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零れてしまった思い出、みっつ。
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夏休みもあと一週間になったころ。私と彼は一緒に最寄りの市民図書館に本を借りに行った。お互いこの休みの間に読破した本は十冊を超え、それぞれについて私たちは感想を言いあった。
映画も見に行ったし、色々ことをして共通の時間を彼と過ごした私は、いつの間にか彼に興味を持っていた。
もっと色々なことを知りたい。だから、もっと彼と話したい。そう思った私は、夏休み序盤に開かれるはずだった花火大会の話を彼にしたんだ。
「そういえば、今年の夏休みは花火だけしないまま終わっちゃったなー」
四葉公園のブランコ、音を小さく立てながら尋ねる。
「ああ、今年は雨で中止になっちゃったんだよね」
出会ったころはたどたどしかった彼の態度も、かなり軟化して言葉遣いがぎこちなくなることもなくなっていた。
「そう、予備日まで雨で中止になって……楽しみにしていたんだけどな」
この年の、札幌市と言えばこの花火大会と言われる豊平川花火大会は、開催日、予備日ともに雨に降られてしまい、札幌の夜空に大輪の花が咲くことはなかった。クラスの友達と行く約束をしていたけど、見ることができなくて残念だったのは、今でも覚えている。
「でも、僕は……一緒に見る友達、いないから雨が降らなくても、行ったかどうか……」
「……ねえねえ、どうして、困っている人とか見ると助けるのに、クラスでいるときはそんな暗い性格してるの?」
ちょうどいいタイミングだと思った。花火大会の話を通じて、彼のことを知るチャンスだと思い、私はそんな話題を振った。
「……そ、そうだね……お母さんに、そう教えられた、というか……『困っている人を助けていれば、きっとそれを見ている人が今度はあなたを助けてくれる』って教えてくれたから……それ、守ってるくらいだし……。実際、助けているって言ったって消しゴム貸したり鉛筆削り貸したり、宿題教えてあげたりとか、そんなくらいだよ?」
「そういうのを友達いないのにやっているのがすごいと思うんだよね。でも、友達欲しくないの?」
「欲しいは欲しいけど……僕にはできないよ、いつもこんな感じのテンションだし、他の男子と合うような趣味持ってないし」
「趣味は……あまり関係ないと思うよ、私」
彼の言葉に、やんわりと私は否定を入れる。実際、そうだと思った。私の趣味は読書がメイン。でも、私の友達にそれを趣味にしている人はいない。本を読む、っていう子はいるけど、趣味ではないしね。
「趣味なんてさ、きっかけとか、そういうのでしかないよ、多分。私、ここまで本の話が合う友達ができるのは初めてだよ?」
「そ、そうなの?」
「うん。そうだよ。本当に仲良くなれる人は、きっと趣味とか、そういうのを抜きにしてきっと色々でことぼこが噛みあう人だと、思うんだ」
「それ、何かの本かなんかで……?」
「私が一番好きな本、主人公の台詞なんだ」
「そ、そっか……いきなりなんか深いこと言うから、一瞬自分の考えなのかと思ったよ」
彼はブランコの鎖をギュッと握り、微かな音が耳に届く。
「……まあ、じゃあ、次の花火大会は私と見に行こう?」
「……へ?」
微かだった鎖の音が、耳に残る大きな音に変化する。
「約束だよ? 私、忘れないからね?」
「えっと、……う、うん」
私はポンとブランコから軽くジャンプして降りて、口をへの字にしている彼に向き合う。
「だから、さ。一歩踏み出そうよ。きっと君の優しさとか、そういうのに気づいてくれる人が、この先いるはずだから。友達が私だけなんて、私がいなくなっちゃったらそれこそまた一人になっちゃうよ? 花火大会も結局行かなくなっちゃうよ? ね──陽平君」
これは、零れてしまった、私のかけがえのない、思い出。
一年にも満たない時間しか紡げなかった、彼との時間の一片。
忘れない。忘れられるはずなんて、ない。
映画も見に行ったし、色々ことをして共通の時間を彼と過ごした私は、いつの間にか彼に興味を持っていた。
もっと色々なことを知りたい。だから、もっと彼と話したい。そう思った私は、夏休み序盤に開かれるはずだった花火大会の話を彼にしたんだ。
「そういえば、今年の夏休みは花火だけしないまま終わっちゃったなー」
四葉公園のブランコ、音を小さく立てながら尋ねる。
「ああ、今年は雨で中止になっちゃったんだよね」
出会ったころはたどたどしかった彼の態度も、かなり軟化して言葉遣いがぎこちなくなることもなくなっていた。
「そう、予備日まで雨で中止になって……楽しみにしていたんだけどな」
この年の、札幌市と言えばこの花火大会と言われる豊平川花火大会は、開催日、予備日ともに雨に降られてしまい、札幌の夜空に大輪の花が咲くことはなかった。クラスの友達と行く約束をしていたけど、見ることができなくて残念だったのは、今でも覚えている。
「でも、僕は……一緒に見る友達、いないから雨が降らなくても、行ったかどうか……」
「……ねえねえ、どうして、困っている人とか見ると助けるのに、クラスでいるときはそんな暗い性格してるの?」
ちょうどいいタイミングだと思った。花火大会の話を通じて、彼のことを知るチャンスだと思い、私はそんな話題を振った。
「……そ、そうだね……お母さんに、そう教えられた、というか……『困っている人を助けていれば、きっとそれを見ている人が今度はあなたを助けてくれる』って教えてくれたから……それ、守ってるくらいだし……。実際、助けているって言ったって消しゴム貸したり鉛筆削り貸したり、宿題教えてあげたりとか、そんなくらいだよ?」
「そういうのを友達いないのにやっているのがすごいと思うんだよね。でも、友達欲しくないの?」
「欲しいは欲しいけど……僕にはできないよ、いつもこんな感じのテンションだし、他の男子と合うような趣味持ってないし」
「趣味は……あまり関係ないと思うよ、私」
彼の言葉に、やんわりと私は否定を入れる。実際、そうだと思った。私の趣味は読書がメイン。でも、私の友達にそれを趣味にしている人はいない。本を読む、っていう子はいるけど、趣味ではないしね。
「趣味なんてさ、きっかけとか、そういうのでしかないよ、多分。私、ここまで本の話が合う友達ができるのは初めてだよ?」
「そ、そうなの?」
「うん。そうだよ。本当に仲良くなれる人は、きっと趣味とか、そういうのを抜きにしてきっと色々でことぼこが噛みあう人だと、思うんだ」
「それ、何かの本かなんかで……?」
「私が一番好きな本、主人公の台詞なんだ」
「そ、そっか……いきなりなんか深いこと言うから、一瞬自分の考えなのかと思ったよ」
彼はブランコの鎖をギュッと握り、微かな音が耳に届く。
「……まあ、じゃあ、次の花火大会は私と見に行こう?」
「……へ?」
微かだった鎖の音が、耳に残る大きな音に変化する。
「約束だよ? 私、忘れないからね?」
「えっと、……う、うん」
私はポンとブランコから軽くジャンプして降りて、口をへの字にしている彼に向き合う。
「だから、さ。一歩踏み出そうよ。きっと君の優しさとか、そういうのに気づいてくれる人が、この先いるはずだから。友達が私だけなんて、私がいなくなっちゃったらそれこそまた一人になっちゃうよ? 花火大会も結局行かなくなっちゃうよ? ね──陽平君」
これは、零れてしまった、私のかけがえのない、思い出。
一年にも満たない時間しか紡げなかった、彼との時間の一片。
忘れない。忘れられるはずなんて、ない。
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