撃につい震えることしか出来なかった。

「可哀想に…震えてる。寒かったんだねぇ」

……はあ?
魔法を使えば防風防寒など朝メシ前なのだが?
ハレンチな貴様の扱いに言葉を失っていただけなのだが…?

そんなことを考えながら黙って洗われていると一度お湯を交換したあと改めて容器の中に俺を放置して、聖女は自身の頭をガシガシと洗い出す。
綺麗な肌が泡まみれになっていく様子を黙って見守ってみたものの…
最終的には頭からお湯で一気に洗い流す雑さ加減のおかげで、こちらにまで泡が飛んできてしまっている。

「………」

なんというか…
女性の入浴にはもっと時間がかかるものだと思っていた。
風呂好きだった俺の母はたしか二、三時間かけてゆったりと入っていた気がする。

浴室の隅に据え置かれている湯船にちゃぽんと浸かる聖女。

「ふぁ~お風呂最高~!ね?あったかいでしょ?」
「………な~」

目のやり場に困りつつも《黒猫》を全く忌避しない聖女の傍はやはり居心地が良かった。

風呂から上がると、俺の身体を拭こうとするので無礼な手を叩いてタオルを奪うと自分で身体を拭くことにした。
タオルの上でコロコロ転がっていると、諦めた聖女は自分の身体を拭き始める。

女性にしては珍しくズボンの寝間着を着ているらしい。
色気はないが彼女の身につける寝間着はふわふわとしていて肌触りが最高だった。

銃のような変な形の物から生暖かい風を吹き付けられ、ブラシで毛を整えてくれる。
そんなことをしなくても魔法を使えば一瞬で乾くというのに…

やることなすこと全て変わっている不思議聖女にくっついて、じっと観察していると何故かべちゃべちゃなご飯が出てきた。
ご飯がミルクを吸って見た目も最悪な代物だった。

「……なー…」

すっと前足で皿を押し戻すと、何故か今度はミルクを吸わせたパンが出てきた。

「………」

この世界のパンはそのままでも美味しそうだったのに、何故ミルクに浸すのか…
嫌がらせのような食事に衝撃を受けてもう一度皿を押し戻す。

「むむっ…猫は何が好きなんだろ…魚はさすがに無いんだけどなぁ…」
「………」

なるほど。
嫌がらせかと思ったが、自分が猫の姿をしていたからだったらしい。
風呂が終わったので飯だと考えて出していたようだ。

仕方なく次出てきたものはとりあえず一口食べてやろうと思っていると、何故かかつお節が出てきた。
まぁ、魚ではあるが…

腹に溜まるものではないなと思いつつ、要望どおり一切れ口に咥えて見せる。

「おおっ!良かった~!食べてくれた~!ほんとごめんけど、明日にはちゃんとキャットフードを買って帰るからっ!今日はこれで我慢してね?」
「………なー!(キャットフードはいらん)」

喋るわけにもいかず、とりあえずかつお節をもすもす食べる様子を見せてキャットフードは不要だとアピールしてみる。

「そうだよねぇ、お腹空いてるよねぇ…でも外土砂降りだしなぁ…まぁ今日は簡単に食べてもう寝ようか?」

こちらの意図が伝わったのか、聖女は自分のご飯を簡単に準備して流し台の前で掻き込んでいる。
聖女らしさの欠片もない豪快な食事風景にまたもや衝撃を受けてしまう。

もしや…ここは居住区ではなく遠征先なのか…?

「ご馳走様でしたっ!よし、片付けだけして今日はもうサクッと寝よう!」

食器を片付けた後、小皿に水と俺のトイレ用として紙をビリビリに引き裂いたものをトレーに敷き詰めて用意してくれる。

「………」

ここで用を足すことは絶対にないな、と密かに決意しつつ聖女の後ろをついて回る。

しばらくは忙しく動き回っていたが…
どうやら寝る準備が終わったらしく、ずっと眺めていた俺を勝手に抱き上げるとベッドに運んでくれる。

「お待たせ~じゃあ私はこのベッドで寝るから《かつお節》はこの近くのあったかいところで寝るのよ?」
「なぉん…?(かつお節…?)」

ベッド下の絨毯に下ろされ、ベッドへ上がろうとしていた足が止まってしまう。
《かつお節》とは…まさか俺の名前なのか?

「ふふっ、かつお節っていい名前でしょ?君の大好物なのかなって。クロじゃありきたりだし…まぁ二、三日の預かりペットシッターみたいなものだから名前は呼べればなんでもいいよね?」
「な…なぉん…」
「良かったっ!それじゃあおやすみなさいっ!」

そう言って勝手に頭をひと撫ですると、さっさと布団に潜ってしまう聖女。
ベッドに登って聖女の身体を踏みながら歩き回り最終的にお腹の上に座ってみる。

「……ちょっとっ!さっきから苦しいんだけど?!…なんか怒ってる?」
「なーあっ!(床で寝られるかっ!)」
「…はぁ、仕方ないなぁ…」

持ち上げてくれた布団の中に身体を滑り込ませると、聖女が優しく抱きしめてくれる。

「よし、これでいいわね?今度こそおやすみっ!……ぐー」

あまりの寝付きの良さに思わず狸寝入りではないか?と疑ってしまう。
前足を顔の前でフリフリしても反応はない。
念の為、目の前にある形の良い胸をふにふに押してみる。

「………」

これは…やはり、本気で寝ているようだ。
無意識に前足をふにふにさせつつ聖女の寝顔を見つめる。

警戒心の欠片もない聖女に呆れつつも、俺はその日から《かつお節》という名で鈴に抱かれて眠るようになったのだった。



そんな日々にすっかり慣れてしまったある日…

「大変なの、かつお節…!」
「……な?」
「聞いてくれる?私、彼氏出来ちゃった…告白されたのっ!分かる?分からないよねっ?!きゃあ!こんなこと生まれて初めてよっ!しかも明日は私の誕生日なのよ!十九歳になるの!ふふっ!信じられる?」
「………なー(誕生日なのか)」
「だよねっ!信じられないよね…酔った勢いとかじゃないよね?もうどうしよう!タクシーの中でキスされそうになってさすがに今日の今日は…って思ってつい避けちゃったんだけど…あ~幻滅されてないかなぁ~?」
「………」

それは単に酒の勢いで勝手に男がサカっていただけなのでは…?

…とは突っ込めないため黙って目で訴えてみるが、能天気な鈴には全く伝わっていなかった。
挙句、深夜にもかかわらずバタバタと走り出して片付けを始める始末。

ソファーの縁に座りながらその様子を眺めていたものの、どうにもイラついて声をかけてしまう。

「……な~(一旦落ち着け)」
「うん、ごめんね!お風呂は少し待って!」
「なぁ~(あの男は別にお前のことなど…)」
「えっ?ご飯は食べたよね?」
「………」

まったく…
一体何を考えているのか、ベッドから毛布をひっぺがして洗濯に持って行こうとする鈴を止めるべく、後頭部を狙って飛びかかる。

「ふぎゃっ!」

予想もしていなかった衝撃に顔面から勢いよく倒れこんでしまう鈴。

「………恥ずかしいッ…!」

やり過ぎたか?と少しだけ後悔したものの、とりあえず彼女の頭に前足を置いて落ち着かせることにする。

「……落ち着け、馬鹿者」
「…だよね。さすがにこの時間に洗濯はないわ…ほんとありがとう、かつお…え?」
「………」

間違えた。
普通に喋ってしまった。

「は?えっ?えっ?!どゆことっ?!かつお節っ?!助けてッ!」
「…ふむ、とりあえず今は眠れ…」

まぁいいか、もうすぐ聖女として召喚される娘だ。
兼本とか言ういけ好かない男に鈴を穢されても敵わないしな。

「ふざけんじゃないわよ…こちとら喧嘩は負け無し……ぐぅ…───」

一体、何と勘違いしたのか…
随分と野蛮な言葉遣いに驚かされる。

人間共の聖女召喚を待つまでもないな…

「………」

このまま俺の魔力で連れて帰ろうかとも考えてみたが…
鈴から恨まれたり拒絶されるようなことはなるべく避けたい。
やはり当初の予定通り、鈴は聖女として人間どもに召喚してもらうことにしよう。

こちらへ来る前に《黒猫》への変身魔法を書き加えておいて良かった。
《黒猫》を忌避する人間どもに面と向かって捨てられれば、聖女である鈴も俺の傍にいることをすんなり受け入れてくれるかもしれない。

───カチッ…

部屋にある時計が0時を指す。
今日は鈴の十九歳の誕生日だと言っていた。

案の定、寝ている鈴の真下に聖女召喚の巨大な魔法陣が浮かび上がる。

ぽんっと前足を置いて鈴の手の甲にマーキングをしておく。
変身魔法が発動すると同時に鈴の膨大な聖力も封印される。
あの愚鈍な人間どもは、召喚された黒猫が聖女だと認識することも出来ず、理不尽な暴言を浴びせることだろう。
そんな教会に嫌気がさした鈴が逃げ出せば…
聖力を持たない鈴をあいつらが探し出すことは事実上不可能となる。

もちろん、マーキングを付けた俺だけは鈴がどこに逃げようともその場所を知ることが出来る。

「……あちらでまた会おう。迎えに行くまで大人しくしているんだぞ?」

魔法陣と共に消えてしまった鈴を迎えに行くため、俺も自分の転移魔法陣を発動させて一旦魔王城へ戻ることにしたのだった。
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